転生したと思ったらママになっていた件   作:大神降ろし

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第六十四話

 

 古塔に閉じ込められていた幼女を助けようとしているシリウス。

 頭を撫でていたら涙を流した幼女を見てシリウスはその想いを確固たるものにした。

 

「(決めた。絶対に助ける。追手が来るとか、厄介事に巻き込まれるとか、そんなの知らん。助けるって決めた)」

 

 シリウスが決意していたらそれをピーニがジト目で見ていた。

 

「何だ?」

「どうせ、どう見ても厄介事満載なこの子を助ける気でしょ」

「よく分かったな」

「そらそんな顔すればバレバレよ、まったく…」

「ハハハ…と、まあ、そういうわけだ。一緒に行かないか?」

「…ぁう?えうぃうぁ…?」

 

 幼女はシリウスが言う事がよく分かっていないらしく言葉にならない声を出している。シリウスは膝をついて幼女と目線を合わせた。

 

「ここを、私と、一緒に、出ないか?外に、一緒に、行こう」

 

 シリウスは幼女の頭を撫でながら一句一句区切りながら言った。

 

「…?………!…で、ででも、も、でもも、わた、わたた、しし、たし、は、こ、こここ、こに、こにに、いな、いいな、なく、ちゃちゃちゃ…」

「ここに、いなくちゃ、ならないなんて、気にしなくていい。いいんだ。もう、外に、出ても、いいんだ」

「…ぁ、あぁう、ぅあぉうぁ…」

「君は、どうしたい?ここに、いたい?それとも、外に、出たい?」

 

 本当なら無理矢理にでも外に連れ出すつもりだったが、それをすると幼女がパニックを起こしかねないので幼女に判断を委ねた。外に出たいと言えば当然連れていくし、ここにいたいと言えばあれこれ言い包めて外に出たいと言わせる気満々だ。幼女はただ真剣な表情のシリウスを見ている。

 どうすればいいか分からない。

 ここにいたいのか、外に出たいのかも分からない。

 目の前の人が何故ここまでしてくれるのか分からない。

 頭の中は困惑と混乱でグチャグチャになっているが、その中で一つだけ確かな事が合った。

 この人といたい。

 その想いが無意識に身体を動かしシリウスの服の袖を摘まんでいた。

 シリウスは何も言わずにゆっくりと幼女を抱き締めた。抱き締められた瞬間幼女はビクッとして身体を固まらせるが、初めて味わうその温もりに徐々に力を抜いていった。シリウスは抱き締めた幼女をそのまま抱き上げた。

 

「…あぅわぁぁ」

「よしよし、大丈夫。ここを出るけど、何か持っていく物とかはある?」

「…ぇうぁ?」

「分かんないか。うーん…パッと見、大事そうな物とかは無いな…というか、物無さすぎ」

 

 部屋の中は必要最低限の物しか無く、ベッドの下や棚の後ろも見てみたが何も無かった。持っていく物は無いと判断し、幼女が居ない事に気づくのを遅らせるために工作した後シリウスは部屋を出た。

 

「…そういえば、君の名前は何て言うんだ?」

「…ぅぁ?」

「何て、呼ばれてた?」

「…あ、ああ、あれれ、あれ、れれ…そ、そそそれ、それ、れ…」

「………」

 

 名前ですら呼ばれない幼女の境遇に悲しみと怒りが合わさった表情を浮かべるシリウス。手入れはされず髪の毛はボサボサで風呂に入れず身体を洗えていないので汚くて臭う幼女を、シリウスは構わず抱き締めている。幼女は抱き締められる度にビクッとして身体を固まらせるが抗いがたい温もりに徐々に力を抜いている。

 

「また名前を考えないとな。星関連で良い名前」

「…ぅぁぉ…?」

「う~…ま~」

「ぅぅ、まま」

「お?ポラリス、アトリア、どうした?」

 

 幼女ばかりに構うシリウスにポラリスとアトリアは抗議するように声を上げた。

 

「んふふ~♪もちろん忘れてないよ~♪ギュ~♪チュ~♪」

「あ~♪」

「あう♪」

「えぅぅ…」

 

 幼女とアトリアを抱き寄せて頬擦りして、ポラリスの額にキスをした。可愛らしいヤキモチにシリウスは胸キュンが止まらなかった。

 

