「はいよ。水飴だよ」
「本当にお代はいいんですか?」
「もちろんさ。蜂蜜を貰ってるんだ。お代まで受け取る訳には行かないよ」
「…それなら有難く」
水飴を貰ったシリウスは他の荷物を置きに部屋へ向かった。
「さあシリウス!私の分の蜂蜜を出しなさい!」
「落ち着けというに…ほら、ここにある」
「蜂蜜ー!」
荷物の中に入れておいた蜂蜜の小瓶をピーニに渡すとピーニは歓喜の声を上げながら抱き付いている。
「ま~、う~」
「ままー、うーうー」
「…ぅ、ぅぅ…」
「(プルプル)」
「は~い、ポラリス達はこっちの水飴だよ~。っと、その前に味見っと…うん、これなら大丈夫そうだな。ポラリス~、あ~ん」
「あ~。あ~♪」
「アトリア~、あ~ん」
「あー。あーい♪」
「スピカ~、あ~ん」
「…ぁ、ぁー…ぉぉ…」
「カペラ~、あ~ん」
「(プルプル)♪」
「蜂蜜うまー♪」
夕食前ではあるがずっと我慢させていたので少しだけ水飴を上げる事にした。まろやかな甘さが口の中いっぱいに広がり、ポラリスとアトリアは満面の笑みで喜び、スピカは食べた事の無い甘さに目を丸くして驚いている。カペラも食べた事の無い水飴の甘さに喜んでおり、ピーニも満面の笑みで蜂蜜を堪能している。
「は~い、今日はこれでおしま~い」
「あ~、う~」
「ままー、うー」
「…ぅ」
「(プルプル)」
「だ~め。もう少ししたらご飯だからね~。ピーニもその辺にしとけよ」
「うまー♪…そうね。今日はこのぐらいにしとこうかしらね」
もっととせがんでくるポラリス達を宥めつつ水飴の瓶を仕舞った。夕食までまだ時間はあるがシリウスは部屋を出てウェズンの所へ向かった。今朝の依頼に連れていこうと思ったがフォレストビーの規模がどの程度か分からなかったので今回は見送っていた。
「ウェズン」
「ブルルル…ヒィン」
シリウスが厩舎に顔を出すとウェズンは嬉しそうに嘶いて寄ってきてシリウスの手に擦り寄り甘えるように手を甘噛みしている。
「寂しかったよね。ごめんね」
「ブルブル…」
「うん。次は一緒に行こうね。よしよっ、し…」
シリウスの言葉に嬉しいからかウェズンはシリウスの手を強めに甘噛みしてしまい、シリウスは気合いで声を出すのを耐えた。
「あ~、う~」
「うー?うー」
「…ぁ、ぅ…」
「(プルプル)」
ポラリスとアトリアはウェズンの顔を撫でて、スピカも恐る恐るといった感じにウェズンの鼻先を触り、カペラはウェズンの頭の上に乗っている。シリウスはそのまま厩舎に入り、夕食の時間になるまで寝転がったウェズンに膝枕をしてあげて甘やかしまくった。
「ふんふ~ん♪…そろそろご飯の時間だな。ウェズン、また後で来るからね」
「ブルルル…」
ウェズンと一旦別れて食堂に向かうといつもと違い満員だった。
「いつもなら少しは空きがあるんだが…はて…?」
「あっ!待ってましたよ!」
「ハンターのお姉さん、来た!」
「こっちこっち!」
コルルとセイルとセネルが手招きをしていたので向かうとシリウスのために一席だけ空けられていた。
「わざわざすみません」
「いえいえこれぐらい!」
「今日のご飯は美味しいよー!」
「蜂蜜使ってるんだって!」
「へー。どんなのかな?」
セイルとセネルにはそう言ったが他の客が食べているのをチラッと見たシリウスは何が出てくるか大体察した。
「いつもの赤ちゃん用と今日のオススメでいいですか?」
「はい、お願いします」
「分かりました!オススメ一つと赤ちゃん用三つ!」
「はいよー!」
「おーい!こっちも注文頼む!」
「はーい!セイル、セネル、行くよ!」
「「はーい!」」
コルルは厨房へ注文を届けた後他の客に呼ばれて忙しそうに走り、セイルとセネルもその手伝いに向かった。シリウスは料理が来るまでポラリス達と手遊びをして暇を潰している。
「はい、お待たせしました」
忙しそうに接客しているコルルに代わってコルルの母親が料理を持ってきた。今日のメニューはハニーマスタードチキンと野菜のシチューとパンだ。ハニーマスタードチキンにはシリウスが採ってきた蜂蜜が使われており、客のほとんどが注文しており好評だ。
「これうめえな!」
「このマスタードの程よい辛さと蜂蜜の甘さがたまらねえな!」
「美味いから酒も進むぜ!」
「じゃあ食べるか。いただきます。ポラリス~、あ~ん」
「あ~」
