今回は長くなったので二つに分けます。
ガメラとジャイガーの戦闘から数日。
蓬と夢芽は、蓬の家で夏休みの宿題をやっていた。だが、やっているものは簡単に出来る問題集で、二人の会話は別の話題で持ちきりになっていた。
「痛覚の共有かー」
「うん……。アヤメ、ガメラが戦ってたとき、すごい痛そうにしてた」
話題はアヤメとガメラの戦い方だった。
彼らの戦い方を見ていた夢芽は心配になり、蓬にここ数日毎日相談している。
「蓬もそういうの、あったの?」
夢芽の質問に蓬は腕を組む。
「う~ん……。まあ、ドミネーションも怪獣と繋がる術としては似てるけど。グリッドマンの時は、怪獣の心を通じてダメージのフィードバックみたいのはあったかな。けど、あの時はどっちかっていうと、ドミネーションを使ってること自体の消耗のほうが強かったかも」
蓬は以前にドミネーションを使ったときのことを振りかえる。
「だから、ダメージを分けるなんてことはなかったかな。多分、サブジェクション特有のものだと思う」
「何とか止めさせられないかな?」
「難しいかもね。夢芽の話を聞いている限り、サブジェクションを使うのに乗り気なのはアヤメさんのほうなんでしょ。サブジェクションを発動させるのもアヤメさんに決定権があるわけだし」
「ガメラのほうは?」
「どうだろう? 悪い怪獣ではないけど、何を考えてるか分からないからな。ドミネーションのほうは、ゴルドバーンは拒絶できてたから、ガメラも出来ないわけはないとは思うけど……」
夢芽は、昨日のアヤメとの会話を思い出す。
「サブジェクションを使わないでほしい?」
「うん。この前、戦うところみせてもらったけど、あんなに苦しむの見せられたら止めるよ」
夢芽の提案を、アヤメは即座に拒否する。
「ごめん、それは無理。この前の戦いを見てたなら分かるよね? 今回の怪獣たちはどれも今までとは比較にならないほど強いの。確かにガメラは強いけど、一人じゃ戦い続けられないよ。だから、少しでもガメラの負担を減らさないと。あと何体怪獣が現れるかも分からない現状じゃ、ガメラを消耗させるわけにはいかないの」
少し語気を強めて、アヤメが言う。夢芽も食い下がりたかったが、言っていることは正論だし、守ってもらっている立場なので強く出られない。
「大丈夫だよ。私、すごい頑丈だから。それに、ガメラに力を分けてもらってるから、傷もすぐに治るし。だから、大丈夫」
夢芽の心配を察したのか、安心させるように優しく語りかけるアヤメだったが……。
「治るからって、傷つくのは変わらないじゃん……」
「……だよね」
夢芽の言葉に蓬も頷く。
「それに、本当に治ってるのかも怪しいよ。この前の戦いだって、戦闘のあとに薬打ってたんだよ!」
そう。夢芽が一番心配した要因はそれなのだ。
ジャイガー戦後、アヤメはガメラが勾玉に戻ったのを確認すると、荒い息をしながらバッグから、アレルギー反応を抑えるときに使われるような注射器を取り出したのだ。そしてそれを、慣れた手つきで自身に打ち、少しすると呼吸も落ち着く。
「それ、何なの?」
「アレルギーか何かっすか?」
夢芽とちせのが質問すると、アヤメが苦笑いをしながら答える。
「ああ、コレ? これは痛み止め。激しい戦闘があった後だと、ダメージのフィードバックが辛いからね。コレ使って痛み収めてるの」
「……それって、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。傷自体はほとんどないし、痛みを緩和するってだけだから。それより二人の方こそ怪我してない? どこか痛めてるなら言ってね」
心配で伸ばした手をするりと躱されながら、アヤメにそう言われる。
