海ほたるでの戦闘の為展開した陽奈達はそのまま東京アクアラインの地下トンネルに向かって降下する。
「まさかリアルエー○コンバットをするとは……」
トンネル飛行中。そんな事を呟き天井ギリギリで進み、最終的に海ほたるの内側から飛び出した。ピラーはクリオネの形をしており、グロテスクな捕食形態を攻撃方法としていた。
『今だ!冷却剤投下!!』
「っ!!」
その瞬間。園香と自分の機体から搭載された冷却材が撒かれ、攻撃態勢のクリオネピラーは冷却剤によって凍結。そのままヴァンドランデを撃ち抜く作業で終わった。
帰投後、まず初めに言われたのが先ほど引き返させたパイロットからの感謝の言葉だった。
「ありがとうございます。姉御!」
「おかげで姉御の素晴らしい歌声を聴くことができました!」
「おい最後!ちょっとこっち来い!!」
陽奈はその後、余計な一言を言った隊員に軽いチョークスリーパーを掛け、完全なる黒歴史として封印させるのであった。
なお、裏ではその鼻歌を録音したCDが高値で取引されていたとかなんとか。
そんなこんなでひとまず全員が無事に帰ってきた事にホッとしながら陽奈は基地の屋上で風を感じていた。
今は昼の時間だ。直上には太陽が照り付け、少し暑いと感じるほどだ。もう直ぐ夏本番、館山でも海開きが行われる頃あいだ。
コーラシガレットを咥え、陽奈は大海原を眺める。
「…やる事はやった。後は……」
陽奈は相変わらず基地の中に入り込んでいる近所の子供達を見ていた。この平和なひと時が永遠に続くことが、最も望ましい。
「あれ?」
海ほたるでの戦闘の翌日。食堂の当番であった宮古は朝早く来たクラウディアと共に朝食を作っており、基地の隊員達も宮古の作る料理に歓喜して騒がしかった食堂。今日の任務はこの後海ほたるに向かい、戦闘後の回復調査と慰問だ。
食堂には日々の体調管理も兼ねているので必ず誰が来たのかを確認する。いつも最後に来るのは駒込のはずだが……。
「宮古。陽奈が来ていないようだが……」
「え?あぁ、珍しいね」
「?」
何を言っているのだろうと疑問を感じていると、宮古は慣れた手つきで握り飯と味噌汁を入れ、そのまま食堂を出る。
「クラウも来る?すごいものが見れるよ」
「あ、あぁ……」
少しだけ戸惑いつつも、宮古の後を追っていった。
そうして食堂を後にし、宮古はそこで陽奈の好みの食材などを聞いていた。
「陽奈ってお米が好きなんだ」
「そうなのか?」
「うん、だって一口食べただけで米の品種まで分かるくらいにはマイスターなんだよ」
「それは凄いな」
白米は練習した箸を使って何度か食べた事はあるが、正直そんな物もあるのかと内心驚く。
「日本人の食に対する意識は凄いな」
「そう?」
「ああ、少なくとも前にいた場所ではこんなに種類が豊富では無かったし、米の種類だけでも何十種類も無い。基本的には一種類のみだ」
「そうなんだ……!!」
「それに日本は調理法もさまざまだ。魚や卵を生のまま食べたり、蛸や烏賊といったエイリアンのような生物も食べる」
「エ、エイリアン……」
なんとなく日本食をdisられているような気もしてしまうが、本人には一切そのような自覚はないのだろう。だからスルーしたのだが……。
「少なくとも私の故郷では生食の文化はほぼなかったな」
「へぇ〜」
海外の食文化を知った宮古は今度、クラウの故郷の料理でも作ってみようかと想像しているとクラウディアは宮古に聞く。
「そういえば、基地のみんなはなぜ陽奈を“姉御”と呼んでいるんだ?」
無線でもあのシールド隊の三人や整備班、ヘリのパイロットまでもが皆、陽奈のことを姉御と呼んでいたのを思い出しながら聞く。
そんなクラウの疑問に宮古は納得した上で少し間を置いて考えた後に答える。
「分かんないや」
「え?」
宮古の答えにクラウディアは困惑して足が止まってしまう。一歩先で止まった宮古は手に握り飯と味噌汁の入った盆を持ったまま思い返しながら答える。
「ここの基地には私やアズの前の陽奈が着任していた。その時には既にみんな姉御って呼んでいたから。私には分からない」
「……そうか」
宮古が来たときには既にその呼び方であったのなら知る由もないか……。
基地を何処に向かっているのかと思う。宮古や自分も時々向かう道場を通り過ぎ、さらに基地の奥に進む。
「何処に行くんだ?」
「ん?もう直ぐだよ」
宮古がそう答えると、微かに風を切るような音と何かに当たる激しい音が交互に聞こえる。
……タァンッ!……タァンッ!
