煙草を2本吹かし終わり、3本目を口にやる。大分落ち着いてきた。ラクスの前でザフトと敵対する、ザフト兵を殺すといった事がこんなにも重く辛いこととは思わなかった。
心に澱が溜まるのを感じる。彼女の事は割り切った筈なのに、こうも心を揺さぶられるとはな………。
そんな深く暗く重い感情に気を滅入らせていた時に人の気配を感じた。展望デッキの反対側の入り口からか。
横目で見ているとキラ君がヨロヨロとしながら入って来た。そしてデッキの手すりを掴むと身体が崩れ落ちた。そして、慟哭と言って差し支えない叫びをあげながらボロボロと涙を流し、泣き始めた。
また私の知らない処で何かあったようだ。神は何故彼に此処まで辛い試練を課すのか。煙草をしまいながら無神論者の私もそう思ってしまう。
「キラ君………。」
側に静かに寄りながら話し掛けると、彼はバッと此方に振り向き、泣き顔が此方に向いた。
それに気付いたのか顔を隠し、涙を拭いて平静を取り戻そうとする。そんな彼の弱い所を見せたくない意地のようなものに憐れさ、哀れさを感じてしまう。
グイッと彼の頭を胸元に引き寄せて話し掛ける。
「泣きなさい。今この場には私しかいない。心が痛むのだろう。時には感情の赴くまま行動するのが正しい人間の行動だ。君が泣きたいと云うなら泣きなさい。我慢する必要はない。君に必要な事だ。」
私の言葉にビクリと身体を一瞬震わせ、少しして身体が震え始めた。そして“あ、あ、あ〜〜〜。”と声が漏れ始め。感情が決壊したように、大声で泣き始めた。そんな彼を慈しむように優しくも強く抱きしめてあげることしか出来ない私は、なんと無力な人間なのだと思った。
戦争に関係なく生きてきた彼に今日から地球軍としてモビルスーツに乗って、自分と同じコーディネーターのザフト兵と闘い殺せとは。
それもヘリオポリスで共に勉学に励んでいた友達を護るために、幼少期時代に親友だったアスラン君と殺し合えとは、無情に過ぎる。
人の気配をまた感じ、そちらに視線をやるとラクスが見えた。ハロを胸に抱え、此方を窺っている。手をやり、少し待ってくれと合図すると頷き、キラ君を遠巻きに心配そうに見つめる。
少しするとハロが我慢出来ずに、ラクスの胸元から声を発しながら飛び立ち、此方に向かって飛んできた。それにキラ君も気付いたのだろう。私の胸元から顔を離し、顔の涙や鼻を啜り、ラクスの方に振り向いた。
「何で貴女がここに………?カナデさんが部屋にロックをかけたんじゃ?」
「この子は鍵がかかっていると開けてしまいますの。」
困惑するキラ君を余所に、彼女はそう言ってフワフワと飛びながら“アカンデ〜”と言っているピンクのハロを捕まえて、此方にスッと差し出した。
頭が痛い…………つまりなんだ、解錠機能が付いたペットロボットって事か?アスラン君はなんて物をプレゼントしてるんだ、全く。
「………戦いは終わったのですね………?」
展望デッキの手すりを掴み、外に広がる宇宙を星が煌めく漆黒の闇の空間を眺めながらポツリと呟いた。
私は吐き捨てるように、キラ君は戸惑いと嫌悪感が入り混じりながら言う。
「ああ、君の生命を盾にしてな。」「ええ、まあ………貴女のお陰で。」
「なのに悲しそうな顔をなされていらっしゃるわ。」
ラクスの優しさで包み込むような笑顔が眩しい。キラ君を見詰めると、ポロリポロリと心の澱を吐き出し始めた。ずっと誰かに吐き出したかった、打ち明けたかった思いを話し始めた。
「ぼくは……本当は戦いたくないんです………。」
「コーディネーターだし……アスランは……とても仲の良い友達だったんです……。」
「アスラン?」
キラ君は全部ラクスに喋っていた。“イージス”に乗っている敵のパイロットが、かつての親友ということ。自分は軍人ではないこと。自分が戦わないと、大好きな友達を守れないこと。
キラ君がこれまで胸につかえていた思いを全て打ち明けていた。恐らく軍人ではない彼女だから、優しく此方にそっと寄り添ってくれる彼女だから漏らしたのだろう。
「そうでしたの………。」
優しく労るような一言に、キラ君の中で消化されず、消化出来なかった思いが溶解されていっているのだろう。目からポロポロと涙が零れていた。
