コミケに出展してみたかった。コミケは例の一つだから、正確にはイベントでブースを構えると言った方が適切か。そういう理由もあって、T社で行われる博覧会にはとても興味を引かれていた。発明家賞を取れば、かなりの金額を貰えるのも利点だ。
なので、T社に行くことにする。唐突に思うかもしれないが、やりたいことは光が撒かれる前にやっておかないと、ねじれうる弱点になりかねない。「そうやって引き延ばしていくうちに、夢は色褪せていくのでしょう?」とか。思い立ったが吉日って考えは割と大事だ。
T社の巣に行く際に一番楽なのは、W社のツアーを利用することだ。というのも、この区域では時間に対して税金が与えられている。滞在時間に応じた時間税を払う必要があるのだが、翼が行うツアーでは、参加費にそうした時間税も含まれているわけだ。T社の巣を対象としたツアーが他に比べて割高に見える料金なのはそのためだったりする。
むしろ、一般的な旅行代理店が安価でT社の巣へツアーを企画していた場合、そうした時間税の手続きを確認する必要があるだろう。最悪、旅先で徴収される可能性がある。時間での納付になるのなら、なおさら面倒なことになるだろう。
それはさておき。今回は博覧会に出展する側ということもあって、ツアープランを利用することはできない。俺の住んでいる巣にあるT社の支部を訪ね、予めそうした滞在期間の申請と時間税の納付をしておく必要がある。その後、各種交通機関を乗り継いでT社へ。都市の複雑な入り組み方からして、ワープ列車が重宝されていた理由がよく分かる。今回出展する発明品のために、何度かT社に行ったのでこの道のりには慣れたが。
列車内の色彩が、モノトーンからセピアに褪せ始めている光景を見つつの到着だ。工場の黒煙が煙突から立ち昇る、古きロンドンのような光景。せわしなく──というより加速してるのではないかといった速度で動く人間と、巣の外の人間の半分ほどの緩やかな動きで歩く人間。そうした様々な時間を持つ人々が見える。
それらを眺めつつ、いつも通りの動きで博覧会の会場へ。道中では、エメラルドグリーンのスーツを着た人間と何度かすれ違った。彼らは一様に配達鞄を持っていることから、ヂェーヴィチ協会のフィクサーだろう。このシーズンになると、発明品を運んでくるのによく利用されている。
博覧会の会場に入れば、一気に色めく。それは活気づいているというだけではなく、文字通り色が戻っているという意味でも。
色を戻すランプがいくつも設置されていて、来ている人間はみな時間に余裕がありそうだ。服の質を観察すれば、フィクサー向けの高品質生地を使っている人も伺える。工房事務所の代表だろうか。
人間観察もほどほどに、俺の出した発明品へ向かう。……まあ、オリジナリティの欠如したつまらないものだが。
眼前にあるのは、時計と羅針盤の合わさった発明品。ヒューバートからは、羅針盤を使っている時は時計が使えないから意味がいないと言われていたあれをアイデア元として、人差し指の指令の要素を加算する。
指令は都市に生きる人間の起こす振動によって書き綴られるものだ。それを翻訳する役目が紡績者であり、今回の発明では『時計と羅針盤』がその役目を担う。
原理としては単純だ。持ち主の体に伝わる振動が、握る手の骨を通じてこの発明品に伝わる。あとは、事前に収集した『巣の中や裏路地で起こりうる事象のパターン』から近しい振動の出力を抽出。総合的に組み合わせた結果起こり得る予測が持ち主にとって有害であれば、羅針盤はそれが起きる場所と逆方向を指し示す。逆に、有益であれば起きる場所を指し示すわけだ。時計の方は、振動の感覚からしてそれが起きると考えられる時間を表示する。
難点としては、使えるのがT社の巣と裏路地限定であるということか。作る時に実感したのだが、所持する時間に多寡があるこの場所だからこそ、各々が起こす振動の違いは顕著になる。故に、無数のパターンが集められたわけで。他でやろうとすると、ものすごく面倒。
