高位のフィクサーを雇用するのは高額なので、例えば協会1課や2課といった場所は巣の中にある方が利便性が高い。逆に、5課や6課であれば裏路地にあるだろう。このあたりは、図書館におけるツヴァイ6課やリウ1課が分かりやすいか。
何が言いたいかというと。
「……節操がないわね」
強化施術は車の操作に例えられるように、操作性が違う。巣に住むだけの一般人と違って、十全なスペックを出させることは不可能だが……それでも面倒なことには変わりない。
様々な所属のフィクサーが、周辺が廃墟となっているこの場所に集結する。ツヴァイ北部1課強行犯係や北部リウ協会など様々だ。ただ、一定ラインの実力がないと血線に刺され、操り人形にされていた。そのため、彼らは操られる血袋たちの対処に追われていた。
「……面倒ね。いっそ、皆等しく傀儡となれば楽なのだけど」
鯨の方の俺の攻撃は、おおよそが広域へ影響する。全力で行使する霧はもちろん、トーチも炎の拡散させられる範囲が広がった代わりに敵味方の識別なんてしない。そんなものを全力で使うと、実質的にフィクサー協会を敵に回すことになる。それはものすごく困るので、数体ずつの対処を繰り返さなけばならないわけだ。そして、キリがない。負傷すれば、マルチェロは傷を狙って血線を繋げようとしてくる。そのため、周囲の無事なフィクサーも攻撃を受けないよう防御に偏ってきていた。
そして、血袋に意識が向けば毛細血管のワイヤーが死に至らしめてくる。
霧が微かに揺れるが故に俺へ振るわれる斬撃は軌道がおおざっぱに把握できるが、そうでなければ回避は極めて困難だ。そして、その霧を常に纏っていなければならない都合上、俺ではなく鯨の方が表に出ている必要があった。
相手の優先順位は分かりやすく、全身義体で血を注入できないフィクサーから狙われているが。そんな分かりやすいターゲットが全滅するまでは時間の問題だった。その後は、残っているフィクサーが狙われるだろう。
「……どうやっても、手が足りない」
実のところ、どうやっても被害は拡大する。都市の星に連なる第二眷属というだけあって、そう簡単にはいかない。なにより、巣の中というのも面倒だ。巣に事務所を構えられるようなフィクサーは高等級で、ツヴァイ協会の1課や2課なんかは巣に直接雇用されている可能性が高い。それを巻き込んで殺してしまうと、ものすごく厄介なことになる。銃弾を弾いたりしていて感情は高まったので、E.G.Oを完全な状態で扱えるが……他のフィクサー諸共に血袋を一掃するか、このまま他のフィクサーたちが血袋に変えられるのを待つかというのは、精神を削られる。E.G.Oを発現させている状態でその二択は、本当に好ましくない。
──視界に、
優れた動体視力で辛うじて捉えられたそれは、南部のツヴァイ協会が使っているような両手剣に似ていて。けれど、その意匠は確かに──
「
赤熱を纏い、色は駆ける。不可視の斬閃を燃やし、すれ違う血袋は叩き潰されて蒸発させた。特筆すべきは、朱の軌跡が今も健在なフィクサーの方へも向かっていたことだ。あらゆる攻撃を遮り、攻撃を引き受けていく。
「彼女にも興味はありましたが……貴方を無視できる者などいませんからね」
刹那、血袋となったフィクサーたちが寄り集まっていく。その肉は解け、肌が裂け、血管は捻じれてつなぎ合わされる。そこに誕生したのは、肉の巨人だった。ビルよりも高く、鋭い鎌のような手を持つ怪物。……まあ、その程度なら。
「申し訳ないのだけれど、それは1000年ほど見てきたの。斬新とは思えないわ」
跳躍し、トーチを叩きつける。縒り合された血管と肉の隙間へ、のたうつ炎が入り込む。
直後に、凄まじい衝撃が巨人を襲う。衝撃打が的中するとともに、侵蝕した炎が爆発して燃え上がった。巨躯は行動することなく燃え尽き、血煙となって弾け飛ぶ。
斬撃や貫通ではなく打撃を選んだのは、血線でつながった肉塊を再利用されないようにするためだろう。運動エネルギーを利用して叩きつけた一撃によって、熱持つ十字の持ち主は一瞬だけ足が止まる。
「
霧の範囲と濃度を増やす。後ろにいるフィクサーたちを巻き込まないギリギリまで拡散したそれにより、宙に留まる血線を消散させていく。血をより投入すれば、溶けた先から再構築できるだろうが……
「再構築が、追いつきませんか……っ!」