「アスランも貴方も良い人ですもの……。それは悲しい事ですわね……。」
ラクスの言葉に、キラ君は虚を突かれた顔をして目を見開いた。
「アスランを、知ってるんですか?」
「アスラン・ザラは婚約者で…………いずれ結婚する方ですわ………。」
少し言い淀みながら彼女はプラント中が知っている事をキラ君に伝えた。此方に目を向けてきたキラ君に頷いてみせる。
「………優しいんですけど、とても無口で何を話していいのか分からなかったのでしょうね。次の時にこのハロをくださいましたの。」
そう言って“ハロ・ハロ”と喋りながら漂っているピンクのハロを抱きしめた。
「わたくしが、“とても気に入りました”と申し上げましたら―――その次もまたハロを………。」
何個も何個もハロを作って持っていくアスランと、それをお礼を言い受け取るラクスの姿は簡単に想像できたのだろう。呆気にとられていたキラ君が噴き出した。
きっとラクスの家では、この間抜けだか愛らしいロボットが、“ハロ・ハロ”と大合唱しながら飛び回っているのだろう。
「―――お二人が戦わないですむようになれば、いいですわね。」
どこまでも自分を気遣ってくれる彼女の優しさが、傷口に染みるように切なく痛んだ。
最初は驚いたが、今は共通の友人を介して彼女との距離がずっと近くなったような気がした。この人を人質にして、自分たちが生き残るなんて……それが辛かった。
「駄目だよ……やっぱり駄目だ………」
この優しい人をここに置いていたら。意を決してラクスさんの顔を見る。
「彼女を返します、プラントにザフトに。黙ってぼくについてきてください、静かに。」
「キラ君……本当にそれをするのかい?」
「ぼくには……もう………。」
「分かった。手伝うよ。いや、私が主導してやったことにしよう。キラ君はそのままザフトに投降してもいい。君の身柄はアスラン君とラクスが請け負ってくれるだろう。」
ぼくの決意を口にすると、カナデさんの優しく請け負ってくれた。がその後に答えにくい事を言ってきた。アスランと戦いたくない。それを思うと………。
「取り敢えず行動に移そう。先ずはパイロットルームでノーマルスーツに着替えよう。」
そう言って先導するように先頭に立って進みだした。真ん中をラクスさん、後ろを僕と3人縦隊になって進む。住居区画を通り過ぎようとした時に、前方に人影が現れた。スッと3人通路脇に隠れるも、そこは空気を読まない、読めないペットロボットが“ハロハロラクスー”と言って通路へ飛び出た。僕は溜め息を吐き、カナデさんは右手を顔に当てながら溜め息を吐いた。そんな僕たちを横目にラクスさんはヒョコッと顔を通路に出す。
「貴女、えっ!?カナデさんにキラも!!?」
「キラ、お前!」
観念した僕たちは互いに肩を竦めて通路に出た。
ミリアリアとサイが顔を見合わせてから、此方に近付いてきた。
「何をするつもりだ、キラ?」
「カナデさんも……まさか!?」
サイは察したのだろう。ミリアリアも少し遅れて気付いたようだ。
「2人とも黙って行かせてくれ。僕は嫌なんだ。こんな事………。」
「私がキラ君を脅して手伝わしている。」
責任を自分一人で被ろうとするカナデさんにカッとなった。
「僕が言い出したことです!彼女を盾にして逃げ回るなんて………。」
僕達男二人の言い合いに、呆れたような顔をするミリアリアと苦笑するサイがいた。
「ま、女の子を人質にするなんて本来悪役のやる事だしな。」
「そうね。だから私達も手伝うわ。」
「サイ、ミリアリア…………。」
「いいのかい、2人とも?」
僕が何を言っていいか戸惑い、カナデさんが心配そうに訊ねるとサイが肩を竦め、ミリアリアが苦笑していた。
「ヘリオポリスからずっと俺達を守ってきてくれた2人が決めたんならな。」
「そうね。それに私も女の子を人質にするのって、ね。」
そう言って先頭に立って、先に人が居ないか確認しながらパイロットルームに案内してくれた。2人は通路端に監視役をしておくと言ってくれ、カナデさんとラクスさん、僕の3人で入って行った。
私とキラ君はパイロットスーツに着替えるは慣れている。さっさと着替えてしまう。問題はラクスだ。彼女一人で着替えるのは、まぁ無理だろう。キラ君に外に出ていてもらう。
