俺の心がドレスを着ろと告げている   作:三白めめ

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A:普通に応対すれば問題ないです。


Q:声が聞こえてきたときの対処法

『だから、あなたは冒険したいと思ってないんじゃない? 他者や環境を領有することを望んでいる。家の内側で安心したい子供』

 

 

「……憧れとは、そういうものじゃないか。冒険も、創作も、何もかもが既知と既存から生み出される。それでも、その足跡に続きたいと願うこと。それが夢だと私は思う」

 

 未来の不安はある。領有し、自身の所有物として操るのは、確かに安心感を得られる。否定しない。けれど、それは特殊な力を持たなくても同じだろう。

 

「本質的に他者と分かり合うのは難しい。考えの違いから態度が変わらず、相手を悪と規定して心はすれ違う。……それが、他者と向き合う際に起こりうること」

 

「故に利他的なふりをして恩を売って、相手の愛することのできる範囲に属そうとする。それが利己的であると分かっているか否かに関わらず」

 

 

『そうして心を他者の色に許せば、自分が薄れるだけじゃない? それはあなたが人魚として大群に属したり、鯨として自分の色で他人の色を染めるのと同じだと思うの』

 

 

「私が欲しいのは、他者の認可。そのために私は、孤独な完全(大群)であれる状態から引き裂かれよう。逃げ道を自我(E.G.O.)の炎で燃やし、愛の溶けた足跡を慈しむ。そうして生きた道程を、私は愛してきたのだから」

 

 それには、他者と関わらなければならないから。自分だけに目を向けていたら、振り返ることはできない。

 

 

『それが、あなたの望む姿?』

 

 

「私の保つと決めた、人殻(じんかく)

 

 物語のキャラクターのように、芯の通った行動を取り続けられるわけじゃない。俺は人間で、心は揺らぐものだから。それでも、ネロという人格として都市や人生に向き合うと決めたのだから。最期まで、そう在ってみせよう。

 

 声はもう聞こえない。ただ、自分の中の揺らぎは消えている。もしかしたらまた揺らぐ時が来るかもしれない。けれど今は、自分がどうであるかがハッキリと分かっている状態だ。

 "夢貪る濁流"に侵食されているゼペットチーフを、自身の血族とする。人間が血鬼と化した際に、家族の価値観が上位眷属へ置き換わるように。今まさにEGOに侵食されている心を、強制的に補強する。あまり褒められた方法ではないかもしれないけれど、それは全力を尽くさない選択肢にはならない。

 

 とはいえ、応急処置だ。なにせ、今まさに鯨は沈みゆく真っ只中。なにせ死んだんだから。そんなわけで、ゼペットチーフの背中に乗って鯨の中を駆ける。

 その名の通り、ゼペットは同行者を連れて鯨から脱出し。

 

「……ここからどうしよう」

 

 俺たちは再び、真っ黒な湖へと戻ってきた。

 ダンテ一行の逆を辿って、Lobotomy社のU社支部を目指せば帰還はできる。クリフォト抑止力があれば、本来ならE.G.O.に侵食されないだけの能力を持つゼペットチーフも戻ってこれるだろう。だが、それが遠い。具体的に言うと食料あたりが死活問題になってくる。人魚ヒレ肉ジャーキー、作る時間もなかったし。

 

 

 そんな状態だが、悲観するほどじゃない。実際、特色"藍色の老人"はX社の金属でできた小舟に乗って単独で大湖を移動している。であれば、人魚や鯨をどうにかできる力があれば個人での行動に支障はない。

 とはいえ苦難にはぶつかるが。波にぶつかって磁気嵐やマグロ津波、鯨や人魚をどうにかしつつも二日ほどしたところ、一隻の船に邂逅した。L社の職員であることを告げると、翼の高級職員を救えば豪勢な見返りが期待できるだろうと快く乗せてくれたのだ。

 

「ようこそ、我が船。ナレンシフ号へ。船長のスタルティフィラだ」

 

 スタルティフィラと名乗る、筋骨隆々の男性が言う。ざっと見た限り、首のネックレスは海賊を撃退するためのアクセサリーだろうか。ギョンミの本で書いてあったあれだ。ナックルダスターみたいな。他にも、紺色のコートに帽子といった船長らしい恰好。

 ナレンシフ……響きからしてドイツ語? スタルティフィラの方はなんか聞き覚えがあるけど、どこで聞いたんだったか。

 

