ワープ列車は本当に退屈しない。なんか空間切断を撃てて満足感を得られたと思ったら、道を失った乗客っぽいのと戦うこともできる。
さて、道を失った乗客……幻想体じゃないから、ジョバンニの言っていた名称、カンパネルラと呼称しようか。カンパネルラだが。エネルギーの刃を引き抜くと、俺に切りかかってきた。次元の狭間で彷徨っていて、正気を保っているとは思えない。というより最早人間の形も保っていないわけだ。
「ワープ列車にいるというのに、時間に制限があるなんて」
列車の整理完了予定時刻まで、あと20分らしく、それまでに決着させないといけない。無理に現状復旧させたとして、カンパネルラはどうなるか分からない。最悪、復旧直後に客を皆殺しなんてこともあり得る。
せっかく、ジョバンニとカンパネルラの再会なんて文学的なシーンに立ち会えたんだ。それを無碍にしたくない。
ジョバンニの胴体がざっくりと貫かれていた傷は、粘液で塞いで応急処置をしておいた。
「感情は最高潮。現状の最大スペック」
全力の戦闘をするにあたって、俺自身の能力を再確認しよう。まず、開花E.G.O::ハーロット。現在は都市に光が撒かれていないこともあり、"溶ける愛"のロボトミーE.G.Oを原型にしていると推測できる。
二つ目に、鯨としての力。E.G.Oの粘液が鯨油と似た役割を果たし、物質を最初からそうであったかのように一体化させることができる。だいたい共鳴叉だと思ってくれればいい。あと、血族たる人魚への変貌も可能だが、こっちは置いておく。
今回用いるのは鯨油の方だ。先ほどの戦いで折れたり使い捨てた次元屈折刃や死体の装備を集め、充電や力場形成機能を集約して組み上げる。ジョバンニが復帰するまでの時間を持たせればいい急造武器だから、耐久性より防御と火力を優先した。大型になって取り回しは悪くなるが、伊達にワープ列車で鍛えていない。
そんなわけで作り出した槍は、俺の身長の2倍くらいあった。
次元を裂くエネルギー刃に、同じく紫電の力場を纏った武器で応戦する。弾き、逸らし、次元の亀裂を力場で閉じる繰り返し。力場をいくつも同時に展開しているので、なんかすごい防御になっている。
さて、ジョバンニの方はというと。
「……僕は、見つけてどうしたかったんだ?」
なにやら迷っている。もし光が撒かれていたら、カルメンから声がかかっていただろう。今日出会ったばかりだから、俺には彼らの事情があまり分かっていない。
閑話休題、戦況の方だ。こっちは力場で防御しているのもあって、手傷を負うことはないが。そろそろ時間の方が危うくなってくるかもしれない。一番厄介なのはそれだ。別の次元に逃走されてしまえば、俺ではどうしようもない。
そして、恐れていた事態は当然ながら起きる。
──だからこそ、彼は今立ち上がるのだろう。仕事の責任感なのか、友情だか愛情だかなのかは知らないが。
「一緒にいたいと思うのは、願望じゃない。未練だ」
「雁やカササギの飛ぶ景色も、列車に乗って旅をした日々も。僕は、君との時間を覚えている」
開いた次元は四つ。赤、緑、黄色、青。そのうえで、名前を考えればどこに潜んでいるかの見当はつく。銀河鉄道の夜において最も色に関係しているのは、蠍の火だ。
「僕たちは、一緒には行けないんだ。探すために行くのなら、いつかは帰らなきゃいけない」
戦っている最中に、ジョバンニのガントレットに充電は供給しておいた。ジョバンニは手を伸ばす。アンタレスのような赤色へと。
赤の次元を、彼の手が掻き分けていく。そうして次元を探る度に、亀裂からは血が溢れ出してくる。黄色の次元から放たれる振動が床に流れる血を揺らめかせ、緑の次元から放たれるエネルギーが、燐光のように川を彩った。
「どこまでだって行ける切符にも、使える日付は決まっているから」
そうして彼は、一気に手を引き抜いた。カンパネルラの腕があった部分を掴み、隠れていた次元から引きずり出したのだ。
引っ張り出されたカンパネルラは、空間の亀裂を無数に作り出す。高速空間切断。……幻想体じゃないのに、さっきからなんでこんなに手慣れてるんだ? 5級職員だった……にしてもだ。
「博士や君の母さんの技術が、使い道の分からないまま折れて。今使われているワープ列車も、"本当の幸せ"のために使われているかは分からない。それが苦痛に満ちていたとして、何千年も過ごした時間をなかったことにしてしまうのが、幸せかは分からないけれど」
そういうこと? そりゃ、都市で"本当の幸せ"なんて探求しようとするなんて、特異点を発見した人たちだろうけど。ヒューバートやステファネット、カルメンといった。
「カンパネルラ。君がこうやって、自由に空間を出入りできるなら。あるいは君を解析すれば、あの技術はもっといいものになると思う。きっと、君はそうしろと言うんだろうね。本当の幸いのためになるなら、僕の体なんか百辺灼いても構わない、なんてさ」
狭間から狭間へと跳躍し、俺たちを切り刻もうとするカンパネルラ。
「……次元の狭間は消す。後はよろしく」
俺の方は、先んじていくつかの亀裂を空間切断でかき消す。即席改造武器の充電を全部使ったから、これはもう役に立たない。投げ捨てて、本来の武器であるトーチを構える。
「だけど、僕の本当にしたいことは──」
