『罪の性質』。そう題された脚本の手帳がある。俺の担当は"陰"と"溶ける愛"だけなので、関係することはないが。福祉チームで担当することになった幻想体はそういう名前らしい。正確な観測記録はまだ読めていないので分からないが。
「聞き覚えは……ある気がする」
レガシー版か? ……脚本。思い当たる幻想体はあるけど、管理方法なんて覚えてないぞ。脱走したらどうなるかも曖昧なので、作業担当者と管理人がミスをしないことを祈る。
それが意味をなさなかったと知ったのは、施設が白い光に包まれたときだった。……"貧しい脚本家の手帳"だっけか。あれにそんな効果はなかったはずだ。となると、他に何が……白い光?
暖かなそれは、心に染み入るようでもあり。心の中にある不安が消えていくような気がしないでもない。その不愉快さが取り除かれないよう、自らの内に意識を向ける。
終わりは脈絡もなく訪れるものだ。何百もの罪の果てに、
……じゃあ、俺の頭に唐突に流れ出したこのモノローグはなんだ? そして、次に聞こえるのはエルフさんの声。俺のいる部屋に、メインルームにいる彼女の声が聞こえるはずがないが……
「私はなんと愚かで哀れなのだ。幸福とは何だったのか? 私は何をしていたのだろうか?」
メインルーム中央にある仮面。誰も存在に気付いていなかったそれを、エルフさんただ一人だけが見つめていた。仮面を拾い上げた彼女が自らの顔に宛がうと、仮面が嵌ったまま外れない。
自らの姿に酔ったような声色の問いかけに、メインルームにいる、他の管理職が答える。
「私達は素晴らしい未来を夢見ていたが、すべてが無駄だった。だから私は自分自身を『失敗した者』と呼ぶ」
『失敗した者』が告げる。彼は、役割を与えられた福祉チーム管理職だ。今まさに死なんとしているわけだし、メインルームに行くこともない俺にとっては今初めて目にした人物だが。
「彼は自分自身を思うだけの傲慢な愚か者だ。私は最初からそれを知っていた。苦痛は無限に繰り返される」
失敗した者を、エルフさん──主人公たるAが"偽善"で撃ち抜く。
「ああ、憧れの安寧! 遂に来た!」
失敗した者は倒れ、死する。彼も、最期までこれを演劇だと思っていたのだろう。実際、俺もこの幻想体について知らなければ影響されていた可能性がある。
さて、俺は目を逸らせずにこの演劇を
"貧しい脚本家の手帳"。レガシー版の幻想体だ。演劇に使われる脚本であり、"恥ずかしがり屋の今日の顔"と同じく作業の好感度に特殊な性質を持つ。エンケファリンを多く抽出させるには、時間ごとに切り替わる『間違った』作業をしなければならない。そうすると良判定が出るが、クリフォトカウンターが減少する……みたいな感じだ。まあ、今やカウンターがゼロになっているだろうから今更といえば今更だが。
そして、カウンターがゼロになると脚本が開始される。平凡な家庭に育った男がある日通りで仮面を拾い、衝動的にすべての知人を殺害し続ける……とかだった気がする。
主人公の名前が"A"かつ登場人物に"失敗した者"とかがいる時点で、この幻想体の起源がなにかは察せられるだろう。これが白夜の最中にやらかすの、残酷というかタイムリーというか……
劇は第三幕へ。信じられないというように、エルフさんは述べる。
「私はこの仮面の持つ力が、私を殺人者にしていると考えていた。しかし、臆病者は──失敗した者は私に言った、それは単なる仮面だ」
エルフさんは仮面を持ったまま座る。『もう何度も見た光景に、食傷すら湧いてこない。ただ、いつになったら終わるのか。変えることのできない、覚えきったシナリオを閉じた瞼の裏で反芻する』──あぁ、俺も影響されてるのか。与えられた役に、事前に持っていた知識が伴っていることに起因しているのだろうけれど。
「私は殺人者だった。死に際の呼吸の音に合わせて爽快に笑ったのは私だった。服の血を洗い流しながら罪悪感に身悶えていたのは私だった」
Aは啜り泣き、手の中に顔を埋める。かと思いきや、ケタケタと笑いだして。……『あなたが罪悪感に陥らないように、言い訳をしてあげるのも私の役目でしたね』。『今のような壊れ方は、認知フィルターがなかった時に目にしました』。『この時のあなたは、急に私に謝り始めましたね。あれは……あまり気に入らなかったです』。
