ガメラはいつもボロボロですし、それについていくなら、その人もボロボロです。
意識が一瞬沈み込むような感覚から、急速に浮上する。
「っぁ……!」
夢芽は目を開ける。頭を押さえて、周りを見渡す。
(やば……。一瞬意識とんでた)
周りには蓬たちの姿も見える。全員地面に倒れているが、どうやら怪我はなさそうだ。
「蓬! 大丈夫!?」
夢芽が駆け寄って揺すると、蓬もうめきながら目を開ける。
「ゆ、め? あれ、俺たち、どうなって……」
蓬にそう言われて夢芽が改めて周りを見渡すと、先ほどまでいたビルとは明らかに周りの景色が違う。そうして視線を上に上げて、夢芽は自分たちがどこにいるのか理解した。
「ガメラ……!!」
夢芽の声に反応したガメラは、夢芽たちの無事を確認するように手元を見る。どうやら地面だと思っていたのは、ガメラの手だったようだ。
「アヤメさん!」
その声がしたほうを夢芽が見ると、蓬が倒れているアヤメに声をかけていた。
「っ! アヤメっ!!」
夢芽もアヤメのそばに駆け寄る。夢芽の頭に最悪のパターンがよぎるが、アヤメが目を開けたことで、その心配は消える。
「ん、んん? あれ、ガメラ……。夢芽に蓬くんも……。……っそうだ、怪獣!」
アヤメは起き上がると同時にガメラの手の端まで移動すると、辺りを見渡す。夢芽と蓬も同じ方向を向けば、先ほどの廃ビルがあった場所は瓦礫の山となっており、そこに一体の怪獣が佇んでいた。
「な、なに、あれ?」
夢芽は困惑した声を出す。
それはそうだろう。その四足歩行怪獣は、頭が胴体と同じかそれ以上の長さはありそうな刃物になっていたからだ。まるでサバイバルナイフか刀のようなその頭の付け根にある目は、無機質にガメラと夢芽たちを捉えていた。
ガメラはゆっくりと手を下ろし、夢芽たちを地面に降ろす。そして、夢芽たちに向かって一回頷くと、自分の体を盾にするようにして、敵怪獣と向かい合う。
「ガメラ! 夢芽たちは私が! だから気にせず戦って!」
アヤメがそう言うと、ガメラは振り返らずに頷く。そして。
「ゴアアアアアア!!!」
「グオオオオ!!」
お互いの咆哮を合図に、両者の戦いが始まる。
「さあ、皆逃げるよ!」
ちせと暦を起こしたアヤメはそう言って、夢芽の手を引いて走り出す。
「皆、私についてきて!」
正直色々と言いたいことはあった夢芽だが、ガメラが自分たちを守るために戦っている以上、ここに留まるわけにはいかない。
「……ごめん。アヤメについていっちゃって」
そう夢芽が謝ると、アヤメは一瞬の間を置いて、振り返る。
「本来なら怒るとこだけど、今回は許すよ。私を心配してくれたんだから。それには感謝しないと」
そう言って笑うアヤメの顔が、どうしてもぎこちなく感じてしまう夢芽だった。
一方、市街地では二大怪獣が熾烈な戦いを繰り広げていた。
咆哮のあと、相手に突っ込んだ両者。
先手を取ったのはガメラだった。頭の超振動ブレードを鈍く光らせる怪獣、『ギロン』の突撃による刺突を張り手で横へ受け流し、一気に懐へ潜り込もうとした。
しかし、ブレードを弾かれたギロンはすぐさま刃を返し、懐へ飛び込んできたガメラの脇腹を逆に切り裂く。
「グゥ……!」
切り裂かれた脇腹を押さえ、ガメラは二、三歩後ろへ下がる。追撃をさせまいとすぐさま火焔弾を放つが、ギロンは凄まじい反応速度と機動力で横へ飛び、火焔弾はギロンの後ろにあったビルに直撃する。
続けて火焔弾を放つガメラだったが、ギロンはその全てを華麗に躱していた。時にバク転をしながら、時に猫のように体を柔らかくひねりながら火焔弾を避けきったギロンは、ビルの上に着地する。
