俺の心がドレスを着ろと告げている   作:三白めめ

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A:一回死にます。


Q:シ協会のフィクサーを退かせる方法

 二連撃をいなせば、影に消えた後に再び二撃の剣閃が奔る。今度の二撃目は気配を消すよりも、次へ繋げるための牽制に近い。一切の助走なしで瞬時に最高速度へ達する、シ協会の術理。それに、迅速な動きを特技と言ってのけるほどの俊敏性が加わっているのだ。燃え立つ粘液を足元に展開して、多少なりとも速度の低下や回避行動で速度を落とさなければ、対処できずに首を落とされている。

 路地にて静かに行われる、シ協会2課二人──テンマ及びヴァレンティンとの戦闘。俺が分断するようにE.G.Oの炎を撒いたことで、隠密から二人がかりで各個撃破なんてことは起きていないが。

 

「……っ!」

 

 俺とテンマの一対一、ツヴァイ3課のふたりとエルフさんでヴァレンティンに当たるという形でようやくといったところだ。

 

 俺の場合、経験の差というのが最も適切だろう。俺の勤務していたL社支部に収容されていた幻想体は、いずれも人間より大きい。"赤ずきんの傭兵"などがいたならばともかく、大半の鎮圧業務はそうした怪物を相手にしてきたわけだ。

 対して、相手は暗殺専門の協会。その2課ともなれば、単純にフィクサーの等級で強弱を判断することは軽率だろう。

 そのうえで決着を迎えていないのは、俺が鯨としての機能を用いているからだ。環境への侵襲と、相手にとって未知の現象。事前の調査では認知されていないだろう初見の手段によって、観察と警戒に行動を割かせている。

 

 

「割に合わなければ、いいのだけれど」

 

 シ協会としての依頼ではなく、フィクサー個人へ持ち掛けられた依頼であれば。……事前情報と大幅に違っていたりといった依頼が区分されるレベルの変更を要因とする依頼の停止もありうる。とはいえ、協会直属フィクサーが動いている時点でそれは厳しいか。そうしたアクシデントに直面してどうにかできるくらいの実力は持っているわけだし。

 

 どうしたものかと、お互いに攻めあぐねている。この状態は、正直なところ好ましくない。俺は問題ないが、エルフさんの方だ。

 

「……継続使用時間」

 

 E.G.Oに侵食されずに使うことのできるタイムリミット。"寄生樹"のE.G.Oスーツに精神回復があることから、安全に使用できる時間は他よりも長くはあるが。それでも明確に時間制限は存在している。

 

「しょうがない。奥の手」

 

 それに、時間をかければかけるほど殺す算段は整えられていくだろう。軽傷を覚悟で"桜"を取り出し、すぐさま取り込む。

 息を呑む音が、ほんのわずかに聞こえた。ここに来て新たなパターンだと警戒したのだろう。

 

「この前、侵蝕された姿は観察できた」

 

 "桜"の侵蝕とその際に起こり得る事柄については、東部での依頼で見ることができた。より、美しく。より、艶やかに。本来であれば根を伸ばして血を啜る在り方は、溟い青色を纏った花弁がその役割を果たしていた。同化する。まるで回遊する魚のように、触れたものを群れへと。

 接ぎ木と台木、鯨と人魚。一面の青が、生物や無生物の区別なく飲み込んでいく。

 

「名付けるなら……"溟桜(めいおう)"かしら」

 

「……っ!」

 

 影すら踏ませない隠密から、純粋な速度へと。一瞬でも意識を逸らせば見失ってしまうだろうが、テンマの動きは全力の回避へと移行していた。……ぱっと見では俺の優勢に推移しているが、実のところそんなによくなっていない。普通にE.G.Oを使うならともかく、こうして鯨としての力を制御しつつ、暗殺の機を伺うテンマにも意識を向ける必要がある。いっそのこと心臓の鼓動に身を任せて全てを飲み込んでしまえれば楽なのだが、そうするとエルフさんが巻き込まれることは確実だ。そうなれば元も子もない。

 

「一気に……!」

 

 花弁の散る足元を、滑るように駆ける。"夢貪る濁流"のように環境を塗り替えて、俺の動きやすいように。相手は強化施術や歩法によって限界まで着地する時間を減らしている。さっきまでとは逆に、俺が積極的に"不調和"を振う。刃が傷を刻むことこそないが、腐食や石突きによる打撃が確実にダメージを与えている。戦局は好調。

 

「──ここ」

 

