L5宙域の宇宙空間に浮かぶ、白銀の砂時計。
最も細い中央を支点に、ゆっくりと回る巨大な構造物―――天秤棒型と呼ばれる、新世代の宇宙植民衛星である。対になった2つの円錐と太陽光を採取する3枚のミラーから構成されている。回転する円錐の底部に居住部分があり、百基に及ぶ数が並んでいる。
これが〝プラント〟―――コーディネーター達の本国である。
ヴェサリウスから降り立ったアスランとラウは、軍事ステーションを離れるシャトルに乗り込んだ。機内には先客が1人いた。年齢は四十代半ば、鋭い眼光、顔立ちの男は軍事ステーションには珍しいスーツ姿だ。
男の顔を見た途端、アスランは微かに息を飲んだ。一方のラウは驚きも見せず微笑んだように見えた。
「ご同道させていただきます、ザラ国防委員長閣下。」
「挨拶は無用だ。私はこのシャトルには乗っていない。」
男はニコリともせず言い、念を押すようにアスランを見つめた。それに対し、アスランはぎこちなく頭を下げた。
「はい……。お久しぶりです、父上……」
久々に再会した父子とは思えない、よそよそしい遣り取りに、アスランは何処となく寂しさのようなものを感じた。この人とは記憶している限りの昔からずっとこうだ。
男の名はパトリック・ザラ。最高評議会のメンバーにして国防委員長―――そしてアスランの父だった。
「――レポートに添付された君の意見には、無論私も賛成だ。」
シャトルが動き出すと、パトリックはラウに見せつけるように、プリントアウトしたレポートで掌を叩いた。
「問題は奴らがそれほど高性能のモビルスーツを開発した、というところにある。パイロットのことなど、どうでもいい。」
父の言葉にアスランは、ハッと頭を上げた。そんな彼を父は冷たい目で一瞥した。
「その箇所は私の方で削除しておいたぞ。あちらに残した機体のパイロットもコーディネーターだったなどと。そんな報告は穏健派に無駄な反論をさせるだけだ。」
「閣下ならそう言っていただけると思っておりました。君も自分の友人を、地球軍に寝返った者として報告するのは辛かろう?」
ラウも優しい口調で言い足す。まるでキラが汚い罪人になってしまったような言い方だ。アスランの胸がチクリと痛んだ。
「ナチュラルが操縦してもあれほどの性能を発揮するモビルスーツを、奴らは開発した。そういうことだぞ。分かるな、アスラン。」
「……はい。」
アスランは頷いた。
「もう一機の方も気になるな。クルーゼ、貴様はプラントの先槍の様だと評したが?」
「はい、3対1の大立ち回り。それだけでなく損傷も難なく与えています。特にブリッツの腕を切り落とした動きはザフトのエースでも簡単に出来る動きではありません。叶うなら早々に落としておくべきかと。」
父が少し考え込んでいる。結論が出たのかラウに厳しい視線を向けた。
「分かった。増援だけの予定だったがエース部隊も加える。確実に仕留めろ。いいな、クルーゼ。」
「ハッ、御配慮ありがとうございます。」
父の立場は分かる。だが、こういう政治的な話をしていると、自分が汚れていくような気がしてしまうのは何故だろう。
戦争なんて嫌だと思っていた。それなのに、今は自ら銃を取る身だ。キラが責めるのも無理はない。キラは友達を守りたいから戦うと言った。自分には果たして「友達」と呼べる存在がいるのだろうか。キラ以外に………?
