「むぅ…本当にこれだけでよろしいのですか?」
「ぜぇ、ぜぇ…い、いやこれだけでも十分過ぎ、というか多すぎるんですけど…」
「貴方達、感覚狂い過ぎよ…」
「そうでしょうか?ハウアー商会が傾けば王国全体の景気も悪化します。そう考えれば妥当なものと思いますが…」
あの後正気に戻ったシリウスとエルフィナは今までに無い熾烈な戦闘を繰り広げ、何とかギリギリ許容できる程度に譲歩させる事に成功した。謝礼金は半分の500000リクルとなり、上客の証とポーションはそのまま貰い、魔具の方は正直喉から手が出るほど欲しかったが魔力を回復する指輪だけ貰った。
「本当にエルフィナさんは魔具はいらないんですか?」
「ええ。今は付けてないけど持ってるしね。これ以上貰っても正直持て余すだけだし」
謝礼金とポーションは半分に別けたが、エルフィナは既にいくつか持っているらしいので指輪はシリウスが貰う事になった。
「むむむ…やはり、もう少し…」
「いや、本当にいいですから!もう十分、十分過ぎるぐらい感謝は伝わりましたから!もう勘弁してください!」
「あらら…シリウスちゃんがここまで追い詰められて…」
これ以上ここにいればまた別の何かを渡されると思ったシリウスは貰った謝礼を持ってお暇しようと立ち上がった。
「もう行かれるのですか?」
「ごめんなさいね。この後予定があるのよ」
本当は予定らしい予定は無いのだが、シリウスが帰りたがっているのでエルフィナはそう告げた。部屋を出て受付まで来るとそこには従業員が総出で待ち構えていた。
「本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません」
「またいつでもお越しください。我ら一同、最高のおもてなしをさせていただきます」
「あ、あはは…き、機会があれば…」
「じゃあね~」
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
アムゼロックとロニー、従業員達に見送られながらシリウスとエルフィナはハウアー商会を後にした。
「つ、疲れた…何、あの人達?金銭感覚狂ってるよ…」
「本当ね…疲れてるところ悪いけど一度ギルドに寄ってもいい?依頼完了と素材の回収を頼んでおきたいの」
「ええ。構いませんよ」
シリウスとエルフィナはギルドの方へ歩いていった。ギルドに着くとちょうど〈ヴィクオール〉の面々が依頼から帰ってきていた。
「あっ!シリウスちゃん、お、かえ…!?」
「おん?どうし…!?」
「お二人とも、どうし…!?」
「皆、どうかした…!?」
「ん?どうした?」
レネイ以外はシリウスの方を見て絶句していた。
そして…
「「「「えええぇぇぇ!?」」」」
「うおっ!?一体どうした!?」
「何事!?」
「おいおい、何の騒ぎだ?」
「うるせえな…誰が騒いでるんだよ?」
突然騒ぎ出した〈ヴィクオール〉にギルドにいた他のハンター達は何事かと注目し出した。
「どうしたんですか?」
シリウスが尋ねてもエルフィナを指差して口を大きく開けたまま固まっていた。
「り…!?な…!?ど…!?」
「ふむ…〈緑風〉のエルフィナ!?何で!?どうして!?…ですか?」
シリウスがそう言うと当たってたのか皆はコクコクと頷いている。
「どうしてと言われても…色々ありましたとしか…」
「そうねえ…色々合ってシリウスちゃん達と一緒にいるの。だからあまり騒がないでちょうだい」
エルフィナが〈ヴィクオール〉と周囲のハンター達を見ながらそう言うと、全員口を抑えながらコクコク頷いた。
「ほとんど脅しじゃないですか」
「脅してないわよ。お願いしただけよ♪」
シリウスに笑顔でウインクしながらエルフィナは受付に向かった。
「し、シリウスちゃん?な、何でどうしてこんな事に?」
「さっきも言った通り、色々合ったんですよ。で、何故か気に入られて一緒に依頼をこなしてます」
「はー…おめえさん、すげえ強運だな…」
「凄いですぅ…」
「〈緑風〉のエルフィナ…まさか〈グローミナス〉に会えるとはな…」
「さっきから騒いでいるがそんなに凄い奴なのか?」