そこで、お互い睨み合いが続くが、その静寂はガメラ側の変化で終わる。
「インスタンス・サブジェクション!!」
それに共鳴するかのようにガメラの瞳が強く輝く。
それに対し、ギロンは待っていました、とばかりにニヤつく。
ギロンは人だけでなく、今までの怪獣も全部捕食してきた。ギャオスやジャイガーは幼体がいくつもいたから食い放題だったし、ジグラの死骸も貧弱な人間が少数で守っていただけなので容易く喰うことができた。
無謀にもガメラに挑み、そして無様に散っていった先鋒たちの肉は確かにギロンの力となった。
そして、街でヤツをおびき出すための罠で待ち構えていた。案の定、やって来たヤツに奇襲を仕掛けたが、ヤツの巫が気づくより先にガメラに気づかれてしまった。そのまま戦闘に突入してしまったが、ギロンはこの短い時間で勝ちを確信した。
巫と同調してからがガメラの本領だが、今の自分なら勝てる。怪獣を喰らってきたギロンはそんな自信が湧き上がるほど、強くなっていた。
アヤメと同調して動きが良くなったガメラだったが、それでも戦局はギロンが優勢だった。ようやく火焔弾の一発がギロンの頭部に直撃したが、ブレードを一瞬赤熱化させるだけに留まる。
続けて放たれた火焔弾をギロンは飛び越えて避けると同時に、前進の勢いで回転斬りを仕掛ける。
ガメラは手の甲の鱗が厚い部分で何とか受け流す。が、直撃を避けたにも関わらず、ガメラの手にはうっすら血が垂れる。
とはいえ、このまま火焔弾を打ち続けてもこちらが消耗するだけだ。そう判断したガメラは、ギロンの超振動ブレードにも一切怯まず、ギロンにインファイトを仕掛ける。ギロンもそう来ると分かっていたのだろう。回避から攻撃に転じる。
ガメラへの先制攻撃として、刺突を行うギロン。それを避けたガメラは鋭利な爪でギロンに攻撃を行う。しかし、ギロンも生体装甲の厚い部分で防ぎきり、お返しとばかりにブレードを真一文字に振り抜く。
だが、ガメラが寸前で後ろへ下がったことで、ブレードは宙を切る。
お互いが第六感を使った未来予知にも近い直感で戦うため、巨体どうしの戦いながら、回避の応酬が続く。両者の戦いで出来た道には、ギロンのブレードで切り裂かれたビルやら家、歩道橋などが散乱していた。
しかし、それでもガメラが戦況をひっくり返すことはできていなかった。ガメラの攻撃は当たっても中々致命傷にならないのに対し、ギロンのブレードは一発でも当たれば大ダメージだ。ガメラはゆっくりと、しかし着実に追いつめられていた。
どうしようかと攻めあぐねていたガメラだったが、突然ギロンは何かに気づいたようにガメラから距離を取る。
何をしようとしているかはガメラには想像出来なかったが、ろくなことではないだろう。そう考えたガメラは警戒を強めるが、次の瞬間、ギロンはガメラの想定の上をいく行動に移った。
短い尻尾の付け根辺りの、手裏剣のような鱗が逆立ったかと思うと、鱗に稲妻が走り、ギロンの体をレールガンのようにして鱗が撃ち出される。
その鱗はガメラの斜め後ろにあった橋のほうへと着弾する。ガメラがその着弾地点を確認したとき、ガメラの選択肢は固定されてしまった。
ガメラがギロンと戦っているとき、アヤメたちはそこから少し離れた橋にいた。この橋は見晴らしがよく、戦いを見守るのに適していたからだ。
しかし、突如その場を目掛けて、何かが飛んできた。
それにその場にいた誰も反応する前に、その飛翔物体は橋のすぐ近くに着弾した。
「「「「うわあああああ!!」」」」