「貴様も災難だったな。あの鯨みたいなやつが何なのかは知らんが。ゼペットあたりが見ていたら、捕えて飾ろうとでも……いや、あの女も素面に戻ったんだ。今更か」

 

 軽く話した後、そんな風にひとり零すスタルティフィラだが……

 

「ゼペット? L社に就職した?」

 

 流石に物語モチーフの名前が被ることはないだろう。そう考えたのもあって、聞いてみる。

 

「あの女の知り合いか。であれば、愚人船とでも言っていたか?」

 

「言ってた。阿呆どもの船って」

 

 愚人船に、阿呆船?

 ……あ~! THE GOLDEN AGE WILL RETURN AGAINの音~!

 まさかU社のある支部のロボトミーに勤めているわけでもないのに、ここまで海と関連する事物に関わるとは思わなかった。

 アーミヤギリウスことリンバスアイランド(エイプリルフールのアレ)の元ネタが分かるなら、狂人号と言えば最も伝わりやすいだろうか。うろ覚えだが、15世紀あたりに流行した小説だったはず。スタルティフィラはラテン語だ。

 ということは、早々に沈まないだろう。あれは阿呆共の乱痴気騒ぎと得られる教訓を纏めたようなものであって、白鯨のような外敵に関連するものはなかった。

 

「知り合い……いや、待て。なにか面影が……あの鯨モドキ……」

 

 スタルティフィラは何かを思い出しかけた、というよりゼペットがあの侵蝕状態の存在だと気づきかけているのだろう。少し考えこんでいたが。

 

「まあ、いいか! 時に、Lobotomy社のU社支部までは数日かかる。波の都合もあるからな。それまでは、貴様にも我々の捕りを手伝ってもらう。とはいえ、いくつかの波を越えて生き残ったのだろう。であれば問題はないな!」

 

 そんなわけで、人魚の捕獲を手伝うことに。人生において経験することはないと思っていたから新鮮だ。あと、鯨油を掬ったりといった作業も。ただ、俺も鯨のようなものである以上、自我が曖昧になるような影響も受けないで完遂できた。臭いも、溶ける愛のEGOスーツは表面がスライム状であることが幸いしてすぐに落ちる。

 

 特に山場があるわけでもなく、U社支部に到着することができた。ゼペットによろしくと言って、彼らは去っていく。もちろん、数十万眼を振りこんでおいてくれと渡された口座番号は俺の手元にあるが。

 

 後始末は、まあ大変だった。ほぼ戻れないほどの侵蝕を、クリフォト抑止力と血族としての精神影響を継ぎ接ぎして修復していくのだ。俺が月光石関連で精神影響の勉強をしていなかったり、福祉チームとして施設の機能を詳細に把握していなければ無理だったと思う。

 

 本人の精神負荷が大きいので、ゼペットチーフはこの支部で休養を取ることになった。

 であれば、次は俺の問題だ。──俺の勤め先の支部は、遠いのである。バスを使えば、何日かかるか分からない。

 会社に連絡したところ、幻想体の被害ということでちゃんと給料は出てるらしい。それに、帰還のための手筈を整えてくれている福利厚生っぷりだ。L社がエネルギー関連で提携しているということで、ある程度は割引が利くのもメリットらしい。

 

「ワープ列車……」

 

 そう。L社がエネルギーを提供している、W社の交通手段。遠距離を10秒で繋げる、ワープ列車のチケットが渡されたのだ。

 ちなみに、渡されたのは一般席だ。流石に職員一人に一等席を渡すことはなかった。普通はワープ列車の原理がどうなっているかなんて知る由もないし、当然だが。俺は知っている分だけ憂鬱だ。

 なら一等席のチケットを買えばいいと思うかもしれないが、あれは普通に高い。強化施術や装備の更新も考えると、出費がちょっと厳しいのだ。

 全く以て。都市における生命や精神の危機は、次から次へとやって来る。




ナレンシフ号
鯨捕りの船。ピークォド号と同じように、クルーはエイト協会9級フィクサー資格証が与えられる。ゼペットが情報チームに配属されてチーフまで昇進できた理由の一端に、そうしたいくつかのフィクサー資格がある。
当時のゼペットは結構ヤンチャしていた。船を降りてフィクサーをしている時は、当時と比べてそれなりに落ち着いたらしいが。
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