転生したと思ったらママになっていた件   作:大神降ろし

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第八十四話

 

「スピカー!どこだー!?スピカー!」

 

 シリウスは町中を大声を上げながら駆け回っていた。周囲の人達は何事かと見てくるが、シリウスはそれに反応する余裕すら無く必死の形相で走っていた。シリウスが目を覚ました時、部屋からスピカの姿が消えていたのだ。

 何故こうなったのか、一時間ほど遡る。

 シリウスが目覚める少し前の部屋の中でスピカは悪夢に魘されていた。

 

「何故、貴様だけがのうのうと生きているのだ」

「何もしていない私達を殺しておきながら」

「お前は呪われた子だ」

「お前は幸せになってはいけない」

「この化け物が」

「化け物が」

「化け物が」

「ぅ、ぅぅ…」

 

 暗い、暗い場所で黒い人影達からひたすら罵倒され続けていた。スピカはその場に蹲ってひたすら罵倒に耐えるしかできなかった。

 

「わ、わたしは…」

「あれだけ殺しておいてお主、幸せになれるとでも思っておるのか?」

「ぇ…」

 

 黒い人影以外の声が聞こえてスピカは顔を上げると言葉を失った。

 そこには自分と瓜二つ、いや、自分がいた。スピカの姿で、スピカの声で、スピカを責めている。

 

「わ、わたしが、いる…」

「そう。わしはお主。お主はわしじゃ。だからお主がしてきた事、全て知っておる」

 

 “スピカ”は見る者全てが悍ましいと思うほど嗤った。

 

「のう?どれだけ殺した?十人か?二十人か?何もしていない者らを殺したお主が幸せになれると本気で思っておるのか?あの女に何を吹き込まれたか知らんが、お主の罪は永劫消える事は無い」

 

 “スピカ”は嗤いながらスピカの心を抉っていく。

 スピカは顔面蒼白になり震えながら耳を押さえて聞かないようにするが、“スピカ”がその手を捻り上げてスピカの顔を覗き込んだ。

 

「お主は呪いの子だ。化け物だ。その呪いでいつかあの女も殺す事になるぞ。それでもよいのか?」

「!?」

 

 自分がシリウスを殺す。

 その可能性を示されてスピカは目を見開いた。

 シリウスはあの暗くて狭い塔からどこまでも広くて明るい日の光の下に連れ出してくれた。それだけでなく経験した事が無い色々な事をさせてくれ、色々な物に触れさせてくれた。そんなシリウスを自分が殺してしまうかもしれない。

 死人のような顔色となり呼吸は荒くなってスピカの心はギシギシと軋み始めた。そんなスピカの心境が“スピカ”には手に取るように分かり自分の計画通りに進んでいる事にほくそ笑んでいる。

 

「(クッフフフフ…これでこやつはあの女から離れるしかなくなる。そうすればもう、誰も我の邪魔をする者はいない。復活の時は近い!クッフフフフ!)」

 

 “スピカ”はシリウスとスピカを引き剥がすためにスピカを貶し心を抉っていたのだ。

 

「お主があの女を殺すんだ」

「…い、いや…!いや、だ…!」

「なら、どうすればいいか分かるな?」

「ぅ、うぅ…」

「クッフフフフ!フハハハハ!!」

 

 スピカの諦めたように項垂れた仕草を見て勝利を確信し“スピカ”は高らかに嗤っていた。そして悪夢から目覚めたスピカは全てを諦めた表情でベッドを降りた。

 

『はようここから離れんとなぁ。じゃが、このままドアから出れば気づかれてしまうからのぉ。ほおれ、手伝ってやろう』

 

 スピカの脳内に“スピカ”の声が聞こえたと思ったらスピカの足元に魔法陣が出現し、光った直後スピカの姿は消えていた。

 

「…ん~?」

 

 温もりが消えたのと何かが光ったのを感じてシリウスは目覚めた。

 

「ふわぁ…ん?スピカ?スピカ!?どこだ!?」

 

 目を覚ますとベッドからスピカの姿が消えていてシリウスは一気に眠気が吹き飛んだ。

 

「!?ふえええぇぇぇ…」

「!?あああぁぁぁ!」

「あぁ、二人ともごめんね!えーっと、一先ず二人のおしめを…!」

 

 焦っているがポラリスとアトリアを放っておく訳にもいかないので、焦りながらも二人のおしめを急いで変えて自分も着替えた。

 

