灰かぶり姫は微笑まない   作:セラニアン

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 昔々ある所に、『灰かぶり(シンデレラ)』と呼ばれる女の子がいました。シンデレラは、意地悪な継母と三人のお姉さんに毎日のように苛められていました。ある時、お城で舞踏会が行われることになりましたが、シンデレラは当然、連れて行ってもらえません。泣いているシンデレラのもとに、魔法使いのおばあさんが――現れることはありませんでした。シンデレラは悟ります。この世界はなんてクソなんだと。そうしてシンデレラの顔からは微笑みが消え、ドロドロとした濁った目になったのでした。



プロローグ

 

 

 

 手入れの行き届いた王宮の中庭。その奥まった人気のない場所に、少女の怯え切った声が響いた。

 

「や、やめてください、リズベット様っ! わたしが何したというんですか!」

 

 品のあるドレスを着た少女が、尻餅をついていた。あどけない顔立ちは恐怖に歪み、その瞳には涙が浮かんでいる。

 

 そんな少女の目の前には、数人の取り巻きを引き連れた少女が悠然とたたずんでいた。

 

 見事な金髪碧眼の、美しい少女だった。年のころは十六、七だろうか。ふんだんにフリルをあしらった豪奢なドレスに身を包んでいる。あと数年もすれば、傾国の美女と呼ばれるようになる、そんな予感を感じさせる少女だった。

 

「何を、ですって?」

 

 金髪の少女は、泣きべそをかく少女を見下しながら、汚らわしそうに眉を顰めた。

 

「身分の低い男爵家の、しかも妾の娘の分際で、よくもまあワタクシにそんな口が利けたものですわ」

 

 取り巻きたちが、そうよそうよとはやし立てる。

 

「聴いておりますわ。あなた、キングリー伯爵家の長男にたいそうな色目を使っているらしいですわね? いったい何を企んでいるのかしら?」

「そ、そんな! わたし、誓ってそんなことしていません!」

「ふうん、どうやら下賤な生まれの娘の口から出るのは、出まかせばかりのようですわね。あなたの母親も、きっとその出まかせで男爵家に取り入ったのでしょうね」

「っ! ひどい!」

 

 あまりに心無い言葉に、尻餅をついた少女は手で顔を覆い、涙をこぼす。

 しかし、ここに彼女に同情するような者は誰一人いなかった。

 

 そんな貴族社会にありがちな少女たちのいじめの風景を、離れた物陰からジトっと見つめる目があった。

 

 清潔感のあるメイド服に身を包んだ、しかしどこかみすぼらしい印象の少女だった。くすんだ灰色の髪に、やせっぽちの体躯。伸び放題の前髪の奥からのぞく灰色の瞳は、まるでタールのようにドロリと濁っている。

 

「……本当に、世界はクソですね」

 

 いじめの光景をジトっとした目で見つめながら、ぼやく。

 そうこうしているうちに、

 

「ふん、ワタクシはもう帰りますわ。あなたたち、この小娘に身の程を教育しておやりなさい」

 

 取り巻きの少女たちは、言われた通り一斉に攻撃を始めた。手は出さない。しかし、悪意にまみれた言葉の刃は、まだまだ幼い少女の心を切り裂くには十分だった。そのまま泣き崩れる。

 

 そんな様子を背に、金髪の少女は踵を返した。知ったことではないとばかりに、悠然と歩みを進める。

 

 そのまま、灰色の少女のもとに近づいてきた。

 

 灰色の少女はあわてて物陰に身をひそめた。関わりあいたくないとばかりに、顔を俯ける。

 しかし、金髪の少女は一直線にこちらに向かってくる。

 

 そして灰色の少女の前を横切ろうとした、その瞬間だった。

 

 

「それで、どうでしたの?」

 

 

 ぴたり、と金髪の少女が足を止めた。小声で尋ねる。

 灰色の少女もまた、息をひそめたままぽつりと囁くように応えた。

 

「……黒です」

 

 その言葉に、金髪の少女は深々とため息をついた。あちゃあと顔を手で押さえる。

 

「ああもう、最悪ですわ。間違いないのですわね?」

 

 確認するかのような声に、灰色の少女は濁った目のままうなずいた。

 

「はい、あの男爵家の娘が言っていることは、全部嘘です」

 

 灰色の少女は思い出す。涙を流す、虫も殺せないような無垢な少女の姿。しかし、自分の目は確かにとらえていた。あの涙も、あの言葉も、全部偽りであることを。

 

「怯えていたにしては瞬きの回数が異様に少ないです。それに、『色目』という言葉を聞いた時の反応も劇的でした。おそらくですが、すでに伯爵家のご子息と肉体的な関係にあると思います」

「ほんっと、最悪ですわね」

「それで、いかがいたしますか、お嬢様?」

「まあ、関係を持ってしまったのであれば仕方ないですわ。身ごもってないことを祈るしかないですわね。そのあたりはワタクシが調べさせますわ」

「かしこまりました。それでは、私のほうで自発的に別れ話になるように調節してみます」

「ええ、頼みましたわ」

 

 そこで、金髪の少女はメイドのほうに視線を向けた。先ほどまでの冷たい雰囲気とはうってかわり、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それより、誰も見ていないところでなら、ワタクシのことは『リザ』と呼んでほしいと言ったはずですわよ、シンデレラ?」

「い、いえ、お嬢様、お戯れを」

「リザ、ですわ」

「ッ!」

 

 耳元でささやかれ、灰色の少女はビクッとなった。三歩あとずさる。

 その様子に、お嬢様と呼ばれた少女はくすくすと満足そうに微笑むと、

 

「ほんと、あなたはかわいいですわね」

「……お戯れを」

 

 灰色の少女は、極まりが悪そうに眼を泳がせるだけだった。

 

「さあ、行きますわよ。ワタクシの灰かぶり(シンデレラ)。――いえ、クララ」

「……はい、お嬢様」

 

 颯爽と歩きだす金髪の少女の後を、灰色の少女はおずおずと追う。

 

 

 金髪の少女の名は――リズベット・オーレリア・ド・アンフィリア。

 灰色の少女の名は――クララ・フォルネウス。またの名を灰かぶり(シンデレラ)

 

 

 いずれ歴史書に『金色の女王』と『灰色の魔女』と記されることとになる、この正反対ともいえる二人の少女が出会ったところから、物語は始まる。

 

 

 

 

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