エセヒロインは余談を許さない〜“完璧美少女”を演じる悪友が可愛くて困る!だが“俺も”演り返す!~   作:隣ワニ

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22話 綾瀬柚穂は予断を許さない(3)

 ただ俺を、柚穂さんが見ていた。

 

 瞳へ射し込む閃光は散り散りに虹彩で明滅し、瞳孔の深淵へ消えゆく────沈黙の世界は永遠のような長い一瞬が滞留していた。

 

 このまま見つめていれば柚穂さんの瞳に吸い込まれそうで────って。は?

 

 …………呆気にとられ、現実逃避に地球7.5周を費やし舞い戻った俺の理性も、ようやく時差ボケから立ち直った頃。俺は一先ずの冷静さを取り戻していた。

 改めて眼前の現実を直視する。

 

 柚穂さんは瞬きすら忘れ、俺を凝視したまま固まっている。

 瞳孔は開きっぱなし、血走った目を更に走らせ、俺の一挙手一投足を全神経で観察している……いや、なんで?

 どことなく数日前に見た残念な塩谷と同じものを感じて、ちょっと怖い。

 ……そんな事を思ってしまう自分がいた。

 

 それから、ええっと? たしか柚穂さんが俺のファンクラブを作ったんだって? ――って、

 

「っええ!? なんじゃそりゃっ!!」

「ほぇっ!?」

 

 悲鳴にも似た驚きが、沈黙の世界に共鳴する。

 

 俺のファンクラブを纏め、あれやこれやの写真を盗撮。巡り巡って変態美少女の冬司に、自家発電の燃料を供給している……ココ最近の懸念事項。

 それが柚穂さんだと?

 ノリが良く、優しく、人懐っこい上に、穏やかで、クラスの中心にいるような柚穂さん。

 邪な寄り合いからは最も縁遠い人のはず……信じられん。

 

「……え、マジで……?」

「……う、うん…………? えっと、口調乱れてる、よ?」

 

 ……いかんいかん。

 

「き、気の所為、よ? ……こほん。ええっとつまり、柚穂さんが私のファンクラブをまとめている、のかしら……?」

「切り替え早いね? うん。そう、私です……」

「……その、隠し撮り写真とか、撮ったりしたのも……?」

 

 問いかける俺に柚穂さんは、はっ、と驚いて、

 

「あっ……とぉ……それは……」

 

 落ち着きを無くして徐に目を背けると、口を噤んだ。

 そして柚穂さんはついに、

 

「……」コクリ

 

 頷いたのだった……すっかり覇気はない。

 

 ……うーん。この反応はマジっぽい。

 

 しかし受け入れてしまえば、時折柚穂さんとの会話で感じていた違和感にも合点がいった。

 これで問題の山が一気に回収されたような気もするし、最新版にアップグレードされて舞い戻ってきたような気もする。体感的には後者だが。

 

「そう、柚穂さんなのね……」

「う……」

 

 俺の返答に、まるで怯えた小動物のように縮こまりチラチラこちらを伺っている彼女……とても件の黒幕とは思えない。うん、これは。控えめに言って、かわいい……

 ここで俺は論理的に考えた。俺の盗撮犯がこんなに可愛いわけがない!従ってこの黒幕は無罪!

 きっと邪な行いでは無いのだろう、俺にはわかる!

 

 恐る恐るこちらを向いた柚穂さんと目が合う。

 

「……引いた、よね……?」

「」

 

 彼女の言葉に思わず固まる。

 ……正直、引かなかったと言えば嘘になるが……でも柚穂さん、あなたは無罪ですよ。邪念のかけらもない程かわいいじゃないですか!

 うーん……どう答えたものか。いたずらに返事に時間をかけるのも気まずい。

 

「……え、ええっとぉ……」

 

 なんて言えばいい? この場をまるっと収め、柚穂さんと変わらずお友達を続けられるような……それでいて童貞感も無い、お嬢様的ベストアンサーはいったいなんだ??

 ……残りの制限時間はそう多くないよな? はやく選択肢メニューの在り処を教えてくれ!

 

 返答に困り目を泳がせる俺を前に、柚穂さんの動揺が、じわっ、と瞳に溜まるのが分かった。

 そして柚穂さんは、がちん、と音を立ててテーブルに突っ伏し──

 

「うっ……うわあああああん嫌われた!! ……もう生きていけないいいいい!!」

 

 目一杯の感情を溢れさせた。

 タイムアップ早すぎないか?

 世の恋愛マスターはこんな高難度のゲームをプレイしているのか!?

 

「ゆ、柚穂さん……? 落ち着いて……」

 

 俺は柚穂さんの隣へ席を移し、彼女にハンカチとティッシュを手渡す。

 

「しゅ……ッ、しゅみまひぇぇぇん!!」

 

 だいぶ狼狽えているようだ。こういう時、詩織姉さんが居てくれれば心強いのだが。

 生憎、事態に対処するのは女の子歴一月未満で童貞の俺だ……勘弁してくれ、俺では役者が不足しているだろう?