そのため、それ以上痛み止めについて聞くことができなかったが、家に帰ってから不安がいくつも浮かんできた。
なぜ、サブジェクションを切った後も痛みが残っているのか。
なぜ、その状態でもまたサブジェクションを使うのか。
なぜ、が溢れてきてしまった夢芽は蓬に相談することを決め、今に至る。
「……縁起でもないけど、さ。アヤメ見てると、私たちと別れる前のガウマさん、思い出すんだよね」
脳裏に浮かぶのは、目つきの悪い恩人の姿。5000年前から蘇ったミイラ。怪獣使いであったガウマはしかし、蘇ってからは怪獣と繋がることをしていなかった。そのため、その体はだんだんと死んでいき、あの戦いを最後に……。
「あの時は何とかなって、またガウマさんとも会えたけどさ。あれって、奇跡みたいなもんじゃん。だから、アヤメは、って」
自分の気持ちに合わせて、視線も下がっていく。しかし、そうしたところで目に入ってくるのは、まだ空欄の多い問題集の1ページだけ。答えなど教えてくれるはずもない。
すると、手にぬくもりを感じる。視線をそこに向けてみれば、蓬の手が夢芽の手を包んでいた。いつの間にか手を強く握りしめていたらしい。力を抜けば、血液が流れる感じがした。
「夢芽の気持ち、よく分かったよ。安易に大丈夫だよ、っては言えないけど。それでもさ、俺たち今までも何とかしてきたんだから、今回もきっと何とかできるよ。夢芽がそこまで思ってるんだったら、きっとアヤメさんにも伝わる」
「そうかな?」
「絶対。夢芽のことよく知ってる俺が言うんだから、間違いない」
蓬の目は、真っ直ぐ夢芽を見つめていた。
「……蓬がそう言うなら、信じてみようかな。その言葉」
夢芽は大きく息を吐いて、そう言う。
「なんか久しぶりに夢芽の笑顔見た気がする」
「そう?」
「うん。ここ最近、笑っててもちょっとぎこちなかったよ」
「そっか。家族にもばれなかったんだけどな~。気づけて偉いぞ~、蓬」
「ちょ、やめてって」
夢芽が蓬の頭を撫でようとすると、恥ずかしそうに蓬は頭を遠ざける。でも、顔は笑っているから、嫌がってはいないようだ。
そうしてじゃれ合っていると、蓬が口を開く。
「それでさ、夢芽にちょっと伝えておきたいことがあって」
「なに?」
「協力するって言った手前、言いにくいんだけど……。実は俺、明後日から旅行に行くことになったんだ」
「え? 急じゃない?」
「うん。母さんがスーパーかどっかのクジで旅行券ゲットしてきてさ。せっかくだから、上条さんと、って言ってきたんだよ。もちろん行かないって選択肢もあるんだけど、その……」
言葉を詰まらせる蓬。蓬の家の事情は聞いている。蓬のお母さんとその上条さんが再婚しようとしているのだ。蓬も思うところはあれど、それを受け入れ仲良くしていたはずだ。きっと、蓬のお母さんが何とか親睦を深めさせたくて言い出したのだろう。口ぶりからして、蓬も行きたくないわけではなさそうだ。となると、蓬が旅行に難色を示す理由はある程度絞られる。この流れで切り出してきたってことは……。
「なるほど。私が心配だから行くのを迷っている、と」
「……うん」
「行ってきなよ」
「え?」
「せっかく家族での旅行なんだからさ。蓬が行きたいなら行ってくれば?」
「そ、そう? でも、アヤメさんのこととか……」
「まあ確かに? アヤメのこともあるし、蓬に会えないのは寂しいけど? でもさ、旅行なんてそう簡単に行けるもんじゃないからさ。行っといたほうがいいと思うよ。家族だからって、またいつか行けるって決まってる訳じゃないから」
夢芽の言葉に、蓬は黙り込む。夢芽の姉は6年前に亡くなっている。その夢芽の言葉は、柔らかくも重たかった。
「……夢芽がそう言うなら、行ってこようかな」
