「ラコーニ隊長がお待ちです。連絡艇へ。」
ラクスの部屋を訪ね、迎えが来たことを告げる。正直、先の話から彼女の顔を見るのが辛かったから避けていた。食事や身の回りの世話は女性兵士に頼み、担当してもらっていた。
格納庫への道中も何も喋らず、無言で向かった。
格納庫には、クルーゼ隊長が見送りに来ていた。先だってのラクスの介入を面白く思っているはずはあるまいが、この上官は仮面の下に感情を隠して、全く感じさせない。
ラクスを連絡艇の入り口に立たせる。
「クルーゼ隊長にも、色々とお世話をかけました。」
ラクスの言葉に、クルーゼ隊長は一切の感情を見せなかった。
「お身柄はラコーニが責任を持ってお送りするとのことです。」
「ヴェサリウスは追悼式典には戻られますの?」
「さぁ…それは分かりませんが。」
クルーゼ隊長は軽くいなし、ラクスの視線に顔を横に逸らした。そんな隊長にラクスは表情を改めた。
「戦果も重要な事でしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れなき様に………。」
彼女の真剣な表情で隊長を見据えて言う。そんな彼女を、隊長は薄く笑い告げた。
「……肝に銘じましょう。」
ラクスはじっと、仮面の奥の表情を推し量るような目をした。しかし私に顔を向けた時には、いつもの穏やかな顔に戻っていた。
「何と戦わねばならないのか―――戦争は難しいですわね。」
寂しげに言う彼女に、自分は何も答えられなかった。純真な少女と刃のように鋭く冴える政治家の顔―――どちらの言葉も、真っ直ぐと核心を突いてくる。
「では、また……お会いできる日を楽しみにしておりますわ。」
ラクスは微笑むと、連絡艇に乗り込んでいった。
格納庫を離れ、ヴェサリウスの通路でラクスの乗った連絡艇の移動を見守った。クルーゼ隊長も艦橋へ戻る道すがら一緒に見ている。
―――何と戦わねばならないのか。
ラクスの乗った連絡艇を見ながら、キラの事を思い浮かべた。同胞の為にザフトの兵として戦うことを選んだ身が親友と戦わねばならない皮肉を思った。
「何と戦わねばならないのか………イザークの事は聞いたな?」
「……はい……。」
隣の隊長の言葉に小さく返事をした。
「ストライク……撃たねば次に撃たれるのは君かもしれんぞ。」
言葉を失いながら隊長に目を向けるも、その場を去ろうと動いていたため、その後ろ姿を見送るしかなかった。
大小の艦が近づいてくる様を、皆が息を詰めて見守っていた。
地球連合軍第8艦隊―――先のプラント攻防戦で残存艦隊を多く撤退させた智将ハルバートン率いる艦隊は、今ゆっくりとアークエンジェルに接近し、その中にアークエンジェルを迎え入れようとしていた。数十にものぼる戦艦、駆逐艦に取り囲まれ、旗艦メネラオスがゆっくりと近づいてくる。
「百八十度回頭、減速、更に二十パーセント、相対速度合わせ。」
「しっかし、いいんですかね?メネラオスの横っ面なんかにつけて。」
操舵手のノイマンが冗談混じりの懸念を口にする。
「ハルバートン提督が艦をよくご覧になりたいんでしょ。自ら此方にお出でになるということだし。」
マリューは微笑みながら言った。普通は此方が呼びつけられる立場だ。彼こそが、これからの戦況を左右する兵器として、誰よりも強硬にこのアークエンジェルとXナンバーの開発計画を後押しした。マリューからしても直属の上司と言える人物だ。
艦が慣性航行に入ると、マリューは“ちょっとお願い”と言い置いてブリッジを出た。
「艦長。」
後ろからナタルの声が聞こえてきた。2人並んでエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まると、ナタルが切り出す。
「ストライクのことは、どうされるおつもりですか?」
「“どう”って“どう”とは?」
言っている意味は分かったが、ハッキリと言うように促すと、彼女は焦れったい様に言い募った。