「(私の娘達が可愛すぎる!ここでさらに増えたら私はどうなってしまうんだ!?尊死するんじゃないか!?)」

 

 ニヨニヨしながら心の中では大真面目に親バカ全開な事を考えていた。

 

「あ、シリウ、ス…?…!?ぴぃ!?」

「リーサ?」

 

 塔を出てリーサと合流したシリウスだが、リーサは幼女を見て悲鳴を上げた。それどころか青褪めた表情をしガタガタと震え出している。

 

「リーサ、どうした?何があった?」

「し、シリウス…だ、ダメ…そ、そそそそその子から、は、離れて…!早く…!」

「何言って…んー…この子に何かあるのか?別に見た目も普通だが…」

「普通!?普通って言ったの!?」

「??どこかおかしいか?」

「おかしいよ!どこからどう見ても普通じゃないでしょ!?」

「いや、別に…え?どこが?」

「髪!髪の毛!」

「ただの黒髪じゃないか。何を言ってるんだ」

「!?!?」

 

 シリウスの発言にリーサは衝撃を受けて絶句している。

 

「よく分からんが…とにかく戻るぞ。いい加減戻らないと皆が心配する」

「え!?ちょ!?ま、待って!?」

 

 何にショックを受けているのか分からないリーサを放ってシリウスは戻り始め、リーサは大慌てでシリウスを追い掛けた。先ほどの洞窟まで戻ってくるとルヴェン達がシリウスを探してきていた。

 

「やっと戻ってきたか…ん?うげっ!?」

「どこに行ってたの…ええっ!?

「なんと…!?」

「んー?ひょわあ!?」

「ヒイイイィィィ!?」

「だから何だっていうんだ。仕舞いにはキレるぞこら」

 

 全員幼女を見てリーサと同じように驚いたり、悲鳴を上げたりしている。シリウスは段々と苛立ってきて眉間に皺が寄り始めている。

 

「あー…えー…ご存じでない?」

「知らねえよ。さっさと吐け」

「あー、んー…何て言えばいいのか…」

 

 恐る恐るといった感じで聞いてきたルヴェンにシリウスは苛立って口調が荒くなっている。

 

「…落ち着いて聞け。この国では黒目黒髪は不吉の象徴とされている」

「不吉だぁ?」

「そうだ。だから「言っとくがこの子を手放す気は一切無いからな」むぅ…」

「大体黒目黒髪、だったか?それだけで大の大人がそんなに怯えてどうする」

「むしろ何でそんなに普通でいられるのか気になるんだが…」

 

 ルヴェンの言葉にシリウスを除いた全員が頷いた。シリウスは改めて腕の中の幼女を見た。自分の事を話していると分かっているのか幼女は俯いて身体を小さくしている。黒目黒髪の可愛らしい幼女にしか見えず、シリウスにとっては前世で大体の人が黒髪だったので見慣れた姿だった。

 

「…普通だろ」

「えぇ…」

「嘘でしょ…」

「むぅ…」

「流石にそれは分からない」

「シリウスはすげえなぁ…」

「どうして君がそんな事を言えるのか僕には理解できないよ」

 

 シリウスの方が圧倒的に少数派らしく理解されなかった。

 

「…というか、どこから連れてきたんだ?」

「あそこの塔から」

「…いやいやいや!?どう見ても貴族の所有地じゃねえか!?」

「悪い事は言わないから戻してきなさい!今すぐ!」

「断る!」

「ちょっと!?」

「私はこの子を助けるって決めたんだ!後の事なんて知らん!」

 

 啖呵を切ったシリウスを幼女は見上げた。

 

「どうした?」

 

 幼女の視線に気づいたシリウスは優しく微笑みながら抱き締めている。幼女はビクッと身体を固まらせながらもシリウスを見つめている。

 

「…どうあっても手放す気はないと?」

「ああ」

「…ならせめて髪を隠せ。そのまま町に行けば大混乱になるぞ」

「…本当は嫌なんだが、仕方が無いか」

 

 シリウスは石の上にアトリアと幼女を置き、荷物から綺麗な布を取り出して幼女の髪を覆い始めた。

 