「うん。それがいいよ。ところで、旅行ってどこ行くの?」
「そんな遠くじゃないんだ。遊覧船?みたいなので千葉の房総半島近海のツアーなんだって。だから、一泊二日くらいで帰ってきちゃうんだけど」
「え、はや。私てっきり一週間くらい会えないのかと覚悟してたんだけど」
「さすがにそんな長期旅行に行くお金はウチにないよ」
そう苦笑いする蓬。どうやら、蓬としばらく触れ合えないかも、という心配は杞憂だったようだ。
ようやく宿題に集中できるようになった二人は、協力しあって宿題を進めた。
太平洋。公海と呼ばれる海域の深海に、ソレはいた。
ソレの周りには船の残骸がいくつも落ちていた。それらに乗っていた人間たちはすでに、ソレを強化するための血肉となっている。
エイのような形をしたソレは、そろそろ次の狩り場へ移動しようとしていた。
やはりエサが豊富なのは陸地近海か。以前陸地近くで狩りをしていたら、鉄の魚たちに攻撃された。同じく鉄でできた、爆発する筒はしかして、ソレにダメージを与えることは出来ず、大して脅威でもなかったが、騒ぎを起こすのは面倒だ。ヤツに勘づかれる可能性がある。
そう考え、悩みながら超感覚で獲物を探知していると、一つ、強い反応を発見する。
その発見にソレは喜んだ。ヤツの巫候補が海に近づいているではないか。これを始末し捕食できるなら、陸に近づくリスクよりメリットの方が遙かに大きい。
そう判断すると、それは身体中にプラズマを巡らせる。血液が血管を巡るように、プラズマが身体中に行き渡ると、ソレの身体は泡で包まれる。人間の学者がそれを見れば『スーパーキャビテーション』と呼び、驚愕するような機構を、ソレは当然と備えていた。
泡の鎧に身を包んだソレは、目標のいる海域へと泳ぎだす。その速度は加速度的に上がっていき、ついに200ノットを超えて、太平洋を横断し始めた。
翌々日。フジヨキ台のとあるカフェ。そこに夢芽とアヤメはいた。
テーブルを挟んで座る二人。
「それで? 聞きたいことって、なに?」
夢芽にそう質問するアヤメ。彼女からすれば、なぜ自分が呼ばれたのか早く知りたいだろう。だから、夢芽も早速本題に入ることにした。
「ガメラのこと、かな。正確に言うと、ガメラとアヤメの出会いについて。どこで出会ったとか、何で一緒に戦ってるのか、とか。その辺りのこと、まだ聞いてなかった気がして」
「夢芽は聞きたいの?」
「……うん。もちろん、無理にとは言わない。言いたくないことだってあるだろうし。でも、できるだけ知りたい。そうすれば」
もっと、仲良くなれそうだから。
夢芽の言葉を聞いたアヤメは、少しの逡巡のあと、受け入れたように口を開く。
「わかった。じゃあ話すよ。私とガメラの出会い。それと、戦う理由。長くなるけど、ちょっと付き合ってくれる?」
その言葉に、夢芽は大きく頷いた。
「私ね、もともとは普通の女子高生だったの。それこそ、夢芽とも変わらない、どこにでもいるような。でも、ある日、その日常は終わりを告げた」
その日、アヤメはいつも通り登校していた。唯一違ったのは、寝坊して遅刻しそうになっていたので、学校に走って向かっていたくらい。
その時だった。突如、轟音が辺りに響いた。思わず足を止め、音のしたほうを向く。すると、そこにいたのはビルと同じくらい巨大な、怪獣だった。
「それが私が初めて遭遇した怪獣。ヤツの、ザノンの尖兵的存在でもあるギャオスだった。あの日ギャオスは、私たちの街を襲った」
ギャオスは目に映った人間を次々と捕食した。小型から大型まで、合計二十匹以上いたギャオスは、当然アヤメの向かおうとしていた学校も襲撃した。ヤツらにとってはエサが集まっている場所を見逃すなど、ありえないことだった。