「ふわぁ~…もう、朝から何なのよ…」

「(プルプル)?」

「ピーニ!スピカがいなくなった!」

「はぁ?その辺に隠れて…いる訳無いわよね」

「当たり前だ!とにかく行くぞ!」

「のわぁ!?ちょっと!?もう少し丁寧に…!?ふごぉ!?」

「(プルプル)!?」

 

 焦っているシリウスはピーニとカペラを握りしめてカバンの中に突っ込んだ。ポラリスとアトリアを抱き上げてカバンを持って急いで部屋を出た。

 

「あっ!おはようござ―――」

「すいません!スピカ、えっと帽子を被った私の娘を見ませんでした!?」

「うぅ!?え、えっと、み、見てないですぅ…」

 

 コルルに詰め寄ってスピカの事を聞くがコルルは何も見ていなかった。焦っているシリウスに目を丸くしているコルルを放っておいてシリウスは宿屋中を駆け回ったがスピカの姿はどこにも無かった。

 

「まさか外に…!?くっ!」

 

 シリウスは厩舎にいるウェズンの所へ走った。

 

「ブルルル…」

「ウェズン!ごめん!今ちょっと構ってあげられない!ピーニ!悪いが子供達の事頼むぞ!」

「はあ!?ちょ!そんなの無理に…ちょっと聞きなさいよー!」

 

 ウェズンの傍にポラリスとアトリアを置いてピーニに全てを託してシリウスは町へ駆け出していった。

 

「ま~!」

「ままー!」

「(プルプル)!」

「ヒィン!」

「あー、もう!話を全く聞かないんだから!私一人でどうしろっていうのよ!?」

 

 宿屋を飛び出したシリウスは道を駆けだそうとした時、通行人にぶつかりそうになった。

 

「おっと」

「すいません!」

 

 通行人の男性はぶつかる直前に避けてシリウスは一声掛けてから駆け出していった。

 

「何だったんだ?」

 

 男性は首を傾げたがすぐに興味を失い歩いていった。

 そして冒頭に至る。

 

「(スピカ…!一体どこに!?というかどうやって外に!?ドアを開けた音なんて聞こえなかったぞ!いや、今はそんな事どうでもいい!)スピカー!」

 

 いなくなったスピカを大声で呼びながらシリウスは町中を駆けている。だが行く当てなんて無いスピカを町中から探すのは至難の業だった。どれだけ必死に探しても姿は見つからず、通行人に尋ねても誰も知らず焦りだけが募っていく。

 

「(くっそ!一体どこに…!?まさか、もう誰かに…!?いや、いや!そんな事考えるな!絶対に見つけ出す!)はぁ、はぁ…スピカー!」

 

 嫌な考えを振り切るように頭を振って再び駆け出した。そのスピカは東通りにある銅像の近くで帽子を被り寝間着のまま暗い表情で座っていた。

 

「(も、もう、も、もど、もどれ、れれ、ない、い…わ、わた、しし、が、がい、いれ、ればば、ま、またた、の、のろ、ろろい、が…)」

『そうだ。お主はもう戻れない。二度ほど呪いが効かなかったが、何故三度目が無いと言い切れる?お主がいればあの女は死ぬ。お主が殺すからだ』

「…!!」

 

 “スピカ”の言葉にスピカは膝を抱えて小さくなり抉られていく心の痛みに耐えようとしている。だが“スピカ”はそんな事お構いなしに、むしろ嬉々としてスピカを追い詰めていく。道行く人は幼女が一人蹲っているのに気づいているが、巻き込まれたくないのか誰もスピカに声を掛ける事無く通り過ぎてゆく。その行動も今のスピカには、自分が呪いの子で化け物だから誰も助けてくれないと思ってしまい益々心が抉られていた。

 

『(もう少しじゃ…!もう少しでこやつの心は砕ける…!そうすれば、待ち望んだ復活じゃ!クッフフフフ!)』

 

 スピカの心に罅が入っていき、このままいけば“スピカ”の言う通り心が砕けるのも時間の問題だった。

 

「ふんふ~ん♪今日もシリウスちゃんとポラリスちゃんとアトリアちゃんとスピカちゃんに会えるわ~♪…ん?…んん?…んんん!?」

 

 だがここで“スピカ”の計画にイレギュラーが生じた。

 シリウス達と会うためにギルドへ歩いていたエルフィナがふと見た銅像で見知った幼女を発見し三度見した。

 