「…よし。これでどうだ?」

「これなら、まあ…」

「黒目は覗き込まない限りは大丈夫だけど…」

「というより、何で不吉の象徴なんだよ?」

「それは歩きながら話そう、そろそろ日が暮れるし、他の奴らも帰り始めている」

「分かった」

 

 シリウス達は森を出て町へ向かった。

 

「昔、といっても数百年以上の大昔だ。この辺りに黒目黒髪の魔女がいた。その魔女は見た事が無い魔法を使って人や建物など手当たり次第に攻撃した。当時の王が死力を尽くして何とか討ち取ったのだが、壊滅的な被害を被った。数え切れないほどの町が消え、数千以上の人が亡くなった。国力は大幅に減少し周辺国からの侵略に対応できず多くの領土も失った。オルティナ王国が最も衰退した時代だったと歴史書に記されている。その原因の魔女は恐れられ、それがいつしか黒目黒髪は不吉の象徴だと言われるようになった」

「ふーん…そんな事があったのか」

「黒目黒髪の人はごく稀に産まれてくるけど、ほとんどは、その…」

「ああ、いい。大体分かった」

「しかし、まさかアシェール侯爵の関係者がそうだったとはな…」

「…これ、絶対言えないわね」

「だな。言いふらしたら首が飛ぶな」

「こ、怖いだよ…オラ、絶対黙ってるだ」

「し、シリウス?ほ、本当に連れてくつもりかい?」

「当り前だ。私は曲げんぞ」

「う、うぅ…怖いなぁ…」

 

 幼女にビクつくルヴェン達にシリウスは眉をひそめながらも事情が分かったのでそれ以上は何も言わなかった。不機嫌なシリウスと幼女にビクつくルヴェン達は微妙な空気のまま他のハンター達と共にテトラニーアに戻ってきた。

 

「戻ってきたぞー!」

「皆無事だ!」

「どうだった!?」

「皆、安心しろ!魔物の首魁はこのライベルト・クルーガーが討ち取った!危機は去った!」

「「「「「ウオオオォォォ!!」」」」」

「やったぞー!」

「もう安心だ!」

「流石“雷剣”のライベルトだ!」

「キャー!ライベルト様ー!」

「ステキー!」

 

 ハンター達の凱旋に町の人達は大歓声を上げている。大半の人はフィフメントを称えており他のハンターはオマケ扱いだった。

 

「この扱いの差よ」

「強くてイケメンなだけでこんなに違うんだよな…」

「俺達にも少し別けて欲しいぜ」

「早く進んでくれないかな…あの人達が止まると進めないよ…」

「さっさと歩きなさいよね。こっちは疲れてるのよ」

 

 町の人からは評判は高いが、同業者からの評判は低いフィフメントだった。

 

「ったく、うるせえな…」

「…ひぅ…!?…ぅぅぁ…」

「よしよし、ビックリしたね~。大丈夫だよ~…ん?あー…」

 

 ずっと静かな所で一人でいた幼女は大量の人と大歓声にすっかり怯え青褪めてガタガタと震えながらシリウスの服を掴んでいる。シリウスに心を許し始めている証拠でシリウスは不謹慎ながらも嬉しい気持ちでいっぱいだったが、腕に感じる幼女の体温とは別の温さに色々と察して苦笑している。

 

「大丈夫大丈夫。気にしなくていいよ(ギルドに行って諸々終わったら宿屋に戻って着替えてからこの子の身体を洗おう。服は…アトリアのが入る、か?今日はもう遅いから明日また買いに行かねば。後は…髪の毛も隠さないといかんのか…綺麗な黒髪なのにな…仕方が無いか。帽子じゃ隠しきれないし、何かあればいいんだが…お団子ヘアにしてニット帽みたいなのをかぶらせればいけるか…うん、いけそう。問題は私がお団子ヘアができてニット帽が売ってるかなんだが…毛糸を買ってきて作った方が早いか?うーむ…)」

 

 周囲を放ってシリウスは幼女の事を考えていた。ポラリスとアトリアと幼女をあやしながら考え事をしているシリウスは前を見ずに歩いているのでリーサは幼女にビクつきながらシリウスの肩に手を置いて誘導している。先頭を歩いているフィフメントが観衆に手を振りながらノロノロ歩いているので普段より倍以上の時間を掛けてギルドに戻ってきた。