「私は、家に戻ることを選択した。あの時、まだ学校より家のほうが近かったから。それに家にはお母さんと風邪で寝ていた妹がいたから。だから、心配で戻ったの。でも……」
家には大きな穴が開いており、中にいたのは母親と妹ではなく、小型のギャオスだけだった。ギャオスの口にあった妹のパジャマの布と、母親だった腕を見て、その顛末をアヤメは理解してしまった。
「大丈夫?」
「うん。もう、乗り越えたから、大丈夫」
夢芽が尋ねると、アヤメは笑って頷く。
「それでね、次は私の番だって思ったときに、出会ったんだ」
家にいた個体だけでなく、学校のほうから飛んできた個体など、三体に取り囲まれたとき、三匹は突然の突風に吹っ飛ばされた。
同じく風で転んだアヤメが起き上がると、そこには亀のような怪獣がいた。
亀の怪獣、ガメラは火焔弾とその剛力でアヤメの周りのギャオスを瞬殺すると、一時間ほどで街のギャオスも全て殲滅した。
「これがガメラとの出会い。最初は訳が分からなかったけど、ただガメラが救世主みたいに見えたのはよく覚えている」
ガメラとの再会は、二週間後だった。再び現れた怪獣とガメラが戦っていたときだ。避難が遅れていたアヤメのところに、怪獣に投げ飛ばされたガメラが飛んできたのだ。
ガメラは苦戦していた。その怪獣はギャオスより強く、ガメラは押されていた。
その時、アヤメの足下に勾玉が落ちてきた。
「それが、その勾玉?」
「うん。この勾玉を拾ったのが、全ての始まり」
勾玉を拾い上げたアヤメは、不思議とそれの使い方を理解できた。ガメラと心を通わせ、自分に出来ることを知った。
「私には怪獣使いの才能があったっぽくてね。勾玉に封印されていた、サブジェクションの記憶を元にやってみたら、出来たんだよね。それで、ガメラと一緒に戦ってその怪獣を退けたの。その時にね、決めたんだ。ガメラと戦おうって。そして、私の全てを奪ったザノンを絶対に倒そうって。これ以上、私と同じような人が出ないようにって」
アヤメは水滴のついたコップの水を飲む。
「これが戦う理由。その時から、ずっと色んな宇宙で戦い続けてきた。元いた世界じゃ、家族も友達も全員死んじゃったから、その世界に拘る理由もなかったし。肉体年齢が17で止まってるのも、私がその時17だったってだけ」
そう笑うアヤメ。
「こんな感じかな。そんなに面白い話でもなかったでしょ?」
「……」
夢芽は黙る。
どう反応していいのか分からない。話を聞く前から重い理由がありそうだとは覚悟していた。しかし実際に話を聞くと、どんな言葉をかけていいか分からなくなってしまう。蓬なら、気の利いた言葉でもかけてあげられただろうか。こんなことなら、やっぱり蓬が旅行から帰って来るのを待ったほうが良かったかもしれない。
言語化出来ない悲しい感情が渦巻くのを、夢芽はただ耐えるしかなかった。
ちせは暦の部屋のテレビを何気なしに見ていた。テレビは怪獣の話題ばかりだ。今も、専門家や評論家、政治家などが怪獣について討論している。
「ですから、初動の動きが悪いんでしょう? 今や自衛隊よりガメラの方が国防を行っているくらいですよ」
「いや、国防というのはおかしいでしょう。怪獣にそのような知能があるとは思えません。生物的に考えるなら、縄張り争いの末、その全てにガメラが勝っただけですよ」
「しかしねぇ、ガメラは人を食ってないでしょう? 明らかに人類の味方のような振る舞いじゃないですか」
「餌とするものが違うだけかもしれない。むしろ私は今の状況を憂いています。国民の中では、ガメラを正義の味方と捉える人もいるようですが、私は甚だ疑問ですね。ヤツが勝手に日本を縄張りにしていたらどうするんです? 怪獣がいなくなったら、今度は我々がヤツから追い出されるかもしれないんですよ? その前に手を打つべきです」
