灰かぶり姫は微笑まない   作:セラニアン

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第4話

  

 

 

 アンフィリア公爵家、王都近郊別邸。

 そこでは、ここ数日、毎日のように少女のヒステリックな声が響いていた。

 

『いったい何度言ったらわかりますの、灰かぶり(シンデレラ)! 全く本当に愚図ですわね! どうしたらアナタのような使えない娘ができるのか、不思議で仕方ありませんわ!』

 

 屋敷の主人と言っても過言ではない少女の部屋から轟く、容赦のない罵声。いったい、あの部屋の中で新しいメイドの少女は、どんな目にあっているのだろうか? 屋敷の一般メイドたちは震えあがりながら、気の毒に、とひそひそと囁ささやきあう。

 

 とはいえ、気にはなるが、結局、我が身がかわいいのが人の性だった。とばっちりを受けないよう、なるべくお嬢様の部屋には近寄らないようにするばかりだった。

 

 

 ちなみに、その件の部屋の中が実際どうなっているかというと、

 

 

「ふふん、今日の罵声もなかなか様になっていましたわね」

「……左様ですね」

 

 今の今まで罵声を放っていたかと思えないほど、機嫌よく笑みを浮かべるリズベットと、その背後でお嬢様の髪の毛に櫛を入れながら、目をドヨーンとさせているクララの姿があった。

 

「あら、どうしたんですの、シンデレラ? 朝からそんな疲れた顔をして?」

「逆にお嬢様は、あれだけ罵声を放って、よく平気でいらっしゃいますね」

「これでも結構鍛えていますのよ」

 

 なぜか得意げに胸をそらすリズベット。いっぽう、クララはやるせなさそうに溜息を吐いた。

 

 クララがリズベットの専属メイドとなって、すでに四日が経っていた。ちなみに四日とも、朝の着替えの時に、リズベットから罵声を浴びせられるのが日課となっていた。

 

 もっとも、罵声を浴びせられる『フリ』なのだが。

 

「しかし、合点がゆきました」

「あら、なにがですの?」

「最初に、お嬢様にお会いした時のことです」

 

 そこで、クララはチラと傍らを見た。そこには、鍵束を携えた妙齢のメイド――メイド長であるナタリアが、すました顔でたたずんでいた。

 

「お嬢様に関するメイド長の口ぶりが妙でしたので、何かあるのかと思っていましたが、お二人とも共犯だったのですね」

「あら、ナタリア、言われていますわよ?」

 

 楽しそうにリズベット。対して、メイド長はすました様子を崩さず、

 

「ふむ、それは心外ですね。自分はお嬢様に誠心誠意尽くしているだけなのですが」

 

 そういいつつ、口の端が笑みの形に歪むナタリア。

 そんなお嬢様とメイド長の様子に、クララはやれやれと頭を振る。

 

 リズベットの専属メイドとなってクララがまず知ったのは、この金髪のお嬢様が屋敷で噂されているような『ワガママな性格』では全くないということだった。

 

 いや、もちろん我が道を行くタイプであることは間違いなかった。クララを強引に専属メイドにしたことが、その証だろう。

 

 しかし、だからと言って言いがかりをつけて使用人にきつくあたったり、理不尽なことをするかというと、そういうわけではなかった。感情豊かではあるが、それ以上に理知的で理性的だった。頭もすこぶるよく回る。

 

 ではなぜ、周囲の使用人から『理不尽なワガママお嬢様』と思われているかというと、答えは簡単。そう思われるように、普段から演技しているからだった。

 

 まあ、どうして演技をしているかは教えてもらえませんでしたが、とクララは内心でぼやきつつ、金色の髪の毛に櫛を通してゆく。時折、花の香りのする香油を薄く塗り、つやを出すのも忘れない。毛先は特に傷みやすいので、念入りにもみこんでおく。

 

「初日からそうでしたが、コルセットの締め方から髪の手入れまで、まるでベテランメイドのような腕前ですわね、灰かぶり(シンデレラ)?」

 

 感心したようにリズベット。特に髪の手入れなど、メイド長のナタリアより上手いといえるくらいだった。

 

 ちなみに褒められたクララだったが、もちろん嬉しそうな表情はみじんもなく、

 

「義姉たちの髪の手入れを、ずっとやらされておりましたので」

「あなたに『灰かぶり(シンデレラ)』の渾名をつけた方々ですわね。言いえて妙というか」

 

 リズベットは肩越しに背後を見た。メイド服に着られた貧相な体に、癖の強いくすんだ灰色の髪。伸び放題の前髪の奥には、よどんだ灰色の瞳が見え隠れしていた。

 

「まさしく『灰かぶり』ですわねえ」

「お気に召したようで」

「ええ、気に入っていますわ」

 

 クスクスと笑う。ひょんなことからクララが実家で灰かぶり(シンデレラ)と呼ばれていることを知ったリズベットが、あまりにぴったりなその渾名を気に入り、そう呼ぶようになったのだった。

 

