特に大規模脱走が起きることもなく。給料日まで到達することができた。
趣味が資格取得と聞くと、変わっていると思うかもしれないが。実のところ、割と楽しかったりする。なにせここは都市だ。必要な知識を覚えるのも、設定資料集を読んでいるようで苦にならない。例えば、上級フィクサー資格を取るまでに必要な複数の専門資格の一つに関連する、特異点の取り扱いとか。
資格について語ると、それこそ夜が明けても全部話すにはまだ足りない。特筆すべきは、こうした資格を取っているが故に福祉チームに配属され、給料に色が付けられているということだ。
ともかく。そうして中学や高校時代から資格を取っていたわけだが、フィクサー免許は取得していない。あれはハナ協会が活動を管理している以上、"とりあえず取っておこう"が不利益に働く。いざフィクサーにならざるを得なくなったときに空白期間があるのはマズいし、それ以前に何かの間違いで依頼が来られても困る。
改めて考えてみると、俺のEGOはK社の特異点──"涙を流すもの"に近い。再生アンプルの根源。痛がる全ての人たちのための、名も知らぬ星。外郭の彼方にて願いを叶えた、元人間。正確には、俺はその子供の方しか知らないが。本体は厳重に扱われているらしい。
話を戻そう。俺のEGOはその悪用版とでも言うべきスタイルの方だ。美しくも悲しい物語を読み聞かせるような、感激による落涙ではなく。視聴覚飼料を使い、都市の悲劇によって涙を流させる。……そう考えると、休日は資格勉強だけでなく少し出歩いた方がいいかもしれない。
考えを纏めながらメールを確認すれば、何社かの人事部から連絡が来ている。これもいつものことだ。
というのも、L社以外は面接で落ちたとはいえ上級研究員待遇の話になる。巣の名門大学出身者と枠がかち合った結果らしい。普通の研究職や、例えばK社の摘出職員としては内定を貰っていた。
ではなぜそれらを蹴ったかと言われれば、情報を知らされないということが生命の危機に直結すると知っているからだ。
妖精の祭典を例に出せばわかりやすいだろうか。知らない人間にとって、彼らの施す治癒は"妖精のケア"と呼ばれるが、ランク4以上の職員のみに閲覧可能な情報に記される真実は、それが餌の鮮度維持でしかないということだ。
つまり。知らないということはそれだけで危険を意味している。なので、L社に入るしか安全は確保できそうになかった。
朝のルーチンをしながらくだくだと思っているのは、今日が休日だからだ。給料も入ったので何をするかといえば、武器を買いに行く。
翼務めであれば、巣に家がある。であれば、武器や強化施術などいらないのではないかと思うことも当然の帰結だ。
だが、知っているだろう。NTR妄想ASMRで脳を破壊された結果、V社の巣に住む8万人を殺した"泣く子"のことを。
そもそもねじれは突発的な出現なので、巣にいきなりポップしてくる可能性を排除できない。白夜・黒昼現象がいつ発生するかは分からないが、いつか発生するなら早くに備えておくべきだろう。
14区、工房街。個人的な感情として、あまり好ましくない翼の治める裏路地ではある。ここが録画禁止区域だと言えば分かるだろうか。要は、N社のことなのだが。巣の方に視線を向ければ、純白の建物が立ち並んでいる。
……話が逸れた。工房街は名前の通り、いくつもの工房が店を構えるところだ。フィクサーのための装備だけでなく、生活必需品なども売っている。強化施術や武器の他に、そういうアクセサリーや医療品も買っていく予定だ。
強化施術ひとつとっても、膂力なり速度なりと工房ごとに得手とする分野が違う。車の運転で例えられていた覚えがあるが、まさしくそれだ。
では、俺はどういった方向性のものにするか。とりあえず試してみる、なんてことができるほど金に余裕があるわけではないし。とはいえ、ある程度見当はついている。
というのもだ。メタ的な話になるが、感情レベルを上げるとEGOが発現するということを俺は知っている。であれば、大事なのはマッチを取って感情を上げること──速度に重点を置いた施術を選ぶべきだろう。
ということで、アラス工房だ。
翼の職員であるというのは、それ自体が一種の信用だ。確実に代金を支払えるくらいの金は持っているから、ちゃんと会計まで終わらせてくれる。強引に値切ろうとしてくるヤツがどれだけいるのかなんて、工房所属フィクサーがどれだけ強いかで十分に説明がつくだろう?
