手入れの行き届いた王宮の中庭。その奥まった人気のない場所に、少女の怯え切った声が響いた。
「や、やめてください、リズベット様っ! わたしが何したというんですか!」
品のあるドレスを着た少女が、尻餅をついていた。あどけない顔立ちは恐怖に歪み、その瞳には涙が浮かんでいる。
そんな少女の目の前には、数人の取り巻きを引き連れた少女が悠然とたたずんでいた。
見事な金髪碧眼の、美しい少女だった。年のころは十六、七だろうか。ふんだんにフリルをあしらった豪奢なドレスに身を包んでいる。あと数年もすれば、傾国の美女と呼ばれるようになる、そんな予感を感じさせる少女だった。
「何を、ですって?」
金髪の少女は、泣きべそをかく少女を見下しながら、汚らわしそうに眉を顰めた。
「身分の低い男爵家の、しかも妾の娘の分際で、よくもまあワタクシにそんな口が利けたものですわ」
取り巻きたちが、そうよそうよとはやし立てる。
「聴いておりますわ。あなた、キングリー伯爵家の長男にたいそうな色目を使っているらしいですわね? いったい何を企んでいるのかしら?」
「そ、そんな! わたし、誓ってそんなことしていません!」
「ふうん、どうやら下賤な生まれの娘の口から出るのは、出まかせばかりのようですわね。あなたの母親も、きっとその出まかせで男爵家に取り入ったのでしょうね」
「っ! ひどい!」
あまりに心無い言葉に、尻餅をついた少女は手で顔を覆い、涙をこぼす。
しかし、ここに彼女に同情するような者は誰一人いなかった。
そんな貴族社会にありがちな少女たちのいじめの風景を、離れた物陰からジトっと見つめる目があった。
清潔感のあるメイド服に身を包んだ、しかしどこかみすぼらしい印象の少女だった。くすんだ灰色の髪に、やせっぽちの体躯。伸び放題の前髪の奥からのぞく灰色の瞳は、まるでタールのようにドロリと濁っている。
「……本当に、世界はクソですね」
いじめの光景をジトっとした目で見つめながら、ぼやく。
そうこうしているうちに、
「ふん、ワタクシはもう帰りますわ。あなたたち、この小娘に身の程を教育しておやりなさい」
取り巻きの少女たちは、言われた通り一斉に攻撃を始めた。手は出さない。しかし、悪意にまみれた言葉の刃は、まだまだ幼い少女の心を切り裂くには十分だった。そのまま泣き崩れる。
そんな様子を背に、金髪の少女は踵を返した。知ったことではないとばかりに、悠然と歩みを進める。
そのまま、灰色の少女のもとに近づいてきた。
灰色の少女はあわてて物陰に身をひそめた。関わりあいたくないとばかりに、顔を俯ける。
しかし、金髪の少女は一直線にこちらに向かってくる。
そして灰色の少女の前を横切ろうとした、その瞬間だった。
「それで、どうでしたの?」
ぴたり、と金髪の少女が足を止めた。小声で尋ねる。
灰色の少女もまた、息をひそめたままぽつりと囁くように応えた。
「……黒です」
その言葉に、金髪の少女は深々とため息をついた。あちゃあと顔を手で押さえる。
「ああもう、最悪ですわ。間違いないのですわね?」
確認するかのような声に、灰色の少女は濁った目のままうなずいた。
「はい、あの男爵家の娘が言っていることは、全部嘘です」
灰色の少女は思い出す。涙を流す、虫も殺せないような無垢な少女の姿。しかし、自分の目は確かにとらえていた。あの涙も、あの言葉も、全部偽りであることを。
「怯えていたにしては瞬きの回数が異様に少ないです。それに、『色目』という言葉を聞いた時の反応も劇的でした。おそらくですが、すでに伯爵家のご子息と肉体的な関係にあると思います」
「ほんっと、最悪ですわね」
「それで、いかがいたしますか、お嬢様?」
「まあ、関係を持ってしまったのであれば仕方ないですわ。身ごもってないことを祈るしかないですわね。そのあたりはワタクシが調べさせますわ」
「かしこまりました。それでは、私のほうで自発的に別れ話になるように調節してみます」
「ええ、頼みましたわ」
そこで、金髪の少女はメイドのほうに視線を向けた。先ほどまでの冷たい雰囲気とはうってかわり、柔らかな笑みを浮かべた。
「それより、誰も見ていないところでなら、ワタクシのことは『リザ』と呼んでほしいと言ったはずですわよ、シンデレラ?」
「い、いえ、お嬢様、お戯れを」
「リザ、ですわ」
「ッ!」
耳元でささやかれ、灰色の少女はビクッとなった。三歩あとずさる。
その様子に、お嬢様と呼ばれた少女はくすくすと満足そうに微笑むと、
「ほんと、あなたはかわいいですわね」
「……お戯れを」
灰色の少女は、極まりが悪そうに眼を泳がせるだけだった。
「さあ、行きますわよ。ワタクシの
「……はい、お嬢様」
颯爽と歩きだす金髪の少女の後を、灰色の少女はおずおずと追う。
金髪の少女の名は――リズベット・オーレリア・ド・アンフィリア。
灰色の少女の名は――クララ・フォルネウス。またの名を
いずれ歴史書に『金色の女王』と『灰色の魔女』と記されることとになる、この正反対ともいえる二人の少女が出会ったところから、物語は始まる。