すべての《奇跡》が在る場所へ。
――――私は失敗した。
黒く腐食され、沈みゆくキヴォトスを見ながら男はそう悟った。
意識が朦朧とする。
締め付けられているような感覚が全身を襲い、上手く立ち上がれない。
先程受けた爆発が原因だろうか。
手足が痺れ、背中の火傷や傷からの出血が酷い。
「ぐッ...ぅッ...!!」
男は目の前にあるひび割れたタブレットに必死の思いで手を伸ばす。
まだ諦める訳にはいかないんだ。
私の、"生徒達"が私を待っている。
震える痺れた手でタブレットを掴む。
微かに画面が水色に灯り、同時に雑音に紛れた声が何処からか聴こえる。
「せん...せ...い...!!」
バッテリー残量を表す画面右上の数値は8%。
先程の熱爆発もあり、自身の体を保護するためにバッテリーを大きく消費してしまった。
「...状況は?」
『Ⅲ度熱傷、出血多量...あと肩と足、手の骨が骨折しています!今すぐにでも治療が必要な状態です...!!』
もう...次は無理だろうな。
男は心の中でそう呟く。
そして男は首を上げ、瞼の痙攣を抑えながら周りの状況を確かめた。
空は朱く変色し、耳鳴りのような大地の叫びが聞こえ、嫌でも世界が着々と終わり近づいているのだと認識させられる。
...これが所謂、絶望というのだろう。
――全て、私の責任だ。
この未来へ導いてしまったのは、私だ。
この絶望への歯車を、私は止めることができなかった。
足掻いた、必死に足掻いた日々だった。
彼女たちを正しい道へ導けるよう、一緒に悩み、笑い、そして考えた。
それでも...私は失敗した。
男は記憶を辿る。
どこで間違えた?
いつ間違えた?
アドビスか?
トリニティか?
ゲヘナか?
アリウスか?
疑問が疑問を呼ぶ。
一体...何を間違えていたというのだ。
その疑問に答える者はいない。
その答えを知る者もいない。
だが、男のあまりにも悲壮な現実に対する疑問は、収まることを知らなかった。
額に流れてきた鮮血を拭う。
出血が酷い、体温も低くなってきている。
いや、私の事はどうでもいい。
「......私より、助けなければいけない生徒が...」
助けなければ...?
自分の言葉に、思わず息を呑んだ。
もう、助けることはできないんじゃないか?
まるで酷く冷たい氷の手で心臓を掴まれたような悪寒が、男を襲った。
そして、男はふと気が付いたかのように静かに笑う。
自分に心底呆れるように、そして少し後悔するように
「ああ...いや、全て間違いだったのかもね。」
目の前にある銃を拾い上げる。
男の目は、死んでいた。
先程までの希望に満ち溢れた目に
今は、光が無くなっていた。
低く唸るような声で呟いた男は重く血に濡れ震える足を必死の力で上げ、崩れるサンクトゥムタワーを見ながら顔を歪めた。
私の生徒たちは、もういない
いや、消えてしまった。と言った方が正しいだろうか、
私の生徒たちは、一人残らず恐怖に侵されてしまった。
『...先生?』
...これが現実なんだ。
もう、どうしようもないんだ。
もう、助けるには遅すぎるんだ。
ふと胸を締め付けられるような痛みが走る。
...彼女達への罪悪感と自分への不甲斐なさからだろうか。
「...ごめんね、先生失格だね。」
絞り出したような掠れた声で男はそう言い、その目には僅かに涙を浮かべた。
泣いてはダメだ。
私が泣いても、何も救えない。
『聞いてますか?...先生!?』
涙では…何も救えない。
これでは、生徒達に合わせる顔が無いな。
彼女達に"諦めるな"としつこく私はいつも言っていたのに。
こんな簡単に...私は諦めてしまった。
「本当に、ごめん。」
側に横たわるそれに男は近付き、優しく頭を撫でる。
生命を感じさせない冷たさが、己の指から伝わる。
守れなかったという事実を、男に告げるように。
最後に死を庇われて、何が先生だろうか。何が教職者だろうか。
何が、希望だろうか。
天を見つめるその男の瞳は、後悔と謝罪
