ウツロナ ラクエンノ カケラ   作:kanpan

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もしバゼットさんがライダーを召還していたら(後)★

 穂群原学園の二年生、衛宮士郎と間桐慎二は放課後、深山町のスーパーを訪れていた。

 

「エミヤ、あそこにすげー美人がいるぜ」

 

 慎二が指差す方向を士郎が見ると、この辺りでは見慣れない美女二人がいた。ショートカットとロングヘアの西欧系外国人。ショートの女はビジネスウーマンのようなパンツスーツで、一方ロングの女はセーターにジーンズと服装はちぐはぐだが、二人ともモデルのようにスタイルがよくて遠目からも凄く目立っていた。

 

「ほんとだ、外国人だ。なにか困っているのかな」

 

 外国人女性二人は空の買い物かごを手にしたまま、売り場の端で立ち止まっている。

 士郎が二人の姿を眺めていると、慎二が肘で脇をつついてきた。

 

「声かけてこいよ」

 

「慎二がいけばいいだろ」

 

 最初に見つけたのは慎二なんだし、と士郎が返すと慎二は急に不機嫌になった。

 

「ボクはあんなデカオンナ嫌いなんだよ!」

 

 気になってるくせにに、それを他人から指摘されるとすぐムキになるところが慎二らしい。いつものことなので士郎は慣れている。 

 

「美人だって言ったのに。じゃあ俺行ってくるよ」

 

 すねている慎二をその場で待たせて、士郎は二人に近づいていった。徐々に二人の会話が聞こえてきた。

 

「うーん……」

 

 主に悩んでいるのは長髪の女性だ。売り場の野菜ケースの値札を見つめながら固まっている。ショートカットの女性はそんな相方にそろそろしびれをきらしているようだ。彼女は反対側の棚に積まれた特売品を指差していた。

 

「ライダー、悩むくらいならあそこにある『10秒チャージ』を箱ごと買いませんか。あれ一つで数時間体力を維持できるらしい。実用的です」

 

「ダメです、マスター。きちんと料理しましょう」

 

 長髪の女性はきっぱり断った。

 そういう生活を正すためにスーパーに買い物しているのですから、と。

 この外国人女性二人組は聖杯戦争のマスターとサーヴァント。バゼットとメドゥーサであった。

 メドゥーサのマスターであるバゼットは生活において効率を重視しすぎる傾向があり、目を離すと食事はすぐに作れるインスタント食品やいつでも開いているジャンクフード店で摂取しようとする。

 そんな食生活をしているからあなたの血は美味しくないのです、とメドゥーサはバゼットに説教をし、食生活の改善をはかるべくバゼットをスーパーに連れてきたのだ。

 

「食事は戦略の基礎ですよ、マスター」

 

「確かにそのとおりですが……そんなに気を使ってくれなくても」

 

 そこまで細かい事には気がすすまない、といまだ消極的な態度のバゼットだったが、メドゥーサはあえて無視して買い物に集中した。

 きちんと栄養がある食材を選び、適切に調理した美味しい食事でマスターの健康状態を整えることが、ひいてはメドゥーサ自身の円滑な魔力供給に直結するのである。ケースの中の野菜を見つめる目にも力がこもるというもの。

 だが、メドゥーサの買い物は一向に進んでいなかった。手に持った買い物かごはからっぽのままだ。

 

「それにしても食材にこんなに種類があるとは」

 

 メドゥーサは手にしたメモを眺めて途方にくれる。作りたい料理とその材料をメモにまとめて持参してきた。あとはメモしたものを買うだけのはずだった。

 ところが、白菜にしても、大根にしても、同じような姿形なのだが微妙に値段が異なるものが隣に並んでいる。高い方は品質がいいのだろうか? ならば高い方を買ったほうがいいのか? それとも安い方をよりたくさん買ったほうがいいのか? どれを選んでいいのかがわからない。考えるほどに迷ってしまう。だが、あまり迷っているとバゼットが待ちくたびれてインスタント食品をカゴに詰め込みそうだ。少し焦ってきた。

 

「こんにちは」

 

 脇から聞こえた声でメドゥーサが振り向くと、そこに赤茶色の髪をした少年が立っていた。服装と年頃からしてこの町の高校生のようだ。

 

「あら、こんにちは」

 

「手伝いますよ」

 