 ここでも自分は灰かぶりと呼ばれるのかと、クララは無感動に嘆息した。

 

 しばらくして、朝の着替えと髪の手入れが完了する。姿見で一通り確認すると、リズベットは満足そうにうなずいた。今朝も合格をもらえたらしいと、クララは胸をなでおろした。

 

「今日は所用で出かけますわ。あなたはキッチンのほうの手伝いでもしてなさい。もちろん、怒られて気落ちしている感じを出すこと。よろしいですわね?」

 

 かしこまりました、とクララは一礼。しずしずと部屋を出たところで、小さくため息を一つ。

 

「……今日はクリーオになんて言い訳しましょうか」

 

 大丈夫かと過剰なまでに心配してくる少年への言い訳を考えつつ、クララは怒鳴られて落ち込んでいる雰囲気を出すべく、顔をうつむけるのだった。

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

「それでナタリア、どうでしたの?」

 

 クララの姿が完全に扉の向こうに消えたことを確認し、リズベットは笑みを消した。

 

「まだ三日ですので、そこまで調査が進んだわけではありませんが、今のところ特に怪しいところは見つかっておりません」

「そう。とりあえず、引き続き調査を続けなさい」

「御意に」

 

 慇懃に礼をするナタリア。

 

 クララの再雇用を決めた後、まず真っ先にリズベットが命じたのは『クララの身辺調査』だった。もちろん、メイドとして雇い入れをする前にも調べてはいるのだが、改めて詳しい調査をするよう命じていた。クララの生家があるフォルネウス子爵領にも、手のものを派遣し、現地調査をするよう厳命してある。

 

 それもこれも、クララがあまりにも『怪しい』からだった。それもそうだろう。普通に考えれば、いくら没落したとはいえ、貴族家の娘があんな『異常な観察眼』を持つはずがないのだった。それこそ、幼少期から『そういう訓練』――暗殺や諜報などだ――を施されている可能性も考えられた。噂程度だが、この王国にはそういった裏家業を生業とする『騎士の家系』というのがいるという話も聞いたことがあった。

 

 故にこそ、リズベットがまず行ったのが、クララの生家であるフォルネウス子爵家がどのような家であるかと、そして公爵家に害意を持つか否かの調査だった。万が一、フォルネウス家が何らかの意図をもってクララを送り込んだのなら、放っておくわけにはいかない。貴族家として最上位であり、王族に最も近いといわれる『公爵家』という地位にいる以上、常に脅威を考えねばならないのだった。クララを再雇用――それも最も自分の目が届きやすい専属メイドに――したのは、そういう意味合いもあった。

 

 なにせ――

 

「ただの観察眼というには、あの子の『眼』はいくら何でも異常ですわ」

「はい、まさか犯人捜しをわずか一晩で終わらせるとは思いませんでした」

 

 

 リズベットとナタリアは、三日前のことを思い浮かべる。

 

 クララを再雇用した翌日のこと。朝の身支度の手伝いをさせながら、どこから調べるのかと問うたリズベットに対し、クララから返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。

 

「……いえ、もう分かりましたので」

「は?」

 

 思わず間の抜けた声を上げるリズベット。同じく、事情を聴いているナタリアも唖然とした。

 

「わかったって、まだ一晩ですわよ?」

「私も、縛り首にはなりたくありませんので」

「いえ、そういうことを言っているのではないんですのよ?」

 

 相変わらず無感動に答えるクララに、リズベットは気を取り直して、

 

「まあいいですわ。とりあえず聞きましょう。それで、だれがあのメイドを突き落としたんですの?」

 

 でまかせは許さないとばかりに、リズベットはじっとクララを見つめた。対してクララは、ドロリと濁った瞳をリズベットに向けながら、

 

「そもそも突き落とした者などいません」

「……」

 

 その端的な言葉に、リズベットは眉をピクリとさせた。

 

「……どういうことですの?」

「あの者は、突き落とされたのではなく、『自分で』落ちたのです」

 

 クララの言葉に、いよいよリズベットの顔から表情が消えた。もしかしてこの表情も観察されているのだろうかと頭の片隅で考えつつ、どうしてその結論になったのか問う。

 

 クララは淡々とした声色で、

 

「私はあのとき、落ちてすぐに現場にたどり着きました。そこで二階を見上げましたが、お嬢様しか二階にはいらっしゃいませんでした。だからです」

「よくわかりませんわ。もっと詳しく説明なさい」

「はい。もしもです。何らかの害する意図をもって人を突き落としたのであれば、その犯人がもっとも気にするのは『落ちた人間がどうなったのか』です。無事なのか、けがをしたのか、あるいは死んだのか……自分の行った結果を知りたいという心は、それを行った者にとって、思いのほかに強い衝動なのです」

「けれど、普通、犯人というのは逃げるものではありませんの? そうでないと、捕まったり見つかったりしてしまうではありませんの」

「いえ、ただの物取りならともかく、害することが目的の場合は、そうではないのです。自分のなした結果を知りたいという欲求は、逃げるという欲求を上回ることが往々にしてあるのです」

