昔からの友人から頼まれたので、フィクサーとして依頼を処理することにした。堂々と看板を掲げているわけじゃない、というより俺は翼の羽なのだから、こうして俺を直接訪ねてくる人からの依頼のみを受注することになる。
大袈裟に言ってみたが、アデリがまた単位を落としそうになっているだけのことだ。彼、半年に一回くらいのペースで俺のところに来る。ちょうどいいアイデアが思い浮かんだので、買い物をして翌日に集合。ちょっとばかり遠出することにした。
「私はフィクサーだから、襲ってくるわけでもない一般人に危害を加えるわけにはいかない」
フィクサーとして超えてはならない一線ってやつだ。だから、人を害さずに人間を使ったアートを作ろうと思う。それも、おそらくは俺以外にやったことがない素材を使って。
そんなわけで、俺たちは14区の裏路地にいる。スーツとネクタイ、靴に至るまで黒色で統一された様相。ちょうどいい服を持っていなかったアデリにも買わせたそれは、喪服だ。俺に関しては、もう少し身長が高い方が格好がつくのだが。
「なあ、ネロ。どこに行くんだ? 素材を取りに行くって言ってたが……それに、裏路地を歩くのにスーツってのは……」
もちろん、サッカーを見に行ったりはしない。喪服を着ているんだから、当然ながら葬式に行く。……臓器を狙うネズミや殺人組織に出くわしたら、その頭をボールとして蹴り飛ばすことになるだろうが。血の付着して皺のできたスーツで葬儀へ出向くのは無作法だろうから。
「N社が提供している福祉サービスの一つに、孤独死専門の葬儀屋がある」
将来的には廃止される制度なので、この時期限定になってしまうが。なので、今のうちにやっておくべきだろう。
今回使う素材は、遺灰だ。都市において、人が焼けて灰になることはさほど珍しくないが。葬式の後に火葬されたものを手に入れられる機会は当然ながら希少だ。しかし、これであれば別だ。
「孤独死した人の葬儀に参列する人はいない。故に、私たちが参列し、遺灰を回収する」
結局のところ、葬儀は生きた人間のためのものだ。ならば、遺灰は必然的に参列者の手に渡る。これを素材にするわけだ。とはいえ人ひとりの遺灰の量はたかが知れる。
「必要な量が集まるまで哀悼を繰り返せばいい」
葬儀屋に喧嘩を売りまくっているような所業の気がしないでもないが、誰も死なないアイデアとして思いついた以上はしょうがないだろう。それに、テーマ性も分かりやすい。死して熱量を失った後に、火によって弔われた残滓。
「……どうした?」
アデリに引き気味な態度を取られていて、ちょっと困惑する。
「いや……そんなこと思いつかなかったし、そもそも他の区の福祉政策なんてわざわざ調べてないからな……」
「……これからどうするか、考えるべき。芸術をするためには、芸術以外にも目を向けなければならないから」
それはインプットや最近の時流を読むといった作品の方向性以外にも、素材をどうやって調達するか、手に入らない物を如何にして代替や妥協するかといったことへ関わってくる。妥協するにしても、それは他に思いつかないからそうするのか、代替したものの特性を引き出せるアイデアが浮かんだからそうするのか。
当然ながら、そうしたことを気にせずに作品へ没頭できる者もいる。代替するまでもなく、欲しい素材が必ず手に入るような芸術家。彼らは本人が多くの冨を持っているか、パトロンがいるかの二択だ。
薬指として地位を昇り詰めれば、必然的に薬指という組織そのものが
それに……あぁ、これは前にも考えたことだが。社会人に必要なコミュ力と、団体課題や作品の評価といった芸術家として必要なコミュ力はベクトルが違う。そして一般的に、好んで芸術の道に進むような人間は前者に向いていない。
……正直、薬指の保護に関しては好ましく思っていない。というより、あれはその名の通り試験だ。薬指の保護を安定して受けられる人間は、そもそもとして薬指に所属する方が早い。A+評価を何回か叩き出せるような人間を、薬指が放っておくとは考え難いし。
葬儀に参列し、故人の情報を聞き、覚える。
「おくやみ、申し上げます」
その後も、会場を移動しては『お・く・や・み』を続けて素材を回収する。アデリは黙っていても問題ないが、課題採点で作品について聞かれたときに何も分からないでは困るから、素材集めに同伴させているわけだ。
俺とアデリだけが来ている葬儀ということもあって、葬式を執り行う葬儀屋からは、故人も喜ばれるでしょうと言われた。……そういえば、誰も葬儀に来ないから孤独死専門の葬儀屋をクビになり、ねじれた"写真家"もいるのだったか。モーゼスが初めて遭遇することになる、現実改変系のねじれ……まあ、200件以上の内の何件かに参列しただけだ。必要ないと解雇されたことがねじれる大きな要因だろうし、大勢に影響はない。ねじれないならねじれないで、さほど問題もないだろう。
そんなわけで、N社への滞在と葬儀マラソンも終わって作品制作の時間だ。サンドアートでいいだろう。使用する技法は立体派のキュビズムを選択。野獣派や点描派と比べて直感性に劣る作品になると目されるが、孤独死と葬送という分かりやすいテーマ性が欠点を補う。
鉛筆で下絵を描いて、俺の仕事は終了だ。後は、灰を積もらせる量によって濃淡を表現し、モノクロの絵画を表出させる。この部分はアデリにやらせないと、俺の作品になってしまって彼が死ぬ。
「その……それで、だな……お前のおかげでいい評価を得られてるわけだが……」
すごく歯切れが悪い。これで薬指に勧誘されたとか言われたら、ちょっと面倒な関係になる。フィクサーと組織がつるむようなことは往々にしてあるが、薬指と組むかどうかに関しては慎重に考える必要がある。いや、親指よりはマシだが。あそこは組織体系がしっかりしているから論外だ。
「制作に関わったってことで、お前も来てほしいんだ。あ、毎回来てくれってわけじゃない!」
……最初に騙して俺を呼んだとき並みに必死だ。それだけで、断ればどうなるかが察せられる。
創作者は作品のみで語るべき、というのが理想だが、それができないからこそ理想となっているんだろう。しょうがない、行くしかないか。
課題採点は来週。ついでに展示されている作品を見て回るのも悪くないだろう。ドーセントの解説付きで見られるのなら、なおのこと貴重な機会だ。そう思わないとやってられない。どうしようもないならともかく、手の届く範囲の相手を見捨てるのは後に響く可能性がある。手の届かないところだったり、知らない相手ならともかく。
いや、確かに前の作品群とは違って今回のは自分でも画期的なアイデアだと思っている。下絵の段階でも、表現したいものをきっちりと認識できていた。実際に評価が見たいという気持ちも無きにせよ非ずといった感じだ。納得できるだけの理由はでっち上げたし、追加の依頼ってことで実績にもできる。
行くとしようか。
ネロ
外野から気楽にやっていたら、表に引っ張り出されることになった。芸大には友人の付き合いでオープンキャンパスに行ったことがある程度。遺灰を集めるために、一生分の葬儀に行った気がしている。身長と可愛い系の顔のせいで、ダークスーツが似合わなかったのが悩み。
アデリ
ネロの協力もあって、半年に一回くらいのペースで傑作を提出していた。本人のセンスは無いので、ネロと一緒に作った作品の評価で落第ラインの水際を踏みとどまっている。