「レネイは知らなかったか。数年前、魔物が大量発生した時があった。その時に率いていた魔物のボスを倒したのが一級ハンターチーム〈グローミナス〉だ。押し寄せる魔物の大群を目にも留まらぬ速さで打ち倒し、ボスに致命的な隙を作ったのが〈緑風〉のエルフィナだ。〈グローミナス〉はその戦いで名誉と栄光を手にして英雄と呼ばれるようになったんだが、それからしばらくしてチームは解散したんだ。メンバーはそれぞれ故郷に帰ったと言われてたんだが…まさか王都で会えるとは思わなかった」
「そんな事があったんですねー」
「おめえさん…それだけか?英雄だぞ?もっとこう…あるだろ?」
「無いです」
「ねえのかよ!」
「エルフィナさんはエルフィナさんです。過去にどんな事をしようと関係ありません。私は今のエルフィナさんしか興味ありません」
「お、おう…」
「ほへぇ…」
「ほわぁ…」
「やはり君は凄いな…」
「そんなに凄い女だったのか」
キッパリと言い切ったシリウスにルゥト達は感嘆の声を上げていた。
だがそんな事を言うと…。
「シーリウースちゃーん♪」
「ぬわぁ!?またですか!?」
「えへへ~♪おばちゃん、嬉しいわ~♪」
「だぁー!いい加減離してください!」
シリウスの言葉に嬉しくなったエルフィナがシリウスに抱き着いて頬擦りもしている。シリウスは引き剝がそうとしているがやはり離れなかった。ルゥト達はエルフィナの思いもよらない行動に目を丸くしていた。
「あー…なんというか…」
「なんか…意外…」
「こんな顔もできるんですね…」
「英雄といえども人か…」
「それにしても随分締まりの無い顔だ」
デレッデレに蕩けた顔をしながらシリウスに抱き着いて頬擦りをするエルフィナに対抗するように、ポラリスは手を伸ばしてシリウスの顔を触り、アトリアはシリウスの首に抱き着き、スピカは間近にいるエルフィナに怯えてシリウスに抱き着いて顔を背中に押し当てて小さくなっている。少しの間抵抗していたシリウスだったが、色々と疲れて抵抗を止めてされるがままになっている。
「んっふふふ♪」
「はぁ…」
「ま~」
「ままー」
「…ぅ、ぅぅ…」
頬擦りは止めたがシリウスの腕を組んでご機嫌なエルフィナと未だに対抗してシリウスに甘えているポラリス達と全てを諦めて死んだ目になっているシリウス。
「はぁ~…それで?ギルドに回収を頼んだんですか?」
「ええ。今日の夕方ごろには完了するはずよ」
「シリウスちゃん、依頼に行ってたんだ。何してきたの?」
「ジャイアントスパイダー、です」
一瞬フルメタルスパイダーの事も言おうとしたが、また騒がれるのが目に見えているので言うのを止めた。
「ほへ~、もうそこまで行けるようになったんだ~」
「中々やるじゃねえか!そういや、この前の二人はどうしたんだ?」
「エベッタとクルフは故郷に帰りました。家族に久々に顔を見せにいくようです」
「そうでしたか。私もどのくらい帰ってないかな…」
「そうだな…少なくとも一年以上は帰ってないはず…一級に上がったら一度帰るのもいいかもな…」
「それがいいかもな。俺も故郷の奴らに会いたくなってきてぜ」
「私は…別にいいかな。家族いないし、師匠に会っても仕方が無いし」
「私も構わん。故郷が遠すぎる」
ルゥト達が故郷に想いを馳せている時、エルフィナの顔が一瞬曇ったのをシリウスは目撃した。
「エルフィナさん?」
「ん?なあに?」
シリウスが声を掛けるといつものエルフィナに戻ったのでシリウスは触れる事無く胸の奥に仕舞っておく事にした。
「(誰にだって話したくない事あるしな)いえ、何でもありません。それより怪我は大丈夫ですか?」
「ええ。ポーションも効いたし、もう元気いっぱいよ」
「駄目です。過信はいけません。少なくとも今日一日は安静にしててください」
「えー…はーい…んっふふふ♪」
「何笑ってるんですか…全く」
シリウスに苦言を呈されたが、シリウスの優しさを感じてエルフィナは嬉しそうに笑っていた。
「…そうだ。ついでに聞いておこう。リクオン派、でしたか?それの道場でどこか良い所はないですか?」