 

「わ、私はもう気にしないから……柚穂さんも気にしないで頂戴。ね?」

 

 とりあえずこう言って慰める。

 本当のことを言えば気にしないことなど出来っこないが、こればかりは善処する他ない。

 

 ああ、そういえばこういう時、詩織姉さんなら──

 なんて考えながら、

 

 ……俺は気づくと柚穂さんの頭を撫でていた。

 

 彼女は俺の手が触れた瞬間、驚いたようにぴくっ、と固くなったものの、撫で続けるうちに熱々のガラス細工のように赤くなって、終いにはぐにゃりと身体を俺に預け、おとなしくなった。

 女の子の髪に触れるというのは大変忍びなかったが、これで落ち着くようだし、許して欲しい。

 

 柚穂さんは俺の胸に埋めて「うへへ……」と漏らしているし、ひとまず調子が戻ったようだ。

 

 そんな彼女の頬を軽く撫で、微笑む。

 

「さっきの話だけれど……改めて、私に協力して貰えるかしら……?」

「……はい、茉莉様……!」

 

 パァっと、柚穂さんの表情に光が点った。ん?茉莉様また出たな?

 

「この身にかえても、必ずや、茉莉様の票を集めて参ります!」

 

 ……ちょっと思ってた返答と違うものが返ってきたな。

 いや、確かに期待した返答は得られているのだが、ニュアンスに変な脚色が付いている。まるで選手宣誓だ。どうしちゃったんだろ。

 

「……なんだか堅苦しいわ?」

「……あ、つい」

 

 この感じ、茉莉様呼びを広めたのは柚穂さんではなかろうか。イヤに冴えた直感がそう告げた。

 また点と点が繋がったような気がするな?これはつまり、近い将来、俺と面倒事が線で結ばれ、一本道で繋がることを意味する!

 道中のチェックポイントに、ラブコメ的な役得展開が待つことを祈るばかりだ。

 

 ……何にせよ柚穂さんから「茉莉様」なんてなんだかムズ痒い、その呼び名はご勘弁願おう。

 

「出来ればこれまで通り仲良くして欲しいのだけど……」

「……お姉様とお呼びしても?」

 

 いや、どうしてそうなる!!

 でも雰囲気あるな、すこしグッとくる! 悪くない……! うん、だが、でも。

 

「い、今まで通りに呼んで貰えるかしら……」

「はい! 茉莉様……じゃなかった、茉莉、ちゃん?」

 

 なんで今まで通りの呼び方がぎこちなくなるの?

 

「え、ええ……柚穂さん……?」

「ふふっ、でも……たまーに、お姉様って読んでもいい……?」

 

 甘えるような声色で首を傾げる柚穂さん。

 

 熱盛ぃ! ラブリー上目遣いっ!

 しかしそれはいかん。いかんのだよ。それじゃあ変な勘違いが────

 

「っ……ええ、もちろん」

「……へへ」

 

 ────所詮は童貞、女の子には抗えない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 店を出た俺たちは、普通にショッピングを楽しんでいた。

 あんなに怖かったギャル空間も、最早恐るるに足りない。

 

 何故? それは今しがた柚穂さんから知見を得て、俺が成長したからだ。

 女の子とはなんぞ?

 その問いに今の俺は回答することが出来る。

 女の子とは、しばしばおかしくなり、ときどき挙動が怖く、そしてかわいい。

 これが概要であり、先の件で俺が学習した女の子の全てだ。そして分かってしまえば女の子空間も怖くない!

 オイオイオイ、死ぬわアイツ、なんて心配はご無用。

 それにこの店は……予習はバッチリなのだ。

 

「あ! 見て見て! 茉莉ちゃん、これ可愛くない?」

 

 ほう、セーラーワンピースですか……たいしたものですね。

 それに新作、しかもまた大変機知に富んだターコイズ色のチョイス、普段見慣れたセーラーカラーだから味気ない、なんて一蹴するのは早計……

 グリーンにブラウンの色違い展開、加えて無駄に正十時をあしらってあるデザインなんて最高に可愛い!

 こういったアクセント一つで全く異なる世界観の装いとなる。

 そこを見抜いた上で……!? あんたわかってんよ……

 柚穂さんの慧眼に俺は脱帽した。

 

「うふふ……そうねぇ。きっと柚穂さんに似合うと思うわ?」

 

 でゅふふ……きっと柚穂さんに似合うこと請け合いだ。もう完璧。

 お、こっちのジャンパースカートは冬司に似合いそうだな? やっぱり服選びは楽しい♪

 

 ……断っておくが、俺は可愛く着飾ってお出かけ♡楽しい♪みたいな乙女的才能に目覚めたわけでない!

 

 確かに服選びは楽しい。しかし着るのは俺ではなく、冬様に着せたいのだ!