「あの性能だからこそ――彼が乗ったからこそ、我々はここまで来れたことは、この艦の誰もが分かっていることです。」
彼女の意図がハッキリしたことで、マリューは硬質な目でナタルを見やった。ナタルはそんな彼女の目を見返し、たずねた。
「………彼も、降ろすのですか?」
はじめはコーディネーターに機体を触らせるのをさえ嫌がったのにと、つい思った。割り切りがいいのは立派だか、割り切りが過ぎるのではと思ってしまう。
扉が開いたので、エレベーターから出て移動すると、後ろから“艦長!”と呼ぶ声が聞こえた。
「貴女の言いたいことは分かるわ、ナタル。でも、キラ君は軍の人間ではないわ。」
「ですが!彼の力は貴重です。それをみすみす………」
「力があろうと、私達には志願を強制することはできないでしょう。」
マリューが問い返すと、ナタルは黙った。だがその目には不満げな色がまだ残っていた。そんな彼女を置いて移動すると人が立っていた。誰か分かると息を呑んだ。
「いやはや、貴女が艦長で良かったよ。」
「キリュウ二佐………」
顔は笑顔を浮かべているが、視線が身体が凍って動かなくなるほど冷徹かつ峻厳で、身が震える程の恐怖が走った。この視線をナタルも受ければ、あんな馬鹿な事を言い出さなかったかもしれない。そう思わせるような視線だ。
フッと笑うと、凍った空気が溶解するのを感じ、身体の硬直が解けた。そしてポンっと肩を叩いて何も言わず去っていった。
とても短い時間だったが、その場に座り込みたくなるくらいドッと疲れた。
「艦隊と合流したってのに、何でこんなに急がなきゃならないんです?」
ゼロのハッチから身体を突き出し、キラが文句を言うとムウは憮然として答えた。
「不安なんだよ、壊れたままじゃ!」
整備班はゼロの被弾箇所、ガンバレルの修理を急ピッチで進め、キラも否応なしに駆り出されていた。
艦隊と合流したら、やっとゆっくりできると思っていたが、完全に当てが外れた状態である。カナデさんはこういった整備は不得手で参加しても邪魔になるそうで、格納庫から消えていった。
いつ敵が襲ってくるか分からないこれまでならともかく、納得がいかない。これだけの規模の艦隊に、どんな相手も手出ししてくるはずがないし、もし攻撃されても他に使える機体がいくらでもあるはずだ。
「第8艦隊つったって、パイロットどもはひよっこ揃いさ!なんかあった時にゃ、やっぱ大尉が出られねぇとな。」
マードックが笑っていう。
確かに。改めて考えると、ムウほどのパイロットがそういるとは思えない。先の戦闘でも被弾はしたものの、モビルアーマーでエースが駆る高機動型ジンやXナンバーを相手にしていた。コーディネーターで、しかもストライクを操っているキラですら、Xナンバー一機に手一杯になりがちだというのに。それを考えると何機も相手取るカナデさんって…………。
「それよりストライクは?本当にあのままでいいんですか?」
キラが尋ねるとムウは難しい顔をしている。彼がカスタマイズしたOSを、ナチュラルの手に余る代物と言いつつ、ムウたちは初期化するのを渋っているのだ。
「分かっちゃいるんだけどねぇ〜………わざわざ元に戻してスペック下げるってのも、なんかこう………。」
すると上から涼やかな声が応じた。
「できれば、あのまま誰かがって思っちゃいますよね。」
一同は驚いて見上げた。マリューがキャットウォークから飛び降りてきていた。
「艦長?」
「あらら、こんな所へ。」
彼らに目をやった後に、キラの顔を見た。
「ごめんなさいね。ちょっとキラ君と話したくて。」
「えっ?」
思わず怪訝な顔をし、尻込みするキラの様子に、マリューは苦笑する。
「そんな疑うような顔しないで。………まあ、無理もないとは思うけど。」
彼らは作業するクルーから少し離れた、ストライクの前に来ていた。
「私自身余裕がなくて、あなたとゆっくり話す機会も作れなかったから………。」
キラの顔を見てマリューは微笑んだ。
