転生したと思ったらママになっていた件   作:大神降ろし

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一部残酷な描写がありますのでご注意ください。


第九十七話

 

 今から十年ほど前、王都オーベルダーナのギルドでとあるチームが誕生した。

 その名前は〈グローミナス〉。後に伝説となるハンターチームだ。

 チーム編成は五人。

 剣士ですぐに調子に乗るリーダーのマスタング・スロスティ。

 気弱な性格ながらも多種多様な魔法を使う魔法使いのケティア・アーマソン。

 弓使いでカッコいい自分が大好きなナルシストのロア・ヴァルデ。

 大盾と槍を扱う心優しい大柄な男性のアルダナ・ノーゼル。

 そしてシーフのエルフィナ・ラグランス。

 〈グローミナス〉は結成後から輝かしい戦果を上げ続けた。大量発生した魔物を全て討伐し、大規模な盗賊団の頭領や幹部を倒し、邪教徒達の国家転覆の目論見を防ぎ、人々を苦しめるドラゴンをも下した。その多大な功績から通常なら五年以上掛かると言われてるところを半分以下の二年ほどで一級ハンターとなり、彼らは名実共に英雄となり人々から讃えられた。

 それから一年ほど後にリーダーのマスタングが怪我の後遺症で一線を退いたのを切っ掛けに〈グローミナス〉は惜しまれつつも解散した。エルフィナはチームの一人、アルダナと結婚しアルダナの故郷の村で暮らし始めて、子供にも恵まれて幸せを謳歌していた。

 ある日の事。

 エルフィナのもとに王都のギルドから手紙が届いた。内容はハンター達の教導の依頼であり、シーフとしての心得を伝授してほしいとの事だった。引退する前にも似たような依頼があったので夫と相談し引き受ける事にした。

 そして翌日夫と息子に見送られながら単身王都へ向かった。

 

「君の事だから大丈夫だと思うけど気をつけてね」

「大丈夫よ。ただの教導なんだから危険は無いわ。それよりこの子の事頼むわね」

「ああ、任せてくれ」

「お母さん、行ってらっしゃい!早く帰ってきてね!」

「ええ。いい子で待っててね」

 

 笑顔で手を振りエルフィナを見送る二人。それがエルフィナが見た二人の最後の姿になるとはこの時夢にも思わなかった。

 村を出発して三日後に王都に着き、後輩達にシーフとしての心得を一日たっぷりと伝授した後、お土産を買い馬を借りてのんびり村への帰路に付いていた。

 

「ちょっと買いすぎたかしら…?まあいっか。あの人も笑って許してくれるはず」

 

 エルフィナの脳裏にはしょうがないなぁと苦笑する夫の姿が浮かんでおり笑みが零れた。

 

「(でも何かしらね?少し前から胸騒ぎがしてるような…嫌な予感がしてるような…現役の時なら分かったんだろうけど…)」

 

 この時エルフィナはシリウスの時と同じ胸騒ぎを覚えていたが特に気に留めていなかった。村に近づくにつれてその胸騒ぎは大きくなる一方でエルフィナも嫌な予感がしてきた時それは見えた。

 

「…え?」

 

 村の方から黒煙が上がっているのを見たエルフィナは言葉を失った。

 

「(まさか…まさか、まさかまさかまさか!?)」

 

 最悪のケースが脳裏をよぎり始め慌てて馬を走らせた。村に着くと家は一つ残らず燃え落ちており廃村と化していた。

 隣に住む優しい老夫婦。

 ヤンチャな子供を持つ肝っ玉母さんと尻に敷かれてる旦那。

 夫と仲が良いベテランの猟師。

 村で暮らす時色々世話になり慕っている村長の奥さんと村の皆を大切に思っている村長。

 家族同然の村人達が全員苦悶の表情で死んでいた。青褪めて呼吸が荒くなりながらも家へ走った。

 家に着くとそこには燃え落ちた家と首だけになった夫と息子の変わり果てた姿があった。

 

「あ…あ、あ…」

 

 覚束ない足取りで近づき膝をついて二人の首を抱き上げた。

 

