夏に行われた富士プライマリピラー攻略戦より数週間後
九月初頭
永田町 国会議事堂
この日、臨時会が開かれ。同時に多くの議員が衆議院第一委員室に集まっていた。上の記者席では選抜された記者団が詰め寄っていた。
「ふぅ……まさかこんな仕事に出にゃあならんとはな」
禁煙ということで少々不満な様子の天照は御休所で出された金平糖を啄む。本当は皇族室での休憩を予定していたが、天照自身が使ってみたいと要望したことでこの部屋での待機となっていた。
「申し訳ございません。我々の管理がなっていないばかりに、閣下に御足労をおかけしてしまい……」
そして頭を下げるのは宮内庁から派遣された人員だ。何しろ目の前にいるのは皇祖神、現人神だ。一切の粗相が無いよう昔から宮家に仕えてきた家系の者が派遣され、天照の存在を嘗てから知っていた直系以外で数少ない者達だった。
「構わん。雛鳥みたいに泣き喚く馬鹿どもを黙らせれば良いだけの事よ。それに、この金平糖は美味い」
おおよそ巫女服には似合わない椅子に深く座った格好で天照は対応する係の人間に答える。するとその従者は天照に予定確認をする。
「では初めに首相と面会、十五分後に委員会室に参考人として御登板となります」
「うむ」
「そしてその後、各国記者団との会見ですが……」
「出る気は無い」
当然のように天照は答えるとその従者は頷いて答える。
「畏まりました。では記者団との会見はキャンセルとし、その後の陛下とのお食事となりますが……」
「参加しよう。空き時間は?」
「はい、三時間四二分ございます」
「ではその間に遊ぶとするか……」
そう答えると御休所の扉が開き、一人の従者が現れて天照に話す。
「首相閣下並びに各省庁の大臣がお見えになられました」
「よし、通せ」
白い頭巾を被って天照は部屋に入ってきた数名の人達を見る。
「お初にお目にかかります。天照大御神殿」
「……」
「私、日本国首相を拝命しております「良い、主の名は聞いておる」……はっ」
天照は首相の言葉を遮ると次に他の閣僚達を見る。
「本日の公聴会ですが、我々との会見を終えた後に各議員からの質疑応答を「そんなのは既に聞いておる」……」
そう答えると天照は挨拶をする首相に厳しい言葉を投げつける。
「貴様らは同じことを繰り返し話すオウムか?お主ら政治家という人間は私を楽しませてくれるようだ」
「「「「「……」」」」」
ご立派な嫌味を言われた彼らはそのまま軽く天照に挨拶をした後に御休所を後にする。その顔はもうすでに憔悴していた。
「ふんっ、前の方が意気込みがあって好きだったな」
彼女はそう溢すと従者が時計を見て天照に話しかける。
「閣下、お時間でございます」
「ふむ、多少は骨のある者が居ると良いが」
そう溢すと天照は頭巾を付けたまま席を立つとそのまま第一委員室に繋がる通路に向かって歩き始めた。
そして国会での映像は実況中継で館山基地にも届いていた。
『ええ、間も無く。この衆議院第一委員室にて、天照大御神への質疑応答が開始されるとのことです』
アナウンサーが手元の資料を読みながらそう話す。ごく僅かなテレビ局しか入れないということで今回の記者席の争奪戦は過去類を見ないほどに激しいものとなっていた。
一部の神道学者や神職の人は『神は見てはならない。今回の国会中継はあまりにも愚かな行為だ』と言っていたが、そんな意見はほぼシカトされていた。世界中の人間がオーディンに次ぐ新たな神、それも日本の神の姿を一目見ようとテレビや映像媒体に齧り付いていた。
「あっ、はじまるみたい!」
「馬鹿、静かに見てられないのか」
そして食堂で宮古に駒込が注意を入れる。
今日は公聴会で天照が議員の質問に答えると言う事で世界中から注目を受ける国会中継であった。既に視聴率は九割を超えており、アポロ11号の月面着陸以来の数値をこの時代に叩き出していた。
「でもさあ、せっかくヒナが出るんだよ?」
「お前なあ……」
相手は神様なんだぞと言い掛けたところでグラサンが言う。
「しかし、お陰で俺たちは姉御の美しい姿を見ていられるのだ!」
「そうだとも!俺たちは一生を姉御のために使うと決めたのだ!」
「姉御に今度こそ尻をしばいてもらうのが俺の人生の目標だ!」
「阿呆な事抜かすな!!」
馬鹿三人に駒込がツッコミを入れると途端に顔色が悪くなる。
「今日はツッコミ役少ないから大変だね」
「うっさい!」
園香に言われ駒込は咄嗟にそう反応してしまうとテレビの委員会室の一口の扉が開き、初めに首相をはじめとした各省庁の大臣が入った。
その瞬間、部屋全体に緊張感が走った。無理もない、これから現れる人物は日本人であれば一度は名を聞く人物であり、皇族よりも偉い人物だ。つまり、日本の真の王と言っても過言ではない。
今回は参考人招致による公聴会という形をとっており、議員達はこれから問う内容の書類に目を通していた。
「今回の責任問題について問いただそう」
「そうだな、所詮は神なんだ。前のオーディンはその後の消息は不明ときた」
一部の議員はオーディンの巻き起こしたピラー関連の責任をどう追求するかを答弁の書類に送っていた。
「しかし相手は皇祖神。慎重に扱わねばならない」
「そうだ、天照大御神はオーディンと違って国民が広く知る神だ。新皇道派が何をしでかすか分からんぞ」
