灰かぶり姫は微笑まない   作:セラニアン

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第2話

 

 

 

 途方に暮れる、とはまさにこのことだった。

 

 暇を出されたクララは、ひとまず使用人室の隅で座り込み、ぼうっと虚空を見つめていた。脱ぐ気力も起こらなかったのか、メイド服もそのままだった。

 

「本当にどうしよ……」

 

 ちなみにクララの手には、銀貨の入った小袋があった。額としては給金の一か月分といったところか。手切れ金ということらしい。やったことといえば、お嬢様のコルセットを締めたくらいなのだが、それでこれだけの手切れ金を出すというのだから、太っ腹というかなんというかだ。

 

 それはともかく、目下の悩みは身の振り方だった。不幸中の幸いで、一か月くらい暮らしに困らないだけのお金は手の中にある。とはいえ、逆に言えば、このお金がクララの持っているすべてだった。他には何もない。

 

「帰るとこ、ないですしねえ……」

 

 これが普通のメイドだったら、手切れ金を土産に故郷に帰るところだが、クララはそうもいかなかった。そもそも、奉公とは名ばかりで、その実、支度金と引き換えに売り飛ばされたようなものなのだ。あの継母の元に帰ったら最後、今度こそ娼館に売り飛ばされてしまうだろう。

 

 幸い、このアンフィリア公爵家別邸のすぐそばに王都がある。徒歩でも行ける距離ではあるらしい。ひとまず王都に行き、住み込みで働けるところを探す、というのもの手ではある。

 

 とはいえ、世間の常識などさっぱりわからない自分が、まともに生活できるとは思わない。浮浪者に身をやつして、路地裏で行き倒れるのが関の山だ。

 

「本当に、世界はクソですねえ……」

 

 本日何度目かわからない溜息を吐く。それと同時に、クララの薄いお腹から、キュルルという音が鳴った。そういえば昨日の夜にビスケットのようなパンを食べて以来、何も口にしていなかった。ひもじいなあ、とぼやく。

 

 

 そのときだった。

 

 

「あの、これ、どうぞ」

「っ!」

 

 突然、目の前に突き出された器に、クララはビクッとなった。

 

 顔を上げると、まだ十歳くらいの男の子が、おずおずと器を差し出していた。薄汚れているが身なりは良く、ぶかぶかのエプロンをしていた。

 

「え、あ……」

「その、お姉さん、お腹すいてるんですよね? これ、あまりものですけど、どうぞ」

 

 木の器を押し付けられ、クララは思わず受け取る。大ぶりに切った野菜をミルクで煮込んだスープだった。ずっしりとしたパンが一切れ、ひたされている。湯気が立ち上り、甘い香りが鼻をくすぐった。

 

「あなたは?」

「その、クリーオと言います。ここのコック見習いです。それより、冷めてしまいますので、食べてください」

「あ、うん」

 

 促され、クララは木のスプーンでスープを掬い、口に運んだ。

 塩気は薄いが、甘く、温かかった。

 

「おいしい」

「よかったです」

 

 クリーオと名乗った少年は、はにかむように笑った。その邪気のない笑顔に、クララは少し気まずそうに顔を俯けると、もそもそとスープを口に運んだ。

 

「賄いを作るのは、僕の役目なので。お姉さんの口に合ったみたいで良かったです。それより、お姉さん、お嬢様の新しいお世話係さんですか?」

「……」

「お姉さん?」

「……もうクビになりました」

「え、もうですか? お姉さん、朝にここについたばかりですよね?」

「ええ、まあ、はい」

 

 改めて言われ、クララはズーンと沈んだ。

 その様子に、クリーオはわたわたと慌てたように、

 

「き、気を落とさないでください! その、お嬢様は気難しい方で、前に来た人も半日も持たなかったくらいですから!」

 

 もう何人も来ては辞めているのだと、慰めるようにクリーオ。

 

「……そんなに、ですか?」

「昔はそうでもなかったらしいんですけど、今はその、ひどいもので」

 

 クリーオ曰く、あの金髪のお嬢様ときたら、ちょっとしたことで癇癪を起し、メイドや使用人に当たり散らすのだという。それですでに何人ものメイドが辞めており、屋敷は常に人手不足なのだという。

 

「最近は、特にひどいようで。その、例のあの事件があったものですから」

「あの事件?」

「知らないんですか? 王都でもずいぶん噂になって……」

 

 クリーオがそこまで言いかけた、そのときだった。

 

 

 