「その……一度、ちゃんとお礼を言いたかったの。」
「えっ…………?」
「あなたには本当に大変な思いをさせて、ほんとここまでありがとう。」
彼女は深く頭を下げ、思いもかけぬことにキラは目一杯動転してしまう。
「いやっ、そんな、艦長っ……。」
しどろもどろしていると、頭を上げたマリューがニコリと笑いかけた。
「口には出さないかもしれないけど、みんなあなたには感謝してるのよ。―――こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど………頑張って。」
彼女が片手を差し出した。キラはまだ戸惑いながら、その手を握った。グッと彼の手を握り返したマリューの手は、優しく柔らかく温かかった。
「いや、ヘリオポリス崩壊の報せを受けたときは、もう駄目かと思ったぞ!それがここで、君達と会えるとは………」
大声で話しながら連絡艇から降りてきた長身の将校は、気さくな様子で、マリューの前に降り立った。年齢を感じさせない引き締まった身体、黄褐色の口髭、彼がハルバートン提督、月に駐留し、アークエンジェルの周りにいる第8艦隊の司令官だ。
マリューをはじめとするクルーたちが、一斉に敬礼した。
「ありがとうございます。お久しぶりです、閣下。」
マリューが嬉しそうに挨拶する。ハルバートンは敬礼を返した。
「先も戦闘中と報告を受けて、気を揉んだ。大丈夫か?」
「ナタル・バジルールであります。」
「第七機動艦隊、ムウ・ラ・フラガであります。」
「おお、君がいてくれて幸いだった。」
ハルバートンが労うと、ムウは苦笑した。
「いえ、さして役にも立ちませんで。」
提督は士官との挨拶を終えると、横に立ったカナデさんに話しかけた。
「君は………?」
「モルゲンレーテより派遣されました特別教導部隊所属カナデ・キリュウ二佐であります。」
「おお、君がオーブより派遣されたものか!カナデか………。」
横に立つ3人の士官の身体が硬くなった様にみえる。
「君とはまた後で話がしたいな。2人きりで。」
「お時間がありましたら。」
そう言って互いに敬礼し、別れた。
その後は、僕たちの家族の安否を、無事だったと伝えられて嬉しい声が沸き立った。ここまで頑張ってきた何よりの褒美だ。
「君達のことはハルバートン提督に親書を送ってある。彼は地球軍の中でも穏健派で常識人と云う評だ。問題ないように便宜を図ってくれるだろう。」
「と言うと?」
ハルバートン提督との僅かな邂逅が終わり、カナデさんが話しかけてきた。
「一応緊急でも民間人が軍務に就くというのは問題があるんだ。それを回避する必要がある。データを消すか一旦入軍したことにして退役させるか………まあ、問題なく処理してくれるさ。」
皆で顔を見合わせた。キラだけに戦わせるのはと出来ることをやろうと協力したのが問題になるなんてと困惑した。
「あ、あの!カナデさんはどうなりますか?」
キラが勇気を出して聞いた。
「私は傭兵だ。そして任務はアークエンジェルの護衛も含まれている。無論このまま残って戦うさ。オーブについたら食事にでも行こう。勿論ご馳走するよ、軍人に奢られるのが嫌じゃなければね。」
朗らかに笑いながら伝えるカナデさんの表情と楽しげな口調がやっとここまでの大変な道程が終わったんだと実感出来たのか歓喜の声があがった。
「ツィーグラーとガモフ、合流しました。」
アデスがそう報告するとラウは念を押すように確認した。
「発見されてはいないな?」
「艦隊はだいぶ降りていますからね。」
「月本部へ向かうものと思っていたが………やつら、足つきをそのまま地球へ降ろすつもりとはな………。」
後ろの戦術モニターへ移動しながら、敵の集結してからの針路から推測した結論を述べた。アデスが確認するように尋ねた。
「降下目標はアラスカですか?」
アラスカは地球軍の地球上の最重要拠点だ。恐らくアークエンジェルは大気圏突入後、真っ直ぐに最高司令部のあるユーコン・デルタを目指すと思われた。そこへ逃げ込まれれば、容易に手出しできなくなる。