彼らの乗ったシャトルは、ゆっくりとプラントの一つに近づきつつあった。〝アプリリウス・ワン〟、最高評議会の首座が置かれる都市だ。
アスランとラウは、プラントの支点に設けられた宇宙船ドッキングベイから底部に延びる全長六〇キロに及ぶ長大なシャフトをエレベーターで降下していた。
エレベーターが降下するにしたがい、雲の切れ間からアプリリウス市の全景が見えてきた。
ミラーからの反射光を受けて輝く海、そこに浮かぶ島々、それらが奇跡の様に美しいと感じるのは外が、生命の存在を許さない非情な宇宙空間で、その中にぽっかりと浮かんだ浮島のような、儚い人間の営みは偉大に、そして美しく映る。
軍艦で何週間も生活した後の、この景色を感慨深げに見ていた。ラウはシートに座って端末の資料をよんでいる。エレベーターの壁面にあるモニターでは、最近あった事柄のニュース映像が流れている。
『――では次に〝ユニウス・セブン〟追悼、一周年式典を控え、昨夜クライン最高評議会議長が声明を発表しました。』
アナウンサーの声に、アスランとラウの目がそちらに向いた。画面には五〇前後の品の良い面長の男と、その脇に控えるように立つ一人の少女が映っていた。アスランの目は自分でも意識しないまま、その少女に引き寄せられた。
その姿は、どこにも尖ったところや硬いところがない。ふわふわと波打つ長い髪は柔らかなピンクで、透き通るような白い肌によく映えている。大きな瞳はどこか夢見るような色をたたえ、ふっくらとした頬を突付けば、今にも笑みが零れそうだ。――彼女の名前はラクス・クライン。クライン議長の愛娘にして、プラント1の歌姫、そして―――。
「そういえば、彼女が君の婚約者だったな。」
ラウの声で、アスランは自分が彼女をまじまじと見つめていたのに気付き、焦って視線を逸らした。プラントじゅうが知っている事実だ。隊長が知っていても当然なのに、妙に動揺してしまう。
周囲はもう彼女との仲を決まったもののように言う。アスランとて、ラクスの事を嫌ってはいない――いや、むしろ好ましく思い、大切にしたいと思える。だがいずれ自分達が結婚する仲だとは、実感を持って考えられないのだ。好意や敬慕の他にも罪悪感や後ろめたい気持ちが心に同居していて、一言で言い表せない思いがある。
「彼女は今回の追悼慰霊団の代表も務めるそうじゃないか。素晴らしい。」
ラウはアスランの動揺に気付かないのか、それとも気付いて態と言っているのか、にこやかに話を続ける。
「ザラ国防委員長とクライン議長の血を継ぐ君らの結び付き――次世代にまたとない光となるだろう。期待しているよ。」
「……ありがとうございます。」
空々しくさえ感じられるラウの賛辞に、複雑な胸中のアスランはぎこちなく頭を下げた。
十二人の評議会議員達が湾曲したテーブルに着いていた。彼らと向き合う形で、アスランとラウは席につかされる。中央に座っているのが、さっきニュース映像で見たシーゲル・クライン。ラクスの父にして、この議会の議長、全プラントを代表する国家元首だ。
プラントは全部で十二の市によって構成されている。各市はそれぞれに特化された研究分野を持ち、それぞれ一人ずつ最高評議会の議員を選出する。この十二人の協議によって、プラントの意思が決定されるのだ。
そしてアスランの父が議員の一人であるように、十二人の中にはイザーク、ニコル、ディアッカの父母も含まれていた。だが、何も彼らは親の七光りに頼っているわけではない。強いて言うなら、有能なものの遺伝子を受け継いだ彼等だからこそ、エースパイロットとして一線で活躍出来るということだろう。
彼等の前でラウが、経過を報告している。
「――以上の経過から、ご理解いただけると存じますが、我々の行動は決して、ヘリオポリス自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大の原因は、むしろ地球連合軍にあったものとご報告します。」
堂々と論じると、ラウは自らの席に下がる。彼は本当にそう信じているのだろうか、という疑問がアスランの頭を掠める。あの時、部隊にD装備を命じた時点で、本当にラウはヘリオポリスへ与える被害を予想していなかったのか………?
