エセヒロインは余談を許さない〜“完璧美少女”を演じる悪友が可愛くて困る!だが“俺も”演り返す!~   作:隣ワニ

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4話 上の空かもしれない

「こう2人揃ってTSするってどんな確率だ?」

 

 俺と冬司は保健室を出ると寄り道もせず速やかに下校した。

 実に模範的な高校生と言って良いだろう。

 もっとも、登校してやったことといえば気絶して保健室で寝ていただけなので、そこを突いてどう模範的なのかという詰問には弱い。返答は保留願う。

 

 結局冬司は何食わぬ顔で俺の家までついてきて、俺の部屋の座椅子で無遠慮にポテトチップスを頬張っている。

 

「しかもお互い見た目変わりすぎだしなー」

 

「それだけじゃないぜ?相棒。寄りにもよって互いが互いのどタイプになってやがる」

 

「それなーほんとそれなー」

 

 なんて生返事をしながら、俺はあれこれ思案した。

 

 もしこの子が冬司じゃなかったら……なんて想像もした。

 

 思い返せば女の子になって初の登校で不安だったし、ジロジロ見られてまるで見世物のようだと惨めになった。これも今日の出来事なのだ。

 

 俺のそういう暗鬱を跳ね除けて忘れるほど“冬さん”との出会いは刺激的だった。

 照れながらも綻ぶ顔が頭に焼き付くほど印象的で、友達になって欲しいと言ってくれた事が何より嬉しかった。

 要するに率直に大方の予想通り平たくところはばからずに言ってしまえば。

 俺は彼女に惚れていたのである───

 

 ────しかしそれが冬司の演技だったとは。

 

「おーい。どうした……?」

 

「……冬さん……いないんだなーって思ったら辛くなってきて……俺泣いていいか?ちょっと胸貸しておくれ……」

 

「お、おい……急になんだ……しおらしくなんなよ……」

「……」

 

 先程十分寝たにも関わらず、もう俺の頭は疲れていた。

 

「……まて呉久。お前、オレの胸が目的だな? 怖ぇよ!! 危うく胸貸そうとしてたぞ?」

 

 冬司の胸に飛び込む寸前で俺は抑えられた。非力になった自分が惨めで、少し嫌になる。

 俺と違って心底お気楽者なコイツが羨ましい。

 乱れ始めた心に蓋をして、俺はお気楽なノリに相乗りする。

 

「……チッ、す、鋭い……やっぱりお前冬司じゃないな〜?冬司もっとアホだもん……!」

 

「そこはいいだろ……もう心配するだけ無駄だわ」

 

 心配? コイツが? 嘘つけ。

 

「もう……なんなんだよ……」

 

「なんなんだよって……おい、呉久……?」

 

 泣きたいのはマジだ。目尻が熱い。

 

 「……お゛れ……疲゛れてるのかも……っ」

 

 「……」

 

 なにか言えよ。沈黙が窮屈だ。お前がなにか茶化してこないと虚勢が持たない。

 

「……ぅ……冬さん゛っ……か゛えせよぉ゛……」

 

「……それは……」

 

 俺が胸を躍らせたのは虚構だった。

 おそらく、始まってもない初恋は終わったののだ……

 俺は失恋したのか? 

 そもそもこれは失恋ということででいいのか?

 

 反芻する度、喉がつかえたような感覚で唾が重い。

 初恋が終わった悲しみか?希望と純情を踏みにじられた悔しさか?俺を苦しめる感情はなんだ……?

 もうぐちゃぐちゃだよ……

 

 TS病の症例が報告されるようになって2年余りになるが、希少極まりない事例であることに変わりはない。まして友人同士2人揃ってTSするなんてこと、まず起こらない。

 世界でそれを経験した第1号は、俺達2人組なんじゃないか?

 つまり、こんな感情に誰も処方箋を持っちゃいない……

 

 だったら精神ぐちゃぐちゃになって何が悪い?

 いや、むしろ俺はよくやれてるほうじゃないか?

 

 ……あれこれ自分をなだめすかしたものの、女の子になっちまった身体は、1度感情が溢れると俺の話を聞いちゃくれないようだった……

 抑えきれず決壊した目尻から、溜めた涙が溢れた。

 

「……んっ……っ……ひぅ……っ」

 

「……ッ……」

 

 ……情けない。

 しっかりしろよ俺。これではまるで乙女のそれではないか……

 たとえ身体は女になったとしても気持ちだけは染まらない! 男だった頃のままに保ってみせる! そう誓ったじゃないか!?

