アンフィリア公爵家長女。リズベット・オーレリア・ド・アンフィリア。
尊大なその名乗りに対し、クララはぼそぼそとした声で返すのが精いっぱいだった。
「……フォルネウス子爵家から参りました……クララ・フォルネウスと申します」
膝を折り、一礼。そのあまりに様になっていない様子に、金髪の少女――リズベットは一瞬、眉根を寄せたものの、
「まあ、いいですわ。それより、さっさとお座りなさい」
「……はい」
クララはあきらめたように椅子に腰を下ろした。
二人がいるのは、庭園の奥まった場所にある東屋だった。四方を生垣に囲まれており、簡単に外から見えないようになっていた。東屋の作り自体も優美だったが、それ以上にテーブルセットの装飾が見事だった。
ちなみにテーブルの上には、白磁のカップが二つ並んでいた。先ほど、クリーオが運んできたものだった。去り際、心配そうに何度もクララのほうを振り返っていたのが印象的だった。
「ふうん、まあまあですわね」
カップに口をつけ、リズベット。一方、クララのほうはというと、カップに手を付けるでもなく、ただただ諦めの境地だった。今までの経験上、このように目を付けられ、呼び出された時というのはひどい目に合うのが常だったからだ。ついてないな、と心の中でぼやく。
「さて、聞かせてもらいますわ」
「……」
クララは伸び放題の前髪ごしに、正面をそろそろと見た。
そこには、妙に『イイ笑み』を浮かべた美しい少女の顔があった。
「あなた、先ほどはずいぶんと面白いことをおっしゃっていましたわね? ワタクシが犯人を知っている、でしたか?」
「……はい」
「どうしてそのように言ったのか、ワタクシにわかるように教えていただけますの?」
腕を組み、ゆったりと背もたれに体重を預けつつ、リズベットが聞く。丁寧な口調だったが、そこには有無を言わせぬ雰囲気があった。
クララは言葉を選びつつも、ジトっとした目をリズベットに向けながら、
「……ほんとうに、言ったほうがよろしいんですか?」
「どういうことですの?」
「別にそのことについてはご興味がない、と思うのですが」
「……」
リズベットの目がスッと細くなった。顎に手を当て、クララのほうをじっと見る。
「魔法、というわけではなさそうですが……あなた、ワタクシの心を読んでいますの?」
「私は、タダビトです。魔法も何も使えません」
「でも、あなたはワタクシの心を読んだように話をする。いったいどういうカラクリですの?」
そこで一瞬、リズベットの表情が淡々としたものになった。冷たい理性、とも呼ぶべき雰囲気に、クララの肌が泡立つ。
リズベットは、ひどく平坦な声で言った。
「もしあなたが公爵家を害するようでしたら、事と次第によっては、生きてこの家を出すわけにはいかないですわよ」
「っ!」
無感動に座っていたクララだったが、この時ばかりはさすがにヤバイと顔を青ざめさせた。間者とでも思われたのだろうか。お嬢様が本気で言っているのがわかった。流されるままが基本のクララだったが、さすがにこんな風に命の危険にさらされるなどまっぴらだった。
クララの灰色の瞳が、ドロリと濁る。思わず震えそうになる声を抑え込むと、なるべく平坦な口調で、
「……私には、義理の母がおります。その義母なのですが、相手に何かを言うときは、必ず腕を組む癖がございます」
「あなた、何を言って……」
「私は、ずっと見てまいりました。そしてふと気づきました。義母が腕を組むときは、必ず『言いたくないこと』を言うときだということ。そしてそれは、義母だけではありませんでした。皆同じなのです。腕を組んでいるのではありません。あれは自分の発言に自信がないので、『それをごまかすために自分を守っている』ということなのです」
「もしかしてあなた……」
一瞬、いぶかしげな顔をしたリズベットだったが、まじまじとクララの顔を眺めると、
「心を読んでいるんじゃなくて、ワタクシのしぐさを観察しているだけ、というんですの?」
「……」
よし、と内心で喜びつつ、クララはこくりとうなずいた。
「にわかには信じがたいですわね……」
そうつぶやきつつ、なんとなくだがリズベットは察した。目の前の少女の、ドロリと濁った灰色の目。あれは、ただひたすら『相手の観察』している眼なのだ、と。
「それでは、ワタクシが犯人を知っていると言ったのは?」
「それは、その……お嬢様に恐れの相がなかったので、その時点でお嬢様がやったのではないと考えました。そのあと、私が『犯人』と言ったとき、お嬢様の反応が『不自然に』ありませんでした。もし、犯人を知らないのであれば、興味を持つのが普通です。それがありませんでしたので、おそらくすでに犯人に心当たりがあるのだと」
「それは言い換えると、結局あなたの推測ってことになりませんの?」
「……いえまあ、それは、はい」
「はあ……あなた、ひどい娘ですわね。全部推測で言っていただけだなんて」
あきれたように言われ、クララはさすがに縮こまった。根拠がない推測といわれたら、身も蓋もないがそのとおりなのだ。さすがに機嫌を悪くさせたかと、おもわず身をすくませる。
しかし、次にリズベットから放たれたのは、思いもよらない言葉だった。
「とはいえ、なによりひどいのは……その推測が、全部『あっている』ということですわ」
「え?」
思わず視線を正面に向け、そしてクララは息をのんだ。
リズベットの美しい顔が、ひどく好戦的な笑みに彩られていたからだった。
「あなたのその『眼』、使えそうですわね」
あの顔は絶対ロクでもないことを考えていると、クララは顔をひきつらせた。
そして実際、その通りだった。
「前言撤回いたしますわ。あなた、ワタクシの専属侍女となりなさい。給金は弾みますわ。よろしいですわね?」
もちろん、クララからの返答は一択だった。
「…………光栄です」
「ええ、そうでしょうとも」
あきらめの境地でうなずくクララに、リズベットは満足そうに笑みをこぼすと、
「ああ、それと一週間以内に、あのメイドを突き落とした犯人を突き止めて、ワタクシに報告なさい」
「え?」
ぽかんとするクララに、リズベットはイイ笑みで答えた。
「もし見つけられなかったときは、間者の類として縛り首ですわよ」
歴史書には、このときに後の『灰色の魔女』が見いだされたと書かれることになるが、その実態が脅迫だったことを知る者は、当事者たち以外にはいなかった。