 

「おお、戻ってきたか」

「ギルド長。依頼は無事完了した」

「そうか。まあ、君達がいれば問題無いとは思ってたがな。それで原因は?」

「ロックコングだ」

「何?ロックコングは普段は山で暮らしているはずだ。山を下りてくるなんてめったに無いはず…それが何故?」

「分からん。倒したロックコングは成体で特に痩せていたとかは無かったぞ」

「うーむ…今度調査せねばならんな。まあそれは後で良い。今日はもう遅いから報酬は明日渡そう」

「分かった。皆!今日はここで解散だ!」

「やーっと帰れるぜ…」

「俺、腹減った…」

「私も…」

「早く帰ってご飯食べましょ」

「帰れるみたいだな。ほんじゃ、俺達も行こうぜ」

「そうね。驚きすぎて疲れたわ…」

「確かに…予想外な事があったからな」

「シリウス…その、本当に引き取るの…?」

「ああ。私はもう決めた」

「…こうして見ると色以外はその辺の子供と特に変わらねえなぁ…」

「しっー!エベッタ!しっー!どこで聞いてるか分からないんだぞ!?」

 

 一同が解散してシリウス達も宿屋に戻る事にした。宿屋に着いて各々は一旦部屋に戻り、シリウスもお湯を貰ってから部屋に戻り、着替えてから幼女の身体を洗い始めた。

 

「…ぅ…?…ぉ…?」

「大丈夫だよ~、良い子だね~。じっとしててね~」

 

 初めての経験に目を丸くして身体を固まらせている幼女に声を掛けながらシリウスは手早く、丁寧に洗っている。洗い終えて身体を拭き終えると黒髪がより綺麗に艶やかになった。

 

「よーし、綺麗になった。んじゃ、服を…ちょっと小さいかな…ごめんね、今日はそれで我慢してね」

 

 幼女にアトリアの服を着せて髪の毛も隠した後、ポラリスとアトリアも強請ってきたので二人の身体も洗った。

 

「あ~♪」

「あい♪」

「気持ち良かったね~。それじゃ、ご飯食べようか~」

 

 シリウスは三人を抱き上げて下に降りた。酒場は人が集まり始めていて混んできている。見回すとルヴェン達が手を振っていたのでそちらへ向かった。

 

「よう、遅かったな」

「この子の身体を洗っててな。そしたらポラリスとアトリアも洗ってって強請ってきた」

「そうだったの。あらー、ずいぶんご機嫌ね」

「ふむ…ちゃんと隠れてるな。これなら布を取らない限りはバレないだろう」

「オラ、腹が減っただ…」

「僕もだよ。早く注文しよう」

「おねえちゃん、おなかすいた~」

「もうちょっと待ってね」

 

 忙しそうにしているウェイトレスを捕まえて今日のオススメを八つと赤ちゃん用の料理を三つ注文した。

 

「…そういえばシリウス、その子の名前は何て言うの?」

「名前で呼ばれた事が無いらしくてな。今新しい名前を考えている」

「呼ばれた事が無いって…」

「いくらその子が、その…あれでも、それは無いだろ…」

「あんまりだわ…」

「むぅ…」

「可哀想すぎるだ…」

「そんなの、辛すぎるよ…」

 

 幼女の想像以上の劣悪な環境にルヴェン達は沈痛な表情を浮かべており、セネディとエベッタは涙を流すほどだった。

 

「はーい、お待たせ―…え?どうしたのこの空気」

「あ、ああ。悪いな。ちょっと、まあ、色々あってな」

「…まあ、深くは聞かないけどさ。辛気臭い顔してるとご飯も美味しくなくなるよ。ご飯を食べる時ぐらい笑いなよ」

 

 ウェイトレスは人数分の料理を置いていって忙しそうに立ち去った。

 

「そうだな…飯の時ぐらい笑わないとな」

「そうね、そうしましょう。今日のオススメは何かしら?」

「今日のは…肉と野菜のシチューだな。それとカミツキウオの香草焼きか」

「美味そうだ…!」

「早く食べよう!」

「ルーナ、熱いから気をつけて食べてね」

「うん!」

「…んー………お?これならしっくり来るな。よし、これにしよう」

「シリウス?」

「この子の名前が決まった。今から君はスピカだ」

 