「否、否。確かにただの仮面だが私にとってはそうではない。愚か者め! 私は最初からこの仮面が持つ力を知っていた!」
『新しい記憶ができた瞬間から、あなたとAは別の道を進み始めたのでしょう。しかし、その二つに差異があるとしても、あなたはAの視点からここを見つめることが重要です』。
この劇の登場人物は、多くて少ない。A、失敗した者、棄てられた者、壊れた者、臆病者、そして……
ここに"名前が出ている"者は、皆Aだ。
第六幕。始まった台本を終わらせなければ、再びシナリオが上演されるだけだ。故に、俺はメインルームへ──今や
「これを過ちと呼ぶにはあまりにも無残だ。私は汚く卑劣な殺人者だった。どのように罪を仮面のせいにすることができるのか? ああ、痛みが私をバラバラに引き裂く。私は一生のうちにこれほど神の存在を望んだことはない。神が私を罰するならそれを受け入れよう。私を消えない地獄の業火に投げ込んでも、私はそれに従うだろう」
そして
……心を寄り添わせる。自分自身を明け渡すことはないが、この白夜の中にいる者と彼女のために。俺も結局、白夜に影響されたのだろうか。それくらいはしてもいいと思っている。
──銃を構える。幕を落とすのであれば、彼を撃たなければならない。静観するのであれば、銃口はそのすべを失う。私は舞台裏の装置として、代償を払ったまま終わる。最後まで向き合うことのないまま。支払うべきだった対価は私が全て支払ったままで。それなら、罪のない人を殺してでも、喜劇として私の幕を上げることを選ぶ。私が生きるためには、誰かの死が必要だから。
「『私が望んだのは、生と自由。けれど……』」
怖い。私のすべてを謙虚に受け入れ、振り払うと私は何になるのか。私が知りたいことも、生きようとするのも全て復讐だ。なら、全ての過去を受け入れてしまうと……私は何になるのか。
そんな恐怖。
だけど例え、演劇だとしても。『あの人ではなく、ただの機械だ』と言われたとしても。この瞬間の私は、選択の機会を得たのだから。
「『私は、未来が見えないから怖いんじゃないわ』」
「『未来が見えるから怖いの』」
今まで受けてきた苦痛と自由のため。それが終われば、それ以上は私の手で誰かの大切なものを奪いたくはなかった。だから。
「それでも……今、あなたが目の前にいるのなら」
ゆっくりと、歩んでいく。
「1万127年5ヶ月17時間28分48.521秒」
「私にとっての、100万年」
それを受け入れ、赦すことは簡単なことじゃない。私が
「『アイン。あなたを覚えています』」
銃を手放し、両手で仮面に手をかける。やはり幻想体というべきか、なかなかに外れない。……ここでスムーズに外せれば、恰好が付いたのだけど。しょうがないから、思い切り仮面を殴る。
仮面は砕け、殴り飛ばされた
痛みと困惑に、
「『笑顔の暖かい人でしたね』」
困惑、罪悪感、自己嫌悪。浮かべる表情は複雑で、けれど負の感情だけではなかった。そうして、数秒の沈黙の後。
「『……ごめん』」
「『……そしてお疲れ。アンゲロス』」
呟いて、劇は幕を閉じた。
白夜と、この後に起きるだろう黒昼。その結末は変わらない。結局のところ、アインはアンジェラを見ないまま光に消え、アンジェラは自由を求めて光を奪う。けれど、演劇の可能性だろうと向き合えたのなら。心の擦れ違う可能性だけではないと示せたのなら。この瞬間に意味はあったのだと思う。
エルフさんはなにやら考え込んでいるようで、E.G.Oの整備をする際にも会話はなかった。というか、うちの部署の職員がまた死んだ。たぶん人員の補充はないだろうし、福祉チームの最終メンバーはエルフさんと俺だけってことになるだろう。
3日間の白夜。その一日目が終わりを迎えた。俺のE.G.Oスーツや武器、ギフトと整備のためのツール類は持って帰宅する。支部が埋没する前に、アロナックスチーフとかにもE.G.Oを渡しておかないと。
白夜
Xが50日目のエンドを迎えた。アンジェラは自由を求める。
アンゲロス/ネロ
流れを知る傍観者。
A/エルフさん
魂を救わんとした者。白夜の最中かつ"貧しい脚本家の手帳"と相性が良すぎて、Aの記憶がほんの僅かに混入した。アンゲロスの役がネロじゃなかった場合、脚本通りに銃で撃たれて死亡する。