都市の星が一つ墜ちた。
「かのチャールズ事務所が誇る12フィクサー、その筆頭たる隊長と特色"黒い沈黙"によって、悪なる血鬼"血染めの夜"は見事撃ち落されたのである! ……と、そんなところか」
フィクサー雑誌の一面や、ニューストピックスを見れば飛び込んでくる情報。それは同時に、彼の仮面が砕け、都市の苦痛から背を向ける方法を知ったのだと俺に告げる。
「あと、数年くらい?」
ムク工房の最高級品をうっかり壊したとかのきっかけはともかく、告白があって。住みたかった巣には入れなかったが、9区で結婚生活を送る。ヴェルギリウスと最後の依頼を遂行して、フィクサー稼業から手を引いた。それが、俺が知る限りにおいてのローランの流れで。
同時にそこからしばらくした時が、俺にとって決断を迫られる3日間でもある。白夜・黒昼現象。黒昼に関しては、アインと同期したXがアンジェラと向き合うような奇跡が起きれば発生しないかもしれないが……まあ、その時はその時だ。どのみちL社は消滅するので転職しなきゃいけないし。
考えを巡らせながら、改札のようなフラッパーゲートに社員証をかざして出社。エレベーターで管理部署のある地下へ移動する。
都市の地下は色々と面倒だ。場合によっては、遺跡に触れる可能性もある。P社の巣にある支部なんかはそうだな。あそこの地下に何があるのかがいい例だろう。
福祉チーム到着後は、自分のロッカーを開ける。保有するE.G.Oウェポンやスーツの入ったケース、各種ギフトの収められたそこから、一つずつ身に着けていく。"陰"の耳飾りと、頭には
クリフォト抑止力の調整権限は福祉チームにあるが、抑止力の起動及び停止は管理人の立場でしかできない。エネルギーノルマの達成が最優先な以上、職員が同僚を助けるなんて目的のために仕事を強制終了させられてはたまったものじゃないだろうから。
相変わらず"溶ける愛"と"陰"の担当として大部屋ひとつと廊下を占有しているわけだが。知っての通り、ときおり他の部署のヘルプに入ったりする。まあ、誰ともすれ違うことはないけど。
そこでなんとなく分かってきたのだが、"溶ける愛"や"陰"との相性が良好な代償として、相性の悪い幻想体がいたりする。これは価値観適性というより、もっと根本的な……罪の属性とか魂とかそのあたりの根源的なもので。作業成功率にマイナスがかかっている感じだろうか。幸いにもギフトの作業成功率上昇で相殺できているようで、普通に管理業務ができている。
その上で特に相性が悪いのが、電気を使う幻想体だ。安全チームの"路地の番犬"が分かりやすいだろうか。ねじれ探偵曰く、嫉妬は電気へ転化し、制御できない速さとなる。前者はW社など充電を使う人格の多くに嫉妬が含まれること、後者は嫉妬大罪が素早かったことが当てはまるだろう。 そうした神経症……ノイローゼは、今の俺には縁遠い。他にも苛立ちや被害意識など様々だが、どのみち俺に合っていないのには変わりなさそうだ。
昼は、事務職が弁当を運んできてくれるのでそれで済ませる。仕事中はずっと一人で食事しているのと、ワープ列車では飲食できなかったこともあって、誰かと食べるってことから縁遠くなった気がしないでもない。
午後も変わらず管理作業。本社と違ってTT2プロトコルによる加速などもないので、ちゃんと深夜になる前には帰れる労働時間だ。クリフォト抑止力が強まり、人通りの少なくなる廊下は照明の明るさが落ちていく。そんな中で、福祉チームはいつもと変わらない明るさで。懲戒チームとの明暗の境界を見るのも風情があっていい。
低等級のE.G.Oであれば、福祉チームに入れる職員なら問題なくメンテナンスできるが。"盲目"や"拘束"、"ピンク"のようなWAWやALEPHのものは、修復するだけでも軽く侵蝕の危険性が伴う。そのため、俺やエルフ先輩が担当しなければならないわけだ。
E.G.Oの整備は業務終了後に行うので、福祉チームは他の部署と帰る時間が合わない。もちろん、それだけ給料が高くなることも意味しているのだけど。
あとは、晩御飯を済ませればやることはだいたい終わりだ。メールを確認したり、一級発明家資格の維持のために今年は何を作ろうかと考えたり。そんなことを終えたら就寝。特に珍しいことのない一日というのはこんなものだ。
コンディションをなるべく万全にしていなければ、メンタルにも影響が出てしまう。なので、睡眠の質を高めるために寝具はかなり厳選したと自負している。一時期は、フィクサー雑誌と同じくらいには家具の販売目録に目を通したものだ。ジア家のように高貴な家柄であれば、自分で探さずとも外商が来たりするのだろうが。巣に住む人間といえど、豪勢な生活を送れるわけじゃない。なんなら翼に所属する羽じゃなくても、巣には入れるわけだし。
翼の羽、その中でも5級の管理職なだけあって、家賃やカード、保険料や生活費に困らないくらいの収入はある。他にも、発明家としての副収入があるから、他の巣に旅行に行ったりできるわけだ。
そして、この副収入こそが命を脅かす要因だったりする。巣に在住しているから、強盗を懸念しているわけじゃない。
確定申告。冗談に思うかもしれないが、これこそが逃れようのない命の危機に直結している。
都市において、足爪が出張って来る条件とは何か。不純物の放逐や排除、都市の禁忌に触れた者の処分といった仰々しい事態を真っ先に思い浮かべるだろうが、実はもっと身近に来る。
特許侵害や脱税において、3度まで警告状が届く。これを無視すると、足爪が来るわけだ。L社の給料に関しては問題ないが、副収入の方は俺が自分で計算する必要がある。そのあたりの計算とかをやってくれるフィクサー事務所に頼むのもいいかもしれないが、この程度の雑事なら自分でやった方が早い。信用できる事務所を探す時間や依頼料を考えると、今後のことを考えてもそうなる。
幸いにも、警告状が届いていないことからちゃんと納税出来ていたようだ。面倒なことを終わらせた自分への御褒美に、U社の現状保存包装を買った。他の巣に旅行へ行ったときとかに持っていこう。
……稼ぎはそれなりにあったけど、カードの支払額もだいぶ高額になっていた。T社まで何度も行ったのと、その時の時間税が大きかったみたいだ。あとは工房での出費。強化施術の他にもアクセサリーやガントレット、武器をいくつか買ったのが財布に響いた。紫の涙がなぜかアラス工房の紹介状をくれた……マジで何故? ともかく、それもあって俺が何回かアラス工房で纏めて買い物をしたことと、
自分の歩みに自信が持てずして、どうして最上の結果に至れると言えようか。力強く歩むため、利己的な希望を抱き続ける。誰かを見捨てると寝覚めが悪いし精神衛生に良くないから、結局は誰かのために力を振るう機会があるだろうし。故に、利己的な欲望は利他的なことにつながる。
自覚して言語化すると、なんか間抜けというか……正義のフィクサーとか英雄にはなれないくらいの器の小ささだけど、自己分析は大事だから……
ネロ
フィクサー資格を取ったのもあって、最近は協会が開催するセミナーに行っている。せっかく資格があるのだから、活用できる場面ではしていきたい。