「これに着替えてもらう。悪いがその服を。」
脱いでくれと言う前に、さっと脱ぎ始めた。スッと目線を外したが直ぐに助けを求める声がかかった。
「カナデ、ここからどうすれば……助けてください。」
そう言うので視線を向けると、足首の所で引っ掛かっている。上のキャミソールと下着が丸見えだ。
スッと近付き足周りを調整し緩めるとスルリと入った。順に足、腰、上半身と入れる。脱いだ服はどうしようか………。
此方にとお腹に詰め込もうとするから、綺麗に畳んで渡す。
ジッパーを上げ、首元を止める。後はヘルメットを被れば終わりだ。出ようとすると、ラクスが私の腕をグッと引っ張ってきた。
「カナデ、貴方はこれからどうするのですか?プラント、ザフトに戻らず、傭兵としてザフトと戦うつもりなのですか?」
「私が望んでいるのは連合、プラント両方がある一定の権利と理解と協調を持った平和だ。その為には第3国にいるのがいいと思っている。オーブが間に立ち、互いへの様々な感情や利害を解消していくのが。」
私の顔を見詰め、私の考えを真剣に聞いていてくれている。難しい事は分かっている。しかしこのまま埒のあかない戦いを延々と続けるわけにもいかないだろう。死者が増えれば増える程、払った代償が大きい程、見返りを多く手に入れたくなる、手にしたくなるのが政治というものだ。
「カナデの考えは分かりました。貴方の決心は堅いのでしょう。ただくれぐれもご無理は為さりませんように。私もプラントに戻ったら平和への道を探してみます。あなたの様に………。」
私の考えに彼女が共感してくれた。これほど嬉しいことはない。
「カナデ、わたくし貴方の事が好きです。」
突然の告白に身体も思考もフリーズしてしまった。ラクスが私のことを好き!?まさか、本当に?彼女の想いに応えなければ。
「ラクス、私も、…………。」
応えようとしたら口を手で塞がれた。
「返事は次に会った時にお聞きします。だからカナデ、死なないでください。」
少しずつ縋るように、弱々しくなる彼女の口調に、私はどうしようもなく愛おしさを感じる。
すると彼女がそっと私の頬を両手で抱えると、そっと右頬に口付けを落とした。
「わたくしの想いがカナデを守ってくれますように………。」
「ラクス…………ありがとう。」
互いに目を逸らさず見詰め合う。ラクスの水色の瞳に吸い込まれた様に目を離せなかった。愛おしさから抱きしめたいと思った。彼女をずっと傍に置きたいと………。無理な願いと分かっていても、愚かな願いだと分かっていても。
「行こう、ラクス。皆が外で待っている」
私の儚くも淡い思いを振り切るように伝える。連れ立って部屋を出るとラクスの脱いだ服を詰め込んだポッコリお腹を見てサイ君が。
「いきなり何ヶ月?」
そんなことを呟いた。ミリアリアさんは額に手を当て深い溜息を、キラ君はポカンとしている。私はラクスと顔を見合わせ失笑した。
「急いで行こう、時間を掛け過ぎてしまった。」
全員に促し、移動を開始した。
格納庫に着いて、中の様子を窺うと整備が一段落ついたのか人が残っていなかった。キラ君が先行してストライクの発進準備を進める。続いてラクスをストライクのコクピットにおさめる。
「カナデ、また………」
彼女の万感を込めた言葉に、力強く頷いた。
「また。」
そしてサイ君に向かっておっとりとした口調で言う。
「またお会い出来ますでしょうか?」
「それは……どうかな?」
サイ君は苦笑している。答えにくい問いに言葉を濁した。そこで急に思い立った様に硬い口調でキラ君に問い掛けた。
「キラ………お前は、帰ってくるよな?」
OSを立ち上げていたキラ君がハッと顔を上げる。二人の視線が絡み合った。
「おい!何してる!?」
下から、マードック軍曹のがなり声が格納庫に響いた。
「私はハッチを開ける、発進シークエンスを管制する。」
そう伝えて、その場を離れた。後方から何処か泣きそうな悲しそうな声でキラ君に問い掛けている。
「お前はちゃんと帰ってくるよな!?俺達のとこへ!」
「きっとだぞ!約束だぞ!」
動き出したストライクを避けながらキラ君になおもサイ君は強く呼びかけた。
「きっとだぞ、キラ!俺はお前を信じてる!」