 

 冬司は困っているようだったが、尚も涙はぽろぽろと落ち続けた。

 

「……ハンカチ、使え……」

 

「ぅ……ごめん……」

 

 ハンカチを受け取ると、彼女は耳を赤くして目を背けた。

 

 

 

 しばらくして俺が落ち着くと、その様子を見て安心するかのように彼女が笑った。

 

 ころころと表情を変える様子がたまらなく愛おしく、そこに筋骨隆々とした冬司の面影は無い。それがちょっと可笑しい。

 

 まて。俺は今なんて思った? 愛おしい?冬司を? あの冬司だぞ?

 

 人の不幸をおかずに飯を食べ、薔薇色の人生を歩む俺を堕落へ蹴落とし、今日までの怠惰で無為な日々を送る羽目になった元凶を……? 愛おしい? 冗談だろ??

 

 一瞬でもそんな情が過ぎった自分が理解できない。たぶん俺はまだ正常じゃないな?

 いや、そもそも俺を気遣うなんて優しい女の子、ほんとにあの冬司か??

 

「……もう、先に泣くなよな。オレだって茉莉ちゃんいないって思うとツラいんだが……?」

 

 ……その割にはえらくケロッとしているじゃないか。

 

「……うそつけ、ずっと俺をからかってたろ……お前泣いてないじゃないか。俺だけみっともない!不公平だ……」

 

「はぁ……なんかお前言ってることめちゃくちゃだわ……」

 

 うるさい。そんなの俺が一番よくわかってる。

 

「うーん、あのな。今だから言うが、朝のオレは自分が女の子になってんの忘れて……その……マジで茉莉ちゃんのこと好きになってたんだぜ?」

 

「へ?」

 

「……一目惚れってやつだ。連絡先交換出来た時とか嬉しかったしな……だから、それが幻想だったーって思うとすっごい悲しくなるぜ……?」

 

「?」

 

彼女はあまり悲しそうではない。

 

「でも、なんかお前みてたらそういうの引っ込んだ」

 

「テキトーだな……?」

 

「そこがオレの取り柄でもある!」

 

 嘘をついてるという感じでもない。

 

「……はは……っははっ……」

 

 自信たっぷりに言い放つあほ面が可笑しくて笑ってしまう。

 

「……ハハハ」

 

 彼女も笑った。可愛い……まるで冬さんが微笑んでいるようなセンゼルスマイル。

 ……ああなるほど。愛おしいと思ってしまう理由がわかった。

 

 見た目や声がどタイプな女の子に変わりはないから、その姿を愛おしいと()()したわけだ。断じて今の冬司に対してありのままに、愛おし……みたいな歯の浮くような情が過ぎったわけではない。

 

 いくらガワが美少女でも中身がどギツ過ぎるわけで……間違いが起こるはずがない。

 冬司が冬司である限り、なにか俺が変な気起こしたとしても、冬司(野郎)が滲み出るのは必然。そいつの冷水浴びていつものクールな俺に戻ればいい。我に帰るための安全装置はついてる。俺はまだ大丈夫……

 

「あははっ……あーあと、俺一応『茉莉』に戸籍名変わったんだ。たぶんだけどお前も戸籍名変えたんだろ?何にしたの?やっぱり冬?」

 

「……」

 

「聞いてる?」

 

「……え?オレ?あぁ……うん。変わったぞ」

 

「じゃあ『冬』になったわけ?」

 

「……」

 

「なあってば!」

 

「あ、そうそう、戸籍名『冬』になってたな……」

 

 戸籍上の手続きなんかは俺がTS後、アタフタしてる間に済んでいた。勝手に。

 TS病患者は特例でしちめんどくさい審査をすべてすっとばして爆速で変更手続きができる。

 母様がにこやかに「変えたよ〜」と持ってきた書類や身分証の数々を俺は病院のベッドで見た。

 たしかに性別が女になってたし、名前も茉莉に変わっていた。曰く女の子に産んだら付ける名前だったんだと。

 

 

「……なら……お前は茉莉ちゃんで良いんだろ……?」

 

「……まあ戸籍上はそれで良いんだけど……」

 

 生返事気味の冬司は、ぼーっとしているようでなにか考えているようでもある。

 冬司がなにか思案してニッコリ穏やかな顔へ転じれば必ず誰かの心労が増えるよう力学が働く。俺はとんでも美少女になってしまった冬司にも、その兆候を見て取ってしまったのだ。

 

「……じゃあまずは手始めに……」

 

「……うん?」

 

 すると彼女はなにか腹を決めたように「ふぅ」と息を吐いた。纏うオーラが変わったような……?

 

 気づけば彼女の左手は俺の手に添えられており右手は俺の頬にあった。

 

「───!?」

 

 彼女の白く細い指が撫でる輪郭に火を灯してゆく……

 俺の景色はすべてが冠城冬だった────

 

「……茉莉ちゃん? とってもかわいいよ〜♡ も〜っと見せて? ね〜? 茉莉ちゃん……私のこと好きっ?」

 

 〝あなたのハートを狙い撃ちっ♡〟

 

 ────まるで脳に直接語りかけてくるようなその声で、全世界が、停止したかのように思われた。

 

 眼前の尊い存在に理性が飛ぶ。

 

 いま私、打たれましたよね!?

