「クライン邸には大きな林檎の木があってね。毎年、大きな実をつけるんだ。私も詳しくは知らないのだが、シーゲル様が大西洋連邦の方からお若い頃にいただいたという話でね。」
「そんなんですね。」
「うん、大きな実をつけるのだが、ラクスが物心ついた頃に林檎が分かるようになって、それを食べたいと言い出したんだ。お気持ちは分かるが、洋林檎でそのまま食べるのは向かないと言ったのだが、関係ないと言わんばかりに取ってくれと言ってきてね。」
オチが見えてきたのかキラ君は口を押さえて笑うのを我慢している。
「仕方ないから赤く色付いた林檎を一つ渡したんだ。後でコンポートかアップルパイにしますと言ったのだが、我慢出来なかったのか一口齧ってしまわれてね。固いし、美味しくなかったのだろうね、泣きそうな顔をして此方を見ていたよ。」
我慢出来なかったのかクスクスと笑い声をキラ君が漏らしている。ラクスも笑っている。そんな何気ない一時が嬉しく感じる。
「そんな事があったのですか?私は覚えてませんが?」
「私は今でも覚えているよ。その後、齧った林檎と幾つかの林檎を収穫し、アップルパイを作って差し上げたら、美味しい、美味しいとお一人で半分召し上がられて、私がシーゲル様にお菓子を与え過ぎだとお叱りを受けたよ。」
「まぁ、そのようなことが?」
ラクスの驚いた様に、私は苦笑いをして、肩を竦めた。
「それから毎年、林檎の収穫時期になるとラクスが脚立を使って林檎を取ろうとして、それを制しながら私が収穫し、アップルパイを作るのが毎年の恒例行事のようになっていた。」
「そうでしたわね。毎年美味しいアップルパイをカナデは作ってくださいました。」
「次の年なんか毎日アップルパイを作らされてね。ラクスが毎日食べたいと言うから。そうしたら5日目には勘弁してくれとシーゲル様や私の両親、他の使用人達から苦情が来たよ。美味しいが毎日は御免だと。」
そんな私とラクスの昔懐かしの思い出話をしている。それをキラ君が興味深く聞いている。
キラ君がここに入り浸っているのは、何となく察している。例のコーディネーターが云々を気にしているのだろう。意識的にか無意識にかは分からないが。彼の精神的にも暫くはそっとしておいたほうがいいのだろうか。
「あ、あの………この後、ラクスさんはどうなるんですか?」
何れは聞かれる質問だろう。それをこのタイミングできいてくるとは……しかし、どのタイミングで聞いてきても答えは変わらないからタイミング云々は関係ないか……。
「第八艦隊の先遣隊と連絡がついたのは知っているね?」
「は、はい……」
「この後、アークエンジェルは先遣隊の指揮下に入り、第八艦隊と合流するだろう。先ずは其処の艦隊司令官のハルバートン提督の判断がどうなるかだろうが、恐らく月の連合軍本部に移送され、さらに上の高官による高度な政治的判断が行われるだろう。」
私の発言内容でキラ君もラクスも暗い表情になった。本当の事だから仕方ないが………。
「ラクスをどう扱うかによって、対処が変わってくる。人道的見地から救助したと言うなら解放だし、捕虜ないし人質として扱うなら人質交換という政治的扱いをすることもある。私の立場では分からない部分が多いからどうなるかまでは分からん。」
「助けない方が良かったんですか?」
キラ君が不安そうに尋ねてきた。あのまま、ラクスの救命ポットを回収せずに、ザフトが回収するまで放置する。一つの手段ではあるが。
「あのポットは最低限の水と食料しかないタイプだ。2日も持たないタイプで、キラ君が救助しなければ餓死ということもある。だから私個人としては、キラ君に感謝している。ラクスを助けてくれてありがとう。」
「い、いえそんな。当然の事をしただけですから。」
私の率直な感謝に年相応の照れを見せるキラ君を微笑ましく思いながら見ている。
そんな時に非情な放送が入った。戦火を告げるものだ。
『総員第一戦闘配備、総員第一戦闘配備、繰り返す総員第一戦闘配備、総員第一戦闘配備!』
この状況でか!此方が見つかったか先遣隊が敵に捕捉されたのだろう。
「キラ君、急ごう!」
「はい!」
私の言葉にキラ君は返事をし、部屋を出る。
「ラクス。君はここにいてくれ。いいな?」
「カナデ……、貴方も戦うのですね。」
「ああ………」
「ご武運を………」
「ありがとう………」