「なんとかこっちの庭にいるうちに沈めたいものだ……どうかな?」
「………ツィーグラーにジンが6機、此方にイージスを含めて5機、ガモフもデュエルを除く4機は出られますから………。」
アデスの数え上げる戦力と相手のそれとを、頭の中で天秤にかけ、暫く考え込んだ後、ラウがフッと底冷えのする笑みを漏らした。
「智将ハルバートン……そろそろ退場してもらおうか………。」
「しかしまあ、この艦一つとG1機の為にヘリオポリスを崩壊させ、アルテミスを壊滅させるとはな……」
いきなり苦々しい口調でホフマン大佐が言った。ハルバートンの副官を務める男である。マリューは返す言葉もなく、ただ俯いているしかできなかった。
この会談はアークエンジェルの艦長室で行われている。ハルバートンがデスクにつき、脇に小柄で小太りのホフマン大佐が控える。マリューとナタル、ムウの士官3人がその前に起立している。ハルバートンはむっつりとしながら擁護の言葉を口にした。
「だが、彼女らがストライクとこの艦だけでも守ったことは、いずれ必ず我ら地球軍の利となる。」
ホフマンがそれに冷ややかな言葉をかける。
「アラスカは、そうは思っていないようですが?」
「ふん!奴らにソラでの戦いの何が分かる!」
ハルバートンが侮る様に鼻を鳴らす。マリューは内心眉をひそめ、怪訝に思った。司令官と副官の間に漂うこの微妙な雰囲気は何なのだろう………。
「ラミアス大尉は私の意思を理解してくれたのだ。問題にせねばならぬことは、何もない!」
ハルバートンはきっぱりと言い切り、優しくも温かい目でマリューを見た。彼女が抱いていた罪悪感と緊張が一気に緩んだ。これまでの苦悩が、一瞬にして報われたような気がした。
「では、このコーディネーターの子供の件は?これも不問ですかな?」
ホフマンがなおも含むところがある調子で言う。マリューは決然と口を開いた。
「キラ・ヤマトは、友人たちを守りたい―――ただその一心でストライクに乗ってくれたのです。我々は彼の力、協力なくば、ここまでたどり着くことは出来なかったと思われます。………ですが、成り行きとはいえ自分たちの同胞たちと戦わねばならないならなくなったことに、非常に苦しんでいました………。」
マリューは気付いていた。気付いていながらも彼に戦いを強いた。その罪滅ぼしになるとも思えないが、そう主張した。
「……誠実で優しい子です。彼には信頼で応えるべきと、私は考えます。」
「しかし、このまま解放するには………。」
ホフマンの反論に被せるように、ナタルが一歩前に出た。
「僭越ですが、私はホフマン大佐と同じ考えです!」
マリューと、そしてナタルと反対側にいるムウも、不意打ちを食らったように彼女を見やった。ナタルは彼らを見もせずに話を続けた。
「彼の能力は目を見張る者があります。Gの機密を知り尽くした彼を、このまま降ろしては……。」
「ふん!すでにザフトに4機渡っているのだ。今さら機密もない。」
それが口実に過ぎないことを、ハルバートンはあっさり指摘した。ナタルは一瞬動揺し、口籠ったが「しかし!」と言葉を継いだ。
「彼の力は貴重です!出来ればこのまま我が軍の力とすべきだと私は………。」
「だか、ラミアス大尉の話だと、本人にその意志はなさそうだが?」
「彼の両親はナチュラルで、ヘリオポリス崩壊後に脱出し、今では地球にいます。それを軍が保護すれば………」
淡々と話し続けるナタルの内容にマリューは戦慄と恐怖を覚えた。彼女の提案はつまり、彼の両親を人質にとって、戦いを無理強いするというものだ。
そんなナタルの言葉は、ハルバートンの拳が激しくデスクを叩いた音で中断した。そして一喝した。
「ふざけたことを言うな!そんな兵が何の役に立つ!」
先程の物腰と打って変わったような厳しい声と顔つきだった。怒りを滲ませた目で射すくめられ、さすがのナタルも縮み上がった。