着弾の衝撃に晒され、四人の悲鳴が重なる。蓬が欄干に掴まりながら何とか立ち上がり、飛んできた物体を確認すれば、それはギロンの刃物のような鱗だった。
それを認識したと同時に、再びギロンから放たれた鱗弾が飛んでくる。
咄嗟に蓬が夢芽に覆い被さると、その直後、鱗弾は蓬たちの5mほど横の欄干に突き刺さる。
徐々に精度の上がる鱗弾。三発目が来るかと思った蓬だったが、それが飛んでくることはなかった。
射線上にガメラが入り、鱗弾を弾いたのである。
「ガメラ……!」
アヤメが呟く。ガメラは敵を倒すことより人間を守ることを優先した。ギロンはそのことを理解した上でこちらに攻撃してきたのだろう。
とにかく皆を非難させないと。そう思ってアヤメが全員に声をかけるが、その直後、橋を渡るための道に鱗弾が深く突き刺さる。急いで逆方向を目指そうと振り向いたときには、次の鱗弾がそちら側の道も塞ぐ。
どうやらギロンは自分たちをこの橋から逃がす気はないようだ。
思わず舌打ちをする。これでは夢芽たちも逃がせない。状況は着々と『詰み』へと向かっていた。
ギロンはガメラに別の行動をさせまいと鱗弾を連射する。そうなるとガメラは必然とその場から動けなくなる。自分がズレれば、後ろのアヤメたちに鱗弾が当たってしまう。そのため、ガメラはとにかくギロンの鱗弾を弾くだけの防戦一方になってしまう。
そして、その均衡も長くは続かなかった。鱗弾の一発がガメラの腕の防御をすり抜けて、ガメラの脇腹に刺さる。それに怯んで防御に一瞬の隙が生まれたのをギロンは見逃さない。間髪入れずに次の鱗弾を放ち、それはガメラの肩に突き刺さる。
「ゴアッ!」
ガメラが苦悶の表情を浮かべる。それを確認したギロンは笑い声のような鳴き声、いや、実際にガメラを嘲笑う声なのだろう。それを上げながら、更に鱗弾の射出を続ける。戦闘は遂に一方的なものとなった。
橋の上でガメラとギロンの戦いを見ていた蓬たちにも、今がマズい状況なのは一目で分かった。
「はあっ、はあっ、はあっ」
アヤメは先ほどから荒い息を繰り返しており、顔には一切の余裕が無くなっていた。
「うっ!?」
ガメラの足に鱗弾が刺さると同時に、アヤメも太ももを押さえて呻く。
「アヤメ!」
夢芽はアヤメに駆け寄る。
「アヤメ! 今すぐサブジェクションを止めて! このままじゃ、アヤメが死んじゃうよ!」
それにアヤメが答えるよりも早く、ガメラがギロンに火焔弾を放つ。必死の反撃だったが、ギロンは上に跳んで避けると同時に鱗弾を発射する。放たれた鱗弾は、上からガメラを襲い、その左目に突き刺さる。
「あああっ!! ……ハアッ、ハアッ」
それと同時に、アヤメが悲鳴を上げながら左目を押さえる。立っていられなくなったのか、片膝をつくアヤメ。
「アヤメ!!」
アヤメに呼びかける夢芽の声も悲鳴に近いものになっていた。
それを好機と捉えたのだろう。ギロンがガメラへと接近を始める。それに合わせ、ガメラも一歩、二歩と、じりじり後ろへ下がる。しかし、足が土手に当たったことで、橋への距離がもうほとんどないことに気づいたガメラは、最後のチャンスにかけて、振り向きざまに最大出力で火焔弾を放つ。
だが、反応速度は向こうが一枚上手だった。
奇をてらった火焔弾の一撃を跳躍であっさり避けたギロンは、その勢いのまま空中で前転し、回転斬りで斬りかかる。
咄嗟にガメラは右腕でガードするが、二度も同じ手で防がれるつもりはない。ギロンは刃が当たる寸前で微妙に斬り込む角度を変えて、ガメラに斬りかかった。
ガァン!!!