起こり得る事例を集めるのに手間がかかっただけで、原理としては情報の振り分けと分岐の構築に過ぎない。どういう結果になるかまでは示さず、ただ何分後にどちらに行けばいいかを表示するだけだから。それに、巣や裏路地の様子を眺めて記録するのは退屈しなかった。デッドラビッツのようなギャングが見れたのは貴重だったな。ちゃんと保護代の対価に保護を行う組織もあれば、そこまで後先考えずに略奪を行う組織もいた。後者に関しては、データを取り終わり次第殴り倒しに行ったが。依頼を受けたわけじゃないし、片手間で掃討できた。これに金を貰うのは……流石に気が引ける。
あぁ、いや。退屈こそしなかったが、天候と雨に当たった際の振動パターン構築は面倒だったな。雨粒で重くなっていくコートを着なければならないのは、あまり好ましくなかったし。それに一人分とはいえ、データを取るために滞在していた期間の時間税と宿泊費は相応の金額だった。
そんなわけで、できたのがこの発明品だ。名前が長くなるのは発明家の悪癖らしいし、"モダンタイムス"あたりでいいだろう。機能を羅列する長々しい名前は俺も嫌いだし。
時間を有効に使いたい人間にとって、いつどこに行けば時間を有意義に使えるか、時間を無駄にしないかが示されることは福音だ。なにせ時は金なりが慣用句じゃないのだから。そうしたアピールポイントもあって、この発明品の周りには多くの人が集まっていた。
博覧会に並んでいた品々は、夜が明けても全部話すには足りないくらいに色々と見ることができた。くだらないものから素晴らしいものまで、ピンからキリまで様々だ。単純に楽しむだけならこれで終わるが、まだ博覧会は終わっていない。発明家賞の発表と、二次会だ。これらはTT-4プロトコルが用いられ、色の戻っている食事と共に歓談が繰り広げられる。
正確には商談か。二次会は相応の参加料金がかかる。発明品の特許買取や自社との契約、場合によっては特許庁直属として働かないかと声をかけられることもあるらしい。巣の高校に通っていたので、そうした話を耳にしたことがある。
なんか予想以上に受けがよく、発明家賞を受賞したうちのひとりになったが……あれは絶賛されるようなものか? 特に複雑な機構でもないし、鏡技術のように壮大なことができるわけでもない。時間をかければ誰だって実現可能な技術だ。
まあ、貰える分には損もないか。1級発明家資格の方にも箔が付くし。
予想通り、二次会の方に神経を擦り減らした。こうして博覧会関連でしかT社を訪れないので、年に十日もいればいいところなのだが。だからというか、発明品の権利関係の管理を買って出るような連中が多かった。やっぱり、都市では必要だろうと公証関連の資格を取っておいたのは正解だ。……なんで、ちょくちょく不当な利益を得ようとする契約があるのか。そのあたりは拒否しつつ、他の真っ当なところには考えさせてほしいと返しておいた。別に、これだけなら適当に渡してもいいが、せっかくコネを得られる機会だ。どことつなぐかを検討しても悪くないだろう。
ちょっと残念だったのは、ヒューバート代表には会えなかったことか。表彰は、T社の理事によるものだった。
達成感とともに、再び長い時間バスや電車に揺られて帰宅。T社の時計を持っていないので、報酬は金銭で得た。これで、発明に使った分と交通費などを鑑みても黒字だ。イベントに参加し、黒字を出す。前世からの夢がまた一つ叶ったのは、本当に喜ばしい。
満足できる時間も過ごしたし、仕事への活力も湧いてくる。疲れたけど、いい休日だった。
ネロ
比較対象が特異点や九人会の鏡技術といった高みなせいで、自分の作品に対する評価はそんなに高くない。自覚していないが、趣味で実績を積み上げるたびに、一応持っているだけのフィクサー資格に経歴が盛られていく。
アイデアとして思いついた後は、やることを選ぶかやらないことを選ぶかの二択になっている。