だが、議員達は彼の並べた言葉に飛びついた。
「やはりオーブは地球軍に与していたのだ!条約を無視したのはあちらの方ですぞ。」
「しかしアスハ代表は……」
「地球に住む者の言葉など、当てになるものか!」
紛糾し始めた議場に、重々しい声が、他の議員達の論争を圧して響いた。
「――しかし、クルーゼ隊長。」
パトリック・ザラだった。
「その地球軍のモビルスーツ、果たしてそこまでの犠牲を払ってでも、手に入れる価値があったものなのかね?」
ラウはあらかじめ質問を予測していたかのように、滑らかにそれに応じた。
「その驚異的な性能については、実際にその一機に乗り、また取り逃がした最後の機体、その元となったプロトタイプと交戦経験のある、アスラン・ザラより報告させたいと思いますが。」
まるで台本のある舞台のようだ――そう思いつつ、アスランは立ち上がった。背後にあるスクリーンに、自分が乗っているイージスの映像が浮かび上がる。次に戦闘の様子が捉えた映像に切り替わると、議員の間からどよめきが上がった。
「まず、イージスという呼称がついたこの機体ですが……」
望まない舞台に上がった素人の様な気分で、アスランは報告を始めた。
クライン議長が、じっと父を見つめている。彼はこの台本に、薄々気付いているのかもしれない。
「――以上、データが示す通り、ハードウェアとしての性能は、我らザフトの次期主力として、現在配備が進んでいるシグーを上回るものと言えましょう。……クルーゼ隊長のご判断は正しかったものと、私は信じます。」
報告を終え、アスランは下がった。
議員達は私の報告を聞き、皆苦々しい表情になる。
「……こんな物を作り上げるとは……ナチュラルどもめ……!」
「でもまだ試作機の段階でしょう?たった五機のモビルスーツなど……」
「だがここまで来れば量産は目前だ!その時になって慌てればいいとおっしゃるか!?そもそもあのプロトタイプが量産機の最有力候補になるのは目に見えている!」
そうか、これは恐怖だとアスランは思った。
ナチュラルより能力的には遥かに勝っている筈の彼等なのに、何故かその心の底には自らより劣る種への根強い恐怖感がある。それは、理屈に合わない不可解な行動を示す、相手の不確実性に対する恐れなのか、かつての迫害を思い起こしてのものなのか、それとも――
「――これは、ハッキリとしたナチュラル共の意思の現れですよ!奴らはまだまだ戦火を拡大するつもりなんです!」
「だからといって、戦い続けてどうなるというのです?プラントの先槍が亡き今、戦線は膠着しています。長期戦になれば、我らの方が……」
――それとも、自らを生み出した種に敵対するという行為そのもの――親殺しの禁忌に触れる、根源的な恐怖心なのか……?
「今はそんな事を言っている場合では……」
「静粛に!委員方、静粛に!」
彼等は恐怖を感じている。それに火を着けたのは父とラウだ。
奇妙に思った。世界でも最高峰の頭脳がここに集まっているはずなのに、その彼らがやっているのは、昔ながらの感情論のぶつけ合い。それほど、恐怖という感情は強烈なものなのだ。
紛糾していた議場に、ようやく一呼吸の静寂が戻った。そこに父の重々しい声が響いた。
「戦いたがる者などおらぬ……」
その言葉に、皆が口を閉ざして彼を見やった。
「平和に、穏やかに――幸せに暮らしたい……我らの願いはそれだけでした。」
皆が静かに頷く。と父の声が突然激した。
「だが、その願いを無惨に打ち砕いたのは誰です!?自分達の都合と欲望のためだけに、我らコーディネーターを縛り、利用し続けてきたのは!?我らは忘れない……」
父が力強く皆の顔を見渡した。
「……あの血のバレンタイン!ユニウス・セブンの悲劇を――!!」
「二十四万三千七百二十一名――我々はそれだけの同胞を喪った。」
そのうちの一名は、レノア・ザラ――アスランの母にして、父の妻であった女性だ。
プラントの歴史は、屈従の歴史だ。
地球各地でナチュラルからの迫害を受けたコーディネーター達は、その住処を宇宙に求めた。地球はプラントに、エネルギーと工業製品を生産させ、一部のオーナー国だけでその利益を独占した。オーナー国は、プラントの武装と食糧生産を禁じ、食糧の供給を文字通りエサにしてプラントを操ってきたのだ。
両者の関係が深刻化すると、プラントはエネルギーと工業生産物の、地球は食糧の輸出を断ち切った。
そんな中、プラントにとって貴重な食糧生産地であったユニウス市の一基、ユニウス・セブンに、地球連合軍は核ミサイルを撃ち込んだのだ。
一瞬にして、ユニウス・セブンは崩壊した。怒りに震えたプラントは全面反転攻勢を掛け、プラント攻撃を行なった地球連合軍は侵攻戦力の八割を失う程のダメージを受けた。投入された五個艦隊の内、逃げ帰れたのは二十隻に及ばなかった。
「――それでも我々は最低限の要求で、戦争を早期に終結するべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです!」