重たい金属同士が当たるような音が響き渡る。
ギロンは土手に上手く着地し、ガメラはガードした時の衝撃で後ろへのけぞる。
そして、ガードしたガメラの右腕には、まるで鉄が溶けたときのような色のオレンジの線が走る。
その直後、ガメラの右腕は線が入った先から地面に落下する。それに続くように切り口から噴き出す鮮血。
ギロンの一太刀は、ガメラの右腕を切り落としていた。
「ああああああああああ!!?」
アヤメの絶叫が橋の上に響く。アヤメの右腕から大量の血が噴き出し、アヤメは地面に倒れ込んで、うずくまる。
「あ、アヤメ!? しっかりして、アヤメ!!」
夢芽はアヤメを抱きかかえて、声をかける。腕を確認すれば、ガメラのように切断されてはいない。しかし、すぐに処置しなければ間違いなく命に関わる量の血が、アヤメの腕から流れていた。
明確に迫る死の気配に、夢芽の呼吸は浅くなっていく。
「ど、どど、どうしよう。し、しけ、止血。止血しなきゃ、何かで縛って、えっと、それで、それで……」
夢芽は完全にパニックになっていた。何とかしなきゃいけないのに、体が全く動かない。
「夢芽、夢芽! 落ち着いて! 俺の顔見て!」
強引に肩を掴まれて、ようやく蓬が声をかけてくれていたことに気づく。
「よ、よもぎ……。どうしよ、このままじゃ、アヤメが」
「うん、分かってる。とりあえず、この橋から離れよう! まだ、橋は崩れきってない。向こう側へ渡れるはず。あっちなら、病院もあるからすぐに行けば助けられるよ!」
そう蓬が夢芽を落ち着かせていると、アヤメが微かに首を動かして、ガメラのほうを向く。
「……ガメラ? ちょっと、何やってるの? はやく、反撃、しないと……」
「アヤメ?」
唐突な言葉に、アヤメの言っていることが理解できなかったが、その意味はすぐに判明した。
夢芽の腕から抜け出したアヤメはガメラに叫ぶ。
「ガメラ……! 早く、リンクして……! 私は、まだ、いけるから。 はやく、サブジェクションを受け入れて!」
しかし、ガメラはアヤメの言葉に応えることはなく、ギロンと睨み合っている。どうやら、サブジェクションをガメラに拒絶されたようだ。何が起きたか分からないが、夢芽はその言葉を聞いた瞬間、この状況にも関わらず安堵してしまった。
そして、その安堵は、直後に薄氷のように砕け散る。
「グオオオ!」
ギロンは咆哮を上げたかと思うと、荒い息と共に、ガメラへ全速力で突進する。既にいくつも鱗弾が刺さり、右腕からの出血も止まらないガメラは、それに反応することも出来なかった。
その結果、ギロンの超振動ブレードはガメラの皮膚と分厚い甲羅を軽々と突き破り、ガメラの胴体を串刺しにした。
「ガメラ!!」
ちせの悲鳴が上がる。ギロンがブレードを引き抜けば、大きく穴の開いた腹から、緑の血が噴水のように噴き出す。
ガメラは辛うじて立っていたが、ギロンのブレードという、ある意味での体の支えを無くしたことで、うめき声を上げながら後ろへとよろける。橋まであと二歩ほどまで下がったところで、橋に倒れそうになる体を最後の力で重心を前へと移し、そのままうつ伏せで川に倒れ込んだ。
倒れたガメラは立ち上がることも、動くこともなかった。
「グオオ! グオオオオ!」
それを確認したギロンは、勝利の咆哮を上げ、嗤った。
ガメラが倒れたとき、橋にいる全員が動けなかった。アヤメはダメージのフィードバックで、それ以外の四人は、ガメラが倒されたという衝撃で。
ガウマ隊の中では、今までの怪獣にもなんだかんだガメラは勝っていた。だからこそ、夢芽はアヤメがサブジェクションを使わなくても、ガメラなら勝てるんじゃないか。そんな淡い希望があったのだが、その希望は見事に打ち砕かれた。
