ガンダムSEED 天禀の才   作:雪の師走

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宇宙の傷跡 AA

「再度確認しました。半径五〇〇〇に敵艦の反応ありません。完全に此方をロストした模様。」

トノムラの報告に、クルー達はホッと息をついた。

「アルテミスがいい目眩ましになってくれたってことかな?だったらそれだけは感謝しないとな。」

ムウが皮肉っぽく言った。

「ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだけど、しかし……此方の問題は何一つ解決してないわ……」

マリューが憂鬱な表情になる。結局アルテミスで補給を受けることは出来なかった。地球を挟んで対極の位置にある月までは遠い。ヘリオポリスで慌てて積み込んだ物資では、とうてい保たない事は目に見えている。

ムウがマリューに声を多少険しくして尋ねた。

「実際のとこ、どうなんだ?やばいのか?」

「食糧は非常糧食もありますが……問題なのは、弾薬と水ですね。」

「水か………」

「ともかく方策を考えましょう。水は出来る限り節約して……避難民の皆にも協力してもらってね。」

かくなる上は出来る限り早く、月へ辿り着かなければならない。

航行予定コースのシミュレーションが、モニター上に映し出されている。

「これで精一杯か?もっとマシな航路は取れないのか?」

ナタルがイライラと言う。

「無理ですよ。あまり地球に軌道を寄せると、デブリベルトに入ってしまいます。こう進路を取れれば月軌道に上がるのも早いのですが……」

そう言ってノイマンがベストのコースを表示する。

「デブリの中を突っ切れれば、早いのにね。」

マリューが苦笑気味に言うと、ノイマンも苦笑で応じた。

「この速度で突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りですよ?」

至極当然の回答に苦笑しか出ない。

デブリベルトとは、地球を取り巻く宇宙ゴミの辿り着く宙域だ。人類が宇宙に進出して以来、廃棄された人工衛星や宇宙開発において派生する様々な廃棄物が、宇宙空間に捨てられてきた。そこは、スペースデブリが地球の引力に引き寄せられて漂っている、いわばゴミの墓場と言ってもいい。

隣で立ちながら厳しい視線を向けていた男が地球をグルリと囲むデブリベルトが映されたモニターを見つめながら深く重い溜息をついた。

「キリュウニ佐?何かありますか?」

「私の趣味ではないが一つの案がある………」

彼の顔色からあまり好ましい意見ではないようだ。

 

 

 

 

艦橋にヘリオポリスの少年達を呼び出した。用件は補給についてだ。

それを聞いた彼等は声を弾ませた。

「補給を!?」

「補給を受けられるんですか?どこで!」

それに対する我々の反応は、顔を見合わせて誰が話すか譲り合う始末だ。

「受けられるっていうか、まぁ、セルフサービスっていうか。」

ムウの返答は、歯切れが悪く言葉を濁した。その様子を見たマリューは意を決した様に、口を開いた。

「私達は今、デブリベルトへ向かっています。」

「デブリベルト………??」

少年達は一瞬顔を見合わせた。そして何かにピンときたのかサイがハッとした表情をした。

「って、ちょっと待ってくださいよ!まさか!?」

「君は勘がいいねぇ。」

誤魔化すようにムウが言うと、マリューは変わらず、重い口調で話しかけた。

「デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦などもあるわけで……」

「先のプラント攻防戦では撤退時に追撃を受けた地球軍はデブリベルトに逃げ込んだが、態勢の立て直しの最中に強襲を受け、大きな損害を受けた。その後のザフトの地球降下作戦を阻止する為の地球軌道攻防戦でも地球軍は大きな損害を受けた。その時に撃沈した戦艦が数多く残っている筈だ。」

私とキリュウニ佐の言葉を聞き、少し遅れて『補給』の意味を悟ったキラ達が、顔を引き攣らせる。

「えっ……まさかそこから補給しようって……?」

「仕方ないだろ?そうでもしなきゃ、こっちがもたないんだから。」

開き直ったように言うムウ言葉を聞き、少年達の顔に当惑と嫌悪がよぎった。思った通りの反応に、マリューは溜息を吐く。

「貴方達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたいの。」

「あまり嬉しくないのは同じだ。だが他に方法はないのだ。我々が生き延びる為にはな。」

私自身もナタル自身も、この案に心の奥で根強い躊躇いを感じている。だが………

「死者の眠りを妨げようというつもりはないわ。ただ、失われたものの中からほんの少し、今私達に必要なものを分けてもらうの。生きる為に。」

自分の言葉が詭弁のように響くのを感じつつも、彼女は断固として言った。そう、自分達は生き延びなければならないのだ。たとえゴミを漁る盗掘者の汚名を得ようとも。

 