「も、申し訳ありません!」
彼女が引き下がると。ハルバートンは立ち上がった。
「過去のことなどもういい。問題はこれからだ………。」
彼が沈痛な面持ちで告げる。
「このあと、アークエンジェルは現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらわねばならん。」
マリューたちは困惑を隠せなかった。
「どうにもならん。補充要員を乗せた先遣隊は沈んだ。今の我々にはもう、貴艦に割ける人員はないのだ。」
副官のホフマンが事務的に補足した。ハルバートンはマリューたちを猛々しい光を宿す目で見つめた。
「だが!ヘリオポリスが崩壊し、全てのデータが失われた今、アークエンジェルとGは何としてもアラスカへ送らねばならん!」
「しかし、我々は………。」
ここまでやってこれたのは数多の僥倖の末だ。この艦とストライクの重要性は理解しているが、理解しているからこそ、ほとんど実戦経験のない彼女らには、荷が重すぎる大任にしか思えなかった。
「あれの開発を軌道に乗せねばならん。ザフトは次々と新しい機体を投入してくるのだぞ。なのに利権絡みで役にも立たん事ばかりに予算をつぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるか、数字でしか知らん!」
ハルバートンの無念さ、憤りが、マリューの胸にも伝わる。ザフトのモビルスーツに、ほとんど抵抗することも出来ずに落とされていった戦艦やモビルアーマーの最期が蘇った。
「分かりました。閣下の御心、しかとアラスカへ届けます!」
「アーマー乗りの生き残りとしては、お断りできませんな。」
2人の決意の言葉に、ハルバートンは頭を垂れた。
「頼む………!」
話が終わり、除隊許可証をヘリオポリスの学生にホフマン大佐とナタルが渡しに行く事になった。ハルバートン提督はキリュウ二佐にこれまでの礼とこれからの仕事を頼むために会いに行くそうだ。私とフラガ大尉は閣下の護衛として立ち会うことになった。
「―――降りるとなると、名残惜しいのかね?」
不意に背後から声をかけられて、キラは振り返った。キャットウォークの上にハルバートン提督がたたずんでいた。
キラはすでに私服に着替えていた。それなのに、なぜかまた格納庫に来て、見納めだからかストライクを魅入っていたのだ。
「キラ・ヤマト君だな?」
ハルバートンは優しい口調で尋ねた。急に名前を呼ばれたキラは少し硬くなって頷いた。
「報告書を見ているんでね。しかし、改めて驚かされたよ。君達コーディネーターの力というものに。」
「ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せん―――と造ったものだというのに、君らが扱うととんでもない怪物になってしまうようだな、コイツは。」
「ええっと………。」
キラは返答に詰まる。ハルバートンはそんな彼を温かい目で見つめ、ふと言った。
「君のご両親はナチュラルだそうだな?」
「え、あ………はい。」
「どんな夢を託して、君をコーディネーターとしたのか………。」
キラはドキッとした。そんなことを、両親に聞いてみたことがなかったのだ。
「何にせよ、早く終わらせたいものだな。こんな戦争は。」
「は、はい。」
「ここまでアークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ。」
そのまま身を翻して去ろうとするところを、キラは慌てて呼び止めた。足を止めてくれたハルバートンに向かって、遠慮がちに訊ねた。
「あの……アークエンジェル……ラミアス大尉たちは、これから……?」
「アークエンジェルはこのままアラスカ、地球へ降りる。彼女らはまた戦場だ。」
当たり前のようにハルバートンは答えた。いや、当たり前だ。マリューたちは軍人でこの艦は戦艦なのだから。だが……キラがいなくてこの艦はどうなるのだろう。ストライクは?