新皇道派とは天照が姿を現した事を契機に天皇を真の神の子であると神格化し、皇族を崇める派閥だ。実際に天照という皇祖神が現れたために急速に勢いづいている派閥だった。
「少なくとも無粋な真似は控えるべきだ」
「そうだな、新皇道派の連中はあの神をこの場に出た事にすら非難を飛ばしてきている」
「厄介な事だ……」
野党の議員達はそう話すと、与党の大臣達がやや顔を青ざめた様子で席に座り終える。
その様子に他の議員達も疑問に思っていた、確か予定では彼らは事前に天照大神との面会をしているはずだった。
すると時計を見ていた役員の一人が叫んだ。
「参考人、入られます!」
そう言うと少々騒がしかった委員室は一斉に静粛に包まれると、役員が部屋の扉を開けた。
その瞬間、誰もが息を止めた。
部屋の奥から溢れるそのオーラは『見てはいけないものを見ている感覚』だった。
その瞬間、議員達もカメラを向けた記者達も全員が金縛りにあったかの如く動けなかった。
「「「「「……」」」」」
それはテレビで見ていた宮古達も同様で、先ほどまで騒がしかった食堂は奇妙なほど静粛に包まれていた。
「っ……!!」
神を前にすっかり萎縮してしまった彼らはゆっくりと近づいて壇上に立つその人物に恐れを成す。ピクリとも動かぬ体にテレビを見ていた人々は慌ててテレビを消し、子供も動けなくなっていた。本能が見てはならないと訴えていたのだ。
九割近くあった視聴率はこの瞬間に一気にガタ落ちしていた。呪いの映像では済まされない異質な空気がテレビからでも滲み出ていた。
「……さて、日本国民の諸君。お初にお目にかかるであろう。妾はこの国の神にして皇祖神を名乗る天照大御神と言う者だ」
そう名乗るも誰も彼も答える事なく静粛が場を支配していた。
「本日は参考人としてここに馳せ参じ、この資料の通りに答弁を行いに来た。
早速ですまないが、答えられる範囲で伺おう」
そう話すも誰も議員は一歩前に出ようとしなかった。と言うより、誰も手を挙げようとしていなかった。
「なんだ?誰も答弁を行わないのか?」
議員や貴社の誰もが思った『できる訳がない』と。頭巾を被って顔を隠しているのにも関わらず祟られているようなその感覚に誰一人口を開けなかった。
「……ふんっ、こんな資料を渡されたとてまともに討論する気にもならぬか?」
そう言い彼女は事前に渡された資料を片手にそう話す。
「誰も聞く気がないと言うのであれば、妾から一つ言わせてもらおう。無粋な輩達」
明らかにここにいる議員や記者を狙った様子の言い方だが、彼女は臆する事なく話し始める。
「ここ最近、新皇道派なる連中が妾や宮家を崇め奉っているというが、実に結構な事だ。だが、妾はこう言う存在だと言う事をゆめゆめ覚えておくと良い。人間達」
そう言うと一部気絶している議員や記者を軽蔑した後に彼女は委員室を後にしていく。
「まともな答弁ができないようなら、妾はここで失礼する。二度と私に面倒をかけるでないぞ?」
一方的に終わってしまった公聴会は天照がいなくなった後もしばらく動けなかった。
「……き、救急車!」
「気絶しているぞ!運び出せ!」
「担架!担架持って来い!」
委員室にて大量に発生した気絶者の他、テレビを見ていた視聴者も多数の気絶者が発生し。映像を撮っていたテレビ局ですらこの映像を使う勇気はなかった。
自分たちはこの神に争ってはならない。そう思わせる印象的な話だった。
そして神を映した映像はこの中継映像以外で使われることは今後一切なかった。
そしてその映像を見ていた国連軍の大使達はこう溢したという。
『あの時の神は我々に対し、極めて温厚な態度を示してくれていたのだろう。出なければ顔もまともに見れていなかった』
そしてこうも言っていた。
『日本の神は我々の思う神とは違う存在のようだ』
そして委員室を出た天照はさぞ愉快げに迎えの車に乗り込む。
「いやはや、腑抜け共の間抜け面を見るのはなんとも愉快だ」
彼女はそう言うと走り出した車がそのまま今の居候している皇居に入る。
「今は宮城と呼ばなくなったのだったな」
戦争に負けるとはなんとも痛ましい事だと溢しながら御所に入ると、そこではある人物が彼女を出迎えていた。
「ご苦労様でありました。閣下」
「出迎えご苦労。今上」
「はい」
そう、今上天皇である。
皇祖神の存在ははるか過去から皇族は知っており、その存在は皇紀を数え始めた頃から隠され続けていた。天照からしてみれば遠い子孫であり、可愛い息子のようだった。
「テレビは見ておらぬな?」
「勿論でございます」
日本の神道と呼ぶ宗教と、西洋の宗教では根本的に神の捉え方が違う。それゆえに今日のような悲劇を生んでいた。
「猊下を直接お見えする事など、我々には到底できませぬ」
「はっはっはっ、そう緊張せんでも良い。お主は可愛い妾の子よ」
「勿体無いお言葉であります」
少なくともおしめを交換していたような時期から見ていた天照に取って可愛いものだと思っていた。
「さて、妾は少し出る。後の事は頼むぞ」
「はい、何なりとお申し付けください」
そんな仰々しい事をしなくてもと思いつつも天照は簡単に巫女服からセーラー服に着替えると目の前から軽い炎を残して消えてしまっていた。