灰かぶり姫は微笑まない   作:セラニアン

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第6話

 

 

 屋敷の主ともいえるリズベットの自室は、主に三つあった。一つは寝室。一つは居間。そしてもう一つが書斎だった。

 

 ちなみに書斎と言ったが、どちらかというと執務室に近い用途の部屋だった。本棚は一つしかなく、代わりに巨大な執務机が窓を背に鎮座していた。部屋の中央にはソファとローテーブル。もちろん、どれもこれも優美な彫刻が施された、珠玉の一品だった。

 

 そんな執務机についたリズベットが差し出したのは、三通の手紙だった。この手紙を見て、もし何かおかしいところに気づいたら、教えるようにということだった。

 

「おかしいところ、ですか?」

「ええ、そうですわ。どんな些細なことでも構いませんわ。とにかく、何か妙な部分や、違和感があったら、ワタクシに教えてほしいのですわ」

「よくわかりませんが、かしこまりました」

 

 首をかしげつつ、クララは一つ目の封筒を手に取った。特に何の変哲もない封筒で、表には宛先が、裏には差出人の名前が書いてあった。

 

 ちなみに、差出人の名には見覚えがあった。

 

「ドロシー・アプト?」

「あら、知っていますの?」

「名前は、ですが」

 

 ちなみに朝、彼女から言われた『お嬢様に手紙を見られないようにしてほしい』という要望については、完全に無視することにしたクララだった。

 

 検閲されてもいいようにか、封のされていない封筒を開く。中から出てきたのは、きれいに二つ折りにされた便箋だった。

 

 開き、目を通す。とたんに、クララはうわあ、と声を漏らした。

 

「……確かに、これは馬に蹴られるものですね」

「まあ、そういうことですわ」

 

 リズベットも苦笑を浮かべる。

 

 手紙の中身は、いわゆる『恋文』だった。冒頭は最近の近況報告が綴られているが、中盤からは『会いたい』だの『寂しい』だの『愛している』だの、なかなか情熱的な言葉が並んでいた。内容よりも見栄えの良い単語を並べるほうに力が入っていると言ったほうがよいだろうか。正直に言って、見ているほうが恥ずかしくなるような内容だった。

 

「故郷にいる婚約者にあてたものらしいですわ。毎月欠かさずだしてるんですのよ」

「なるほど……」

 

 筆まめだなと思いつつ、クララは手紙をすっとかざした。

 灰色の瞳が、ドロリと濁る。

 

「飽きっぽいというか、それほど集中力が持たない方のようですね」

「え……?」

 

 きょとんとするリズベットに対し、クララは淡々と、

 

「少し見栄っ張りで、見た目や体裁は気にするタイプ。どちらかというと感情的で感覚的ですね。頑張ろうという気持ちはあるものの、長続きはしない性分といったところでしょうか」

 

 そんなクララの言葉に、リズベット小首をかしげると、

 

「シンデレラ、貴方、この子のこと知ってるんですの?」

「いえ、少し挨拶を交わしたことしかありませんが」

「でも今、貴方、ドロシーのことを……」

 

 そこでリズベットは、ハッとなった。驚いたように目を見開く。

 

「もしかして、手紙を見ただけで、そこまでわかるんですの?」

 

 クララはコクリとうなづいた。

 

「いえ、まあ、なんとなくですが」

「どこが何となくですの。しっかりあたってますわよ」

 

 あきれたようにリズベット。

 

「いったいどこでそんなことがわかるんですの? 言い回しとかからですの?」

「いえ、文章の中身は特に見ておりません。見ているのは『文の形』です」

「形?」

「はい、文の形です」

 

 クララは手紙を執務デスクの上に置いた。便せんに書かれた『文章』の外枠を、指先でグルリとなぞった。

 

「見ていただくと、一文一文の左端の先頭はだいたいそろっているのですが、右端の文の折り返し部分は、全くそろっておらずバラバラです」

「言われれば確かにそうですわね」

 

 手紙を上から俯瞰してみると、左端の文頭はほぼ一直線にそろっているのに、右端の折り返しはバラバラになっていた。

 

「これはつまり、書きはじめは綺麗にそろえようと意識していますが、書いているうちに集中力が切れてしまい、折り返し部分までそろえようという意識がなくなっているということです」

 

 クララ曰く、こういう文章になってしまう人は、飽きっぽく見栄っ張りな傾向があるとのことだった。

 また、こうなるということは、下書きなどはせず、そのままペンを走らせていることになる。慎重さには欠けており、感情的な証拠だった。

 

「ただ、同時に文頭は最後までそろえようとしています。こういったところから、体裁を気にしないわけではないですし、頑張ろうという意識はあることがうかがえます」

「ふうん、文章の形でそんなことがわかるんですのね。それは面白いですわ」

 

 感心したようにリズベット。

 

「そういえば、文官を輩出する貴族家では、集中力を養うために、子供に簡単な計算を延々にやらせたり、同じ単語を延々に書かせたりするという話も聞きますわね」

「それ自体は私は良く存じ上げませんが、私が今まで見てきた限り、文章の『形』には書いた者の『人となり』が現れるようです」

 