...そしてどこか許しを求めるような瞳をしていた。
私は無力だ。
何も、救えやしない。
――――――――――――――――
我々は望む、七つの嘆きを。
我々は覚えている、ジェリコの古則を。
――――私のミスでした。
静かに聞こえたその声に、男はゆっくりと目を開ける。
何処か重い電車の音が聞こえ、微かに体が揺れる。
車内では、男とその対面に座る少女が眩い日光に照らされていた。
異様な光景に男は一瞬驚いたが、すぐに今の自分の状況を理解する。
日光に照らされた少女は、血に濡れていた。
「...君のミスじゃないよ。」
男は複雑な表情で、静かに諭すように呟く。
彼女から滴り落ちる血を横目に見ながら、男はゆっくりと目を閉じた。
真っ暗な視界に、あの情景が浮かぶ。
仕方がなかった、大人の私でも抗えなかったのだ。
あれは絶対不変の運命のようなもので、私達でどうにか出来るものでは無い。
奇跡でも起きない限り、あれは防げない。
決して、彼女の責任ではないのだ。
――――強いて言うのなら、これは大人である私の責任。
生徒を導く立場にある私は、"反則的な脅威"から、生徒達を守らねばならない。
生徒が抗えないものは、大人である私が排除せねばならない。
子供が責任を負う世界など、あってはならないのだ。
...だが、私は失敗した。
失敗したのだ。
「先生はいつも、そうですよね。」
目を開けると目の前には呆けたように笑う彼女の顔が視界に映る。
だが、その笑顔には確かな後悔と自責の念が込められていた。
私はその言葉と表情に言葉が出なくなってしまう。
あれは、子供がしていい顔じゃない。
希望に満ち溢れた、無限の可能性がある子供がしてはいけない表情。
紛れもなくそれは、暗い現実を受け止め、夢を諦めた"大人"の顔だった。
そしてそれが、男の失敗を決定付ける。
「...責任を負う者について、話したことがありましたね。」
少女は静かに、そして丁寧に言葉を連ねる。
「あの時の私には分かりませんでしたが...。今なら理解できます。」
「大人としての、責任と義務。」
初めて、彼女と意見が対立したとき。
彼女に向け男が話した、大人としての責任と義務。
当初の彼女には、その如何なる状況下でも己より他者を優先するという大人の考えに、理解ができなかった。
だが今の彼女は、少しだけだがその意味を理解することが出来てしまう。
「そして、その延長線上にあった、あなたの選択。」
「...それが意味する心延えも。」
――――少女はゆっくりと俯く。
限界だった。
恐怖、後悔、自責、葛藤、絶望、責任。
感情が雪崩のように溢れ、自制が出来なくなりそうだ。
だが、彼女は必死に溢れるそれを押し戻す。
ここで溢れたら、私は何のためにここにいる。
私の使命はなんだ。
連邦生徒会長としての、義務を。
キヴォトス全体の願いを。
...私は伝えると決めたんだ。
でも...これでは何も、何も
「ゆっくりでいいよ。」
低く穏やかな口調が耳に響く。
俯いた顔を上げ前を見ると、そこには変わらない穏やかな顔で、それでもって真剣な顔をした、たった一人の私の先生がいた。
思わず、耐えていた一筋の涙が目から溢れ落ちる。
それを誤魔化すように即座に俯く私。
特別な意味も無いような、たった一言。
だが私には十分だった。
まるで自分の体に纏わりついた鎖が取れるような感覚。
先生の光のようなその言葉に、嘘のように心が軽くなる。
やはり、先生は...先生だ。
顔を上げ少女は笑顔を見せる。不細工な笑顔だ。
心の中に渦巻く負の感情を奥に押し込め、強がっているのがよく見なくても分かるような、そんな不細工な笑顔。
だが、目の前の先生はそれに応えるように笑い掛けてくれる。
そして私は深く息を吸い、口を開く。
「...ですから、先生。」
「私が信じられる大人である、先生になら。」
選択を誤った私ではなく、
この寂れた未来を変えられる、可能性の選択を持つ先生になら。