「道場か?それならいくつか知っているが…うーむ…」
「リクオン派だろ?それなら東西南北、どの地区にもあるっちゃあるが…」
「何か問題が?」
「俺達が知っている所だけかもしれんが…このところ、あまり良い評判を聞かないからな」
「経営に行き詰まってたり、教え方が下手だったり、女癖が悪かったり、見た目で選んだりとどこも似たり寄ったりだな。しかもどこもかしこも滅茶苦茶金を取るんだよなぁ…」
「うわぁ…面倒な…」
「まあ、普通に教えてくれる所もあるから取りあえず見学してから決めたらいい。案内しよう」
シリウスはエルフィナとルゥト達と共に最寄りの道場に向かうためにギルドを出た。
「…〈ヴィクオール〉とは師弟関係じゃなさそうだな」
「単純に仲が良いだけか?」
「一級間違い無しの〈ヴィクオール〉、伝説の一級ハンター〈グローミナス〉の一人、〈緑風〉のエルフィナ…」
「あの嬢ちゃんの交友関係、どうなってんだ?」
「…よう、今後の事を考えてあの嬢ちゃんと仲良くなった方が良くねえか?」
「あー、確かに…」
「それはアリだな」
「でもさ、突然親し気に声を掛けたら怪しまれない?」
「確かに…」
「私だったら絶対疑うもん」
「あの嬢ちゃん、その辺の勘が鋭そうだからな」
「どうやって仲良くなる?」
「うーん、そうだな…」
一部始終を見ていたハンター達はシリウスと仲良くなった方が今後のためになると判断して集まり始めて作戦会議をしている。一気に注目の的になったシリウスはその事を知らずにルゥト達に案内されて道場へやってきた。道場はシリウスの前世である剣道場などの道場と同じような造りをしていた。
「一番近い所はここだ。だが、その、ここは…」
ルゥトは何やら口ごもったが無理はなかった。
「だから!何度も言ってるだろうが!グッ、ってやって!ガー、って出すんだよ!」
「だから分かんないっすよ!?」
「何で分からないんだよ!」
開いているドアから中を見てみるとちょうど生徒が教わっているが、講師の教え方が抽象的過ぎて生徒が理解できていない。
「あの講師の男は感覚派らしくてな…口で説明しようとするとあんな感じになる…だがここはまだマシだ」
「これでですか?」
「ああ。ここはまだ怒鳴るだけだが酷い所だと理解できないのは生徒が無能だからだと殴る所もあるらしい」
「俺もグッ、ってやって、ガー、って出すで教わったしな。それで理解できる奴もいるんだが…」
「あそこの人はそれでは分からないみたいですね」
「よし、次に行こう」
再び歩き出して次に来た道場には人混みができるほど見物客がいたが、その目的は魔戦技とは全く関係無かった。そこにいる全員が見ているのは美人の女性講師と女性の生徒達だった。
「ヒュー!いいぞー!」
「もっと激しく動いてくれー!」
「もっとバルンバルンと揺らすんだよー!ヒック!」
「ケツも振るんだよー!ギャハハハハ!」
木剣を振るう度に下品な野次が飛び、講師も生徒も辟易としていた。
「ここは止めときます」
「だな。そうした方がいい」
「教え方はいいんだが、立地がなぁ…」
ゴルドの言葉通り、道場の向かいには酒場があって酔っ払いが酒の肴に見物していた。流石に教え方が良くてもこう邪魔が入ると覚えるものも覚えられなくなるのでここは止めておく事にした。次に向かった所は他よりも寂れた道場で中を覗いてみても誰もいなかった。
「おい、誰もいないぞ」
「おかしいな…少し前まで確かにやっていたんだが…」
「最近どこも不況みたいだし、多分…」
「あー…潰れたか…」
「そうか…ここの講師は良い奴だったんだが…」
オルティナ王国では隣国との関係悪化により徐々にだが景気が右肩下がりになっており、その不況の所為で経営が成り立たず、店を畳んだり、夜逃げする者も出始めている。ルゥトの案内で他の道場も見て回ったが、どこもシリウスには向いていないような所ばかりだった。
「うーむ…どこも似たり寄ったりだな…」
「俺達が知ってるのはこれだけだな」
「私が知ってる所も今見てきた所と同じようなものね…」
「どうすっかなぁ…」
マトモな所がどこにも無くてシリウスは頭を悩ませている。