 なお、毎度のことではあるが、クララがなぜ文章にそれだけ詳しいかと言うと、面倒くさがりの姉たちの代わりに、クララがすべての文章の代筆をしていたからだった。ちなみに、一番多く代筆したのは、二番目の姉に言われて書いた『恋文』だったりする。

 

「文章の最初と最後で、どれだけ文字に差が出ているか。最初の一文と最後の一文で、長さや形がどれだけ乱れているか。文章の内容は飾ることができても、文章の形にはその人の性分がありありと現れるのです」

「なるほど、言いえて妙ですわね。あなたに見せて正解でしたわ」

「……いえ、たいしたことではありませんので」

 

 そういいつつ、なんとなくクララは目を伏せた。そういえば、ここにきてから妙に褒められているなと、とりとめもなく思った。

 

「さて、ドロシーさんの手紙は分かりましたわ。それではこちらはどうですの?」

「これは……」

 

 クララは気を取り直すと、差し出された別の手紙を受け取った。さっと目を通す。

 

「内容は、借金の支払いを待ってもらうようお願いする手紙、でしょうか?」

「執事見習いの、アンドリューという者の手紙ですわね。どうにも博打好きで、休みのたびにカード賭博をしては、借金をしているようですわ」

 

 頭が痛いとばかりにリズベット。

 クララは濁った眼で手紙を視る。

 

「見るところ、表向きは相当な自信家ですが、根は小心者といった方ですね。文字に勢いがある割に、文字自体はやたらと小さいです。人の自信は、たいていの場合、文字の大きさに現れますので」

「確かに口では大きなことを言う割には、ワタクシの前ではいつも小さく縮こまってますわね」

「文字の濃さにもバラつきがございます。正直なところ、一貫性がない方ですね」

 

 クララは指先で文章をなぞった。

 

「気になるのは、スペルミスがそこら中にあることと、数字の計算が間違っているところでしょうか。とても博打で勝てる見込みはなさそうですが、それでも賭博と言うのは辞めがたいものなのでしょう」

「まあ、そうですわね」

 

 うなずきつつ、リズベットは思案気に顎に指をあてた。クララには言っていないが、リズベットが一番怪しんでいるのが、このアンドリューだった。確かに素行がよいとは言えないのだが、かといって不真面目と言うわけでもなかった。執事見習いになれるということは、低位とはいえ貴族家の出身ということでもある。何か言い含められ、本邸との内通役をしていてもおかしくはない。

 

 今度、休みの日にナタリアに調べさせたほうが良いですわね、とリズベットは内心でつぶやく。

 

 気を取り直すと、リズベットは最後の一枚をクララに手渡した。

 

「最後のこれは、親への仕送りについての手紙ですね」

「ええ、ベテランメイドのアンナのものですわね」

 

 リズベット曰く、自分が生まれる前から公爵家に仕えているメイドとのことだった。故郷に老いた両親がおり、ずっと仕送りを続けているのだという。

 

「先ほどの方とは打って変わって、文字が大きく、そして文が右に行くにつれて右肩上がりになっています。主張が激しく、おしゃべりな方だと思います。少し調子に乗ってしまうところがある方ですね」

「まさしくその通りですわね。噂が好きで、屋敷で流れている噂のほとんどは彼女が流していると言われてますわね」

「最後まで文の勢いが止まらないです。自分の言葉には相当な自信をもっていらっしゃるようです」

 

 そういいつつ、クララは今一度、三通の手紙を見返した。気づいたことをポツポツとリズベットに告げる。

 

「気づいたのはそんなところでしょうか。内容については初見ですので確かなことは言えませんが、特に不自然なところはないと思います」

「なるほど、わかりましたわ」

 

 そこでリズベットが、少し間を置いた。口元のみに笑みを浮かべ、クララのほうをじっと見る。

 

「どうしてこんなことをするのか、理由は聞かないんですのね?」

 

 クララは内心で、うわぁ、と冷や汗を流した。どう考えても試されているのがわかった。

 

「お嬢様は聡明なお方です」

 

 クララは言葉を選びつつ、

 

「必要になれば教えていただけるかと思いますので、私からは特にありません」

「ふふ、わかっていますわね。優秀な子は好きですわよ」

 

 満足げにクスクスと笑うリズベットに、クララは無言で小さくお辞儀をした。余計なことは聞かず、なるべくやり過ごすのがクララなりの処世術だった。

 

「明後日には、郵便配達人が来ることになっていますの。この手紙を預けて、かわりにこちらに届く手紙を確認しなければなりませんわ。引き続きあなたにも手伝ってもらいますわ、よろしいですわね?」

「…………」

 

 これで終わりじゃないんだと思いつつ、かしこまりましたと頭を下げる。

 色々なことを知りすぎた結果、口封じに始末されないことを祈るばかりのクララだった。

 

 

 

 

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