「アトリア~、あ~ん」
「あー」
「スピカ~、あ~ん」
「…ぁ、ぁー…」
「カペラ、ピーニ、見つからないようにな」
「(プルプル)」
「分かってるわよ。あーん、んー♪甘辛いのが合うわねー♪」
「あむっ、うまっ。ポラリス~、あ~ん」
美味しい夕食に舌鼓を打ち少し食休みをした後、シリウスは徐に立ち上がって厩舎へ向かった。厩舎では後でまた来ると言ったシリウスをウェズンがソワソワしながら待っており、シリウスの姿を見た瞬間嬉しそうに嘶いている。
「ブルルル…ヒィン」
「おっと。ふふふ、甘えん坊だな」
シリウスが近くまで着た瞬間、鼻先をシリウスの顔に押し当てて甘えている。ほんの一時間程前に散々甘えていたが、ウェズンの年齢を人間に換算すればまだ2.3歳ほどなのでまだまだ甘え盛りなのだ。
「んー…今日はそんなに寒くないし…毛布に包まれば…よし。ウェズン、今日は一緒に寝ようか」
「ヒィン、ヒヒン」
「嬉しいか?そうかそうか」
「えー…本当にここで寝る気なの?」
「そうだが?義娘が一人で寂しい思いをしてるんだからこれぐらい当然だろ?それにピーニはいつもカペラの上で寝てるから特に変わらんだろ?」
難色を示すピーニを母の愛で一蹴し準備のために一度部屋に戻った。歯を磨き、寝間着に着替え、着替え等を肩掛けカバンに入れ、毛布や大きな布を持って再び厩舎へ向かった。厩舎ではウェズンが寝やすいように頭を器用に使って藁を集めていたので、その藁の上に布を敷いて即席のベッドを作りポラリスとアトリアとスピカを優しく置いた。藁のベッドの初めての感触にポラリス達は触ったり、叩いたり、動き回っていたが眠くなってきたのか、可愛らしいあくびをした。
「よっと…じゃあ寝るか。ポラリス、アトリア、スピカ、カペラ、ウェズン、ピーニ、おやすみ」
「ふわあ~…おやすみ~…」
シリウスは一人ずつ頭を優しく撫でた後、ベッドのすぐ側にしゃがんで枕代わりになってくれたウェズンの身体に頭を置いて眠った。
翌朝、日の出の少し後にコルルの兄のサハルが宿泊客の馬の世話のために厩舎に入ってきた。
「ふわぁ…まだ眠い…ん?」
サハルがふと厩舎内を見回すと誰かが寝ていた。
「…酔っ払いか?それとも…」
不審者に対抗すべくサハルは農具入れからピッチフォークを取り出してゆっくり人影に近づいた。人影に近づく前に傍にいたウェズンが目を覚まし頭を持ち上げた。
「「…」」
近づく前に気づかれて固まるサハルと、誰かが近づいてきたので起きたウェズンは目が合い一瞬間が合った。
「ブルブル…」
「しー!」
自分の世話をしてくれるサハルが何故ピッチフォークを持っているのか分からないウェズンは取りあえずシリウスを起こそうと身体を揺すっている。サハルは寝ているのがシリウスとは気づいていないので制止させようとしていた。
「ん…ウェズン、おはよう…」
「ブルブル…ヒィン」
「ん?お世話の人が来てる?あ、おはようございます」
「え、あ、ああ…その、お、おはよう?」
不審者かと思ったら妹達の命の恩人であるシリウスだったので思わず面喰い、どう反応すればいいか分からなかったサハルにシリウスは普通に挨拶した。
「え~っと…何でここに?」
「何でって…寝てたんですけど」
「いや、何でここで寝てたのかを聞いているんだけど…」
「ウェズンと寝るためですけど」
「ウェズンって…このポニーの事?大切にしてるのは分かるけど、そこまでしなくても…」
「ポラリス達と同じぐらい大切だからここにいるんですが」
「ブルルル…ヒィン」
「よしよし」
この世界のごく普通の人の価値観なら名前を付けて可愛がるところまでは理解できるが、一緒に寝るとなると中々理解し難い行為になるようだ。知らないとはいえウェズンへの愛を馬鹿にされたと感じ言い方にかなり棘のある返答をした。自分のために怒ってくれたとウェズンは嬉しくなりシリウスに頭を擦り付けて甘えている。
「あー…ごめん。そんなつもりは無かったんだ」
「いえ、こちらも言い過ぎました」
土足で立ち入ってはいけない所に踏み込んだと理解したサハルは素直に謝り、シリウスも言い過ぎたと謝罪した。
「う~…ふえええぇぇぇ…」
「うー…あああぁぁぁ!」
「…ぅ…?ぁ…ぅぅ…」
「うわあ!?な、何事!?」
「は~い、皆~おしめ変えようね~」