 

 

 

デブリ帯に浮かんだ残骸は、まだ比較的原型をとどめている。

「駆逐艦だ。エンジンをやられたんだな……」

「あまり損傷はないですね。弾薬とか、ありそうですけど……」

機関部にぽっかり空いた穴が、まるで墓穴のように見える。

「乗ってた人たちが、無事に脱出したんだといいよな……」

学生達の墓荒らしに対する当初の心理的抵抗は、作業用ポッドでの初めての船外活動への興奮で薄れてきている。

デブリの海を進んでいくと、大きな外壁らしき残骸をかわすと、目の前には異質な光景が広がっていた。

「あ……、」

「ああっ……」

「これ……って」

「…………」

通信機越しにキラ君や少年達の言葉にならない声が漏れ聞こえてきた。私も言葉を発することが出来なかった。

目の前に、凍りついた広大と言ってもいい大地が広がっていた。

かつては長閑な農村風景が広がっていたのだろう。枯れて凍りついた一面に白く立ち、ぽつぽつと点在する農園らしき建物だけが、真空中にほぼ完全な保存状況で残っている。その大地の周囲を囲むように、急激な減圧で沸騰し炎のような形で凍りつき、まるでこのプラントの住民の怒りが形作ったかのような海だ。

中央のシャフトは無惨に折れ、途中で引き千切られたように漂うワイヤーの周囲に、僅かに残った自己修復ガラスが、ボロボロに砕けて貼り付き、その海を取り囲んでる。

その悲惨な惨状を目の当たりにしながら、ポツリポツリと呟くように声を掠れさせながら紡いだ。

「ユニウス………セブン…だ。」

――かつてプラントの一基だったもの、その残骸だった。

 

 

 

 

船外作業服に身を包んだ格好で、真空にさらされた大地に降り立った。皆、自然と必要以上の言葉を発さなくなった。小さな建物に近付いていく。恐らくは納屋だった建物だろう。私を先頭にバジルール少尉がすぐ後ろに付いて警戒をする。ドアを開けた途端、後ろにいた少女が悲鳴を上げた。声に反応し、後ろに目をやると、男女が目を逸らすように抱きしめあっていた。キラ君も凍りついたようにピクリとも動かなかった。

室内の中央に、崩壊の直前に、何とかこの部屋に駆け込んだのだろう。子どもを守るように胸に抱きしめ、背を丸めた母子の無惨な亡骸だった。きつく回された母親の腕に隠された子供も亡くなっていた。その傍らに、この子のものらしい、目玉の取れかけたクマのぬいぐるみが漂っていた。

かつてこのプラントに暮らしていた人たちは皆、この母子と同じ運命を辿ったのだ。

これが、“ユニウス・セブン”――“血のバレンタイン”と呼ばれる悲劇の舞台となった場所の、現在の姿だった。

 

 

 

 

「あそこの水を!?本気なんですか!!」

アークエンジェルの艦橋に戻ったキラ君が、ラミアス大尉達士官組に言われた最初の言葉に驚愕の声を上げた。

「あそこには一億トン近い水が凍りついているんだ。」

なんの理由も説明しない事実を、バジルール少尉が口にする。彼等はユニウス・セブンの残骸から、水を運ぶ事を決定したのだ。

「でも……見たでしょう?あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で………」

キラ君が懸命に抗議した。コーディネーターの彼にとって、あの場所は特別な意味を持っている。無論、彼以外の者も、大多数は同じ位の心理的抵抗、嫌悪感を感じる。

「二十四万三千七百二十一人だ……。血のバレンタインで亡くなった被害者の数は…………」

私の沈鬱な声での正確な被害者の数に、皆が一様に口を噤み、黙り込んだ。

その余りに重苦しい空気を振り払ってでも水を彼処から補給しなければならない、そうせざるを得ない理由があるのだ。

「水は、あれしか見つかってないの。」

ラミアス大尉が絞り出すような声で言った。顔を顰める者、ヒュッと言葉を息を飲む者がいる。

「誰も大喜びしている訳じゃない。水が見つかったぁ!ってよ。誰だって、彼処には踏み込みたくないさ。」

フラガ大尉の言うことは理解できるが心情的に拒否反応がある。そこに畳み掛けるようにフラガ大尉が言い募った。

「けど、しょうがねえだろ!俺たちは生きてるんだ!――ってことは、生きなきゃなんねぇ、ってことなんだよ!」

その一言で、これからの動きが決まった。生きる為という理由を免罪符に………

 

 

 

 

 