 だからこそ。俺の視点が突如として空に向いたことへの理解がほんの少しだけ遅れた。

 ここまでの戦闘で積み重ねた加速。その速度を活かした足払いと投げ技。衝撃もなく空中へと放り出され、俺は無防備な姿を晒してしまう。

 本来なら引っかからない手だ。──けれど。

 幻想体の鎮圧と同じで、全ての攻撃が致命傷となる戦闘。それゆえに、この一手は完全に意識から外れていた。

 

「仕留める」

 

 柔道めいた投げをすべく、納刀していた二振りの刃が抜き放たれる。高速の居合と返す刀が、もうすぐで地面に背を着ける俺へと迫る。素早い動きで繰り出される、崩しからの必殺。高い技量と特技と称せるレベルの素早い動きが相まって成立する、文字通り必ず殺す技だ。

 閃撃。首と脳を斬る軌跡と、心臓と肺を刺突し振り抜く斬撃。4の死線が瞬く間に刻まれ、遅れて激しく血が噴き出す。

 

「──殺った」

 

 脳を斬られれば、生命保険による復活も適用されない。それに加えて致命傷を与えている。

 

「いいえ、まだね」

 

 俺以外であれば。"裸の巣"の寄生体による、脳機能の代行。人魚として俺に帰属しているが故に、乗っ取られることなくこうして意識の連続性も保っていられるわけだ。首や心臓、肺に関しては鱗で守った。無事とはとうてい言えないし、凄まじく苦しい。まあ、はったりを利かせることは大事だ。

 

「……怪物」

 

 原理不明の不死に見える以上、動揺はするか。さて、ここまで想定される状況から外れていれば、撤退を選んでくれると思いたいが……

 

 次の瞬間、目の前からテンマの姿が消えた。帰ってくれた……? あたりに意識を向ければ、ヴァレンティンもエルフさんもいない。代わりに、少し離れたところで戦闘音。とはいえ鋭さはそれほどでもなく、道中に戦った連中とのそれが近い。

 

「逃げ切った?」

 

 合流のため、その方向へ走る。まだ狙われている可能性はあるので、体力はまだ残っているアピールはしなければならない。辿り着いてみれば、ツヴァイの二人は満身創痍。エルフさんも多少なりとも手負いだ。

 

「無事だったんですね!」

 

 エルフさんがいつもの口調を忘れて、素に戻っている気はするけども。心配かけたようだが、そっちも死んでいないようでなによりだ。

 

 そこからは、散発的な襲撃こそあれ問題なく対処できた。息を整える時間と呼んでもいいくらいには楽だったので、息を切らしてアンダーシャフト邸を訪ねることにならなくて済むくらいだ。

 

「目立った襲撃はここまでのはずですね~。バトラーたちがいる中で、好き勝手に刺客を差し向けることはしないでしょうし」

 

 大邸宅の前に着き、ツヴァイ協会のフィクサーたちは姿勢を正す。道中という最大の脅威に対処できたことから、これは礼を失してはならないという認識から来る行動だろうと推測は容易い。

 

「以降、私ではなくバーバラの護衛に着いて」

 

 これは事前に取り決めておいた通り、商談を目的とする俺は家に到着した時点で外部勢力に狙われることはない。対してエルフさんの敵は身内だ。よって、こうして依頼内容が少し異なっているわけだ。

 

「想定以上の成果だった。依頼料の増額を約束する」

 

 実際、シ協会2課のエリートを相手にここまでやれたんだ。相応に金を積むべきだろう。あっちもその話を持ち出そうとしていたし。

 

「さて、行きましょうか~」

 

 そうして手続きの諸々を、とはいえ予め作成した書類の履行印を押してだが、済ませて。エルフさんが門を叩いた。

 

「おかえりなさいませ、バーバラお嬢様。それと、ネロ様ですね。アンダーシャフト様の御客人として伺っております」

 

 バトラーがエルフさんと俺の姿を見て門を開ける。そうして、庭を抜けて家のドアの前へ。

 

「久しぶりの、家族団欒ね」

 

 浮かべた笑みは、人当たりのいいものではなく。憂鬱な気配を漂わせていた。




ネロ(溟桜)
"桜"と"不調和"の同時装備。それに加えて鯨パワーを使うので、精神力がどんどん減っていく。侵蝕されなかったのは、エルフさんが"偽善"を着ていて精神力の自動回復があったため。テンマが「死ぬまで殺す」作戦に出ていたら危なかった。この時点で使える手札を全部使って引き分け。

テンマ
確実に殺したはずが、なんか生きていたので撤退。事前情報と違い過ぎたし、本来の目標のバーバラ・アンダーシャフトは屋敷に到着しかけだったので。ギャングが足止めになっていたが、目の前の生き返ったやつを放置して向かうのは無理だと判断した。

エルフさん
バーバラ・アンダーシャフトに戻る時が来た。
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