父の熱弁に、議員達は沈痛な面持ちで聞き入っていた。
以後、彼は二度とこのような悲劇を招かぬよう、核弾頭を無効化するニュートロン・ジャマーを実用化し、地球とプラント周辺に設置したのである。
ユニウス・セブン、血のバレンタイン――それらの単語はコーディネーターに特別な思いを抱かせずにはいられない。
「我々は我々を守る為に戦う。」
父は静かな中にも決然とした意思を込めて、告げた。
「――戦わねば守れぬのならば、戦うしかないのです……!」
これが決定打となった。
「アスラン。」
議場から出た所で、後ろから声をかけられた。アスランは反射的に敬礼の姿勢をとった。
「クライン議長閣下。」
「そう他人行儀な礼をしてくれるな。」
「いえっ、これは……ええっと。」
苦笑混じりに言われて初めて気付き、アスランは慌てて上げた手を下ろした。二人は思わず、顔を見合わせて笑った。
クライン議長は、ふと奥の壁を見上げた。
そこには巨大なモニュメントが据えられていた。〝エヴィデンス01〟――通称〝くじら石〟。その名の通り、水棲の脊椎動物の化石に見える。だがこの生物は鯨とは明らかに違う特徴を持っていた。その胴からは翼としか見えない骨格が突き出していたからだ。
C.E.18、探査船ツィオルコフスキーが、木星からこの巨大な石を持ち帰った。外宇宙から飛来した隕石の一つと見られ、地球に大論争が巻き起こった。この一つの石が、地球外生命体の存在を証明していたからだ。以来これは、『存在証明(エヴィデンス)』と呼ばれている。
「ようやく君が戻ったかと思えば、今度は娘の方が仕事でおらん。まったく。君らは一体何時、会う時間が取れるのかな?」
クライン議長は苦笑しながら、溜め息をついてみせた。
「はっ……申し訳ありません。彼女は元気にしていますでしょうか?」
「仕事に没頭しているよ。何かを振り払うためか、考えないようにする為か。親として心配したいが私の立場上、そんな事を出来んのだ。」
苦渋に満ちた言葉を吐かれ、苦悩に満ちた表情を浮かべられている。それを振り払うように顔を横に振られ、モニュメントを再び眺められた。
「大変な事になりそうだ。……君の父上の言うことも分かるのだが……」
「………」
上品な顔に、疲れたような皺が寄った。
「彼が死んで、宇宙も地球も膠着状態だ。押しては押されの一進一退。先日落とした華南も想定の3倍の死者が出た。モビルスーツに至っては想定の5倍だ。」
クライン議長より知らされた被害の状況に息を呑んだ。それほどまでに被害を受けていたとは思いもよらなかった。
「常に戦場の先陣か主攻を担ってくれた彼がカーペンタリア攻防戦で死に、此方の攻勢も翳りが出てきた。どうにかして更に攻勢を強めたい気持ちは分かるが……」
シーゲル・クラインは穏健派だ。アスランの父とは対極の立場にある。ここ一年、クライン議長はパトリックら急進派の軍事的成功における強硬意見に押し切られてきた。それ以前から地球との交渉につくことが多かった彼だけに、気苦労も多いだろう。
彼は議場の入り口に目をやり、笑みを消した。
議場から、パトリックと連れ立って何か会話しながら出てきたラウが、アスランを見つけて近づいてくる。
「あの新造艦とモビルスーツを追う。ラコーニとポルトの隊が私の指揮下に入る。地球軌道でもう一隊が合流する。出港は七十二時間後だぞ。」
「はっ!失礼します、クライン議長閣下。」
アスランはクライン議長に再び敬礼すると、ラウに従い、その場を後にした。
一人残されたクラインにパトリックが近寄り、二人は暫し見つめ合った。
「我々に、そう時はないのだ……。徒に戦火を拡大してどうする?」
クラインが低く問うと、パトリックは答えた。
「だからこそ許せぬのです。我々の邪魔をする者は!」
花が舞う。時折吹く強い風に飛ばされる花弁を、アスランは見送った。彼の前に一つの墓石がある。
レノア・ザラ C.E.33.〜70――アスランの母の墓標だ。
だがその下に、遺体はない。ユニウス・セブンの他の犠牲者達と同じように。
彼女は農学の研究者だった。アスランは、あまり多くの時間を母と共にしたことがなかった。だが一緒に過ごした僅かな時間、彼女は控えめな、だがまぎれもない愛情を彼に降り注いでくれた。だから、離れていても不安はなかった。彼は立派な仕事をしている母を誇りに思っていた。
彼女のように優秀な人材が、そしてそれ以上に大切な誰かの家族である人々が、一瞬の内に命を奪われた。それが戦争だ。
――我々は我々を守る為に戦う!――
さっき父が歌い上げた言葉が、アスランの耳に蘇る。
――戦わねば守れぬのならば!――
そう。座して待っていても平和は訪れない。戦争なんて嫌だと叫べば、戦争は無くなるのか。違う。アスランはあらためて、母の墓前で自分の意思を確認した。
――戦うしかない!――
母の墓標を一瞥し、その場を後にした。