ユニウス・セブンでの補給作業中、僕とカナデさんは周辺の警戒、フラガ大尉はアークエンジェルの護衛となった。3人で三角形を形成する様に行動していると、モニターの端に白い物が映った。モニターを中央に映し、体勢を整えると岩塊から白い宇宙船が現れた。

「民間船?撃沈されたのか?」

撃沈された民間船に疑問を持っていると、ストライクのコクピットに、警戒警報が鳴り響いた。キラは、モニターを凝視する。

民間船の後ろからスッとモビルスーツが現れた。此方もこの影に隠れて様子を伺う。丁度岩塊が影となって此方を認識できていないようだ。

キラの身体に電撃の様な緊張が走る。その間にコンピューターが機種を特定する。モニターに流れたデータは、“ZGMF-LRR704B”。

「強行偵察型複座のジン!なんでこんな所に!?」

アークエンジェルへの物資搬入はまだ終わっていない。キラはギッと歯を噛み締めた。

「アークエンジェルが見つかって、応援を呼ばれたらアウトだ。」

キラはビームライフルの狙撃用スコープを、眼前に引き寄せた。照準を合わせている最中も、何かを探している様な動きを見せるジンをロックする。ロックオンを示す電子音が鳴った。

(行け……!行ってくれ……!)

何も見ず、この宙域から立ち去ってくれ。キラの祈りが通じたのか、ジンはバーニアを吹かして離脱しようとする。よしっと一安心した瞬間に目の前のモニターに何かが映り込んだ。ハッとモニターに目をやると、アークエンジェルの作業ポッドが眼前を通り過ぎようとしたのだ。

そしてその直後に、ジンが反転して戻ってきた。ジンのセンサーかモニターに反応があったのだろう。

「馬鹿やろう!何で気づくんだよ!」

ライフルを構え直し、ロックオンをする。しかし、躊躇して撃つ事が出来ない。その間に、ジンがライフルを構え、撃つのが見えた。放たれた銃弾がポッドを掠める。

「なんでっ!」

キラの指がトリガーを引く。一条のビームが放たれ、ジンの肩を貫いた。戦闘不能には至らず、体勢を立て直し、此方にライフルを向けようとしたので、そのままもう一射すると、ジンの機体の中央を貫く。それがトドメとなり爆発し、明るく周囲を照らした。

『あ……ありがとう、キラ!』

『マジ死ぬかと思ったぜ!――』

『おい!どうした、ボウズ!』

スピーカーからカズイの声が入ってきた。狙われたポッドには、彼が乗っていたようだ。カズイの心底ホッとしたような声に被さるように、アークエンジェルから通信が入る。だがそれに答えることなく、キラは叩きつけるように無線のスイッチを切った。

地球軍によって壊された大地で、虐殺を行った地球軍に与して戦い、同じコーディネーターを殺さなければならない自身の境遇に負の感情で一杯になる。

殺したくなんかない。ただ、守りたいだけなのに!そんなジレンマに身体が引き裂かれんばかりだ。

そんなマイナスの思考に陥ろうとした時、またあの電子音が鳴り始めた。キラはハッと顔を上げた。

――まだ敵がいたのか!?

そう思い、警戒していたが、今度モニターに映ったのは敵の機影ではなかった。

「救命、ポッド?」

 

 

 

全員が取り敢えず帰投し、直ぐに逃れる準備を整えた。

「つくづく君は、落とし物を拾うのが好きなようだな。」

バジルール少尉の声には苦々しさと、ほんの少しの諦めが混じっていた。また余計なことをと思っているのを感じたキラは、憮然として答えなかった。

救命ポッドのパネルを操作していたカナデさんが弄くっていた端末をマードック軍曹に放り投げた。 カナデさんはポッドの右手にいるマードック軍曹の反対に位置し、銃を抜いて構えた。

マードック軍曹が「開けますぜ。」と言い、ハッチが微かな音を立てて開いた。周囲に待機した兵士が、カナデさんが銃を構える。そこへ――――

『ハロハロ……』

間抜けな声を発しながら漂いでてきたのは、ピンク色のボール状の物体だった。パタパタと耳が羽か翼のように羽ばたくように動き、玉の真ん中には二つのつぶらな目が光っている。どうやらペット用ロボットらしい。何者が出てくるかと身構えていた一同は中央を横断した珍妙な物体に、完全に毒気を抜かれた。

「ありがとう、御苦労様です。」

ハッチの中から、愛らしい声がし、キラは慌ててそちらへ目を向け直した。

フワリと視界いっぱいに淡いピンクが漂い、キラは目を瞬かせた。柔らかなピンク色の髪と、長いスカートの裾を靡かせて、ハッチから出てきたのは、キラと同じくらいの年齢の少女だった。

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