 キャアアッ! という女性の短い悲鳴が突如響いた。

 次いで、ドンっと何かが落ちる音とガラスの割れる音。かなり近い。

 

 

 

「あっちです!」

「あ、ちょっと」

 

 子供故の好奇心か、あるいは義侠心か。クリーオは悲鳴のしたほうに駆け出した。さすがに放っておいては寝覚めが悪いと、クララもまたその後を追う。使用人室を出て、玄関から外へ。

 

 すると、植木に半ば埋もれるように、メイド服の女性が倒れているのが目に入った。肩を押さえ、うめいている。女性のすぐそばには、窓枠が落ちていた。ガラスが割れ、飛び散っていた。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

 駆け寄るクリーオ。同じくクララも続く。

 倒れた女性は、痛みに顔をしかめながらも、うめくように言った。

 

「だ、誰かに……突き飛ばされて……」

「え?」

 

 クララはとっさに上を見た。二階の窓枠が外れていた。あそこから落ちたのだと直感的に理解する。 

 

 幸い、女性はなんとか起きあがることができた。クララたちが手を貸し、植木の中から助け出す。

 

 そうこうしているうちに、悲鳴を聞いたほかの使用人たちも駆けつけてきた。自分たちのような子供の出る幕ではないと、クララは大人の使用人たちに後を任せた。何人かの使用人に支えられ、女性は屋敷の中に運ばれてゆく。

 

 その姿を見送っていた、そのときだった。

 

「ん?」

 

 ふいに目の端に動くものがあった。上を見上げる。

 

 果たして二階の窓辺にいたのは、金髪の少女だった。階下の様子をジッと見つめている。

 その目は、どこか冷たい光を放っていた。

 

「……まさか、ですよね?」

 

 クララの背中を、嫌な汗が流れる。そういえば昔、自分も二回くらい義姉たちに階段から突き落とされたなと、他人事のように思い出すのだった。

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

 数刻後。クララの姿はキッチンから続く裏庭にあった。手には小さなナイフと、そして芋が握られていた。するすると慣れた手つきで皮をむいてゆく。傍らにはむき終わった芋が鍋に山と積まれていた。

 

 その様子に、クリーオは感心したように、

 

「お姉さん、上手ですねえ」

「……まあ、慣れです」

 

 少し嫌そうにクララ。没落した貧乏貴族の食卓といえば、芋だらけになるのが普通なのだった。クララ自身、一時期は毎日お芋ばかりだったことがある。嫌いではないが、飽きるというものだった。

 

 ちなみにどうしてクララが芋の皮むきをやっているかというと、調理場の下働きとして手伝わせてもらっているからだった。

 

「……それより助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、人手不足だったので。コック長も喜んでいましたし」

 

 はにかむようにクリーオ。その邪気のない笑みに、クララはバツが悪そうに顔を俯ける。

 

 クララがこうして下働きができるようになったのは、ひとえにこの少年のおかげだった。ゆくところがないと知ったクリーオが、コック長に頼み込んでくれたのだ。最初はみすぼらしく、しかも没落したとはいえ貴族家出身のクララを雇うことを渋っていたコック長だったが、クララの作業技術――皮むき、下ごしらえ、盛り付け、なんでもそつなくこなした――を見て、みごとに手のひらを返したのだった。なお、もちろんこれらの技術はすべて継母と義姉たちによるいじめの副産物だったのは言うまでもない。

 

 しばらくして鍋いっぱいの芋の皮むきが完了する。それを見計らったのか、クリーオが木彫りのカップを二つ持ってきた。休憩にしましょう、とクリーオはそばにあった小さなベンチにクララを促した。

 

「……ありがとうございます」

 

 あたたかな紅茶に、クララはほうと息を吐いた。朝からずっと張りつめていた気持ちが、ようやく緩むのを感じた。

 

 すると当然、気になるのは先ほどの『事件』のことだった。

 

「……先ほどの人は、どうなったのでしょうか」

「なんでも、肩の骨が外れてしまっていたとかで、しばらくお仕事は無理みたいです」

「誰かに突き落とされた、ということみたいですが、誰かわかったんですか?」

「いえ、その人も誰がやったかは見ていないらしいです。ただ……」

 

 そこでクリーオは声を潜めると、

 

「お嬢様がやったんじゃないか、という噂が出てるみたいです。あのとき、二階にお嬢様がいるのを何人かの人が見たとかで」

 

 まあそうだろうな、とクララは思った。自分も確かにあの時、金髪の少女が二階の窓から下を見下ろしているのを目撃していた。その目が、冷たい光を宿していたのをよく覚えている。

