森の中で異変が起きていてそれの調査を村長から依頼されたシリウスは、仕方が無く引き受けて森の奥へ向けて歩いている。
「…やっぱ引き受けるんじゃ無かったかな…」
「さっさと断ればよかったのに」
「そうしたら絶対あのドラ息子が絡んでくるだろ?」
「それはそうだけど。でも、この広い森を一人で調査するのは無理があるわよ」
ピーニの言う通り情報が森の中しかなく、しかも広大な森をシリウス一人で調査するのは無理があったがシリウスには秘策があった。
「なので皆にお願いする。えーっと…おーい、そこの風の精霊さん」
シリウスは目の前を漂っていた風の精霊に声を掛けた。風の精霊は不思議そうにしながらシリウスに近寄ってきた。
「ちょっと尋ねたい事が合ってね。この森で異変…変わった事とか無かった?」
「―――」
「んー…そうか、ありがとう」
「―――」
「え?ほんと?うん、ありがとう」
声を掛けた風の精霊は何も知らなかったが他の皆を集めると言ってくれたのでしばらく待っているとシリウスの前に様々な精霊が集まってきた。
「おおう…壮観だな」
「こんなに精霊が集まるなんて中々無いわよ」
「あー…皆に聞きたい事があるんだ。最近森で変わった事とか無かった?」
「―――」
「―――」
「―――」
「あー…んー…多すぎて何を言ってるのか分からん」
何となくでしか精霊の言葉を分かっていないシリウスは一斉に話し掛けられて上手く理解できなかった。
「しょうがないわね…そりゃっ」
見かねたピーニがシリウスの頭に手を置いて魔力を流した。
「にんげんしゃんだ」
「ちっちゃなにんげんしゃんもいりゅ」
「もーむもいりゅよ」
「ようせいしゃんだ~」
「へびもいりゅ~」
「おうましゃんだ~」
ピーニのお陰で精霊の声が聞こえるようになり、さらに姿もより明確に見えるようになった。シリウスの目にはデフォルメ化して二頭身になった手の平サイズの幼女が、シリウスやポラリス達の周りをフヨフヨと浮いているのが見えていた。
「おお…ちゃんと聞こえる。っていうか皆随分舌っ足らずなんだな」
「あら、そう聞こえるの?私には普通に話してるように聞こえるけど」
「後、何で幼女なんだ?」
「へ?私は光の球体なんだけど」
「種族の差かね?まあ、その辺はいいさ。可愛いし。えー、皆~、この森で変わった事とか無かった?」
「かわったこと?」
「ふわふわ~」
「しりゃにゃい」
「にんげんしゃんおっきい~」
「わたちも~」
「でもちょっとまえからちょっとだけしゃむくなった」
「もーむぷにぷに~」
「(プルプル)」
「おっきくてこわいまものしゃんもみりゅようににゃったにょ」
「ちっちゃなにんげんしゃん」
「しゃんにんもいりゅ」
「う~?」
「うー?」
「な、なに、これ…?」
「にゃんかね、びゅんびゅんとんでりゅのもみたことがありゅにょ」
「へびしゃん、ちっちゃいにょ」
「シュー?」
「おっきなこえでしゃけんでたにょ。こわかったにょ」
「おうましゃんぱっかぱっか~」
「わたちも~」
「ブル?」
舌っ足らずで皆が一斉に話し出し、合間合間に他の精霊が関係無い事を話すので何を言っているのかピーニには分からなかったがシリウスは違った。
「ふんふん…少し前に寒くなってきて、大きい魔物ですら逃げてくる空を飛んで大声で吠えるような魔物が現れた…って感じか」
「よく分かったわね…」
「ママだからな、私は」
「理由になってないわよ」
「まあそれは置いといて…森の異変は他所から来た魔物の所為って事かね。後はどこにいるのかだけ探れば終わりだ」
シリウスがピーニと話している間に精霊達はシリウスの頭の上に乗ったり、ポラリスとアトリアとスピカを興味深そうに見ていたり、カペラを突っついたり、ハダルを撫でたり、ウェズンに乗ったりと自由にしていた。
「その寒くなったり声が聞こえたりした場所ってどこか分かる?」
