「なっ…嘘だろ……?」
突如として動き出した中央の銅像を確認した陽奈が無線で叫ぶ前にその銅像の頭が爆発した。おそらく宮古の無反動砲の直撃だ。しかし、その銅像はそんな攻撃は気にする様子もなく巨大な咆哮を上げる。
『っ!!何だ!?』
巨大な咆哮に全員が混乱する中、司令部から悲鳴に近い声が入る。
『これは……っ!?ピラー反応増大!全国から富士にピラーが集結しています!!』
「くそっ、こいつが狙いだったのか……司令!」
『分かっている。総員撤退!予備司令所に移動を開始する!総員に撤退命令だ!』
撤退戦。戦時においては最も被害の出やすい戦闘行動だ。まだ壊走となっていないだけマシだろうが、追撃する側としては一番攻撃がしやすいタイミングだ。おまけにピラーには降伏も通じない。おまけに敵の動きも可笑しい。
さっきまで周到に追いかけていた元英霊機達が今では鬼ごっこの様な状態で積極的な攻勢を仕掛けてこない。
「何かを狙っている……?」
ともかく、早く出た方が良い。そこで無線を繋ぐ。
「園香、撤退するよ」
『え?でも陽奈さんの後ろには……』
「大丈夫。天塚さんにでも援護してもらったら抜けられるだろうよ」
『軽く言ってくれるよ……』
そう言い、まだ軽口が言える時点で余裕がある。ただ、時間はない。聞けば世界中のピラーが集結しつつあるという。
「殺し屋オールスターズじゃないんだからさ……」
なんて言葉が漏れてしまい、無線を聞いていた天塚や園香も苦笑する。
「天塚さん。援護をお願いします」
『あいよ』
そう言い、陽奈は中央の巨大ピラーを見た。
「っ!あいつ…動き出したか……!!」
手に持っているハンマー形状の武器を大きく振りかぶったのを見て、全員に聞こえる公開無線で叫ぶ。
「全機離れろ!中央のピラーが動いたぞ!!」
狙いはなんだ……まさかっ!!
『射線上から離れろ!!奴の狙いは司令部だ!!』
駒込の声が響き、どっと冷や汗が出る。その直後、巨大なピラーは極太の光線を放ち。外の司令部やその他民家諸共含めて消し飛ばした。
富士プライマリ・ピラーから撤退し、下総基地まで撤退した彼女達はそこで状況を聞く。
「アズズ、この後はどうする?」
「うーむ、やる事が多すぎる。館山までピラーの勢力圏に入る。残った戦力で救出作戦と後方への撤退。各基地の奪還に、民間人の避難」
「やることは山積みね……」
予備基地の司令室で里見と駒込、陽奈が集まって作戦会議を開いていた。自分が呼ばれた理由が分からんが……。
「お前は見た目とは裏腹に優秀な奴だ。だから呼んだ」
おっと心の声が漏れていたのか?陽奈はそんな事を思いながら優先順位を考える。
「まずは救出作戦ね。戦乙女をこれ以上減らされても困る」
「補給はどうなっている?」
「シールド隊は問題ありません。宮古、園香、自分の機体も補給を終えれば出撃可能です」
駒込の問いに陽奈が答える。
「民間人の避難に人数を割くとして……救出部隊は……」
「その役目、私が引き受けようじゃないか」
天塚が司令室に入ってきて会話に割り込んできた。
「里見さん、取り残されているのはネームド二人。これを失うわけには行かないだろう?」
「しかしな……」
里見はそこで渋い表情を浮かべると陽奈が口を開いた。
「司令、行かせても宜しいかと」
「……」
今回は申し訳ないが天塚の方が正しい。だが、ここで彼女を失うのは園香の精神衛生上問題だ。だからこそ……。
「自分も行きます」
「っ!?」
「なっ!?」
「あんた本気かい?!」
三人は驚くも、陽奈は続けて言う。
「自分の機体はあの場にいる戦乙女の中でも最速です。おまけに推力も十分です。救助にはうってつけかと……」
「「……」」