キラはいつの間にかこの艦に、クルーに、そしてストライクに愛着を感じていたようだ。
そんな彼の逡巡を見て取ったハルバートンが口を開いた。
「君が何を悩むかは分かる。……確かに魅力だ、君の力は。軍にとってはな。」
その割にハルバートンの言葉に物欲しそうな様子が全く窺えなかった。
「だが、君がいれば勝てるというものではない。戦争はそんな甘いものではな。……自惚れるな。」
「で、でも……『できるだけの力があるなら、できることをしろ』と!」
かつてムウに言われた言葉を口にすると、ハルバートンは柔らかく笑って唇の端を上げた。
「その意志があるなら――だ!」
不思議と力のある言葉にキラは息をのんだ。
「意志のないものに、何もやり抜くことは出来んよ。」
そう言った男の目には、たしかに強固な意志をうかがわせる光が宿っていた。
「ではな、少年。―――そうだ、キリュウ二佐が何処にいるか知らんかね?」
数歩進んだところで振り返り、問いかけてきた。
「えっ、あ、あの……っ後部展望デッキかも。」
「ふっ、そうか。ありがとう。」
お礼を言い、去っていった。その後ろ姿を見ながら、自分は何をしたいのだろうかと、ぐるぐる、グルグル思考の渦に引き込まれていった。
眼前に青い惑星と輝く星々を見ながら煙をくゆらせていた。ゆっくり大きく吸いながら、ヘリオポリスからの道中に思いを馳せていた。色々あり過ぎて大きな溜め息と苦笑いしか出てこなかった。
そんな事を考えていると後ろに気配を感じた。ゆっくり振り向くとハルバートン提督が現れた。
「こんな所で一服とは中々に風流だな。ザフトの黒い死神にこんな風情を感じる心があったとは。」
「私にだってそういった感性はあるさ。………気づいていたのか。」
横に並び立った時に、私の正体に気づいていたのかと問うと不敵に笑った。“吸うか?”と煙草を差し出すと一つ取り、咥えた。それに火を差し出すと、スッと身を屈め煙草の先に火を当てた。そして2人並んで一服をする。元は敵味方だった男達が並んで地球と星々を肴に煙草を吸うことになるとはな。
「当然だ。君とは色々と因縁があるからな。」
「確かに………。」
プラント攻防戦で敗走する地球軍を追撃したザフトが追撃を打ち切らざるを得なかったのは、横にいるハルバートンが地球のデブリ帯を上手く使った防衛戦を敷いたからだ。そして私は追撃の中止を命令し、地球軍の捕虜と数は少ないだろうがザフトの捕虜の交換を申し出、成立したという訳だ。
地球軍が捕虜を隠し持っていないか、隈無く地球軍艦船を探させる命令を出し、その許可をザフトに与えたのは彼、ハルバートン提督だった。
「ラミアス大尉、フラガ大尉が入り口を固めている。此方に来るものはいない。」
「そうか………。」
「生きていたのだな。」
「運良くな。今は命を救ってくれたオーブで働いている。」
「そうか………私はカーペンタリアで君が死んだという報せを受け、歓喜した。数多くの部下を、同胞を死なせた君をな。」
「当然の反応だ。」
「その君が生きていて、オーブで働いており、今は地球軍に協力してザフトと戦っている………これを私はどう取ればいいのか悩んでいる。」
この期に及んでそんな阿呆な事に気をやっているのか。
「のんびりしている時間はないぞ。俺がザフトの指揮官なら此方の庭である宇宙で攻める。この移動経路からアークエンジェルをアラスカに降ろすのは分かるだろうからな。私が特戦群を率いていたら今この瞬間にも遮二無二攻める。」
私の顔を驚きの表情で見ている。予想外の言葉に驚いているのか?状況理解が甘すぎる。
「第8艦隊は定数を割り込んでいる。そして多くが新兵。大した障害にもならん。」
俺の言葉がラミアス大尉、フラガ大尉にと聞こえたのだろう。通路の空気が変わった。
「早くメネラオスに戻るんだな。いつ敵が攻めてきてもおかしくないぞ。」
皆が慌ただしく動き出した。
「ラミアス大尉、私は急ぎメネラオスに戻る!アークエンジェルはメネラオスの後方につけ。」
「ハッ!」
めいめい動き出した。さて俺も機体のところに戻るか。キラ君がいない以上、俺がどこまで敵を落とせるのかにかかっているからな。
私はその時、ヘリオポリスの彼らが自身の人生を一変させる決断をしていた事を全く知らなかった。
慌てて第二戦闘配備を命じ、第8艦隊の外縁に位置する艦から偵察のメビウスが発進した。すると直ぐにメネラオスの管制から敵艦発見の報せが届いたと同時にアークエンジェルの艦橋でも敵の動きを捉えることが出来た。
「ナスカ級1、ローラシア級2、方位グリーン8アルファ500、会敵予測15分後です!」
マリューは思わず立ち上がった。恐らく今までずっと彼らを追ってきた敵だろう。増援部隊と合流したということだろう。
キリュウ二佐から聞いた時は、半信半疑だった。これだけの艦隊を相手に仕掛けてくるなどあるのだろうかと?