カタパルトデッキに消えていくストライクを見送り、エールストライカーを装着し、ハッチを開放する。発進しようとするストライクを見送り、今度は私がプロトへと向かっていった。
まだ終わっていないし、私の考えが正しければこのままキラ君のシナリオ通りには進まないのは分かっている。
突然鳴り始めた警報に、艦橋で束の間の休息を得ていたマリューたちはシートから飛び上がるほど驚いた。後方に着いてきているナスカ級が仕掛けてきたのかと思った。
「なに!?」
「ストライク!?何をしている!キラ・ヤマト!」
格納庫の状況をCICのモニターで見たナタルが声を上げる。そこへ、ムウから通信が入った。
『坊主が嬢ちゃんを連れ出したんだよ!駄目だ、もうエアロックは開けられちまってる!』
固有名詞を排した表現だがこの場にいる皆が“嬢ちゃん”が誰か分かった。
「なんだとぉ!?」
騒然とする艦橋で思わぬ事態に呆気にとられていたマリューだったが、ナタルが上擦った声を上げ、動転している姿を見て、思わずニヤリとしてしまった。
ヴェサリウスの私室で、ラウは呼び出し音を聞いた。ガモフが此方に追いつくには、まだ数時間かかるはずだった。彼はバスルームから出て通信を受ける。
『隊長!足つきからモビルスーツの発進を確認しました!』
「すぐ行く」
彼は濡れた髪をざっと拭き、タオルを其処らに放り投げた。いつものマスクを付ける前に、デスク上の瓶から錠剤を摘み上げ、飲み干す。彼はふと、自分の手に目をとめた。何かを確かめるように、ジッと手を見つめた後、彼は何事もなかったかのように、マスクを付け、ブリッジに向かった。
アークエンジェルから離れ、キラは全周波で呼びかけた。
「こちら地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ“ストライク”!ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す!」
彼は発進してから考えていた言葉を発した。
「ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスのパイロットが単機で来ることが条件だ!この条件が破られた場合――――彼女の命は保障しない!」
すらすら出てきた言葉が、最後僅かにためらった。
ラクスはそれを聞いても、眉一つ動かさず自分を穏やかな顔で見つめていた。彼女は自分が危害を加えるなど少しも考えていない。そこには自分を信じてくれていると信頼があるのだと理解できた。
「どういうつもりだ、足つきめ!」
ヴェサリウスの艦橋では、想定外の事態にアデスが眉を顰め、激高していた。
『隊長、行かせてください!』
モビルスーツデッキから通信が入る。アスランからだった。
「敵の真意が分からん!本当にラクス様が乗っているかどうかも………。」
『隊長!』
ラウはアスランのまるで敵を疑っていない真剣な表情を見て、ふっと微笑んだ。
「……わかった。許可する。」
『ありがとうございます!』
通信が切れると、アデスが問いかける。
「よろしいのですか?」
「チャンスであることも確かさ。向こうのパイロットもまだ幼いようだな。」
ラウはニヤリとする。
「艦を止めろ。それと私のシグーを用意しろ、アデス。」
ザフトの名将ラウ・ル・クルーゼは、黙ってキラのお膳立てに乗ってくれる相手ではなかった。
「艦長!あれが勝手に言っていることです!攻撃を!」
ナタルが叫ぶ。するとモニターに映るムウが呆れたように言った。
『んなことしたら、外のストライクに中のプロトガンダムが此方を攻撃してくるぜ?それでもやるかい?』
ナタルは絶句した。自身が軍規に忠実な軍人である彼女には、このイレギュラーに対応するマニュアルがないのだろう。
ムウは肩を竦めながら戯ける様に笑うと通信を切った。ついマリューも周囲を憚りながら口元を隠しながら笑う。ナタルの取った手段をあの時は最善だったのは軍人としてのマリューは理解出来るが、あの手段に1人の人間として思う所があったマリューとしては、この事態に右往左往し取り乱すナタルを見せてくれた今回の行動に胸がスッとした。
「ナスカ級エンジン停止!制動をかけます。」
パルの声に、マリューはこの事態を見守る事にした。