 現代日本ではスピカはおとめ座の一つでおとめ座で最も明るい恒星だ。

 

「スピカか…良い名前だな」

「スピカちゃんね。良かったわね~」

「良き名前だ」

「スピカっていうだか?よろしくなー」

「スピカ…聞き馴染みは無いけど良い名前だね」

 

 幼女改めスピカは何が何だかよく分かっておらず首を傾げている。

 

「…ぅ…?」

「スピカ。君の名前だよ」

「…な、なな、まええ…?」

「そう。ス、ピ、カ」

「…す、ぴ、か…」

 

 スピカは自分の名前を繰り返し呟いている。

 誰もが産まれてから初めて貰うものである名前。

 それを貰って呟く度にスピカの中に染み込んでいき、凍てついたスピカの心をまた少し溶かした。

 

「スピカ」

 

 シリウスはスピカの頬を伝う涙を見て優しく抱き締めた。スピカは抱き締められても身体を固まらせずにシリウスに身を任しており、その様子を皆は優しく見守っている。

 

「へへっ…」

「良かったわね…」

「ふっ…」

「あぐっ!ん?どうして泣いてるだか?」

「よ"か"った"な"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"…」

「おねえちゃん、どうしてあのこはないてるの?」

「えっとね、とっても嬉しい事があったんだよ」

「そうなんだ~」

 

 スピカを微笑ましそうに見ながら食事を再開した。

 

「あ"~、染みるわ~…」

「だから仕草が一々おっさんなのよ」

「むぅ…このシチューの味を出すにはどうすれば…」

「ルーナ、美味しい?」

「うん!」

「あぐっ!はぐっ!う~ま~い~だ~!!」

「美味しいなぁ…」

「ポラリス~、あ~ん」

「あ~」

「アトリア~、あ~ん」

「あー」

「スピカ~、あ~ん」

「…ぅ…?…ぇ…?」

「あ~ん」

「…ぁ…」

「カペラ~、あ~ん」

「(プルプル)」

「美味しいわねー」

 

 荷物に隠れながらピーニとカペラも出てきて夕食を食べている。シリウスは四人にひたすら食べさせており自分の食事は後回しにしている。ポラリスとアトリアとカペラは普通に食べているがスピカは戸惑っており、出された匙とシリウスを何度も見比べながら恐る恐る食べている。スピカが食べてきたのは冷え切って味がほとんどしない具の無いスープとカチカチに固まり、時にはカビが生えたパンだけだった。

 今まで一度も食べた事が無い温かい食事。

 スピカの凍てついた心をまた少し溶かすには十分過ぎた。

 無言で涙を流しながら食べるスピカをシリウスは優しく微笑みながら食べさせている。四人が満足したところでシリウスも夕食を食べ、終わると今日は早めに寝ようとなり解散した。部屋に戻ったシリウスは寝る準備を全て終えてベッドに三人を寝かせた。固くないベッドに戸惑うスピカをポラリスとアトリアと荷物から出てきたカペラが興味深そうにジッと見つめている。

 

「ほ~ら、皆~、寝るよ~」

 

 シリウスが毛布を掛けると途端に眠気が来たのかポラリスとアトリアはあくびをして眠った。

 

「ふぁ~…おやすみ」

「ああ、おやすみ…スピカもおやすみ」

 

 毛布越しにスピカを優しくポンポンと叩き寝るように促している。

 シリウスと出会い、塔から連れ出されてからずっと初めての事だらけだった。

 初めて抱き締められた。

 初めて撫でられた。

 初めて町に来た。

 初めて身体を洗ってもらった。

 初めて温かい食事を食べた。

 初めて柔らかいベッドに寝た。

 そして初めて名前を付けてくれた。

 何もかも初めてでどうすればいいのか分からない。

 それでも胸の奥がポカポカと温かく感じるのは嫌いではなかった。シリウスの手から感じる温もりと胸の奥から感じる温かさに浸りながらスピカは産まれて初めて幸せな眠りに付いた。

 スピカの凍てついた心は完全に溶かされた。

 

「おやすみ」

 

 眠りながら涙を流しているスピカの額にキスをしてシリウスも目を閉じ眠った。

 

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