「そんな……、ガメラが……」
そう言って座り込むちせ。この中じゃ一番ガメラのことを気に入っていたのは彼女だ。一番信じていただけにショックも大きいのだろう。
「ガメラ……」
細い声でアヤメが呟く。ガメラが動く気配はない。
すると、ギロンが動き出す。確実に息の根を止めようと、倒れたガメラに一歩ずつ近づいていく。
「ヤバい、ガメラが!」
暦の声とその光景で、蓬は覚悟を決める。アヤメは未だダメージで動けない。他の皆も、この状況を打破できるだけの案は浮かんでいないはずだ。
蓬は夢芽に声をかける。
「夢芽。悪いけど、アヤメさんを連れてここから逃げて。あそこからなら橋も渡れるはず」
蓬はそう言いながら、鱗弾が突き刺さった道の隙間を指指す。
「蓬はどうするの?」
「俺は……、頑張って怪獣の注意を引く」
「ダメ! そんなことしたら、蓬が狙われるんだよ! 間違いなく殺されちゃう!」
「だとしても! 今は俺が動かないと。ガメラを殺されたら、ホントに勝ち目が無くなる。それに、ガメラには今までたくさん助けてもらったし、今度は俺が助けたいんだ」
その言葉に黙り込む夢芽。少し迷っているようだったが、時間がないのは彼女も分かっているのだろう。蓬の目を真っ直ぐに見つめる。
「これだけは約束して。絶対生きて合流すること。それでその後、私をめいいっぱい甘やかすこと」
「……アハハ、オッケー。約束するよ。絶対生きて会おう」
蓬の言葉を聞いた夢芽は、アヤメを背負って対岸に渡るため走り出す。
それを確認した蓬も、夢芽とは反対方向へと走り出す。
(約束か。懐かしいな。ガウマさんがよく言ってたもんな。人には守るべきものが三つあるって。約束と、愛と)
蓬が夢芽の向かった方とは逆の土手に着くと、ギロンはすでにガメラのそばにまで接近していた。そして、ガメラの頭を切断しようと、大きく頭を振りかぶる。
(マズい!!)
蓬はすぐさま右手をギロンに向ける。
(アヤメさんの話が本当なら、危ないけどこれで注意は引けるはず!)
そうして指を広げ、真ん中にギロンを捉える。
「インスタンス・ドミ……!」
蓬がそこまで口にしたところで、ギロンから圧倒的な威圧感が溢れ、蓬を襲う。
「っ!? ハッ、ハッ、ハアッ、ハアッ」
全身に悪寒のようなものが走る。
なんだ、今のは。
まだ途中までしか怪獣を掴んでいないのに、今までのどの怪獣よりも激しいものを感じた。一瞬にも関わらずあの怪獣の内側には、これまでのどの怪獣とも違う、圧倒的な狂気があった。人を殺すこと、いたぶることに楽しさを覚え、殺戮を享楽としている。人間とは根本的に違う思考回路。蓬は初めてザノンの怪獣の本質に触れた気がした。
(……なるほど。アヤメさんが止めるわけだ。あと少し止めるのが遅かったら、確実に発狂してた)
しかし、ドミネーションこそ失敗したが、注意を引くことは出来たようだ。ギロンはガメラへの攻撃を中止して、蓬のほうを見ている。あとは、自分が逃げてどこまで時間を稼げるか、だ。
そう思い、蓬は全速力で土手を走る。少しでも遠くへ。少しでもガメラから離れた場所へ。そして、生きて夢芽の元へ。
そんな蓬の覚悟を嘲笑うかのように、ギロンはジャンプ一つで、蓬の進む先に先回りした。蓬の前に現れる巨大な顔。血のような赤い色をした目は、知性を感じさせながらも、理性など欠片も感じさせない目だった。
「フッ」
蓬を鼻で笑うと、ギロンはブレードを持ち上げる。
この近さじゃ、横へ跳んでも衝撃波で助からない。
(クソッ! こんな一瞬で!)
