屋敷のホールに通された俺たちは、ソファーに座って待つことになった。座っているのは4人。眼鏡をかけた男と、気弱そうに少し背を丸めた茶髪の青年。巣に住まう人間らしく楽観と神経質さの合わさった表情を浮かべた男性に、小柄な女性だ。
眼鏡の男はエルフさん……バーバラの婚約者であるアドルファスで、気弱そうなのは長男のスティーブンだろう。唯一の女性は次女のサラで、残る一人はサラの婚約者のローマックスと見ていいはずだ。バーバラ少佐の小説通り、主要人物が揃っている。
そのうち、アンドリュー・アンダーシャフトを継ぐことに関心があるのは……思い返そうとした途端、声が響いた。
「アンダーシャフト様のお着きです」
執務室のある二階。その前に立つバトラーが、扉を開ける。
「『互いに殺し合う覚悟をしなければ、この世に何かがなされることはない』。これは我が師の言葉でね」
カツカツと音を立て、一人の男が階段を下りてくる。老人が若く見られようとするのとは違う、活力に満ちた立ち振る舞い。黒く色づいたスーツを着る白髪の老人は、眼下の家族を睥睨していた。
「この邸宅へ帰って来た皆が、その覚悟を済ませている。そのことを喜ばしく思うよ」
アンドリュー・アンダーシャフト。裏路地で生まれ育った者の中から見出され、継いできた名前。その当代が姿を階下へと歩みを進めている。眼差しは鋭く、けれど告げた言葉に反して声には温かみが存在していた。それは、家族に話すトーンそのままで。
「スティーブン、バーバラ、サラ。それに、娘の婚約者たち」
──団欒を、始めよう。
「ねぇ、パパ。どうせスティーブン兄さんは言い出せないだろうから私から聞いてあげるんだけど」
口火を切ったのはサラだ。とはいえ、話す内容は予想が着く。
「相続権って意味では、スティーブン兄さんは真っ先に脱落じゃない? なにせ意中の人間もなにも連れてないんだから。あ、それはバーバラ姉さんもか」
「……っ、ボクは」
予想の範疇だ。アンダーシャフトの伝統に則るのであれば、後継者は裏路地で育ったものでなければならない。同じT社の話をするのであれば、ヒースクリフが拾われたようなものが近いだろうか。そうして見出した者をそれぞれ連れてくる。ただ、まあ。本来の筋書きであろう流れを補足しておこう。
「バーバラ自身は条件を満たしている」
俺が口を挟めば、当然ながら注目を浴びた。なにせ俺の扱いはバーバラの派閥と見られている。近くにいる以上、それが当然の帰結だ。
「折れた翼に属しているのなら、その条件を満たしているとみなさなくてはいけない。そのはず」
これは、俺が『バーバラ少佐』を読んだから予想できるのだが。眼鏡ことアドルファスはこのロジックを使ってくると思われる。原典では、他国の制度を挙げて条件を満たしているのだと主張したのだ。それを都市に照らし合わせればおそらくこうなる。
「……ふむ」
アンダーシャフトは黙認。サラは大きく舌打ちこそしたが、声を荒げることはない。
「そ、そもそもボクはこの家を継ぐことに興味はないよ。なんで武器だとか血生臭いことに関わらなきゃいけないんだ」
「だ、そうだけど。ねぇ、パパ。スティーブンは脱落で……」
「なりません」
傍に立っていた女性──ブリトマート夫人が介入した。長男であるスティーブンは、この母親の持つ手駒と例えるのが適しているだろう。
「そも、裏路地で育った品性の無い者に継がせるなどということに反対しているのです」
「生まれが相応しくなければ、いくら良い服を着て着飾ろうともボロが出てしまうでしょう。事実、あなたは金持ちに何故施さねばならないのかと、この歪んだ伝統を続けている。これが醜い嫉妬ではなくなんだというのですか! 裏路地で平等を騙る
激昂。積る恨みやらなにやらがあるのだろう。俺には関係ないし、アンダーシャフトにも関係はないだろうが。なにせ、彼は自らの悪を規定している。自らの対峙すべき悪を定め、そして信念を以って世界と対峙する者。であれば、いずれ……
「君にはすまないが、私はこの方針を変えるつもりはない。それに、君が
「彼女?」
……どういうことだ? 取引先かつバーバラ関連の主要人物ということで事前に調べはしたが、アンダーシャフトの知人で彼と同等の地位にいるような女性はいなかったはずだ。妻であるブリトマート夫人であればなおさら。あるいはスペンサーの『妖精の女王』と関係があるかと思っていたが、そちらではないようだし。同じ疑問を覚えたようで、バーバラも怪訝な顔をする。
「あぁ、バーバラ。君には話したことがあっただろう。昔、何度か話した女性だ。若かりし頃の君が持っていたような、人々を救うという志を有していた。名を──」
可能性はあるが、この時期において発生するとは思っていなかった。観測された最初の
病を癒すことを目的とし、光として他者へ語り掛けるその名は──
「──カルメン、という」
アンドリュー・アンダーシャフト
廃棄すべき悪と魂の救済を規定した。
陽射し
"魂の救済"の先駆け。