「ぁ…ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 二人の首を抱き締めながらエルフィナは慟哭した。聞く者全てに深い悲しみが伝わるほどの慟哭が辺りに響き渡り、エルフィナの悲しみを表すように雨も降りだした。

 

「何で!?どうして!?二人が何をしたのよ!?返せ!私の家族を返せえええぇぇぇ!!あああぁぁぁ!!」

 

 二人を抱き締めながら目を見開いて天に吠えるエルフィナ。その眼には深い悲しみと絶望が広がっていた。雨が上がるまでエルフィナは喉が張り裂けるほど泣き叫び続けた。一時間後、雨は上がったがエルフィナは二人の首を抱き締めたまま俯いて動こうとしなかった。

 

「もし。そこの貴方」

 

 俯いているエルフィナに声を掛けたのは聖職者の服を着た初老の神父だった。彼は弟子と護衛と共に王都に向かう途中でこの村に立ち寄り休憩するつもりだったが、立ち寄ってみると村は燃え落ちていたので生存者はいないかと皆で手分けして探していた最中だった。

 

「貴方はここの村の方でしょうか?その…他の方々は…?」

「…」

「そう、ですか…」

 

 沈黙を貫くエルフィナに神父は察し目を閉じて鎮魂の祈りを捧げた。

 

「神父様!こちらにおいででしたか!」

「神父様、残念ですが生存者は…」

「そうですか…この村の方々を埋葬してあげたいのです。お力を貸していただけますか?」

「まあ、放っておく訳にもいきませんからな。分かりました。皆には私から言っておきます」

「申し訳ない。お願いします」

 

 護衛の男は村人達の遺体を埋葬するために他の護衛に声を掛けに向かった。神父はエルフィナの傍に近寄りしゃがんだ。エルフィナが抱きかかえる首を見て沈痛な表情を浮かべながらエルフィナの肩に手を置いた。

 

「あなたの愛する人なのでしょう。いつまでも野晒しでは可哀相です。せめて安らかに逝けるよう埋葬してあげましょう」

「…」

 

 神父の言葉にエルフィナは言葉を返さなかったが神父に促されてフラフラと立ち上がった。村の外れで護衛達は遺体を集めて埋葬するための穴を掘っていた。

 

「ふぅ…これぐらいでいいか」

「数は合ってるか?」

「一、二、三…ああ、合ってるぞ」

「それにしても、酷い有様だな…」

「根こそぎ持っていって全部燃やしてるな…」

「誰かが戦ってたんだろうな。村人の他にも盗賊っぽい奴らの死体もそれなりにあったぞ。そっちは適当に焼いておいたが」

「確か、全員腕に赤い布を巻いてたな」

「赤い布…もしかして最近噂されている盗賊団かもな」

「ああ、聞いた事があるな。確かその布とリーダーの名前からブラッド盗賊団って呼ばれてるらしいな」

「おい、皆。その辺にしとけ。神父様も来たから埋めてやるぞ」

 

 一人一人丁寧に埋葬していき神父が祈りの言葉を捧げた。埋葬が終わってもエルフィナは二人の墓の前から動こうとしなかった。

 

「…あ、あの…だ、大丈夫ですか…?」

 

 いつまでも動こうとしないエルフィナを心配して弟子が声を掛けた。

 

「―――許さない。許さない。許さない。許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

「ひぃ…!?」

 

 うわ言を聞いてしまった弟子はあまりの異常さに小さな悲鳴を上げて尻餅を付いた。

 

「許さない!絶対に許さない!殺してやる!一人残らず殺してやる!誰に手を出したのか!後悔させて!絶望させて!殺してやる!」

 

 血の涙を流しながらエルフィナは二人の墓の前で復讐を誓った。

 

「ま、待ってください!復讐なんていけません!許す事が…」

「止めなさい」

「しかし神父様!」 

「止めなさい…私達では彼女を止める事はできません…」

 

 憎悪に満ちたエルフィナを見て神父は悲しそうな顔をしながら弟子を止めた。先ほどまで生ける屍みたいになっていたエルフィナが復讐を糧に立ち上がった。それすら取り上げてしまえばエルフィナはきっと本当に壊れてしまう、神父はそう確信している。復讐なんていけない、許す事が大切だ、そう言うのは簡単だ。だがそれは大切な人を理不尽に奪われた事が無い人が言う綺麗事だ。例えどれだけ時間が経とうとも奪われた人の時間はそこでずっと止まったままだ。復讐は止まってしまった時計の針を動かすための儀式なのだ。