「こっちなにょ」
「こっちこっち~」
精霊達に引っ張られながらシリウスは森の中を進んでいく。進むにつれてだんだんと上り坂になっていき、道らしき道も無いので藪を掻き分けて、木を掴みながら上っている。シリウスとウェズンにとっては厳しいが精霊達は浮いているので全然苦ではなく、息を切らしながらウェズンが上るのを手伝っているシリウスの服を引っ張ったり、押したりして手伝ってくれている。
「はぁ、はぁ…ウェズン、頑張って」
「ヒィン」
「うんしょうんしょ」
「よいしょよいしょ」
「うに~」
「ふに~」
「はぁ、はぁ…君達もありがとね」
疲れているものの微笑ましい行動をする精霊達にシリウスは笑みが零れている。その後休憩を挟みながら斜面を上り続けると精霊達が言った通り段々と気温が下がってきて冷えてきた。
「冷えてきたな…皆に上着を着せるか」
シリウスは荷物からポラリス達の上着を取り出して着せ始めた。ポラリスとアトリアとスピカだけでなく寒さが苦手なハダルを布で優しく包み、ウェズンには使っていない大きな布で胴体を包んだ。
「こんなもんか。カペラは大丈夫?」
「(プルプル)」
「大丈夫?もし寒くなったら言ってね」
再び上り始めてしばらくしたらようやく精霊達が言っていた場所に辿り着いた。そこは山の中腹で岩が露出している場所で洞窟があった。
「あしょこなにょ」
「とってもしゃむいにょ~」
「ぐるぐるいってりゅにょ」
「こわ~い」
「そうなんだ~。なあピーニ、あれ、中も確認しとかないと駄目だよな…?」
「でしょうね。他にも似たような洞窟が無いとは限らないし」
「だよな~。はぁ…仕方が無い、行くか」
意を決してシリウスは洞窟の中に入っていった。怖いと言っていた精霊達も震えながらシリウスに引っ付いて付いてきた。
「こわいにょ…」
「はにゃれにゃいで…」
「何で付いてきたのかね…【ティンダー】」
指先に灯したティンダーを頼りに薄暗い洞窟を歩くシリウス達と精霊達。洞窟の中は動物や魔物の骨などが散乱しており大きな魔物の足跡も残されていた。魔物がここを寝床にしているのは間違いないらしく後は姿を確認するだけだった。そこまで深い洞窟ではなかったのですぐに一番奥までやってきた。多少開けていて天井には穴が開いていて光が差し込んでおり、その端の方に葉っぱや草を集めて作られた寝床がありその上に何かがいた。
「何かいるな…」
「気をつけてよ?」
「分かってる」
シリウスが音を立てないように慎重に近づくとそこにいたのは背中から小さな翼を生やした子犬サイズの狼だった。
「何これ?」
「これ、ドラコウルフじゃない!?」
「ドラコウルフ?」
「めっっっっっちゃくちゃ強い魔物よ!普通はもっと人里離れた所にいるはずなのに何でこんなとこにいるのよ!?」
「静かにしろって。起きたらどうするんだ…ん?というかこの子…」
シリウスが小さなドラコウルフにさらに近づくと苦しそうな荒い息遣いをしており、そっと頭や身体に触るとかなり熱かった。
「かなり熱が高いな…それに腕に傷跡がある…傷口の色もかなり悪いな。毒かこれ?すぐに対処しないと死んじまうぞ」
「ち、ちょっとシリウス!?何してるのよ!?」
「何ってこの子を助けるんだよ」
「なーに言ってるのよ!?早く逃げるわよ!すぐに親が戻ってくるわ!」
「悪いが見過ごせん」
喚き散らすピーニを放ってシリウスは荷物を下ろしポラリス達を地面に敷いた布の上に置いて小さなドラコウルフの治療を開始した。傷口を水で丁寧に洗い上位のポーションを荷物から取り出した瞬間、背中に凄まじい悪寒が走った。
「!?…来たか」
「へ?何が…ひぇ…!?」
シリウスとピーニが振り返るとそこには翼を生やした巨大な狼がいた。口にはビッグホーンの死体が咥えられていたが、それを脇に捨てて唸り声を上げだした。
「グルルルル…!」