朝から大合唱が始まり驚くサハルだが、シリウスは笑顔でポラリス達のおしめを変え始めた。
「はいスッキリ~。ポラリス、アトリア、スピカ、おはよう」
「ま~♪」
「ままー♪」
「…ぉ…お、おおは、よよう…」
「ママですよ~♪」
笑顔でシリウスに手を伸ばすポラリスとアトリアと見知らぬ人がいて怯えているスピカをシリウスは満面の笑みで抱き締めた。いつものように甘えてくるポラリス達を全力で甘やかすシリウスを見てサハルは普段との差に驚いている。
「(いつもキリっとしてるけど子供には甘いんだな。ちょっと甘やかしすぎな気もするけど…後、いつもカッコイイ服装をしてるから寝間着姿はなんか新鮮だ…)」
いつもは起きた直後に着替えているが、今日はその前にサハルが来たのでシリウスは寝間着のままで全く気づいていない。いつも凛々しい姿のシリウスとのギャップにやや頬を赤くしながらシリウスを見ているサハルの視線にシリウスは気づいた。
「?…おっと、着替えるのを忘れてた」
「!?ちょちょちょ!?で、出るから待って!?」
「??」
ポラリス達をベッドに置いて着替えようと服に手を掛けたのを見てサハルは大慌てで厩舎から出た。
「何で慌ててたんだ?」
「そらあんたが着替えようとしてたからでしょ。男がいるのに何で脱ごうとしたのよ…」
「別に見られたからって気にはしないんだが」
「いや駄目でしょ」
着替え終わりいつものように洗濯をして部屋に戻って干し、終わった後は一階に下りて食堂へ向かった。
「おはようございます」
「あ!ハンターのお姉さん、おはよー!」
「おはよー!」
「あ…お、おはよう」
食堂には先ほど会ったサハルとセイルとセネルがいた。客がいないので今のうちに朝食を取っていたようだ。セイルとセネルはいつも通り元気よく挨拶したが、サハルは先ほどの事を思い出して少し言い淀んでいた。
「お兄ちゃん、どうしたのー?」
「どうしたのー?変だよー?」
「い、いや、何でもないから。ほら、早く食べな」
「「怪しー!」」
「あ、怪しくないから…」
厳しく追及するセイルとセネルに対してサハルはしどろもどろになっており、それを微笑ましく見ながらシリウスは持ってきてもらった朝食のスープとパンを食べている。
「(昼ぐらいになったらギルドに行くか。間違いなく追加報酬はもらえるが、いくら出すんだろうか?一人当たり4000リクルだったから…1000リクル増えたらいい方か。それまでは皆と遊ぶか)」
朝食を食べ終わるとシリウスは一度部屋に戻り再び厩舎へ向かった。厩舎からウェズンを出して厩舎前の狭いながらもちょっとした広場で遊ぶ事にした。
「ウェズン、狭いけどここなら走り回っても大丈夫だよ」
「ヒィン、ヒヒーン」
ウェズンは嬉しそうに嘶き小走りで広場を駆け回っている。厩舎は居心地は良いのだが広くは無いので動き回る事はできず、ウェズンは時々思いっ切り走り回りたいと思っていた。少しとはいえ叶えてくれてシリウスに感謝しつつ思う存分に動き回っている。
「(やっぱりストレスが溜まっていたのかな?今度はちゃんと外に連れていってあげよう)」
「あ~、う~」
「うー…ままー」
「ん?どうしたの~?」
ポラリスとアトリアが走るウェズンに手を伸ばして何かを訴えている。シリウスは取りあえずウェズンに近づくとポラリスとアトリアはウェズンに触り始めた。
「ん~?んー…あ、乗ってみたいとか?試しに…よっと」
「あーい♪」
「当たってた。ポラリスも、よっと」
「あ~♪」
「スピカも乗ってみる?大丈夫、怖くないよ」
「…ぁ、ぅ……の…の、る…」
二人が笑顔でウェズンに乗っているのを見てスピカも迷いつつも乗ってみた。シリウスは三人を乗せてすぐ傍で支えながらウェズンと一緒に歩いている。
「ウェズン、大丈夫?重くない?」
「ブルブル…ヒィン」
「そう?何か合ったらすぐに言ってね?」
「ヒィン」
ウェズンは重くないと言っているが子供に対して過保護になるシリウスは心配でいっぱいだった。ポラリス達が飽きるまでその光景は続き、ウェズンも動き回れて満足した。
ポラリス達は地面に布を敷いてその上で日向ぼっこしながらお昼寝をしており、シリウスはその間にウェズンの身体をブラッシングしている。ウェズンは気持ち良さそうに目を細めてシリウスに身を任している。楽しい時間ほど早く過ぎていくもので、あっという間に昼頃になった。
