U社からはワープ列車で移動しなければならなかったことから察せられるかもしれないが、俺のいる巣は都市の北部や東部にあたる。
そして、L社が折れていない今、都市を騒がせているトップニュースは何か。これに関しては、おそらくフィクサー雑誌を読むのが一番手っ取り早いと思うが……
「血染めの夜」
都市の星──血染めの夜。都市の東部や北部において、裏路地のみならず巣からも人を拉致した血鬼だ。討伐された時点で、おおよそ4000人以上が被害者となっている。
巣に被害が出たことによって、一気に都市の星に指定された新星だ。彼女、少なくともあと2年は猛威を振るい続けるのか。"赤い視線"や"黒い沈黙"、12フィクサーを誇るチャールズ事務所など多くの有力フィクサーが動いたうえでの2年。なんなら、戦闘になっても特色とチャールズ事務所の隊長が組んでようやく倒せるくらいの強さだ。隠密性能を含め、すごく強い。
なんでこんなことを思い出したのか。俺が、P社支部で行われるワークショップに来ているからだ。距離的にワープ列車に乗る必要もないので、バスに乗って数時間。朝に出たので、昼頃には支部に到着していた。支部のある場所も場所だし、バスでは暇なのでフィクサー雑誌をパラパラと捲っていたのもあって思い出したのだ。
「幻想体の見学、教育体制の比較とマニュアル検討だったか。俺は後の方に出る必要があるから、後半の見学はお前に任せるぞ」
同行しているのは、教育チームラズローだ。まあ、お互いの役割をこなせばいいだろう。
バスから降りる。当然だが、俺が見える範囲にはL社の支部しか見えない。巨大な観覧車もなければ、遊園地の入園ゲートもないわけだ。
「ようこそ、ロボトミーコーポレーションP社支部へ。私は、案内役を務めます、センウィンと申します。以後お見知りおきを」
案内を務めるという彼は、赤を基調とする優美なコートを着ていた。白のジャボのあるそのE.G.Oスーツは、俺にとって見覚えのあるもので。
「このE.G.Oスーツは、"四百輪の薔薇"と呼ばれる幻想体のものですね。当支部において、最大量のPE-Boxを生成する幻想体の一つです」
そうして始まった見学では、やはりいくつかの幻想体を目にすることができた。"痛がるテディ"に"薔薇の狩人"といった7章のダンジョンで戦った個体に加えて、"長靴をはいた猫"や"蒼白の馬"といった幻想体の隔離室も通った。
童話における『長靴をはいた猫』はしがない百姓の息子が王になる話だ。露悪的に表現するならば、百姓の息子に王を騙らせて、最後は先王を殺して王座を簒奪するというオチだ。
蒼白の馬は死の匂いに反応する幻想体であり、近いうちに死ぬ人間へ近づく。……死ねず、埋まるか終わらないパレードを繰り返している彼らには縁のない存在だな。
そして、最後は"四百輪の薔薇"。管理方法はいつも鏡ダンジョンで選択しているのと同じく、湧き水の入り口を壊して血を飲ませる本能作業だ。
「あの幻想体は隔離室を侵食し、血の湧く場所を作り出してはいますが。結局は自らから出たものに過ぎません。なので、本能作業によって外部からの供給を行う必要があるんですね」
解説を聞く。土手を潰していくら根を突き刺そうと、渇きの癒えることがない。外からの血に頼らなくては咲き誇ることができないというのは、まるで──
いや、いくら地下にラ・マンチャランドがあるとはいえ、思考がそちらに引っ張られ過ぎている。直前に読んだフィクサー雑誌に影響され過ぎていると言われればそれまでだが。こうしたワークショップで見学した所感は周囲と共有できても、こうした前世の知識に基づく思考は共有するわけにいかない。なので、こうして思索に耽るわけだ。
幻想体を見終わった後は、各部署の見学になる。これは、各支部の取り組みとしてレポートを書く必要が出てくるので考え事をする余裕はさっきより減ってくる。
特筆すべきは、P社にある支部ということで建築においてはそちらの技術が用いられていることだろうか。TT2プロトコルのようにL社と提携しているが故の技術ではないが、M社の月光石のように一般的に公開されている技術を用いられていた。
これがあれば、俺とゼペットチーフは外郭に飛ばされることもなかったんだがな……
ワンダーラボが特殊なだけで、普通はワークショップで幻想体の脱出が起こることはない。業務終了が夜なのもあって、俺たちは支部で一泊することになる。
せっかくだ。これからのことを整理しておこう。都市の星──血染めの夜が墜ちるのが約2年後。その後、ローランがアンジェリカと付き合って……これ、チャールズ事務所が解散したあたりから転職を準備するべきか? そのくらいで光が撒かれるだろうし。
転職……転職か。俺はどんな仕事がしたいんだろうか。命の危険がないというのは、この都市では無理だろうし。翼に就職する……いや、これから経営難になるW社や、絶対に面倒なことになりそうなS社は嫌だな。かといって、小規模な会社では協会6課の所得に劣る。
「協会……」
フィクサー協会。……実のところ、フィクサーになるというのは割といいアイデアだと思っている。今まで翼の羽になるために努力しておいて、結局はフィクサーになるのかと思うかもしれないが。やっぱり、冒険がしたい。これは、この場所の記憶に中てられたわけじゃなくて。でも、理由としては同じかもしれない。ローランやアンジェリカ、シャオのような、そんなフィクサーたちの話を見て憧れたんだ。
それに……なんだ。ソロで活動する一級フィクサーの存在も知っているわけで。ワークショップつながりってわけじゃないが、一級フィクサーのドンファンがその筆頭だろう。……ドンキホーテの話をしている時にドンファンを話題に出すの、なんか笑ってしまうが。
こういう言い方をするのはあまり好きじゃないが、あと最低でも2年ある。どうするかも、ゆっくりと決めていこう。……そもそも、それまで生きているのは大前提だが。血染めの夜、割と喫緊でマズい問題かもしれない……一番身近な命の危機だ。
P社のアイスクリームを買って食べてから帰った。美味しかったな。
ネロ
進路に迷っている。招来の安定を取って翼に行くか、フィクサーとして冒険するか。……そもそもフィクサーは冒険できるような職業ではないが。
それより、まず死なないかが心配になってきた。