 

 萌え(死語)のぜんぶを凝縮して積分したような尊さがある!!

 ……間違いない、この美少女はガンにも効く!!

 

「あッ! あッ……可愛っ!!尊── か゛わ゛い゛い゛っ!! 冬様!?!?御身はいったいどういうつもりで!?!?え?!天啓?!どういうつもりかしら??」

 

 あぁ……心地よい……余韻で脳が震えますわ……

 

「効いたなーって。え……だれ? 恐……」

 

 あぁ……怪訝なお顔も麗しい……私は高ぶった感情を制して申し上げます。

 

「……んぅ……ハァ……ありがとう冬さん(idol)ありがとう冬司(冬さん)……うふふ……貴女がそんな尊いことをしたのは何故かしら……?ありがとう冬さん(冬司)?本当にありがとう……!感謝しているわ!」

 

 「……おーい。オレ冬司だぞー?どうしたんだー?」

 「おっふ♡ハッ!」

 

 私は……って私!?いや……俺は、いったいなにを……?

 なにか危ない快楽に浸っていたような……?

 

 少々取り乱しはしたが、もう大丈夫。俺の理性はこのidolを直視出来るくらいには回復した。

見るとidolだった冬様のご尊顔が少々明るい。恥ずかしかったのか?

 

「……オレも人のこと言えねえが……呉久、お前頭大丈夫か?日本語使ってんのに会話が成立する気がしねぇ……」

 

「私っ……じゃなかった俺は、ちゃんと会話出来てる。大丈夫だ、問題ない(キリッ) もし私がなんかバグった気がすんならそれは冬様のオツムが尊いか人の言語を分断した冬様が悪いんじゃないですかぁ? もひガンギマリにしてくれなければ俺はこの快楽を知らなかったわけだし」

 

 ちくしょう、尊い冬様が脳裏に焼き付いて上手く喋れない!

 ……冬様は俺が常日頃、アイドルからの認知に飢えているのを知っている。だが冬様が無担保で俺のハートを射抜くなんてご褒美を信じるほど俺もバカじゃない。 なにか裏があるに違いない!!

 

「うえ……呉久が日本語喋ってくれねぇ……ずっと目のピント合ってないしキモいし……何もしてないのに壊れた……」

 

「冬様キメたせいでわた、お俺、日本語喋れないんだけど?どうしてくれる??」

 

「キマッてる美少女こわい……意味わかんねェキモい流石に引く」

 

「キモいとか言うなよ、ふゆ……と、とう、じ?が俺をこうしたんだぞ……!」

 

 キモイて……どうしてそこまで言われにゃならんのか。好みの女の子(外見のみ)にキモいと言われると、軽はずみと分かっていても傷つく。

 

「……ちょっとふざけただけだろ〜?頼むから日本語喋ってくれ。おい、お前って叩いて治すんだよな?」

 

「はァ?お前なに言ってんの……?叩いたら普通に傷害だぞ?それはそれで何か目覚めそうだからやめて」

 

「うわ急にまともに戻んなよ!!あと目覚めんな!!」

 

 パーになっていた頭もだいぶ回復した。いや、ほんとに。

 

「お前はなんであんなに可愛いアイキャッチやったのか?って聞いてんだけど……なんで無視すんの?」

 

「かっかかかわっ!?」

 

「……可愛かったよ。頭ぶっ飛んだ」

 

「そそ、そっか……」

 

 慌てる冬司、ちょっとかわいい。

 

「美少女って人の頭パーにできるんだなー」

 

「……キマった美少女ってこわいんだな……」

 

「で?」

 

「あー。えと。さっきのは思いついた提案を聞いてもらうため?……みたいな……勢いでやっちゃたぜ☆」

 

 外見だけは飛び切りかわいいからな……やられちゃったぜ☆

 

「……提案?」

 

「あーまず、俺はお前が夢想する『冬さん』ではないぞ……?またおかしくなるなよ?……それで、だな……ある提案があるんだが……聞いてくれるか?」

 

「俺はずっと聞いてるぞ」

 

「……ふぅー……な、なぁ……オレ達、付き合わねぇか.......?」

 

「……お前、頭大丈夫か……?」

 

 俺の次は冬司がおかしくなった……

 冬司の頭がブラウン管であったならば、叩いて治す、みたいに楽でいいんだが……

 

 今の冬司は美少女だ。俺は美少女を叩けない。つまり冬司のアホは治らない。

 困った。

 

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