 

 昔、とクララは語る。彼女曰く、数年前にフォルネウス領で放火が続いたことがあったのだという。最初は干し草が燃えた程度だったが、だんだんとエスカレート。最終的には民家に火がかけられ、何人もの人が焼け死ぬという事件があったのだという。

 

「たまたま領主館のすぐそばであったため、義母に命ぜられ、私も消火の手伝いに行かされました。そのときです。人々が不安と好奇のまなざしで『炎』を見つめる中、たった一人、炎ではなく『炎におののく観衆』をうれしげに見ていた男がいました。まるで、観客が一喜一憂するのを楽しむかのように。後日、その男が火をかけた者だということがわかり、男は極刑となりました」

 

 すぐに逃げていれば、捕まることもなかっただろう。しかし、男は逃げなかった。正確には、逃げるよりも『自分がもたらしたもの』を確認するほうを優先してしまったのだ。

 

 そして今回の件も同じなのだと、クララは語った。

 

「念のため、集まってきた使用人たちも見渡しましたが、無事を気にする人はいても、『成果』を気にするそぶりをする人はいませんでした。助けるふりをして、ケガの具合を確認するような者もいませんでした」

「つまり、犯人がとるであろう行動をする者がいなかったということですわね?」

「はい。もし、あのメイドが本当に突き落とされたのであれば、彼女の容態こそが犯人にとっての『成果』です。しかし、それを気にする者が誰もいない。となると、突き飛ばされたという発言のほうが疑わしいことになります」

 

 つまり、突き飛ばされたという言葉が嘘であるということだった。

 

「となると、あのメイドが自分から飛び降りたと考えました。ですので、さきほど朝一で落ちた窓を見に行ったところ、うっすらとですが窓枠に靴跡がありました。もし、誰かに突き飛ばされたのであれば、窓枠に靴跡がつくことはありません。靴跡があったということは、窓枠に足をかけたということです」

「つまり、自分から飛び降りた、と……そういう結論になったということですのね?」

「はい」

 

 クララは頷き、そこでそっと目を伏せた。ぽつりとこぼす。

 

「……ただ、私にわかるのはそこまでです。自分から落ちたことはわかっても、『なぜ』落ちたのかはわかりません」

 

 心が読めるわけではありませんので、とクララは締めくくったのだった。

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

「心が読めるわけではない、ねえ」

 

 三日前のことを思い出しつつ、リズベットは小さく嘆息した。ほとんど心が読めているようなものじゃないですの、とぼやく。

 

 なにせ、クララの語った推測と、リズベットが考えていた予想が、ほぼピタリと一致していたからだった。

 

「結局、あのメイドはどうなったんですの、ナタリア?」

「はい。ケガの療養を理由に、元の職場である『当家本邸』への異動を申し出てきましたので、許可しておきました。今朝確認したところ、すでに部屋はもぬけの殻となっておりました」

「ワタクシへの暇乞いもなしに、ですのね」

 

 リズベットは苛立たし気に爪を噛んだ。

 

「確かあのメイドは、半年ほど前に本邸からこちらに来た者でしたわね?」

「はい、ほかの数人のメイドと一緒に」

「やはり本邸の手の者というわけですのね。となると、ワタクシの悪評を立てるために一芝居うった、と考えれば辻褄が合いますわね」

 

 とはいえ、とリズベット。あのメイドが、自分から率先してそのような芝居を打ったわけではないだろう。

 

「確かに、あのメイドは自分から落ちた。けれど、本邸から指示を受け、『落ちるよう』に仕向けた者はいるはずですわ」

「問題は、この館にいる誰が本邸との連絡役をしているかです」

「間違いなく、本邸とつながっている『内通者』がいるはすですわ。その者が、今でも何食わぬ顔で近くにいるかもしれないと思うと、はらわたが煮えくり返りますわ」

 

 リズベットは自分の髪をいじりつつ、イライラと眉根を寄せる。

 

 そこでふと、彼女は自分の髪が、いつもよりも艶めいていることに気づいた。毛先まで香油がもみこまれており、リズベットお気に入りの甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。

 

 そういえば、とリズベット。ここ数日はあの子が手入れをしているせいか、妙に艶がよいのだった。

 

「……惜しい腕ですわね」

 

 もしも、とリズベットは思う。万が一、あの灰かぶりの娘が、何の裏もないただの没落した貴族の娘であり、その力を自分のために十全に発揮してくれたのなら――

 

「あの子なら、もしかしたらこの屋敷に紛れ込んだ『内通者』を見つけ出せるかもしれませんわね」

 

 過度の期待はしないようにしつつ、しかし心のどこかで期待する自分がいるのをリズベットは感じていた。

 

 

 なお――

 

 

 後日、身辺調査の結果、クララの『観察眼』が本当に継母や義姉たちの虐めから逃れるためだけに磨かれたものであることが判明し、リズベットたちがなんとも言えない顔をすることになるのだが、それはまた別の話だった。

 

 

 

 

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