『バーバラ少佐』。ヨルムンガンドで引用されていたのが印象に残っている。そんなことを思い出しつつ、まあ厄介事だろうと話を聞く。
「私が一人で行くと、たぶん辿り着けないんですよね~」
本名を明かしたエルフさんは、いつもの間延びした口調で話し出した。ただ、その笑顔は僅かに強張っている。この場合のニュアンスは、セキュリティシステムなどではないだろう。ワザリング・ハイツのように、アンダーシャフト邸は閑静な村にあったはずだ。巣の内部とはいえ周りに人気はない。……暗殺を通すにはもってこいだろう。
「ネロちゃんが、大口の取引。私の方は、後継者会議ですね~」
お互い、命を狙われるのが目に見えている事情を抱えているわけだ。それなら確かに、お互いのリスクを纏めてしまう方が対処しやすい。俺も、エルフさんが殺される可能性を傍観したくはないし。
「ローマックスとママあたりは、絶対に誰か差し向けてくるでしょうし。ローマックスは、どこかのギャングあたりでしょうか~。ママは……組織とか嫌いですし、シ協会の協力事務所とか協会直属フィクサーですかね~」
……『バーバラ少佐』の主要な登場人物を思い出した方がいいだろう。ストーリーは三幕に分かれており、一幕目はママ──ブリトマート夫人と長男のスティーブンの会話で始まる。本来は彼女らの家に父親を呼ぶという話だったはずだが、そのあたりは多少の改変があったりするのだろう。
主要な登場人物として、次女のサラと婚約者であるローマックス。エルフさんが言っていたローマックスというのが彼だ。どちらも凡庸だとか描写されていたはず。あまり気にしなくていいだろう。
あとは……バーバラに恋慕を抱いている男のアドルファスか。人が良さそうに見せかけている冷酷眼鏡の知識人だっけ。それと、父親たるアンドリュー・アンダーシャフト。
「一ヶ月後ですよね~。当日は、ツヴァイ協会に守ってもらうのもいいかもしれません」
少なくともT社までは確実な移動手段を用いたいので、移動手段はワープ列車だ。誘ったのは私だからと、エルフさんが俺の分のチケット代も出してくれる。ちなみに、一等席だ。エルフさん、一等席しか乗ったことが無いらしい。
そういえば、原作のバーバラって重要な目標を掲げていた気が……読んだのが昔なのもあってすぐに思い出せない。そのうち思い出せるといいが。
おそらく、ツヴァイ協会のフィクサーを雇うことにはなる。俺たちのいる巣からT社までの道中は、気にしなくていい筈だ。仮にも巣の内部。そうそう暗殺を通されるとは思えない。となれば、T社の位置する南部のツヴァイ協会に依頼するのが妥当だろう。ワープ列車のプラットフォームで合流することになるだろうか。
一ヶ月後とは言ったが、都市南部にはその前に一度だけ行かなければならない。そもそもとして、翼の職員の中で5級にまで昇進できる人物は中々いない。それに、だいたいが部署のチーフを務めるような立場だ。それ以外の、抜けてもさほど問題ない人員は稀だろう。
端的に表すなら、ワークショップで講演する羽目になったのでL社の支部に行くことになった。ついでにツヴァイ協会のフィクサーに依頼してきてくださいと、エルフさんからお使いを頼まれてだ。
K社にロボトミー支部が二つあったように、一つの巣に支部が一つだけというわけではない。特にL社の本社に至っては、光の種シナリオ実行のためにエネルギーを外部に提供できないという事情もある。そのため、巣に追加で支部が必要になるわけだ。俺が出向くのもそっちになる。
会社からはワープ列車の一般席チケットが渡されるのだが、今回は一等席を利用する。そろそろL社が墜落するか危うい時期になってきそうだ。その前に、一等席のウェルカムセットを体験しておきたい。
一等席。正式名称は個人カプセルプライベート……長いので省略するが、それで形状は伝わるだろう。機能としては急速冬眠カプセルだ。
一等席利用者は、フードやドリンクの他に記念品が貰える。L社倒産のあおりを受けて経営難に陥ると、この記念品がなくなってしまう。だから、今のうちに乗らなきゃいけなかったわけだ。
冬眠中はウェルカムフードを食べられない以上、一般席の乗客より早く車内へ入ることができるのは当然のことだろう。ワープ列車の真相を知らない人間からすれば、乗車時の混雑に巻き込まれないための措置だと思っているのだろうけど。
『L社行きLW-412ワープ列車。まもなく搭乗手続きを終了させて頂きます』