「す、スピカちゃん!?ど、どうしたのこんなとこで!?シリウスちゃん、ママはどうしたの!?」

「ひぃ…!?」

 

 エルフィナは慌ててスピカに近づいていくが怯えた声を出したスピカに思い留まった。

 

「とと…んんっ。大丈夫よ、スピカちゃん。おばちゃんは何もしないわ。だからここにいるわね」

 

 エルフィナはスピカから少し離れた所にしゃがみ様子を見る事にした。

 

「(一体どうしたのかしら?シリウスちゃんがスピカちゃんだけを置いてどこかに行くわけ無いし…スピカちゃんが一人でここまで来た?そんな事したらシリウスちゃんがすぐに気づくはず…誰かに連れてこられた?何の目的で?メリットは?周りにはそういう気配も無いし…)」

『(ちぃ…!今一歩というところで…忌々しい…!そうじゃ。ここで呪いをばら撒けば…そうすればこやつの心も砕けるじゃろう…クッフフフフ!)』

 

 “スピカ”が呪いをばら撒こうと準備をし始めた時、スピカがエルフィナに話しかけた。

 

「…わ、わわ、たた、たし、しににに、ち、ちかか、かづ、づい、たら、たら、だ、だめ、だめめ…」

「あら、どうして?」

「…わ、わた、わた、たし、ししし、は、はは…」

「…ねえ、スピカちゃん。もしかしてここにはスピカちゃんだけで来たの?」

 

 エルフィナはスピカに問い掛けるとスピカは怯えながらも小さく頷いた。

 

「そう。どうして?ママが嫌いになった?」

「…ち、ちが、う…!で、ででももも…!わた、わた、しが、がが、い、いた、いたらら…!」

「…!?黒目に黒髪…!?…そっか。だからシリウスちゃんはずっとスピカちゃんに帽子を…きっと全部覚悟の上で…」

 

 スピカと目が合い、さらに僅かにズレた帽子から見えた髪の色から全てを察したエルフィナは優しくスピカに声を掛けた。

 

「ねえ、スピカちゃん。もしかして自分がママといたら迷惑が掛かると思ったからママに何も言わないで出てきたの?」

 

 エルフィナはほとんど確信を持っていたがスピカに敢えて尋ねるとスピカは俯きながらも小さく頷いた。

 

「そう。でもね、スピカちゃん。ママは絶対にそんな事思わないわよ」

「そ、そそ、そん、んなな、わ、わけけ…!」

「いいえ。絶対思わないわ。ねえ、スピカちゃん。思い出してみて。今までママがスピカちゃんにしてくれた事」

 

 エルフィナにそう言われたスピカの脳裏にはシリウスと過ごした日々が思い出されていた。

 

「スピカ~、よしよし。いい子だね~」

「スピカ~、あ~ん…美味しい?」

「スピカ~、おいで~。ふふふ、ギュ~」

「スピカ」

 

 思い出される記憶にはシリウスからの無上の愛ばかり感じられるものだった。

 シリウスは自分の凍てついた心を溶かしてくれた。

 名前を付けてくれて、温もりをくれて、愛を注いでくれた。

 自分といればいつか呪いで殺してしまうかもしれない、そうでなくても迷惑を掛ける事は間違いない、だからシリウスの元を去るしか無いと思っていた。だがエルフィナに言われシリウスから受けた愛を思い出し、それでも一緒にいたいという想いが膨らんできて迷いが生じた。

 

『(ええい、余計な事を!まだ溜まり切っておらんというのに…!)そんなものまやかしじゃ!誰も呪われた化け物の事など愛しておらぬわ!』

 

 スピカの脳裏に“スピカ”の声が聞こえスピカの心を抉るが、スピカの迷いを消すには至らなかった。

 

「で、でで、でもも、わ、わた、わた、し、しはは、は…」

「それにスピカちゃんは黙ってママから離れたんでしょ?今頃探してるわよ。多分、そろそろ…」

『(余計な事をしよって、このアマが!まだ溜まり切っておらんが、呪いで…!)』

 

 “スピカ”が呪いを発動しようとした時。

 

「スピカあああぁぁぁ!!」

 

 シリウスの声が聞こえてスピカが声がした方を向くとそこには大量の汗を掻いて息絶え絶えになっているシリウスがいた。スピカの姿を見たシリウスは一直線にスピカの元へ走った。

 

『はっ!見よ、あの顔!余計な事をしたお主に怒っておるわ!このような事をしたお主の事など愛している訳…!』

 