蓬が自分の不甲斐なさを心で悔いていると、突然ギロンがブレードを振り下ろすのを止める。
「え」
ギロンが目の辺りに前足をやって、何かを嫌がっている。よく見ると、ギロンの顔に細い光の線が当たっている。その光を目で辿れば、対岸からレーザーポインターらしきもので、誰かがギロンの邪魔をしていた。
よく聞けば、微かだが声も聞こえる。その声は蓬にとって耳なじみのある声だった。
「ちせちゃん!? 暦さん!?」
対岸でギロンの注意を引いていたのはちせと暦だった。
ギロンはレーザーポインターの光が鬱陶しかったのだろう。蓬への攻撃を止め、対岸へひとっ飛びで移動する。
「ダメだ! 二人とも、逃げてー!!」
蓬は声の限り叫ぶが、その声が二人に届いたかはわからなかった。
蓬がギロン陽動を行う少し前。夢芽はアヤメを背負って、橋の上を走っていた。橋げたに刺さった鱗弾を避けて、何とか向こう側へ渡れそうだと思ったところで、アヤメに肩を叩かれる。
「夢芽、ちょっと止まって」
「え、何言ってるの? 今止まってる場合じゃ……」
「ガメラの声が聞こえる。……うん、うん。わかった。それなら、私も手伝う。ここで決着つけよう」
どうやら、ガメラとテレパシーか何かで会話しているのようだったが、会話の内容は夢芽にはわからなかった。
「……大丈夫だって。それに言ったでしょ。最後まで一緒に戦うって。あの時から、覚悟は決めてるよ」
わからなかったが、アヤメの笑顔に嫌な予感はした。
「ねえ、アヤメ、なにを話して……」
「ごめん、夢芽。ここで降ろしてもらえる?」
そう言って夢芽の背中を降りたアヤメは、欄干に掴まりながら、何とか立つ。
「ねえ、アヤメ?」
夢芽の声にアヤメは笑って答える。
「もう一度、サブジェクションでガメラと繋がる。それで一気に決着つけるよ。夢芽には、私の体支えてもらっていいかな? ちょっと、今の時点で立ってるのも辛いから……」
「そんなの、許可するわけないで 「蓬くんが死ぬよ」 っ!?」
夢芽の言葉にアヤメが被せてくる。その言葉は、夢芽を黙らせるには十分過ぎるものだった。
「……それは、ずるいよ。 それ言われたら、協力するしかないじゃん……」
「ごめんね。でも大丈夫。私は死なないから」
あとは、アイツに隙が出来れば……。アヤメがそう言ったところで、ちせと暦が追いついてくる。
「隙なら、私たちが作るっす! 少しだけなら引きつけられるっすよ! ね、先輩!」
「ええ!? まあ、このレーザーポインター使えば、ワンチャン……」
暦は頭を掻いたあと、大きくため息をつく。
「……覚悟、決めるしかないか。よし、やるぞ!!」
「おお……、いつになく先輩がやる気だ」
暦の様子に驚きながらも、ちせはアヤメに尋ねる。
「勝てるっすよね……?」
「勝つ。誰も死なせない」
その問いに真っ直ぐ返すアヤメ。それを聞くと、ちせは大きく頷いて、対岸へと走り出す。
「それなら安心しました。ガメラとアヤメさんを信じるっす! ほら、先輩、行きますよ!」
「ああ!」
そうして、ちせと暦は作戦通り、レーザーポインターでギロンの注意を引き、蓬から引き離すことに成功する。もちろん、ギロンはガメラに意識を向けていない。
「よし、今だ! インスタンス・サブジェクション!!」
アヤメがガメラと繋がると同時に、ガメラは両手足を引っ込める。そして、手足があった部分から青白い炎が吹き出す。