ついでに、アラス工房のグローブも買っておく。それなりに値は張るが、これを着けると動きに5倍の加速度を得られるアクセサリーだ。もちろん、殴るのにも使える。
強化施術とアクセサリーはこれでいいだろう。後は、武器だ。将来的にロボトミーEGOを持って転職する予定とはいえ、クリフォト抑止力──おそらくは黄金の枝だろうそれがない状態では侵蝕が怖い。普通に使える武器も持っておくべきだ。それに、使う機会もそう遠くはなさそうだし。
続いて、スティグマ工房へ。アラスもスティグマも有名な工房というだけあって、工房街のいい土地に構えている。移動も楽だ。
スティグマ工房の武器は、よく知られているだろう。赤熱し、斬ったものの断面に紋章を焼き付ける武器。高くはあるが、その分だけ質も確かだ。5級フィクサーから、かつて一世を風靡した2級フィクサーまで使う傑作。
「槍と……便利だな、このナイフ」
買ったのは、槍とナイフだ。槍の方は、俺の開花EGOと射程が同じくらいだったのが理由だな。狭い路地とかだと槍が振り回せないから、そのためのナイフだ。グリップ底部がハンマーとしても使えるようになっていて、殴った時も焼き鏝のように敵を燃やせるという触れ込みだ。
その他色々購入して、次元鞄に入れていく。バトラーやエズラが持っているような、アタッシェ型のショルダーケースだ。……こうして次元鞄を使ってみると、黒い沈黙の手袋がどれだけ凄いのかよく分かるな。鞄から取り出すって動作すらいらないの、羨ましい。
さて、買い物も終わったわけだが。
俺は裏路地に住んでいるとは思えない小奇麗な身なりで、今まさに巣にある自宅へ帰ろうとしている。そして、工房街は14区──裏路地にあるわけで。
「十人はいる。組織?」
こうして路地の中へと歩を進めれば、そんな不用意な人間を狙う組織は機会を逃さないだろう。
「こいつ良いもん持ってるじゃねぇか!」
「逃げずにいるとか、だいぶ高ぇヤツ買ったんだろうなぁ」
武器を持って出てきてくれるのは助かる。交渉されたとしても、応じる気はなかったから。
「……さて、開始」
次元鞄からアラス工房のグローブとスティグマ工房のナイフを取り出す。
強化腱が、敵との距離を瞬間的に詰めさせる。ナイフの底部を顎に叩きつければ、肉の灼ける匂いと共に首の骨が折れた。
死体を蹴り飛ばし、二人目の方へ。蹴ったそれとぶつかって体勢が崩れているうちに後ろに回って、首を切った。
「こんなあっさりやられやがって!」
……流石に、ノーリスクで殺せるのはここまでか。後は、普通の戦闘だな。
片手斧を振り下ろしてくるので、刃の横をナイフで殴って軌道を逸らす。そのまま刺突で肩を貫き、胴部へ刀身を滑らせる。
「……光も撒かれていない今だと、不完全な発現が精々」
感情の昂りに応じて、不完全なEGOが発露する。赤熱した刃から滴り落ちる赤。粘度を持ったそれは地面に触れるとともに燃え上がり、不用意に近づいてきた敵を焼いた。
強化された脚力で壁を蹴り、地を蹴って彼我の距離を一瞬で縮め……一人一人、きっちり片付けていく。
敵が炎に触れれば、粘つくそれに足を取られて遅くなる。速いこちらと速度差がつけば、一対多にならずに余裕を持った処理が容易だ。
「……これにて、お終い」
総じて十四名。全て倒しきってから気付く。
「これ、火傷じゃなくて腐食では?」
傷口へ侵蝕する、黒ダメージの炎。炎だから火傷だろうと思っていたけれど、俺のこれは発火する粘液だ。よくよく考えて見ると、性質としては腐食に近い。
図書館で腐食使えるの、ヤンの専用ページ2種と幻想体ページの"毒液"くらいか?毒液の方は、腐食の数だけ束縛付与とかだった気もするし。まあ、ともかく。
「良い休日だった」
さて、明日からまた労働だ。
開花E.G.O::ハーロット
図書館では、腐食と束縛を付与するページが多い。固有E.G.Oページでは、相手の火傷を腐食に変換するとかやってくる。
ネロ
趣味は資格取得。フィクサー事務所カタログやフィクサー雑誌を読むのも好きだが、趣味というほどではない。
色々と資格を持っているので、請け負う仕事も多く。その分だけ給料が多く貰えた。