 冬司が家に泊まった日以降、俺の脳裏にはネグリジェを着た美少女の倒錯的な光景がこびりついて離れないのだ……もう一度あの光景を……

 そう思いインターネットの大海原に乗り出した俺が流れ着いたのは"クラロリ"────クラシカルロリィタだった。

 もうコスプレか、はたまたエ○ゲ世界の制服やん、そう言い及ぶ程にぶっ飛んだ、まるで創作世界のようなデザインがたまらない! クラロリに身を包む冬様を何度夢想したことか……

 気づけば俺は著しく偏ったファッションの知識を身につけていた。

 従ってスタンダードなファッションは分からない、残念なことに。

 冬司の無駄遣いしている美少女的才能を俺が────

 

「────ちゃん? 聞いてるー? ……もう。お姉様?」

 

 わっ、か、かお、ちか!? へっ?

 

「はわっ……は? へ?」

 

 目と鼻の先に、覗き込むようにして俺を見つめる柚穂さんの顔がある。

 

「もう、茉莉ちゃん? 聞いてなかったでしょ」

「ご、ごめんなさい……少し考え事を」

「まったくもう。はい、茉莉ちゃん、それ試着しにいくよ?」

 

 俺の手には"クラロリ"が……そう、ここはクラロリのお店。守備範囲内で助かる。

 しかし俺は眺めたい側だしなぁ。

 

「……へ? い、いや、私はいいのよ……」

「え!? 着ないの?」

 

 こういうのは冬様(冬司)もしくは柚穂さんが着るものであって、俺が着たいわけではない!

 俺は断固として着たくない! こんなの白昼堂々コスプレしてるようなじゃないか? 目立ちすぎる! 恥ずかしい! 俺が目の保養にされる側なんて御免だね!!

 

「それより柚穂さんが──」

「おねがい! 絶対似合うし! 茉莉ちゃんの着てるとこ見てみたいの! ほんのちょっとだけ! ね? 先っちょだけでいいから!」

 

 先っちょだけ試着とは?

 鬼気迫る表情で、やたら俺に服を着せようとしてくる柚穂さんだったが、

 

「じゃ、じゃあ……私もおんなじの着るから!! そしたらいい?」

 

 と、攻め方を変えてきた……少し揺らぐ。

 ──百万ドルの美少女、その最前列チケットですって!?

 まさかそんな搦手を用意していたとは!? 柚穂さん、貴女やりますわね……!

 

 いやしかし、クラロリを俺が着る、なんてのは信条的にも心情的にも反する事態であります! いいや、しかし。

 

「し、仕方ないわねぇ……先っちょだけよ?」

「先っちょだけ試着とは」

 

 それをあんたが言うのかよ!

 

「すいませーん! 試着してもいいですかー?」

 

 判断が早い!

 

「……ささ、茉莉ちゃん?」

「はい……」

 

 俺と柚穂さんは試着室に連行された。もう逃げ場はない。俺は眼前のクラロリワンピースに向き合わねばならなくなった……

 隣から衣擦れの音も聞こえるし、この空間、童貞には刺激が強い。

 ああ頭がクラクラしてきた……これがクラロリ? だめだおかしくなってんな? 早く着てしまおう……

 

 やっとの思いで着替え終えた俺が試着室を出ると、そこには……

 異国迷路から迷い込んだように儚げな美少女が佇んでいた──priceless──

 

「わぁ……」

「あらあら……とってもかわいいわ! 柚穂さん! よく似合っていてよ?」

「……あ、うん……ありがとう……」

 

 どこか生返事だ。柚穂さん? 

 安心してください、似合ってますから。もうたまりません……

 

「本当よ? もう、気品が佇んでいると言っても過言ではないわ!」

「……ぅ……こう……」

 

 まだ反応が芳しくない。俺、何もやらかしてないよな……?

 

「……ゆずほ、さん……?」

「…………もう、最っっっ高!! わ〜ん! ちょー可愛い! 綺麗! 尊い! これぞ国家の心臓! 千年に一度の国宝美少女だよ〜! 拝むならやっぱり写真じゃなくて実物に限る〜!」

 

 ……やはり女の子は何を考えているのかわからん!俺のような精神的無頼漢に、乙女心は難しい。

 

 俺は半ば押し切られる形でこのワンピースを購入。色違いで同じものを買った柚穂さんとは双子コーデと相なった。

 やれやれ。また一つ、エセお嬢様が極まった事を嘆く。

 その後は108内の服を見て回った。俺の乏しいファッション知識による言い訳のレパートリーが底をついた時から、俺は柚穂さんに着せ替え人形にされた。

 ……もう、お婿に行けない。

 

 そんなこんなで気づけば夕方、今日はもう解散することになった。

 

「今日は楽しかったわ……柚穂さん、ありがとう」

「うん、私もたのしかった!じゃあね!茉莉ちゃん!また明日もよろしくね!」

 

 にこやかに改札で手を振る柚穂さんを見送りながら、俺も口元が緩む。

 

 そういえば、当初の目的……大義名分?そんな物があったような気がしなくも無いが……こうして忘れるくらいだ。気にしないでおこう。

 女の子とデート(?)もこなせるし?俺と青春ラブコメは縁遠くないのかもしれない……!

 

 ふふ。今はこの満足感に浸ったまま、恋愛マスターに一歩近いたことを喜ぼう……

 

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