「イージス、接近!」
ここまでは上手くいっている。はたして、このままキラ君の思惑どおりにいくだろうか………。
アスランはストライクの手前でスラスターを吹かし、制動をかけイージスを停止させた。
『アスラン・ザラか?』
キラの緊張でかすれた声だ。
「そうだ。」
自分も自身の声が硬いと思った。
『コクピットを開け!』
アスランは言われるままに開いた。ストライクがビームライフルを此方に向けてきた。変な事をするなという警告なのだろうが、それがポーズなだけであることを理解していた。キラが何かの策略を巡らすなんてあり得ない。だから自分はクルーゼ隊長に発進を願い出たのだ。
直ぐにストライクのハッチも開いた。コクピット内二つの人影を見て、アスランは腰を上げ、身体を乗り出した。オープンになったままの通信機から、あちらのやりとりが聞こえてくる。
『話して。』
『え?』
キラの声に、少女困惑した小さな声で聞き返した。
『顔が見えないでしょ。ホントに貴方だってこと、分からせないと。
『ああ、そういうことですの。』
キラの膝上に乗っている人物が此方にヒラヒラと片手を振る。
『こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ。』
ヘルメットのバイザーが反射して顔までは確認できないが、間違いなくラクスだ。最初の一声で分かった。彼女の身の安全が分かり、ホっと息を吐いた。
「確認した。」
『なら彼女を連れて行け。』
アスランはハッチの上に出て、身体を固定した。それを見たキラはラクスの身体をアスランに向かって押し出す。真空を滑るように向かってきた身体を、アスランは慎重に優しく受け止めた。二人は一瞬視線を交わし、並んでストライクを見やった。
『色々とありがとう、キラさま。』
ラクスがお礼を言う。呼び声の柔らかさに、彼らの関わりが何となく分かった。捕虜のようなラクスに、キラは優しく接してくれたに違いない。大人しいくせに、誰ともすぐに打ち解けた。彼の穏やかな雰囲気に皆と仲良くなった。自分が覚えているキラのままだ。
そう思うと堪らず、衝動的に叫んでいた。
「キラ!お前も一緒に来い!」
今なら誰も邪魔する者はいない!
「お前が地球軍にいる理由がどこにある!?来い、キラ!」
心からの、魂からの願い。それは虚しく拒まれた。
『ぼくだって、君となんて戦いたくない………。』
キラの苦渋に満ちた辛そうな声で答えた。
『でも!あの艦には守りたい人たちが、友達がいるんだ!』
「ならば仕方ない………次に戦う時は、俺がお前を撃つ!」
顔を歪め、叫んだ。
『ぼくもだ………!』
答えたキラの声が震えていた。彼も自分と同じ様に苦悩している
。それが分かった。
ストライクのハッチが閉じ、トリコロールの機体がゆっくりと遠ざかっていくのを、アスランは黙って見送っていた。
『敵モビルスーツ、離れます!』
ヴェサリウスではアデスが告げ、ラウが命じた。
「エンジン始動だ、アデス!」
そして同時にラウは、シグーを発進させた。
「敵は落とせる時に落とす。当然の事だ。」
恐らくあの男も出てくる。私の予想が正しければ、あの男が。
アークエンジェルもヴェサリウスの動きを捉えていた。
「敵艦よりモビルスーツ発進っ!」
「ナスカ級、エンジン始動!」
マリューは唇を噛み締めた。
『ラミアス艦長、出るぞ!ハッチを開けろ。』
これまで通信を切り沈黙を貫いていた格納庫にいるキリュウ二佐が言葉を発し、カタパルトデッキに機体を移動させている。彼はラウ・ル・クルーゼの思考を読んだのか万が一に備えたのか、驚くこともなく粛々と機体をアークエンジェルから発進させる。
ザフトが誇った天才パイロットにして天才戦術家と謳われた男の才能の片鱗をみせた。
両陣営の動きにキラは憤るより困惑した。どうしてこうなったと。
「カナデさんっ!?」
『人質がいなくなったんだ。敵が此方へ攻撃を躊躇する理由はない!』
スピーカーから入ったカナデさんのどこまでも冷静で冷徹な状況分析から出た言葉に、言葉が出なかった。
上手くいくと信じ、上手くいったと思った。それを利用され、此方がピンチになっている。そんな事態を引き起こした自分の甘さを思い知らされた。