一等席の内装を見物したり、ウェルカムセットの食べ物をつまんだりしていると、アナウンスが入る。カプセル内部にもたれ掛かるようにして立って、吊るされている酸素マスクっぽいのを口元へ。最後に内部のボタンを押せば、カプセルの扉が閉じた。
『この列車は今よりワープします。シートベルトがしっかり着用されているか、今一度お確かめください』
カプセルの中に気体が噴き出される。充満されるそれは、冬眠のためのものだ。痛みや寒さもなく、眠るように意識が落ちる。そして……
『LW-412ワープ列車、到着いたしました。一号車から四号車の方から順に。この度は、ご乗車頂きまことにありがとうございました』
体感時間ではすぐに到着した。U社の帰りに乗った時とは雲泥の差だ。早めに着くようにしたので、数時間は観光に費やせる。長くても数年すれば見納めの光景だ。今のうちに目に焼き付けておこう。……最悪、この数秒後に光の種シナリオ完遂って可能性もあるが。
ワークショップの方も、目新しいことはなかった。講演に関しても、『恐怖に直面し、未来を創る』ってことを長ったらしく話せばいい。あとは、エンケファリンの濫用は止めようってくらいか。特筆すべきこともないのでそのあたりは省略する。
出張もこなしたので、エルフさんの頼みを済ませよう。ツヴァイ協会への依頼。『あなたの盾』をモットーに掲げる治安専門協会だ。協会フィクサーということもあって、雇用するには高い金額が必要になってくるが。依頼主たる俺たちはどちらも翼の5級職員だ。支払いは問題ない。
そうした立場もあって、契約はスムーズに進んだ。指定保護かつ密着警護。人員は俺とエルフさんにそれぞれ一人ずつ。確実性が必要だったので、ツヴァイ3課のフィクサーを雇用した。けっこう金はかかったが、シ協会の協力事務所とかが差し向けられる可能性もあるらしいので必要経費だ。
ツヴァイ協会の業務方式に関しては、いくつかの区分がある。そのあたりを詳しく語るといくら時間があっても足りないので、大雑把にまとめると。まずは、地域保護と指定保護。こうして二つを並べると分かりやすいか。保護期間内に、契約した区域の必須保護対象を護衛する地域保護。それと、個人を対象とする指定保護だ。当然ながら、俺が依頼したのは後者。密着警護というのは、一般的に警護という名称から想像される仕事だ。顧客の最も近い位置で、突発的状況に対応すること。SPのようなものだと思っておけばいい。潜伏警護は読んで字のごとくだ。依頼人は行動計画を教えておいて、有事の際以外は気付かれないようフィクサーが護衛する。今回は、ほぼ間違いなく有事になるということで密着警護にした。
南部ツヴァイ協会3課。その直属フィクサーとなると当然ながら相応の実力もあるし、支給されるコートは一般的な銃弾程度なら貫けないようになっている。
余裕があったらツヴァイ6課を見てみたかったが。裏路地に行って戻って来るにはさすがに時間が足りない。ということで、もう少しすればできなくなるL社の巣観光終了だ。……いや、見る場所がそれほどないというか、俺の知っているL社の巣は親指串刺しゾーンだったり、保護代を取り立てた黒雲会がターニャに蹴散らされていたりと、翼が折れた後のものだ。なので、L社倒産前はこうなっていたのかという感慨こそあれどもって感じでしかない。観光自体は楽しかったけど。
ともあれ、しなきゃいけないことは全部済ませた。帰りも一等席を確保していたので、悠々自適に帰るとしよう。あとは、……そうだ、コートで思い出した。服装についても考えなければならない。この一ヶ月の間に白夜・黒昼が起きるならともかく。そうでないなら、着ていく服はかなり大事だったりする。
というのも、アンダーシャフト邸に赴くのだからキチンとした服装である必要はあるが、同時に道中の襲撃に警戒しないといけない。そのため、最も相応しいのは……
「北部特有の、華美な服装」
仕立屋を探す必要がある。あるいは、多少なりとも持っているコネを当たるか。どちらにせよ、まだまだ忙しくなりそうだ。
ネロ
ロボトミー社倒産前に、巣の観光に行った。発明品の利用料や5級職員としての給料はあれど、支出が嵩んできたのでそろそろ追加で稼がないといけない。家では、自分のフィクサー証を眺める機会が多くなった。
バーバラ
原典の『バーバラ少佐』では、「世界のための精神的な力」や「魂の救済」について話していた。エルフさんがL社に入社できたのは、父親のコネも関係している。
ツヴァイ3課直属フィクサー
明らかに厄介そうな依頼だが、高額の依頼金を支払われたので断れない。