 神父は今まで何十人もの復讐者を見てきた。そのほとんどは碌な結末にはならず、復讐を果たして生きる活力を失った者、大切な人の後を追った者、壊れてしまった者などと様々だ。復讐してはいけないと止めた者もいたが、心の支えを失い心を閉ざしたり、生ける屍みたいになってしまった者もいた。神父は立場上復讐を止めなければならない。だがエルフィナの憔悴した姿を見てしまったのでもう止める事はできなかった。駆け出していったエルフィナに神父はただ祈る事しかできなかった。

 

「神よ…どうかあの者をお見守りください…そして願わくばあの者の魂に安らぎをお与えください…」

 

 村を飛び出したエルフィナはブラッド盗賊団に復讐すべく全力で動き出した。ハンター時代に培った人脈と情報網をフルに使い一人残らず居場所を特定していき、ブラッド盗賊団を苦しめるためだけに拷問器具を取り寄せた。全ての準備が整い復讐が開始された。

 ある日の夜。町の中を必死に走る男の姿が合った。男の肩にはナイフが刺さっており血が止めどなく流れて居る。

 

「はぁ、はぁ…!くそっ…!何なんだよ一体!?」

 

 男は先ほどまで酒場で酒を飲んでいたが、黒い外套を着た女に声を掛けられた。

 

「あんた、ドルベ?」

「あん?そうだが、誰だてめえ?」

「見つけた…」

「何だって?」

「家族の仇…!」

「え?ぐわあ!?」

 

 外套を着た女は男の肩にナイフを思いっ切り突き立てた。

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

「殺しだあああぁぁぁ!?」

「逃げろおおおぉぉぉ!?」

 

 血飛沫が上がり酒場にいた他の客は阿鼻叫喚の大混乱となり全員我先に逃げ出した。刺された男も混乱に乗じて何とか逃げ出して夜の町を走っている。

 

「はぁ、はぁ…ぐっ!?くそっ…!抜けねえ…!血が止まらねえ…!」

 

 物陰に隠れてナイフを抜こうとするがナイフには返しが付いていて中々引き抜けず血が滴り落ちている。そうしていると血の跡を追ってエルフィナが男に追いついた。

 

「ひぃ!?な、何なんだよお前は!?俺が何をしたって言うんだ!?」

「覚えてすらいないと…?ふ、ふふふ…ははははは!」

 

 男の言葉にエルフィナはただ笑い続けたと思ったら、唐突に笑うのを止めて男の顔面を思いっ切り蹴った。

 

「がっ!?」

 

 蹴り飛ばされた男の四肢にエルフィナは長くて先端が尖った杭を無造作に突き刺した。まるで標本のように縫い留められた男は痛みに悶えながら逃げ出そうと藻掻いているが、杭は地面に突き刺さっているので中々抜けなかった。

 

「痛え!?くそっ!?抜けねえ!?や、止めろ!頼む!助けてくれ!か、金ならやるから命だけは!」

 

 浅ましく命乞いをする男をエルフィナは汚物を見るような冷たい目で見つめていたが、徐に足を上げて男の腕を思いっ切り踏み砕いた。

 

「があああぁぁぁ!?」

 

 腕の骨が砕ける音が響き男は痛みで悲鳴を上げたがエルフィナは止まらなかった。男の腕を踏み砕いた後、腹にストンピングを何度も繰り返した。

 一発一発恨み辛みを込めて、一切の加減せず何度も。

 男の腹が紫色に変色する辺りでようやく踏むのを止めて男の様子を見ると、男は虫の息になりながら命乞いを繰り返している。

 

「ヒュー…ヒュー…た、たす、け、て…」

 

 エルフィナは意を介さず荷物から酒瓶を取り出した。

 

「ほら、お酒好きなんでしょ。飲みなさいよ。ほら。早く。飲めよ。ほら。飲めって言ってんでしょうが!おら口を開けろ!」

 