それより早く、弱まった血線を十字の剣が切り裂いていく。自身の周囲に漂う霧は、影響を受ける前に切り払っていた。
そして、血鬼の意識が糸の維持に向いているのならば。
霧が発火し、ハーロットの炎が血線を燃やす。糸を這い、指先へと伝う勢いに、マルチェロは──
「まだ、まだ足りないのですよ!」
片腕が燃え尽きることを覚悟したうえで、俺と彼に手傷を与えることを優先した。
ブラックダメージ。肉体と精神に作用する、荊や鞭のようなそれ。ハーロットによって変化した霧は、その性質を強く持つわけだが。
血鬼にとって、肉体と精神に作用する傷とはなんだろうか。
「血が、これほど溢れかえっているというのに、なお!」
それは、渇きだ。霧が徐々に蝕んでいく中で理性は削れていき、荊のように食い込んだ炎の引きずり出した病。
マルチェロの指先以外からも、血線が伸びる。それは、渇きを一時でも忘れるために、多くの血を吸うことを目的とした本能の発露。
失った片腕の代わりに、服を引き裂いて背から現れる無数の血管糸。一本一本は目に見えないそれらだが、あまりに膨大な量が纏まることで可視化される。一対のそれは翼のようにも見えて……まるで、物語に出てくるような吸血鬼の姿にも近しかった。
もはや、血液の注入をすることもない。ただ肉を割き、血を喰らうための器官。
「合わせろ。一撃で仕留める」
共に戦っている彼は、長大な十字を背に構え、振りかぶった。
「えぇ、ご一緒出来て光栄ね。
半身となってトーチを構え、バリと決闘していたドンキホーテのように、突きを放つ準備をする。
朱と赤。二条の閃光が直進する。殺到する血線を灼き、切り裂き、突き抜けて。
十字の大剣とトーチは、第二眷属を深々と刺し貫いた。
何が辛いかと言われれば、この後だった。あまりにも多くのことが絡み合い過ぎている。巣の内部での戦闘、ツヴァイ1課強行犯係やリウ1課といった複数の協会が参戦した事実、そもそも都市の星案件……
「"赤い霧"が姿を消して以来、見ることはないと思っていたが」
なんなら、"朱色の十字"にはハーロットが赤い霧のあれと同質のものだと見抜かれた。それによって損害が発生することはないので問題はないが、驚いたな。
ツヴァイでの事情聴取や手続き諸々で、仕事を終えた後の時間や休日が削れたりしたが。本格的に厄介なことには巻き込まれずに済みそうだった。
特色フィクサーの戦いぶりを見れたのはよかった。共に戦うのなんて滅多に無いし。それに、他の高等級フィクサーも。加えて第二眷属と戦えたのも非常に貴重な経験だ。前世の記憶にはない斬新な戦い方をしていて、非常に感銘を受けた。
それと、形質の模倣は上手くいったわ。あの攻撃方法、私の発想に無いものだったもの。肉体の再構築は、何度も経験したでしょう? なら、私にも可能よ。
K社のHP薬やW社の現状復旧、そもそもとして鯨の方の俺が使うハーロットは霧を放出する器官が作り出されるなど、肉体の変化に関しては幾度も経験がある。よって、鯨に切り替わっている際にマルチェロのように糸を作り出すことも、さほど難しいことではなかった。とはいえ硬化はできないので、炎の鞭といった方が正確だが。
血鬼としての性質を取り込めば、血の硬化による強度向上も可能だったのだろうが……都市で生きるのに、渇きとかいう重大なメンタルデバフを抱えたくない。
……ここまでやってなお、朱色の十字の方が依然として強いだろう。残響楽団が化物染みた層の厚さと強さを備えていたってだけで、ハナから色を付与されるフィクサーなだけのことはある。
今回の件では、協力の対価としてかなりの金額が得られた。スティグマ工房の槍とかが壊れたこともあるので、また工房街にでも行ってみようか。新しい製品や工房も見てみたいし。
ネロ
弱点を突けると気づいたので、ひたすら精神力減少やマイナス効果の付与をしていた。今回の記念に、朱色の十字のバッジを買った。服に着けたりはしないが。
マルチェロ
深刻化させられた渇きで理性を失い、その隙を突いたネロと朱色の十字に討伐された。
ネロがいないときの流れでは、黒い沈黙&チャールズ事務所隊長に正面から殴られて死ぬ。第二眷属かつ老齢まで生き残ったフィクサーだったので強いが、相手が悪い。
朱色の十字
特色。ほとんど傷を負っていない。ネロがいなければ、血線を力技で突破していた。