斬閃のコースはただ一つ、ジョバンニの正面のみ。彼は右腕を高く構え、そこに力場を一点集中させ。
「君に、さよならを言うことだ」
「君がどこか別の次元で生きているって考えて、君の幸せを願おうと考えたことも。僕も君とどこまでも一緒に行けたら、と望むことも。一瞬だけは考えた」
だけど、とジョバンニは続ける。
「君が自ら選んだ道は間違っていて、そんな姿になってしまった。結局、僕たちのいた翼は折れて、特異点はW社が買い取った」
「君の選んだ道が間違っていたのなら、僕が伝えなきゃいけなかったから」
君の母さんから預かった、一言だけの伝言を。
『許すよ。それが"ほんとうにいいこと"じゃなくても』
だから、もういいのだと。自分の心の中のカンパネルラじゃない、本人に伝えなきゃいけなかった。彼はそう語ったのだ。
「なんか、恥ずかしいところを見せたね」
残り5分ほどだろうか。血管や肉片の欠片は他の整理要員がパックに入れて、それぞれの座席に配置していく。あとは俺が座れば現状復旧が起動できるらしい。そのあたりを俺は詳しく知らないが、周囲の整理要員から向けられる視線が物語っている。
具体的には、今からあれ倒して整理するのは無理じゃないかって視線と、ジョバンニがどうにか対話でなんとかしてくれないかという期待だ。後者に関しては、そんな感じの声が実際に聞こえるし。というか、やっぱりチーフなのか。
「傷と充電、ありがとうね。よその特異点だったら怖いから、詳細は聞かないよ。せっかく昔からの目標を達成できたのに、下手打って死ぬとか冗談じゃないしね」
「大丈夫。私も見届けたかった」
まあ、ちゃんと職務には忠実というか。歩きながら話そうかって言って、俺の座っていた8両目へ誘導してる。
「それと、ちゃんと座るから」
「ホントに? 助かる~。恩人を騙してってのは、ちょっと気が引けるしね」
そんなわけで、あと10両分だけ喋れるのだが。まあ、おおよその事情は把握できた。あっちも自分の中でさっきの出来事を受け止めているのだろう。俺も今しがた見た余韻が残っているので、話すことはない。
ただ、面白いものが見れた。カンパネルラをどうするかと思っていたら、スーツを着た老人が入ってきたのだ。誰何する整理要員に対し、その男はW社の理事、ザネリと名乗った。彼はカンパネルラを運び出すよう整理要員たちに告げている。翼の理事を実際に見たのは初めてだ。そういえば、ザネリも銀河鉄道の夜の登場人物か。
そういう光景を目に焼き付けて、席に座り、瞼を閉じる。E.G.Oを解除し、乗車した時の服装に戻る。整理要員の足音が遠のいていく。そして……
『UW-212 ワープ列車、到着いたしました』
到着のアナウンスが聞こえて、目を開ける。意識はさっきまでと変わらず良好。慣れた様子でシートベルトを外して立ち上がる乗客を見ながら、俺も荷物を持って立ち上がる。鯨料理の特選弁当やお土産も忘れずに。
本当に10秒で到着しただとか、そんなことは騒ぐことじゃないとばかりにワープ列車乗り場へ降りていく人々。旅行や出先の帰りに思い返すのは、現地の出来事だ。なんか鯨と戦ったり、ゼペットチーフの知り合いに会ったり……
「あとは、姫の役割ね。人魚みたいに騎士が付き従って、愉快ではあったわ」
それに、ジョバンニとカンパネルラだったり。原作に全く出ていないから、過去を知らない人物たちの、けれど事情を知らなくても素晴らしいと思えるものを見れてよかった。……ウェルチアースが原因なのには、ちょっと思うところがあるが。
あれ? 俺はなんで覚えてるんだ?
「ジョバンニの傷を塞ぐのにE.G.Oを使って、彼はそのまま戻っていったでしょ? なら、精神の表出の一部のそれを回収すれば同期できるじゃない」
要は、知識以外は現状復旧ってことか。忘れることがないなら、よかった。貴重な経験だったし。
不本意な出張はこれで終わり。明日からはまた、いつもの仕事だ。
カンパネルラ
母親が『次元の扉を開く特異点』の開発者の一人である。セン(循環跳躍おじさん)の本に書かれている通り、技術を見つけたものの利用法が分からず没落した翼だが、その試行錯誤の中で、他の次元の探索に志願した。
結果として、どことも知れない次元を彷徨ったカンパネルラは、遺跡の"川"へと辿り着く。力尽きて沈む最中にその水を飲み込み、また次元の狭間へ落ち、"道を失った乗客"のようなものへと変異した。
原典『銀河鉄道の夜』において、カンパネルラは川に沈む最期を遂げた以上、必然的な偶然である。
ジョバンニ
カンパネルラの幼馴染。W社に入った理由は、空間切断を使ってカンパネルラを探すため。カンパネルラの母親から、カンパネルラへの伝言を頼まれていた。
奇跡に近い確率を引き当てなければ叶わない願いだったが、奇跡が起きた。
本来の流れであれば、胴を突き刺されて出血多量の中戦闘続行。最期は自分の命を使って充電を満たし、空間切断を撃ってカンパネルラと相打ちになる。
ザネリ
W社理事。『次元の扉を開く特異点』の開発者の一人であり、カンパネルラの母の友人。かつては博士と呼ばれていた。
ネロ
ジョバンニが出血多量と充電切れで死ぬ未来を防いだ。今回は何もしていないように見えるが、いないと悲劇で終わっていた。頭の中でサラジネが流れている。