戦いが始まる。自分のせいでアークエンジェルを危険に晒してしまったという、自責の念がキラの胸を覆った。
互いに射撃を行い、接近戦に移行し、距離が出来ると射撃と幾度も繰り返す。互いに決め手がない。機体性能は此方が上だろうが、アークエンジェルに行かせないように闘う此方は戦闘行動に制限がある。
鍔迫り合いをしていると、接触回線で此方にクルーゼが話しかけてきた。
『まさか生きていたとはな。まあコクピットに死体がなかったから死んだとは思っていなかったが、ザフトの英雄がまさか地球軍として働いているとはな、黒騎士!』
相手にする必要はないし、地球軍の傭兵として働く現状に思う所がある自分は何も言わずにいる。
『何を考えてそちらにいるのか知らんが、貴様のその能力は目障りなので、ここで墜とさせてもらう。』
ザフトのトップエースの一人、ラウ・ル・クルーゼが本気になる。此方も手加減などしていられない。気合を入れるために手の操縦レバーを握り直した。ここからが本番と言わんばかりにフットレバーを押し込んで機体を急加速させ、シグーに躍りかかった。
『アスラン、早くラクス嬢を連れて帰投しろ。』
通信機からラウの命令が入り、アスランは唇を噛んだ。始めから、隊長はこうするつもりだったのだろう。キラの出した条件を飲んだふりをして、その隙に乗じて敵を叩く。これでは自分はいい餌だ。しかし、ラクスを連れて戦闘に加わるわけには行かない………。眼前でザフトのエース、ミハエル・コーストを損傷離脱させ、その部隊の大半を撃破し、数多くのパイロットを撃ち落としたプロトガンダムとシグーを駆るラウ・ル・クルーゼの烈しいと評する戦闘が繰り広げられている。その時、――――。
「ラウ・ル・クルーゼ隊長。」
通信機のスイッチに手を伸ばし、凛とした口調で呼びかけたのは、ラクスだった。
「止めてください!追悼慰霊団代表のわたくしのいる場所を、戦場にするおつもりですか!そんな事は許しません!」
いつもおっとりしていて、穏やかに笑うラクスの姿しか見たことがなかったからだ。プラントの人達も大半が知らない一面だろう。
「直ぐに戦闘行動を中止してください!聞こえませんか!?」
彼女の猛々しささえ感じさせる口調で駄目押しする。しばしの間の後、ラウの応答が返ってきた。
『………了解しました、ラクス・クライン。』
敵機との鍔迫り合いを止め、後方に距離を取った。
そんなやり取りを唖然と見ていたアスランに気付いたラクスは通信機から離れ、彼の顔を見ると、いつも通りニッコリと微笑んだ。何時もの皆が知るラクスの顔だった。
戦闘行動を中止し、撤退していくシグーを幾ばくか警戒しながら見送った。敵側に何かあったのかは分からないが、敵は退くようだ。
『敵が退くなら此方も退こう。アークエンジェルに帰投する。』
カナデさんの通信機から聞こえる声に、ハッとして慌てて返事をする。
「は、はい。分かりました。」
機体を並べて飛びながら、カナデさんに話し掛けた。
「すみませんでした。」
何に対して言ったのか自分でもよく分からなかったが、取り敢えず謝っていた。
『何に対して“すみませんでした”なのかな?』
恐らくぼくの心の内をある程度理解しているのだろう。微笑しながら尋ねてきた。
「いえ、その、ラクスさんを返してしまって…………。」
『気にしなくていい。生きていればまた会えるさ。キラ君の方こそ、本当に良かったのかい?』
カナデさんの気遣う声音に、顔を俯けた。目から溢れてきた涙を堪えられなくて。“ザフトへ行かなくて良かったのかい?”と云う事なのだろう。
“一緒に来い!”とアスランに呼びかけられた時、どんなに行ってしまいたかったか。アスランやあの優しいラクスさんの元へ、自分の同胞たちのいる場所へ……………。
それでも彼は、此方を選んだ。自分を待っていてくれる人たちと居る場所へ――――。自分に帰ってこいと言ってくれた人達の元へ。
「ええ。」
『………そうか。なら帰ろう、アークエンジェルへ。』
カナデさんはいつもの様に優しく言って、機体を少し加速させた。自分も遅れないように、フットレバーを踏んで加速する。自分の迷いを吹っ切るように。
次はアオのハコか銀英伝の早く出来た方になります。
どっちが早いかは分かりません!