ガメラが空を飛ぶためのプラズマジェットを四方向から噴出させることで、ガメラの体は独楽のように回り始める。
回転が始まると同時に、甲羅の端が僅かに開き、チェーンソーの刃のようになる。
それを確認したアヤメは、サブジェクションの同調深度を深めていく。同調が切れていたことで止まっていた腕の血は再び流れ始め、先ほどガメラが刺された腹からも大量の血が噴き出す。口からも吐血が始まるが、その血を拭ってアヤメはガメラに言う。
「いくよ! ガメラ!」
その声でガメラは回転したまま、宙へ浮かび上がる。
異変に気づいたギロンは、ちせたちのほうからガメラへと向き直る。そして、鱗弾を連射するが、その全てが回転で弾かれる。
ギロンは鱗弾を撃ち続けるが、ガメラはその甲羅と回転で全てを防ぎきりながら、ギロンへ突っ込む。
飛んできたガメラを、ギロンは横に跳んで避ける。ギロンの本能が、直撃したらマズいと警鐘を鳴らしていた。再び突っ込んできたガメラをギリギリで避けるギロン。
一方、アヤメはさらに吐血をする。
「ガハッ!」
「アヤメっ!」
「ごめんガメラ! あと持って20秒かも!」
夢芽の声を横で聞きながら、アヤメは叫ぶ。もう時間がない。そもそも作戦を立てたときから、長期戦どころか短期決戦ですら、今のダメージでは勝機がなかった。そうなれば、取れる戦法はたった一つ。
一撃必殺だ。
だから、あまり時間はかけていられない。そして、ガメラは既に勝ち筋を捉えていた。
先ほどの突進よりさらに高度を下げ、地面ギリギリを飛んでギロンに突っ込むガメラ。左右に少しずつふらつくガメラに、ギロンはこれさえ避ければ、あとは切り裂いて終わりだと確信する。
突っ込んできたガメラを上へ跳んで避けるギロン。あとは、自由落下に自分の体重を乗せたブレードの一太刀で終わりだ。下にいる獲物を確認したギロンは、そこで目を見開いた。
下を通り過ぎたと思ったガメラは、自分の直下で急ブレーキをかけていた。そして、そのまま角度を90度変え、甲羅が地面と直角になるようにする。
ここは上空だ。翼もプラズマジェットもないギロンには、回避する手段がない。
なら、このまま切り裂くのみ。
ギロンがそう思った次の瞬間には、ガメラは先ほどの比ではない速度で上昇。電光石火の勢いで、ギロンを通り過ぎる。
一拍置いて、ギロンは真っ二つに割れ、その体が川に落下する。
生体装甲に覆われていない腹側をシェルカッターで切り裂いた、ガメラの勝利だった。
地面に着地したガメラは火焔弾でギロンの死体を焼き払う。そして、勝利の咆哮を上げるのだった。
「か、勝った……!」
そう言って、ガメラとの同調を切るアヤメ。
「ほら、死なずに勝ったよ?」
そう言って、アヤメは夢芽に笑いかける。
「ギリギリすぎるよ……。でも、ありがとう」
「どういたしまして」
ガメラが勾玉に戻っていく。
「いやー……、意外と、なんとかなるもん、だ、ね……」
アヤメの声が小さくなっていき、夢芽にかかるアヤメの体重が急に重くなる。
「アヤメ?」
夢芽が少し動くと、アヤメは全く踏ん張ることなく、地面に倒れる。
「……アヤメっ!!」
夢芽は何度もアヤメの名前を呼ぶ。しかし、反応は全くない。アヤメから流れた血が、地面に血だまりをつくっていく。
「アヤメ! アヤメ!!」
血だまりに沈んでいくアヤメに、夢芽はただ名前を呼ぶことしかできなかった。
ガメラがボロボロになるのは、もはや様式美。
ですが、これを人に当てはめると中々すごい惨状ですね。