 “スピカ”の言葉にスピカは身を固くして俯くが、シリウスはそんな事関係無しにスピカに駆け寄ると力いっぱい抱き締めた。

 

『…は?』

「…ぇぅ?」

 

 思っていたものとは違う状況に二人は呆気に取られていた。

 

「スピカ…!スピカ…!良かった…!あぁ、良かった…!はっ!?どこか怪我は!?痛いとことかは無い!?大丈夫!?」

 

 怪我が無いか確認するシリウスの表情には心配と安堵しか無かった。

 

「…ど、うし、て…?」

「スピカ?」

「な、なん、なん、でで、わ、た、たし、ししは、の、のろ、いいの、ここ、な、な、のに…わた、わた、しはは、こ、こにに、い、い、いちゃ、いちゃい、いけ、

けな、ない、のにに…」

「スピカ…」

「わた、わた、ししとと、い、いれ、れば、ば、し、し、しん、しんじゃ、う、の、のにに…」

「それでも私はスピカを愛してる」

『!?』

「!?」

 

 シリウスはスピカの言葉で何故いなくなったのか全てを察した。そしてその上で自分の想いを伝えた。

 

「スピカがどんな子でも、スピカはもう私の子供だ。私の大切な愛しい娘だ。例え世界がスピカを否定しても、私はスピカを愛し続けるよ」

「…な、ん、で…」

「私がスピカのママだからだよ。ママはどんな時でも子供の味方なんだよ」

 

 慈愛に満ちた表情でシリウスはスピカにそう告げた。シリウスの言葉は罅が入り、黒いヘドロのようなものがへばり付いたスピカの心に染み渡っていき、少しずつ罅が直っていきヘドロのようなものも剥がれていく。

 

『ぬおっ!?馬鹿な!?ここまできて持ち直すじゃと!?ありえん!』

 

 ヘドロのようなものである“スピカ”は引き剥がされそうになり必死にしがみ付いている。

 

「スピカ。私と家族になろう。私はスピカがいないと寂しくて嫌なんだ。お願い」

 

 シリウスはスピカを抱き締めながらスピカの心に届くように優しく告げた。

 

「ひっく…!い…い、ひっく、いっ、しょに、い、たい、…や、だ、は、はな、れた、く、ひっく、ない…!」

「うん。スピカ、一緒にいよう」

「う、ううう…!うわあああぁぁぁ…!」

 

 スピカの本音を聞いてシリウスは力を込めて、でも痛くないようにスピカを抱き締めている。スピカは大粒の涙を流し大きな声を出しながらシリウスに抱き着いている。

 凍てついた心の他にスピカの心を縛っていたものが今、解かれた。

 スピカは生まれた時から声を上げて泣いた事は無く、その後も声を出すだけで罵られ怒鳴られたので泣く事も無かった。

 だから今この瞬間、スピカは生まれシリウスと家族になったのだ。

 

「生まれてきてくれてありがとう、スピカ」

 

 その祝福の言葉を聞いてスピカの心は完全に直り、“スピカ”を弾き飛ばした。

 

『ぬおおおぉぉぉ!?おの、れ…!おのれおのれおのれぇ!後一歩のところでぇ!許さん…許さんぞ、女ぁ!わしは消えん!必ずや目に物言わせてやるわ!』

『あん?…やってみろ、返り討ちにしてくれるわ。いつでもかかってこい。その髭を引き千切ってやる』

『髭など生えておらぬわあああぁぁぁ…』

 

 完全に引き剥がされた“スピカ”はシリウスに恨み言を言いつつスピカの心の奥へ吹き飛ばされていった。

 

「(男じゃなかったのか…)」

 

 勝手な想像で突如頭の中で響いた声を髭面の老人だと思って発言したが、全然違っていたようだ。

 シリウスとスピカが抱き締め合っているその隣ですっかり蚊帳の外になっているエルフィナが泣きつつも声を出さないようにしていた。

 

「(スピカちゃん、良かったわねぇ…!駄目よ私。ここで声を出しちゃ駄目。存在を消すのよ…!)」

 

 様子を窺っていた周囲の人達もシリウスが話した内容から全てではないがある程度察してエルフィナと同じように感動し、泣きながらも母娘の邪魔をしないように声を出さないように抑えていた。事情を知らない通行人達は何故皆が泣いてるのか分からず若干引いていた。

 事情を知る者と知らない者との温度差が酷い空間がしばらくできていた。

 

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