「あわわわわ…!?」
「こわいにょきた~」
「ひょえええぇぇぇ」
「たしゅけて~」
ピーニと精霊達は慌ててシリウスの背中に隠れ、シリウスは冷や汗を流しポラリス達を庇いつつジッとドラコウルフを見ている。ドラコウルフの目には侵入者に対する怒りに満ちているが、それ以外に我が子への深い愛情があった。
「…この子はお前の子か…そりゃ我が子が病気になったらあらゆる手を尽くすよな」
巣の周囲には薬草など毒に効きそうな物が無造作に置かれており、今ドラコウルフの親が仕留めて持ってきたビッグホーンの角にも解毒作用がある。毒に侵された我が子を救おうと寝る間を惜しんで掻き集めていたのだ。シリウスはドラコウルフの親を刺激しないようにゆっくりと剣を留めているベルトを外して遠くへ放り投げ、地面に置いた解毒のポーションを手に取った。シリウスの一挙手一投足を見ていたドラコウルフの親はポーションを見て唸りだした。
「ガウッ!」
「これはポーションだ。毒じゃない。この子を治せる」
毒と思ったドラコウルフの警戒を解くためにシリウスはポーションの蓋を開けて少しだけ飲んでみせた。口の中に何とも言えない味が広がるが表情には一切出さずドラコウルフの親の反応を見ている。ドラコウルフの親はしばらくシリウスをジッと見ていたが、やがて唸るのを止めてその場に座った。シリウスは急いでドラコウルフの子供の傷口にポーションを半分ほど掛けて残りを飲ませた。そして薬草の図鑑を引っ張り出してきて周囲に落ちている薬草を調べながら、使えそうな物を石を使って磨り潰し傷口に塗り込み、傷口に包帯代わりの布を巻いて治療は完了した。先ほどまで荒い息遣いだったがポーションが効いてきたのか呼吸もやや穏やかになりつつあった。ドラコウルフの親は立ち上がり我が子の隣に寝そべりジッと見つめている。
「取りあえずこれで一安心だな。あー…疲れた…」
「ま~」
「ままー」
「かあ、さま…」
「(プルプル)」
「ヒィン」
「シュー」
「おー、よしよし」
緊張の糸が切れて一気に疲労が押し寄せてきたので甘えてくるポラリス達を抱き締めて癒される事にした。
「あー、癒される…」
「ち、ちょっとシリウス…!もう終わったのなら、は、早く行くわよ…!」
「ちゃんと治ったのか分からないだろ?もう少し様子を見るさ。それにもう日が暮れてきてるぞ。今から山を下りるのか?」
「そうよ!こんなとこにいつまでもいられないわよ!」
「グルルルル…」
「ひぇ!?」
疲れたシリウスを引っ張って早く出ていきたいと喚くピーニをドラコウルフの親は軽く唸った。
「うるさいってさ。何もしなかったら向こうも手を出さないって」
「何でそんなに楽天的なのよおおおぉぉぉ…!」
「大丈夫大丈夫。取りあえずご飯を作るか」
嘆き悲しむピーニを放っておいてシリウスはその辺に落ちている木の枝を集めて、焚火を起こし鍋を置いてスープを作り始めた。ドラコウルフの親はそれを横目で見ていたが特に反応せず我が子に寄り添い続けた。
「…よしできた。いただきます。ポラリス~、あ~ん」
「あ~」
「アトリア~、あ~ん」
「あー」
「スピカ~、あ~ん」
「あ、あー…」
「カペラ~、あ~ん」
「(プルプル)」
「ウェズンにはこっちのナガニンジンを、はい、あ~ん」
「ブルルル」
「ハダル~、あ~ん」
「シャー」
「うぅ…怖いわぁ…あむつ、おいし…」
「こわいにょ…」
「うごけないにょ…」
「ああ、ほら、くっついていいから落ち着いて」
怖がる精霊達を外套の中に入れて慰めながらポラリス達に食べさせている。皆がお腹いっぱいになった後でシリウスも残ったスープにパンを入れて掻き込んだ。
「はい、ごちそうさまでした。皆、いっぱい食べた?」
「あ~♪」
「あーい♪」
「う、うん…」
「(プルプル)♪」
「ヒィン♪」
「シャー」
「そっかそっか。ピーニ、そろそろ慣れろよ」