意見は最もだ。だから反論することもできない。
「……本当に行くのだな?」
「お前はあの黒い英霊機に追われていたんだぞ。あの中に入ればまた集中的に狙われないのか?」
「ええ、狙われるかもしれません」
「だったら何故?!」
駒込の必死で些細な抵抗に陽奈は端的に答える。
「自分が注意を引けば、他の戦乙女の救助ができる」
「っ!!」
その答えにここにいる全員が驚いた。それはつまり、自分の命をベットにネームド二人を救出すると言うことだ。
あまりにも命が惜しくないのかと思ってしまう作戦に天塚が反対する。
「だからって君を見殺しにしろと言うのか?だったらウチは反対だよ」
「ええ、分かっています。しかし、自分はネームドではありません。サードですから……」
「だが、実力で言えばファーストだ。失うには惜しい」
「元ネームドの方にそう言われるのはありがたい話です。……ですが、生き延びる努力はします」
「……そうかい」
だいぶ訝しむ目をしていたが、天塚は無理やり納得させると陽奈は言う。
「時間がありません。準備が出来次第、すぐに飛びます」
「すまない……宜しく頼む」
そう言い、里見は陽奈に頭を下げた。
「指令に言われなくとも。なるべく多くの情報と戦乙女を持って帰ってきます」
そう答えると、今度里見は天塚を見て言う。
「天塚、君を飛ばすには一つ条件がある」
「機体の整備、点検完了です」
救出作戦開始直前、点検を終えた陽奈の橘花は両翼と胴体後部に緊急で新たな装備を搭載していた。胴体後部にはワイヤーが取り付けられ、両翼端には……。
「04式空対空誘導弾……よくこんなもの取り付けられるわね」
「うっさい、取り敢えず時間がないから手短に話す。お前の機体に緊急で取り付けた。効果は無いが、ピラーの注意を引くことはできる」
「思う存分暴れてこいと?」
「そうだ、お前のことだ。生き残ることには執着するだろう?」
「よくぞお分かりで」
そう答えると、駒込も少し安心した様子で緊急で取り付けた照準装置の使い方を軽く説明する。
「一度発射すれば後は自動で追尾して爆発する。搭載できたのは二発のみ。だからよく考えて使え」
「了解」
「フレアもピラーの注意を引くには有効だ。取り敢えず使えるものは全部使え。ぶっ壊れても、私が完璧に治す」
「そうかい。……じゃあ、その時は頼むよ」
そう言い、陽奈はヘルメットを被る。そんな彼女を見て駒込は伝言を伝える。
「クラウディアと宮古からぞれぞれ伝言を預かった。『友を頼む』と『おにぎり作って待っている』だそうだ」
「ほほう、そいつはやる気が出るってもんだ。必ず帰らないとね」
美味い飯が待っている。帰らなければならない理由が出来たな。
「それからお前の持ち帰った情報を元に解析する。だから必ず……」
「そんな何回も言わなくても分かっている。情報と戦乙女引っ提げて帰ってくるよ」
そう答えると、陽奈はキャノピーを閉じる。駒込も離れていき、その顔は哀しげなものであった。何せ、決死の特攻に近いような戦闘だ。生きて帰れるかは分からない。見送る面々も無理に悲しさを隠している様子が見受けられた。しかし、そんな彼らに陽奈はコックピットの音楽プレーヤーの電源を入れた。
『さらばさらば わが友 しばしの別れぞ……』
流れたのはドイツ民謡の『別れ』岡本敏明訳のだ。元は任務を終えて無事に帰ってくる事を願う曲だ。場を和ませるのと、必ず帰ってくる事を願う彼らに対しその決意を見せようと思った。キャノピーから手を振って、あの三馬鹿なども手を振りかえす。
今回の作戦に参加するのは自分と天塚、そして彼女のシールド隊三名だ。名前を松樹・元春、竹内・博、梅原・良悟と言うそうだ。