「…ぅ、ぅ…ご、ごめ、ごめめ、めん、なな、なさい、いい…」
「ん?スピカは何も悪くないよ~。大丈夫大丈夫」
悩んでいるシリウスを見て自分が迷惑を掛けていると勘違いしてスピカが謝ってきた。シリウスがあやしてもスピカは暗い表情のままで近くにいるルゥト達とエルフィナに怯えている。
「(うーむ…心の傷は未だ癒えず、か…今みたいにスピカは何も悪くないのに謝ってくるし…まだまだ時間は掛かりそうだな…早くママって呼ばれたい…おのれ生みの親。絶対に許さんぞ。会う機会があれば足の小指を思いっ切り踏んづけてやる)」
地味に痛い仕返しをアシェール侯爵にぶつける事を誓いつつ暗い表情で怯えるスピカをあやしている。
「スピカちゃん、大丈夫?」
「ひぅ…!?」
「よしよし、大丈夫だよ~。すみません」
「ううん、いいのよ。ごめんね~」
スピカは心配して声を掛けたエルフィナに怯えガタガタと震え出し青褪めている。
「…その子、大丈夫か?」
「人見知りが激しくて、私以外の人はまだ駄目なんですよ」
「そうなのか」
「ちょっとその子から離れよっか」
「そうですね。顔色も悪いですし」
気を利かせてくれてルゥト達とエルフィナはシリウスから少し離れた位置に移動した。シリウスはその間にスピカを背中から下ろして右腕で抱き上げた。
「よしよし。大丈夫、大丈夫」
シリウスの肩に顔を埋めるスピカの背中をトントンと叩きながらあやし続けようやく震えも治まってきた。
「あなた達は他の地区でリクオン派の道場知らない?できるだけギルドから近い位置で」
「…いや、俺は知らないですね」
「あー…俺も」
「そう…うーん…」
「その…ずいぶん彼女に入れ込んでいるんですね?」
「あら、そう見える?」
「まあ…はい」
「まあ、そうよね。実際、私はあの子の事が気に入ってるし。だからあれこれお節介を焼きたくて仕方ないの。それにポラリスちゃんとアトリアちゃんとスピカちゃんが可愛いしね!」
「そ、そうですか…」
「はあ~…早くスピカちゃんとも仲良くなりたいわ~」
「ま、まあ、頑張ってくださいとしか…」
「それにしても、中々嬢ちゃんに合いそうなとこはねえな」
「この際、リクオン派以外を視野に入れるのも検討した方がいいかもしれないわね…」
「確かに…」
「リクオン派以外だとヘラルド派と…後は何が合った?」
「俺は知らないな」
「私も知らないわね」
「二大主流ってだけで他にも色々あるからな」
「他のなんて俺、聞いた事ねえよ」
「そんなにあるんですね…」
「細かいのも合わせたら十は軽く超えると思うぞ?」
「ほへー」
「弓矢用の魔戦技とかもあるんだろうか…」
「探せばありそうね。他の流派は地道に探すしかないわね」
シリウスがスピカをあやしている間、ルゥト達とエルフィナはシリウスの魔戦技について相談していた。その時、可愛らしい音がポラリスとアトリアとスピカのお腹から聞こえた。
「ふふふ…お腹空いたね~。何か食べよっか」
「…あら、もうこんな時間」
道場を探し回っているうちにいつの間にか夕方になっていた。
「探すのに夢中で時間経っちゃったねー」
「そういや腹も減ったな」
「探すのはまた今度だな」
道場を探すのはここまでとなり、ルゥト達とは別れる事になった。
「シリウスちゃーん、またねー」
「じゃあな」
「気をつけてな」
「ではまた」
「ではな」
「今日はありがとうございました」
ルゥト達を見送った後シリウスとエルフィナは一度ギルドに戻ってきた。
「さてさて、素材は届いてるかしら?」
「あ、エルフィナさん。頼まれた回収ですが裏で保管してありますよ」
「そう。なら、明日にでも取りにくるわね」
今日はもう遅いので素材の剥ぎ取りは明日にする事にした。
「それじゃあ、シリウスちゃん、ポラリスちゃん、アトリアちゃん、スピカちゃん、また明日ね」
「はい。また明日」
「あ~」
「あーい」
「…ぅ、ぅぅ…」
ギルドを出てエルフィナと別れたシリウスは、宿屋へ戻り夕食を食べウェズンと戯れた後眠った。
「(クッフフフフ…楽しい夢は見れたかのぉ?じゃが、それもそろそろお終いじゃ。クッフフフフ…)」