その音がするのは目の前の非常に細長い壁に覆われた施設だった。建物には『弓道場』と言う墨文字が入れられた看板があった。
「ここからは静かにね」
「ん、分かった」
日本文化を色々と教わっているクラウディアはその中に弓道という武道がある事も知っている。確か弓矢を使う武術であると聞いている。
そしてこうした道場は静粛である事が肝であると父から教わった。まだ相手を貶す事も武道ではあってはならない。常に相手を敬い、武士道を大切にする事が重要である。そう言う風に教わった。
弓道場の中に静かに入り、今も断続的に音は続いている。その独特な音はなんとなく心が穏やかになるような気もした。
そして、視線の先では一人の少女が自分の体の倍はありそうなほど大きな弓とを持って断続的に矢を放っていた。
矢筒から一本の矢を取り出し、手に添えて目一杯引く。そして手を離すと、強力な一本がそのまま直進して何十メートルも先の的の中心を射抜いていた。他にも近い場所に何本も刺さった後があることからとても高い精度だ。
「すごい……」
思わずそんな言葉が漏れると、弓を持つ陽奈はこちらに気付いた様子で振り返る。
「あぁ、宮古達か……」
「朝ごはんに来なかったから。ここに置いておくね」
「ありがとう」
そう言い、盆を置いた宮古はついでにと言わんばかりにクラウディアに言う。
「クラウ、序でに陽奈の凄技を見ていこうよ」
そう言うと、陽奈はやや面倒そうな表情を浮かべた。
「えぇ、またあれを?」
「良いじゃん、せっかく陽奈が弓矢の練習をしているんだよ?」
「はぁ…仕方ないわね」
何処かまんざらでも無い様子を浮かべながら陽奈は弓を構える。
「……」ヒュンッ!!
そして照準を合わせ、放たれた弓矢は先程真ん中を射抜いた弓矢の真上にピタリと当たる。俗に言う継矢呼ばれる技術であった。
「おぉ…っ!!」
滅多に起こらない現象を意図的に起こせるその腕前に思わず声が漏れる。
「矢が壊れやすくなくから、余りしないけどね。今回は特別サービスだ」
そう言うと彼女は持っている弓を片付け始める。継矢を見て満足したのか、宮古は既に食堂に戻っていた。恐らくは片付けもあるのだろう。
「良い弓矢だな」
「そうかい?」
宮古の作った握り飯を食べながら陽奈は返す。素人目でもわかる。長年使いこなされた武器であると。
「今じゃ、珍しいかもしれんな。自然の竹を使った和弓と言うのも……」
「どのくらいしているのだ?」
「結構長いな……」
握り飯を食べ終え、最後に味噌汁を一気飲みした陽奈はそのまま盆を片付ける為に道着を着たまま弓道場を出る。
「そう言えば聞きたいのだが……」
「ん?」
「何故貴方は基地の皆から姉御と呼ばれているのだ?」
先ほど宮古に聞いたが、分からないと言われれば直接本人に聞いた方が早いだろう。クラウディアの問いかけに陽奈は少し間を置くとその問いに答える。
「……私がこの基地に着任したのは園香に続いて二番目ってのは知っているかい?」
「ああ、さっき宮古から聞いた」
「そうか……」
そこで陽奈は少し間を置くとゆっくりと答え始める。
「私の英霊機は珍しいジェット戦闘機……正確に言うと戦闘攻撃機だが。それでも、速度性能は通常の英霊機よりも圧倒的な速さを誇る」
「ああ……」
短く頷くと陽奈は軽くため息をして答える。
「だから色々と苦労したよ。私の英霊機を求めて至る所の基地指令が私を取ろうと奪い合った」
「……」
そこでクラウディアはハッとなる。ピラーに対する攻撃手段が主にレシプロ機である中、珍しいジェット機。クラウディア自身も欧州で見たAr234Bー2しか記憶になかった。
「そして、私の初めて着任先では私は奴隷の様に酷使されたよ。ほぼ休みなしで出撃させられたなぁ……」
「っ!!そんな事が……!?」
「あるんだよ。俗にミルグラム効果と言われるやつだ。一定の条件下では人は何処までも冷酷になれる側面を持っている」
淡々と答える彼女にクラウディアも少し同情できた。自分も、死神なんていう愛称を付けられる要因は圧倒的な損耗率の高さにあったからだ。その為、既知では腫れ物扱いされている節もあった。
「だから私はとにかく出来損ないを演じて身を守ろうと思ったのさ」
「なるほど……」
そう思うのも無理はないのかも知れない。ほぼ休みなしで働かされれば気が狂いそうにもなる。そのための自己防衛手段かと思うと納得できる。
「そしてその作戦はうまくいき、私がぐうたらで働かない戦乙女としていろんな基地を転々として来た。そんな時、私は里見司令の手で此処に呼ばれた」
食堂に向かう道の途中、陽奈はまるで思い出を連ねる様に言う。
「あの基地司令は私の
「そんな時期が……」
「こんな田舎だ。担当空域に滅多にピラーも発生しなかったんだ。だが、次第にピラーもよく発生する様になり、宮古達が派遣され。アンタが来た」
そう言い、この基地の経緯を聞いたクラウディアは陽奈の苦労を理解した。
「まっ、あの基地司令のおかげで私は此処で独自の研究もできている。ありがたい事だよ」
そう言うと、彼女は食堂に盆を置く。
「ありがとう。美味しかった」
「うん、明日はちゃんと来てね」
「ああ……クラウディア。ちょっと来れるか?」
「あ、あぁ……」
食堂で短く会話を済ませるとそのまま陽奈とクラウディアは食堂の外に出る。人気の全くない基地の建物の屋上に二人は立ち、徐に陽奈は口を開く。
「なぁ、クラウディア・ブラフォード……いや
オーディンに愛でられた娘よ」
「っ!?」
太陽が照り付け、彼女の姿は逆光となって見えない。しかし、聞こえてくる声はとても威厳がある様に感じる。
まるで、あのオーディンの様に。
「其方に降りかかる未来は過酷であると思え」
「一体何を……」
しかし、目の前に立っているおそらくは陽奈と思われる少女は続けて話す。
「あの者と接触する場合はなお警戒するのだな」
「……?」
「まぁ、いずれ分かるであろう……」
そう言い残すと彼女は屋上から去っていった。
「今のは……」
クラウディアは混乱したまま屋上から消えていった彼女を思い返し、彼女にミステリアスな部分が増えるばかりであると感じた。