そう言い合い、ラクスを部屋に入れるとロックをかける。ラクスは心中複雑だろう。私の武運を祈るという事は、ザフト兵を殺すということだ。
そんな思いを振り切るように頭を振り、パイロットスーツに着替える為に更衣室を目指すと前方に先に出たはずのキラ君が赤毛の女の子に捕まっていた。聞こえてきた内容があまり良いものとは思えなかった。
「キラ君、急げ。敵は待ってくれないぞ!」
「は、はい!大丈夫だよ、僕たちも行くから。」
彼女にそう言ってキラ君の腕に縋り付くように握っていた手を外し、キラ君は私の後を追ってきた。
「あれは良くないな。先遣隊に敵が襲っていたとして此方が着く前に決着がついている事もあるから気休めなら言わないほうがいい。護衛艦3隻なら私の部隊なら3分もいらんからな。」
「でもそれじゃあ……」
「時間がないからとにかく出撃するで良かったんだ。」
暗に私の気休めは言わないほうがいいという言葉にキラ君が口を閉ざした。実際、戦場はどうなっているか分からないからな。
機体を発進させると前方で戦闘の光が見えた。まだ先遣隊は全滅していなかったが時間の問題だろう。状況を聞くと例のナスカ級が相手のようだ。
「キラ君、長距離射撃で先制攻撃を行う。タイミングを合わせてジンを2機落とす。いいね?」
「はい。」
タイミングを合わせて射撃を行うと私の一射がジンの腰部を貫き、撃墜した。しかしキラ君の一射はバルルス改を貫き、誘爆が起こり、多少の損傷を与えただけに終わった。一瞬の硬直を見逃さず、もう一射を私が行い、損傷したジンを落とす。
此方に気付いたのか、イージスと残りのジン2機が此方に向かってきた。先遣隊から敵を引き離す手間が省けたと思った瞬間、レーダーの端に反応があった。
『レーダーに反応。先遣隊の左後方よりナスカ級、モビルスーツの反応が6。機種はジン5機、それと高機動型ジンです!』
『別働隊がいたの!?』
アークエンジェルの報告を聞きながら、此方の打つ手を考える。ここで誤った手を打てば、全滅する可能性がある。
「私が別働隊の敵に当たる。イージスはストライクが、残りのジンはフラガ大尉に任せる、いいな!」
『あいよ!』『分かりました。』
フラガ大尉とキラ君からの返事を聞きながら、ペダルを踏み込んで加速し、先遣隊の眼前をすり抜け、敵の別働隊と対峙する。
何射か行うも、どの機体にもヒラリと躱されてしまう。その統制取れた動きに舌打ちが出た。
「ちっ、エース部隊か!」
上下左右に分かれて攻撃してきた敵に機体を細かく操作しながら躱すと、本命のエース機が正面から踊りかかってきた。剣をスラスターを一瞬吹かして躱し、振り向きざまの射撃をシールドで受けて防ぐ。その一連の流れが腕の立つパイロットであることを示していた。
「白のジン・ハイマニューバ。“ドクター”ミハイル・コーストか!」
幾度かの鍔迫り合いから膠着状態になる。その時、接触による回線で此方に声が聞こえてきた。
『貴様がこの戦場で最大の癌と判断した。処置させてもらう。』
「悪いがやられる訳にはいかんのだよ!」
そう言い放ち、シールドを押し込み距離を取る。後方からの射撃を躱しながらキャトスで此方を狙っていた別のジンに頭部バルカンで牽制すると一発がバズーカの中に入ったのか誘爆を起こし、機体の体勢が大きく崩れる。その隙にライフルで一射し、落とす。これで1機!
またハイマニューバが絡んできた。ええい、しつこい!
『貴様が何の所以あって連合軍いるのか知らんが、敵である以上排除させてもらう。』
此方に度々聞こえてくる声が鬱陶しい!
『キリュウ二佐!フラガ大尉が被弾、戦線を離脱。先遣隊の援護に向かえませんか?』
アークエンジェルのラミアス艦長からそんな通信が入るが、状況を分かっているのかいないのか、そんな事を言ってきた。
「無理だ!こっちは5機を相手にしている!先遣隊の援護に向かえば、コイツラも連れて行くことになる!」
そう言い放ち、今もしつこく絡んでくる敵部隊と対峙する。
ライフルとバルカンで牽制し、隙を伺うも碌な隙がない。ここは強引にでも攻勢に出ないとジリ貧になると思い、ペダルを思い切り踏み込んで急加速をする。此方の挙動に慌てて対応する機体と硬直する機体、冷静に対応する機体と分かれた。慌てて対応する機体に狙いを定め、一気に接近して攻撃を仕掛ける。
此方の動きに対応出来ず、為すすべもなく落とされた。これであと4機!