「この捻じれて歪んだ先の終着点とは...また別の結果を。」
「そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです。」
確証はない、ある筈もない。
でも私の直感が、本能が、この大人ならきっと成し遂げられると信じている。
何度失敗しても、何度諦めそうになっても決して折れないような意思が、先生にはある。
だから私は、先生を信じたい。
「だから、先生...どうか。」
「この、絆を...私たちの思い出、過ごしてきたそのすべての日々を。」
「どうか...。」
先生が歩んできた、キヴォトスの生徒たちとの
「覚えていてください。」
「――大切なものは、決して消えることはありません。」
「うん、きっと覚えているよ。記憶が消えても、心の奥底で。」
男は胸に手を当てる。
昨日のことのように思い出せる、生徒たちと共にキヴォトスを歩んできた記録。
一つ一つ鮮明で、色んな色があって、色んな感情があって。
そして一つ残らず、掛け替えのない大切な記録で。
――――きっと、もうすぐ記憶は無くなってしまうだろう。
だが、彼女たちと歩んだ記録は消えない。消えさせない。
絶対に。
何があってもだ。
それが、私の生徒からの最後の願いなのだから。
そしてそれが、彼女に
生徒の願いなら、私は、どんな辛い事だって、どんな困難な事だって、
たとえこの身が滅ぼうとも。
絶対に応えて見せるんだ。それが生徒の願いなら。
それが、子供達からの大人への願いなら。
出来る事なら、"ここ"も救いたかった。
だが、もうここは終わってしまったのなら。
それがもう叶わないというのなら。
この失敗を、このどうしようもなく捻じれ歪んだ終着点を...
次に繋げて、そして回避してみせる。
これが、大人としての責任だから。
ふと彼女は窓からの景色を見ながら笑みを零す。
「そろそろ、ですね。」
少し寂しそうな微笑みのまま、彼女は呟く。
「...一つ、我儘を言えるとすれば。」
「最後、先生と一緒にご飯食べたかったです。」
その言葉に男は一瞬驚いた顔をし、すぐに笑顔を戻した。
そういえば、いつかの約束守れなかったね。
私から言った約束だったのにな。
...やっぱり、私は大人失格だな。
先生は少し呆れたような顔で、彼女に笑いかける。
「そうだね。」
日差しが、車内を照らす。
少し眩しいほどのそれは、まるで私たちを祝福しているかのようだった。
最後に見せた、彼女の表情は。
涙交じりの笑顔で。
なんとも、彼女らしい顔だった。
――――帰りましょう、先生。私たちのすべての《奇跡》が在る場所へ。
――――――――――――――――
という事で後書きです。
本編いかがでしたでしょうか?正直不安要素しかないので今も後書きを書きながら震えております。
それではいい機会ですので、今後の展開を…
今の予定では
アドビス対策委員会編(全編)→エデン条約編(全編)→時計じかけの花のパヴァーヌ編(2章)→時計じかけの花のパヴァーヌ編(3章!?)→あまねく奇跡の■■■編(!?)
を予定しております。(変動あると思いますので予めご了承。)
はい、存在しない謎要素が2つ程ありますね。
まず時計じかけの花のパヴァーヌ編(3章)ですが、これはほぼ最終編(あまねく奇跡の始発点編)と同じ扱いです。
まあ、扱いは同じでも内容は全く違うんですがねニチャア
次にあまねく奇跡の■■■編ですが...これは、ご想像にお任せします。
一言で表すとすれば、性癖モリモリチョモランマ(?)です。
また、この小説では原作ストーリーからかなり逸れることが多々ありますので、ご注意の程よろしくお願い致します。
んあぁー、書くことなんかありますかねぇ…
…んー無い★
では改めまして、
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでもにやけていただければ幸いです。
それでは、また次の話で~!