 口調を荒げて男に無理やり酒を飲ませている。一本丸々飲ませて、もう一本を開けると男の身体に掛け始め、空になると男に瓶を投げつけて布に火を付けた。

 

「や、やめ、やめて、くれぇ…!」

 

 その先が嫌でも想像できてしまい男はより一層必死に命乞いをするが、エルフィナは揺るがなかった。ゴミを捨てるように火のついた布を男の身体の上に捨てた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 四肢を地面に縫い留められて身動きが取れないまま男は焼け死んだ。その様子をエルフィナは何の感慨も沸かずに眺めていた。

 

「一人目…」

 

 エルフィナは男が確実に死んだのを確認した後どこかへ立ち去り、残ったのは無残な焼死体だけだった。

 その後も王国各地で惨殺死体が発見され人々は不安に駆られている。全身を殴打され骨という骨を砕かれて撲殺された死体。獲物の血抜きのように逆さに吊られて手首から血の一滴まで流した変死体。手足を砕かれて文字通り家畜の餌にされた死体。全身が紫色に変色しイボだらけになった毒殺された死体。その異常とも言える死体の様子から強い憎悪が感じられ、死体を調べた兵士も恐怖を感じるほどだった。

 誰もエルフィナがやったと思っていなかったが元チームのメンバー達は違った。アルダナの訃報を聞き、エルフィナの行方が知れないとわかるとエルフィナの仕業ではと推測し手分けして探す事にした。

 

「エルフィナちゃん!」

 

 チームで最も仲が良かったケティアが遂にエルフィナを見つけ声を掛けるとエルフィナはゆっくりと振り返った。全ての時間を復讐に費やし寝る間も惜しんで行動しているので。髪と肌は荒れて目の下には隈ができて頬もこけて痩せ細っている。だが目だけは憎悪の炎で爛々と輝いていた。

 

「え、エルフィナ、ちゃん…」

 

 あまりの変わりようにケティアは絶句して言葉が出なかった。反応が無いのでエルフィナは前を向いて立ち去ろうしている。

 

「はっ!?ま、待って!エルフィナちゃん!」

 

 慌ててエルフィナの手を掴むが、再び振り向いたエルフィナの眼光に怯んでしまっている。

 

「何?」

「ぴぃ…!?あ、あああの…!え、えっと…!え、エルフィナ、ちゃん…そ、その…さ、最近、どうしてるのかなー、って…」

「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

 

 本来のエルフィナからはあり得ない冷たく突き放したような物言いにケティアは悲しくて涙目になるが掴んだ手を離そうとはしなかった。

 

「あ、あちこちで殺しがあるけど、そ、それって、え、エルフィナ、ちゃんが、やったの…?」

「そうよ。それが?」

 

 表情を変えずあっさりと惨殺事件の犯人だと自白したエルフィナにケティアは心を痛めて顔を歪めた。

 

「ど、どうして?やっぱりアルダナ君の、事?」

「分かり切ってる事を一々言わないで。忙しいからさっさと離して」

「だ、駄目…!だ、だって、エルフィナちゃん、また、誰かを、殺すんでしょ…!?そんなの駄目…!」

「…ああ、もう…うるさいなぁ!」

「ひぃ…!?」

 

 今のエルフィナの邪魔をするかつての仲間にエルフィナは声を荒げて手を振り払った。エルフィナの聞いた事が無い口調と振り解かれた手から明確な拒絶を感じ、ケティアの目から涙が溢れ出した。

 

「グチグチグチグチと、本当にうるさいなぁ!あんたには関係が無いでしょうが!私の邪魔をするな!」

「え、エルフィナ、ちゃん…」

 

 怒りに満ちて憎悪に染まった目で睨まれて、ケティアはその場に崩れ落ちた。その様子を見たエルフィナは鼻を鳴らして立ち去っていった。

 

「どう、して、こんな事に…あ、あああぁぁぁ…」

 

 親友だと思っていたエルフィナから拒絶され、復讐に身をやつすエルフィナが見ていられなくて、ケティアは悲しくてその場でずっと泣いていた。

 復讐鬼と化したエルフィナの復讐はまだ続く。

 

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