「それこそ根拠のない憶測でしょう。我々に怪獣に対抗する兵器は存在していません。ギャオスの時なんか、たかだか数メートルの幼体にF-15を何機落とされていたと思っているんですか? その状況でガメラまで敵に回そうだなんて、アンタ馬鹿なんじゃないか!?」
「馬鹿とはなんですか! 私はただ、この国の平和は自分たちで守ろうということをですね……」
プツッとテレビの電源を切る。これ以上、おじさんたちのしょうもない論争を見ていてもしょうがない。こんなときは、ゼンタングルアートでもして気分転換が一番だ。
ちせは起き上がって、道具を用意する。ちょうど描いてみたいデザインが浮かんできたので、それを書き出す。
しばらくそれをやっていると、コンビニに行っていた暦が帰ってくる。
「ただいま」
「あー、お帰りなさい」
ヨイショ、と言いながら暦は机に置いたパソコンの前に座る。ただ、ちせが何を書いてるのか気になったようで、体を回してちせの描いているデザインを覗きこんくる。
「新作? 何描いてんの?」
「ふっふっふ、ガメラですよ、ガメラ。ほら」
そう言って、途中まで描いた絵を見せる。
「おお。よく描けてる。というか、ほんとガメラ好きだな」
「いやー、あんだけ戦ってるとこ見たら、好きになっちゃいますって。そう言う先輩こそ、朝からずっと何してんすか?」
「俺? 俺は……、怪獣について。何かまた新しいヤツが出てきてないか、とか、調べてんの」
「……ふーん」
本当に暦は、怪獣について熱心になった。何がそんなに彼を駆り立てるのだろう。なんとなく面白くない気分だったが、一応成果について尋ねた。
「なんか分かったんすか?」
「ああ、まあ。これなんだけど……」
そう言って、暦はちせにパソコンの画面を見せる。
「アメリカの方の近海で、巡洋艦と潜水艦が難破事故なんだって。この海域、他にも民間船がいくつも沈んでてさ。もしかしたら、怪獣にやられたのかもって、ネットで話題になってる」
ちせは記事を流し見ながら、暦の話を聞く。
「まあ、俺の早とちりかもだけどさ。一応、アヤメちゃんには伝えようと思っててさ」
そう言って暦はスマホを取り出す。メッセージアプリを開き、URLとともにメッセージをアヤメに送っていた。
「でも、これで怪獣だったら、俺、中々の手柄だよな。怪獣について早くたどり着いてさ……」
「あーはいはい、そうっすねー」
早くも興味を失ったちせは、ベッドに寝っ転がる。
どこかモヤモヤが収まらないちせは、とりあえず絵の続きを描くことにした。
一方、カフェでは、アヤメの話は一息ついていた。
今まで何があったとか、どんな怪獣と戦ったとか、アヤメはそれらをいくつか掻い摘まんで話していた。
「その、さ。辛くないの? そんな戦い方して」
夢芽は話が途切れた隙に、なんとか言葉を絞りだす。そんな戦い方、とは、もちろんサブジェクションのことである。この戦い方は明らかにアヤメへの負担が大きい。正直、止めてほしいと夢芽は思っている。けど、アヤメは気にした様子もなく言う。
「うーん……。確かにやってるときは苦しいけど、それは止める理由にはならないかな。苦しいし辛いけど、それがあるから私は戦える。その痛みがある度に、誰かの分の痛みを受け止めてる気がするんだ。その痛みから誰かを守れてるんだな、って実感できる。だから、私はこの戦い方を続けるよ。ガメラも強くなれるし、一石二鳥だよ」
そう言って笑う彼女は嘘をついているような顔ではなくて、だからこそ痛々しさを感じてしまう。
なんでそんなに背負い込もうとするの? なんでそこまで見ず知らずの人に命を懸けられるの? なんで自分のことを顧みようとしないの?