シリウスは売る素材を荷車に積んでそのまま出発しようした。
「ブルルル…ヒィン」
「え?引っ張る?これを?大丈夫?意外と重いよ?」
荷車を引っ張ると言って聞かないウェズンにシリウスは渋々ウェズンの身体に器具を取り付けた。
「大丈夫?」
「ヒィン」
「本当?辛くなったらすぐに言ってね」
心配でいっぱいな表情を浮かべているシリウスとは対照的にウェズンは張り切って荷車を引っ張っている。シリウスはハラハラしていたが特に問題も無くギルドまで着いた。
「あ、シリウス」
「おはようだ」
「すまん、遅れた。ウェズン、ここで待っててね」
シリウスは二人を見るとどこか違和感を覚えたが触れる事無く荷物を持ってギルドに入った。
「お、来たなリーダー」
「調査に行った連中はそろそろ帰ってくると思うぜ」
「そうか。全員来てるか?」
「ああ。来てないのは調査に付いていった奴らだけだ」
「何人か行ったって言い張る奴もいたけど半紙を持ってなかったから摘まみ出しといたぜ」
少しすれば戻ってくるはずと聞いてシリウスは先に素材を売る事にした。
「すいません、これ売却で」
「はいはい、確認しますね。ふんふん…フォレストビーが五体分。一体分が800リクルで4000リクルでどうですか?」
「ならそれで」
素材の買い取りで4000リクルを貰いクルフとエベッタの所に戻るとドアが開いて調査員達が戻ってきた。
「お、戻ったな」
「で?」
「えー、はい。その…皆さんの仰る通りでした…」
「そんな馬鹿な…」
「ほーら、言った通りだろ」
「おうおう、どう落とし前付けてくれるんだ?」
「さっさと出す物出しなさいよ」
「くっ…上司と相談してきます…」
対応した職員は煽られて悔しそうにしながら奥へ入っていった。
「そんなに威圧するなよ。逆ギレされたら面倒だろ」
「でもよー、今回は完全に向こうのミスだろ?」
「あいつ、いっつもあたし達の事を小馬鹿にしてるのよ。これぐらいいいじゃない」
「まあ、その辺にしといてやれよ。今回の事で多少マシになるだろ。多分」
皆と世間話をしていると先ほどの職員が上司であろう初老の男性職員と共に戻ってきた。
「話は聞きました。今回はこちらのミスで申し訳ございませんでした」
「謝罪は受け入れましょう。それでこちらへの補填などは無いのですか?」
「補填につきましては協議した結果、80000リクルの報酬を100000リクルに、素材の買い取り金額を上げさせていただこうと思うのですがいかがでしょう?」
「100000っていうと、一人当たりいくらだ?」
「えっと…あれがこうで、だから…えっと…」
「一人当たり5000リクルだ。それとフォレストビーの素材の買い取りも上がるから、そうだな…10000リクルぐらいかな」
「俺はそれでいいぞ」
「俺もだ!」
「僕も構わない」
「あたしも」
「ではそれでお願いします」
「分かりました。すぐに準備しますので少々お待ちください」
職員は奥へ入り数分後に既に小分けされた報酬を持ってきた。
「こちらが今回の報酬の100000リクルとなります。お確かめください」
「では失礼して…ひぃ、ふぅ、みぃ…袋一つに5000リクルでそれが20袋。確認しました。皆、集まってくれ。報酬を渡す」
シリウスの言葉に一列に並んでシリウスから一人ずつ報酬を貰った。
「へっへっへー♪このジャラジャラした音が堪らん♪」
「お前の場合、すぐに酒で消えるだろうが」
「ちょっとは装備に回せよ」
「後は素材を売れば10000リクルになるから、あれを買って、それと…」
「これで何を買おっかなー♪」
シリウスは皆が報酬で何を買おうか考えている横を通って先ほどの素材の買い取りの職員の元へ向かった。
「すいません、話は聞いてましたよね?」
「あー…やっぱり?」
「当然。いくらにしてくれるんで?」
「んー…まあ状態も良かったし…じゃあ全部で6000リクルでどうです?」
「私は構いませんが、いいんですか?」
「さっきのあの職員、いつも高圧的で皆からも嫌われてたんですよ。だからあの悔しそうな顔を見たらスカッとして。そのお礼も込みです」
シリウスの予想よりも少し金額が高かったが、理由を聞いて苦笑しつつ追加の金額を貰った。シリウスがクルフとエベッタの方を見ると二人は真剣そうな顔をしていたので、話の内容を予想しつつ二人の所へ向かった。