『今日は宜しく頼みまっせ。もう一人の姉御』
「ははっ、その情報はどっから?」
『館山のシールド隊からです』
「なるほど。じゃあ、しっかり着いてきてくれよ」
『了解。何処までも』
出撃前に少し酒が入ったのだろう。彼らは陽気に答える。そして仲間の救出作戦に向かう中、天塚は聞いてくる。
『……なぁ、前々から気になっていたことが多くあるんだが。今ここで聞いてもいいか?』
「答えられる範囲ならいいですよ」
そう答えると、天塚は質問をしてきた。
『なんで君はそんなにピラーに狙われているんだい?そしてなんで君はピラーに狙われる事を予測できたんだい?』
「前に言ったでしょう?私はオーディンじゃなくて神道を信じている。そんな異端児だからじゃ無いですか?」
ピラーの攻撃が陽奈に集中していた事を聞き終え、次に天塚は最も気になっていた事を聞いた。
『じゃあ、アンタは何者なんだい?』
「何者……とは?」
すると、天塚は少し鼻で笑うと続けて言う。
『これでも自衛官。知り合いに頼んで色々と君の事を調べてみたんだ』
これから死ぬかもしれない作戦。その前に色々と聞いてスッキリさせたいのだろう。そんな意図が感じる聞き方だ。やれやれ、あなた方は
『記された情報はすべて間違いない。君の年齢が二十と聞いた時は少し驚いた。……だが、何処か引っかかったんだ』
天塚はそう言うと純粋だが、何処か確信めいた声色で聞いてきた。
『アンタ、出生地の欄に変なこと書いていなかったか?『祓へ給へ 清め給へ』って。ありゃ何だい?』
「……」
その問いかけに少しだけ陽奈は笑う。
「ふっ…そうですか……」
なるほど、この時代にもこう言う人が居るのか……珍しい。
「まぁ、私の家は少々特殊な家なだけですよ。それこそ、出身地が書けないようなね」
『……何か隠しているな?』
「まぁ、今は言うつもりはありませんよ。私はただ、貴方達も含めて家に返すだけです」
『……そうかい』
それができるといいが……。
天塚はそんな風に思いながらピラーに向かって飛んで行った。
数時間後
合流予定地点
事前に予定されていた場所に駒込や園香。そして里見も遠くで待っていた。
「っ!!見えた……っ!!」
双眼鏡を覗き込んでいた駒込が言うと視線の先に複数の機体を確認した。機種はBf109、スピットファイアMk.IX、そして橘花だ。そこにF7Fの姿はなかった。
「っ!!」
そこで駒込は反射的に園香を見る。そして着陸した機体の内。橘花は機体の各所に穴が開き、ボロボロであった。駒込はそこでへし曲がった橘花のキャノピーをこじ開け、中の様子を見る。
「陽奈!!」
そう叫ぶと、そこでは頭から血を流して腹を抑えて少し荒い息をしている様子の陽奈が居た。
「無事か?」
「まぁ…何とかね…ただ……」
「もう良い、今は喋るな。……取り敢えず担ぎ出す」
駒込はそう言い、内心歯噛みしながら彼女をコックピットから担ぎ出す。
「兵装は…全部使った…助かった……」
「もう喋るな。怪我をしているじゃ無いか」
飛行服も傷付き、血が滲んでいた。肩に担いだ状態で彼女は言う。
「アズ……自分で歩けるよ……。それに、体力無いだろう?」
「うっさい、怪我人は黙ってろ」
そう言われ、駒込は陽奈を引っ張っていると園香が近づいて聞いてきた。その声はまるで、最後の望みを掛けているかのような声色だった。
「陽奈…お、姉ちゃんは……何処?」
「……」
暫しの沈黙、その後に彼女はそっと目を閉じた。
「っ!?そんな……」
目を見開き、頭に包帯を巻いたままの彼女に陽奈は言う。
「……堕ちて行く所は見ていない。……まだ希望はある」
「……っ!!」
そこからは言い表せない声が川辺にただ響くのであった……。