ムウはあれをクルーゼ隊だと言っていた。顔も見たことがない敵の異常ともいえる執念深さを知り、喉元をきつく締められるような圧迫感に襲われた。
その感覚を振り払うように顔を横に幾度が振り、テキパキと命令を出し始めた。
「搬入作業中止、ベイ閉鎖!メネラオスへのランチは!?」
ヘリオポリスの避難民を乗せた連絡艇はどうなったか聞く。
「まだ出ていません!」
「急がせて!時間がないわよ!―――総員第一戦闘配備!」
間もなくヘリオポリスから続いた宇宙での逃避行から最後の戦闘が始まる。
『全隔壁閉鎖、各科員は至急持ち場につけ!』
ガモフの艦内に、戦闘が近づいていることを知らせるアナウンスが響き渡っている。
『モビルスーツ発進は3分後、各機システムチェック………。』
医務室のドアを開け、荒々しく飛び出してきたのはイザークだった。端正な顔を上から斜め下まで包帯に覆われ、苦痛に顔を歪めている。
「駄目ですよ!まだ安静に………。」
「五月蝿い!離せ!」
追いすがって捕らえようとした衛生兵の手を振り払い、イザークは鬼気迫る形相でモビルスーツデッキに急いだ。顔に負った傷は熱を持ちズキズキと疼いたが、より深く傷ついていたのは彼の自尊心だった。
前回の戦いで、ストライクによってデュエルは電気系統にダメージを受け、コクピット内で小規模な爆発を起こした。その爆発でイザークのヘルメットは損傷し、バイザーの破片が彼の顔を傷つけたのだった。もしコクピットに亀裂が生じていたら、即生死に関わる事態になっていたはずだ。
だが、イザークには生還出来たことを喜ぶ気持ちなど、欠片もなかった。
自分の能力に自信を持っていたイザークからすれば地球軍のモビルスーツなど、簡単に撃破できるはずだった。
それが自身に傷を負わせた。自分より本来劣った種―――ナチュラルのパイロットを相手に傷を受けるなど、ありえないことだった。この傷は死にも等しい恥辱に他ならない。
―――この恥辱は必ず濯いでみせる!
イザークはパイロットスーツに着替え、デュエルに乗り込んだ。デュエルはすでに肩、腕、胸、腰、踝とまるで鎧のような機体全体を覆う追加装備“アサルトシュラウド”が装着されていた。それはデュエルの火力、推進力を格段に向上させるものだ。右肩に115ミリレールガン“シヴァ”、左肩には220ミリ径5連装ミサイルポッドがマウントされている。
『よせ、イザーク!お前はまだ………』
「五月蝿い!さっさと誘導しろ!」
驚いた管制官の制止をヒステリックに撥ねつけ、彼はデュエルを発進させた。
“ストライクめ……アサルトシュラウドが貴様に屈辱を晴らす!”
次はアオのハコの予定です。
閑話と云うか未来の話と続きを投稿する予定です。
その後、銀英伝の予定にしてます。