言いたいことが次々と言葉になっていく。それでも、夢芽の喉はその言葉を吐き出すことを許さなかった。
理由は簡単。自分にそれを言う資格がないと思ったからだ。
これを言ったところで、アヤメを困らせるだけだろう。自分がそれを言うだけのことをしたかと問われれば、夢芽は首を横に振るしかない。だって、今の自分にはこの事態を解決する力も策も持っていない。今の夢芽は、ただガメラに守られている一般人に過ぎない。
そんな存在が、あなたが苦しそうだからそうやって戦うのを止めて、なんて言ったら、向こうからしたら迷惑でしかないだろう。何も出来ないくせに文句だけは言う。そんな厄介な人間になってしまう。
もちろんアヤメがそんなことを考えるようなタイプじゃないというのは、この短い期間で理解している。だから余計に言えないのだ。そういう人は、誰にも話さず内側に溜め込んで、最後は自壊してしまう。
アヤメを心配する気持ちと、アヤメを尊重する気持ち。その二つが反発しあい、夢芽は結局、蓬と話したような説得は一切口に出来なかった。
(やっぱ私には無理だよ。そんな人付き合いも上手くないし。なんて言っていいかわかんない)
蓬に励まされて、自分でも友達のために何か出来るかもしれないと勘違いして、それがこのザマは、もはや笑えてくる。何とか出来ると考え無しに相手に踏み込んで、その結果、話を聞く前より切り出しづらくなってしまった。
はあ、とついたため息は妙に震えていた。アヤメが心配したような、焦ったような顔で覗きこんくる。
「あ、ご、ごめん。夢芽にはちょっとショックが強い話だったかな。何も考えず、色々と喋りすぎた。泣かせるつもりはなかったんだけど……」
アヤメは何を言っているんだろう。そう思い、頬を触ってみると、少し濡れていた。それを認識すると、目から涙が伝う感覚も遅れてやってきた。
「あ、あれ? 泣くはずじゃ、なかったんだけどな」
そう呟く声も震えている。
「ごめん。さすがに伝える内容、考えるべきだった」
「違う。違うの。そうじゃない。この涙は、多分それじゃない」
誤解がないように、アヤメの言葉を否定する。
「私、アヤメには無理してほしくないの。でも同時に、私は守ってもらってるだけの立場だから。戦ってほしくないなんて言えなくて。それで、我慢してたらいつの間にか……」
「……そっか」
アヤメがそう呟いたあと、頭に温かい感触を感じる。
「夢芽は優しいね。私のために泣いてくれるんだ」
そう言いながら、アヤメは夢芽の頭を撫でる。
「や、ちが……」
夢芽は咄嗟に否定しようとする。だって、これは私のワガママだ。周りの人の死ぬ姿を見たくないなんて、そんな傲慢だ。そう否定しようとするのを、アヤメの言葉で遮られる。
「ううん、違くない。人のことを思って、人のために泣ける人は優しい人だよ。夢芽はその優しさを持ってる。きっと、いい人たちに囲まれて育ったんだね」
アヤメは夢芽を撫でながら言う。夢芽が髪の隙間から見たアヤメの顔は、妹を慰める姉の顔だった。その顔に既視感を覚える。
そうだ、水門前のあの時……。
「ありがとね、心配してくれて。でも、何度も言ったけど私は大丈夫だから。夢芽がそれに責任を感じることも、罪悪感を覚えることもないんだよ。むしろ、泣いてくれて嬉しかったよ、私」
そう言って優しく笑うアヤメ。
「蓬の言ってたこと、少しわかったかも……」
「え?」
「蓬が前に言ってたんだ。誰かの人生に関われば、その人はもう他人じゃない、って。それがなんかわかった気がして……」
「そっか、蓬くんも優しい子だね」
「うん。蓬は多分、私よりずっとすごい人だよ。私たちの中で、唯一怪獣使いの才能があったのも蓬だし」
夢芽がそう言った途端、夢芽を撫でていた手が止まる。どうしたのかと思ってアヤメを見ると、驚いた顔で夢芽を見ていた。
「それ、本当?」
「え?」
「蓬くんの話。怪獣使いの才能があるって」
「あ、うん。前に見よう見まねで、皆ドミネーションやったときに、蓬だけ成功したの。でも、それが?」
アヤメは顎に手を当てて、考え込んでいる。すると、アヤメのスマホに誰かからメッセージが届いたようで、通知音が鳴る。
「あ、暦さんから……」
そう言ってメッセージを読んだアヤメの顔は、どんどん険しいものになっていく。
「え、どうしたの」
「夢芽、蓬くんって今どこにいるか分かる?」
「え? えっと、確か千葉の房総半島近海に家族で遊覧船ツアーに行ってると思うけど……」
それを聞いた瞬間、アヤメは財布から五千円札を取り出すと、机に置いて走り出す。
「ごめん、それで私の分も払っといて!」
「え、ちょっと! どこ行くの!」
「蓬くんのとこ! 怪獣に狙われるかも!」
「ええ!? ちょっと、アヤメ!」
大声を上げた夢芽に、店内の視線が注がれた。
手は、また届かなかった。
夢芽さんのキャラ、難しい……。難しくない?(二回目)
続きは明日投稿できたら投稿します。