 

 だが、しかし――

 

「……違い、ますね」

 

 無意識に出た言葉に、クララ自身がハッとなった。しまったと思ったが、クリーオにはしっかりと聞こえていたらしく、

 

「違うって、お嬢様がやったんじゃないってことですか?」

「いや、その……」

 

 しどろもどろに言い訳しようとした、その瞬間だった。

 

 

 

「その話、ワタクシも聞かせてもらえるかしら?」

 

 

 

 ふいに声を掛けられ、クララとクリーオはバッと顔を上げた。件の金髪の少女が、不機嫌そうな表情でこちらに歩み寄ってきていた。

 

 またクビかあ、と内心でうなだれつつ、クララはベンチから立ち上がり一礼。クリーオもそれに続く。

 対して金髪の少女は、気にしたふうもなく、

 

「さすがのワタクシの耳にも入ってきますわ。使用人たちが、ワタクシがあの娘を突き落としたと噂してると。まあ、使用人どもが何を囀ろうがどうでもいいことですが、耳障りは耳障りですわ」

 

 不機嫌そうに鼻をならすと、クララのほうをにらんだ。クララのほうが頭半分背が低いため、自然と見下ろされる形となった。

 

「それで、どうしてアナタはワタクシがやったのではないと、そう思ったんですの?」

「いえ、その……」

「ワタクシが聞いているんですのよ。早くお言いなさい」

 

 クララは観念したように、ぽつりとこう言った。

 

「……人を突き落とした者は、そんな顔はしないものだからです」

 

 クララは思い出す。二階の窓から見下ろしていた、冷たい少女の表情を。

 確かに人が見たら、自分が突き落とした者を冷ややかに見下ろしているように映るかもしれない。

 

 だが、しかし、そうではないのだ。

 

「他者を害そうとする者は、その顔に必ず怯えの相が出るのです」

「怯えの相、ですって?」

 

 金髪の少女は、眉根を寄せると、

 

「ふん、怯えなんて、高位貴族のワタクシにはそもそも縁のない……」

「違う」

「っ!」

 

 ぴしゃりとクララ。

 金髪の少女は思わず息をのんだ。伸ばし放題の灰色の髪の奥からのぞく、同じく灰色の瞳。その瞳は、まるで淀んだ沼のようにドロリと濁っていた。

 

 金髪の少女の背筋に、ゾクッとしたものが走る。それと同時に、彼女の口元が薄く笑みの形に歪んだ。ああ、なんて目をした娘だ、と。

 

 クララは続ける。

 

「どれほどの強者でも、どれほどの自信家でも、関係はありません。そもそも、他者を害そうとするのは、その心の奥底に『恐怖』があるからです」

「それが、怯えの相として出る、ということですの? たとえ物取り強盗でも?」

「気狂いの類でなければ、誰であろうと関係ありません。人の性分に違いなどないんです。必ず、恐怖の心が顔に出てきます」

 

 けれど、とクララ。あのとき、金髪の少女の顔には怯えの相は全くなかった。どちらかというと――

 

「あのときのお嬢様は、まるでジッと何かを観察されているようでした。まるで……」

 

 そこでクララは言葉を切った。ドロリと濁った目を、金髪の少女に向ける。

 

 継母や義姉たちからの虐めの中で磨かれたクララの『眼』は、その兆候を見逃さなかった。

 

 

 結果は――白だ。

 

 

「……本当の犯人を、知っている」

「……」

 

 金髪の少女は、一瞬、その目を見開いた。次いで、口元に笑みを浮かべる。

 その表情に、クララはしまった! と思った。興味を持たれてしまったのがわかった。

 

「そこのコック見習いのあなた」

「は、はい!」

 

 それまで息をひそめていたクリーオに向かって、金髪の少女は、

 

「この子、少し借りてゆきますわ。それとお茶を二つ、そうね……庭園の奥のテーブルまで持ってきなさい。メイドではなく、あなたが持ってくるのですわ。いいですわね?」

「は、はい。かしこまりました」

 

 ペコリと一礼すると、クリーオは心配そうにクララを横目にしつつ、裏庭を後にする。

 おいていかないで、と内心でクララはぼやくも、当然、意味はなかった。

 

「さて」

 

 金髪の少女はどこか嗜虐的な笑みを浮かべると、

 

「お茶にしますわ。共をなさい」

 

 

 かしこまりましたと言う以外、クララに選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

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