「む、無理よ…あんたはドラコウルフがどんなのか知らないからそういう事が言えるのよ…」
「あれだろ?ブラッドファングレベルのヤバい魔物だろ?」
「それ以上よ!はっ!?」
うっかり大きな声を出してしまったピーニは慌てて口を押さえて恐る恐るドラコウルフの方を見るとピーニをチラッと見ただけだった。
「あんまり騒ぐとまた怒られるぞ」
「誰の所為だと…!」
「まあまあ、落ち着けって。向こうさんも私達をどうのこうのするつもりはなさそうだぞ。現に私達はまだ生きてる」
「むぅ…確かにそれはそうだけど…」
「だろ?そんなに怯えなくても大丈夫だろ…まあ、明日の朝はどうなるか分からんが」
「不安になるような事を言うんじゃ無いわよー!」
小声で叫ぶという器用な事をするピーニを尻目にシリウスは寝る準備を始めている。
「天幕は…いっか。ここ、意外と風も入らないし。毛布に包まれば大丈夫だろ」
「ちょちょちょ!?ほ、本当にここで寝る気!?」
「今から外で野営地を探せってか?騒がしくしなければ大丈夫だって。ほら」
シリウスはドラコウルフの親の方を見るとチラッとシリウスを見た後は興味無さそうに我が子の方を向いた。
「好きにしろってさ」
「…はあああぁぁぁ…もう、いいわ…疲れた…寝る…」
騒ぎっ放しだったピーニは深い溜め息を吐き毛布に潜り込んで早々に寝てしまった。
「ウェズン、こっちおいで。ハダルはこっちね。は~い、皆、寝るよ~…そういや、精霊って寝るんだろうか?ピーニは…もう寝てるし。うーん…分からん。君達は寝れるの?」
「ねれりゅよ~」
「ぬくぬく~」
「もーむとねりょにょ」
「だめ~、わたちとねりゅにょ」
「ちっちゃなにんげんしゃんとねりゅ」
「わたちも~」
「うにゅぅ…」
「う~?あ~」
「あーうー」
「ぇ、えっと…」
「(プルプル)」
「ブル?」
「シュー?」
精霊達はシリウス達と寝る気満々で毛布の中に潜り込んだり、カペラを取り合ったり、ポラリスとアトリアとスピカと寝る精霊もいた。
「はいはい、喧嘩は駄目だよ~。ほら皆、寝転んで。はい、おやすみ~」
保育士になった気分のシリウスはカペラを取り合う精霊をやんわりと止めて寝かしつけ自分も寝転がった。寝る前にチラッとドラコウルフの方を見るが、寝息が聞こえたのでそちらも寝ているようだった。早々に寝たポラリスとアトリアを撫でて、精霊達がいて戸惑っているスピカのお腹をポンポンと叩いて寝かしつけ、皆が寝たのを確認してからシリウスも寝た。
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深夜。
カオロ村の外れにある物置小屋には男達が怪しい話し合いをしていた。
「―――確認だ。俺達は森の中にいる魔物を討伐すればいいんだな?」
「ああ。村の連中の方は安心しろ。俺が上手く言ってやる」
「だがあの村長の方は大丈夫なのか?俺達を見て絶対何か言ってくるだろ?」
「そっちの方も大丈夫さ。ちゃーんと俺が説得するから」
「…ならいいさ。俺達も準備してくる」
強面の男達が出ていき残った男はニヤニヤと嗤っていた。
「これであの村はこのピドム様の物になる。村長の権限を使って物資を掻き集めて、あいつらを使って周囲の魔物退治や盗賊を倒せば領主に目を掛けてもらえる。そこから俺の話術で領主を意のままに操れば俺は貴族になれる…!くくっ、くはははは!」
自分の都合の良い未来を思い描いてピドムは嗤っていたが、外に出た男達はその言葉を聞いて呆れかえっている。
「あいつ、そんな事本当にできると思ってんのか?」
「馬鹿なんだろ」
「あんな小物以下に顎で使われるなんてごめんだぜ」
「森の異変とやらを解決するまでさ。精々いい夢を見させてやろうぜ」
「それもそうだな。ギャハハハ!」
強面の男達はピドムを嗤い村の外へと消えていった。