『キリュウ二佐、モントゴメリが危険です!急ぎ救援を!』
「分かっている!だが此方も手一杯だ!」
数が減ったことでフォーメーションに乱れが出ている。ライフルを連射し、また1機ジンを落とした。
互いに牽制し合いながら、間合いを測っていると突然強烈な光がモニターを覆った。その激しい光に目を細めながら敵機を見ると、ジンが一瞬の硬直が起こった。そこを見逃さずライフルで撃ち抜くと、此方の動きに反応した“ドクター”ミハイル・コーストが重斬刀を振り被りながら接近してきた。
タイミングを合わせてビームサーベルを外へ振り払って刀を真っ二つにし、その回転を利用した膝蹴りを脇腹に流れる様にお見舞いする。
吹き飛ばされたジン・ハイマニューバはコクピットを激しく揺さぶられたのか動きが緩慢になっている。そこにバルカンを放つも、コクピットは左腕でガードして守ったが左腕が耐えられずに爆発した。
そこにサーベルからライフル持ち替え一射すると、右肩に当たり吹き飛んだ。明らかな形勢不利を悟ったのか後退する。追撃しようか悩むも遠くにいる母艦のナスカ級からビームが飛んできて回避する。
これでは追撃は無理と判断し、周囲を確認すると先遣隊が全滅していたのが確認出来た。そしてヴェサリウスとジンがアークエンジェルに進路を変えているのが分かった。援護に向かわなければと機体を翻した瞬間に全周波放送が戦場に響き渡った。
『ザフト軍に告ぐ!此方は地球連合所属艦“アークエンジェル”!当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!』
全周波放送で流される映像に映るバジルール少尉の背後に、小さくラクスの姿が映っている。
「ちぃっ、こうなったか!」
『偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは、貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志で、この件を処理するつもりであることをお伝えする!』
―――つまり此方を攻撃したら、ラクスを殺す―――と云うことだ。
放送がされている間にアークエンジェルに向かっていると動きを止めたジンとイージスがいた。その機体の前方に向かってライフルを数射する。2機のジンとイージスは後ろに下がった。
「もう戦えんだろう、お前たちは!」
コクピット内で一人咆哮すると、ヴェサリウスから帰還信号が打ち上げられたので踵を返して引き始めた。
ナタルはインカムを外し、さっきから黙りこくって彼女を睨みつけている上官の目を見返した。
「ストライクとアークエンジェルを、ここで沈めるわけにはいきません。」
彼女の発言にマリューは冷ややかに応じた。
「分かっているわ、ナタル。」
サッと前に向き直り、去っていくモビルスーツとヴェサリウスを見やった。
ナタルの判断は、現時点では最上の選択肢だった。だが頭で理解していても感情はそうもいかない。墓暴きの後は、少女を盾にとっての立ち回りとは。そうまでして生き延びなければいけないのかと自問自答する。
無論、そうだろう。任務のことに加え、クルーと避難民全員の命がマリューの肩にかかっているのだ。それは分かっている。分かっているが、自然と口調が刺々しいものになる。
「とりあえずの危機は回避したものの。状況に何の代わりもないわ」
頼りの先遣隊は全滅、ひとまず敵艦は後退したが、このままの状況が何時まで続くか………。あの敵が何もせずにいるとは、到底思えない。
「この間に態勢を立て直すことはできます。現時点ではそれが最も重要かと。」
どこまでも無機的で合理的なナタルの返事に、思わず溜め息が漏れる。
「分かっている…………」
アークエンジェルに着艦し、整備兵に補給を頼み終え、パイロットスーツを着替えに行こうとしたら、下の方で大きな声が聞こえてきた。
「どういうことですか!?」
損傷したメビウス・ゼロの整備をしていたフラガ大尉にキラ君が突っかかっていた。
「あの子を人質にとって脅して、そうやって逃げるのが地球軍って軍隊何ですか!?」
「そういう情けないことしかできねぇのは、俺たちが弱いからだろ」
キラ君はフラガ大尉の事実の言葉に怯み、押し黙った。
「私の計算違いは、ジンを一機も落とせずに離脱したエンデュミオンの鷹なんだがな。」
側に降り立ち、横目で見ながら告げた私の一言に図星を刺されたのか、今度は彼が怯んだ。
「カナデさんはあれで良かったんですか!?ラクスさんを人質に取られたんですよ!!」
「良くはない。だがしかしな、あの状況で戦闘を切り抜けるにはあれが最善だったって話だ。それと理解はしていますが、納得してはいないことを覚えておいてください。」
キラ君とフラガ大尉に伝えることは伝えて、着替えに向かった。
制服に着えると上着の胸ポケットに入った物が気になった。彼女を人質にされた事、人質にし戦闘を終結させたこと、彼女の前で同胞を数多く葬ったこと。様々に事態に心も頭もぐしゃぐしゃでムシャクシャする。
これを鎮めるのに彼女の姿ではなく、胸元の物に頼る自分の弱さに嫌気が差しながらも展望デッキに足を向けた。