 少年は気さくに手助けを申し出てくれた。メドゥーサが感じる限りで彼に悪意や敵意はないように見えた。親切な少年が街に不慣れな外国人に声をかけてくれた、と解釈しておいて問題はないだろう。せっかくなので彼の好意に甘えることにした。

 

「助かります。料理の材料を買いに来たのですが、たくさんありすぎて何を買っていいのかわからなくて」

 

 メドゥーサはレシピと材料一覧のメモを少年に渡した。少年はそれをさっと眺めると力強く頷いた。

 

「任せてくれ。俺は買い物も料理も得意だから」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

「なあ衛宮、それでどうだったんだよ」

 

「なにがさ」

 

 士郎はさきほどスーパーから出てきた。両手いっぱいにスーパーの袋を抱えた外国人美女二人と一緒にだ。女性たちは士郎と楽しそうに会話しながら、最後は手を振って別れていった。

 慎二はその様子を離れた物陰から観察していたが、士郎が一人になったのを見計らって出てきた。女たちがあの雰囲気なら士郎はうまいことやったのかも、と見えた。それでさっそくスーパーの中での顛末を士郎から聞きだそうとしたのだが。

 

「決まってるだろ、あの女たちと何の話をしたんだよ」

 

「レシピをみて、それにあう野菜をえらんで、料理のアドバイスもしたぞ」

 

「ほかには」

 

「それだけだ」

 

「本当にそれだけしか聞いてないのかよ。何やってんだよ!」

 

「なんでさ」

 

「他に聞くことあるだろ。名前とか、年齢とか、住所とか!」

 

「ああ、思いつかなかった」

 

「あーー、衛宮おまえ、本当に役に立たないなっ」

 

 士郎はいまいちわかってなかった。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 バゼットとメドゥーサは館の部屋で夕食の卓についていた。テーブルの上にはメドゥーサが作った夕飯が並んでいる。スーパーで出会った少年に教わったレシピを元に精一杯腕をふるった料理だ。

 

「いかがですか、マスター」

 

 メドゥーサは料理に慣れていない。ましてやこの時代、この国の食材と調理器具で料理をするなど思いもしなかった。味に自信はもてないが、なんとか食べられるようになっていればいいのだけれど、と心配しつつバゼットに感想を求めた。

 

「問題ありません。栄養も量も十分ですし」

 

 簡潔な返事だった。バゼットに不満はないようだ。もくもくと夕飯を食べていた。その様子にメドゥーサはほっとする。けれどもそれはそれで拍子抜けなのでもう少し何かコメントが欲しいと思う。だがすぐにマスターの口に合ったならそれでいいではないか、我ながら贅沢なものだ、と思い直した。

 その様子に気づいたバゼットが一瞬食事の手を止めた。

 

「どうしましたメドゥーサ」

 

 メドゥーサは黙っていたつもりだったが口元がすこし笑っていたようだ。

 

「いえ、ゆっくり食べてくださいね」

 

「ええ、まだ慣れませんが……」

 

「何にですか。この国の料理がでしょうか」

 

「いえ、こうしてゆっくり食事をするということが、あまりに久しぶりで」

 

「徐々に、でよいので慣れてくださいね」

 

 食事の内容だけが良い食生活を作っているのではない。落ち着いた食卓につくことも健康な生活のために大事な習慣なのだ。

 メドゥーサはなるべくやんわりと諭したつもりだったが、バゼットは気まずかったのか、こほん、と咳払いをした。話題を変えたいようだ。

 

「それにしても、スーパーで出会ったあの少年は親切でしたね。困っている人を見過ごせない性格のようでした」

 

「ええ、おすすめのレシピもたくさん教えてくれました」

 

 彼が教えてくれたレシピは実にすばらしかった。調理時間が大幅に短縮され、追加でデザートや翌日のおかずまで仕込めてしまう。

 メドゥーサは席を立って、冷蔵庫を開け、中からボウルを取り出して戻ってきた。これも先程の彼が教えてくれたレシピで作ったものだ。

 テーブルの上でボウルの中身を皿に取り分けてバゼットに渡す。白くてぷるんとしているゼリーのようなもの。

 

「どうぞ。デザートの杏仁豆腐です」

 

「どうも」

 

 バゼットはいままで同様に黙々と杏仁豆腐を食べ始めた。メドゥーサも食卓につき、自分の分をとりわけて味見をしてみる。冷たくて甘い。我ながらうまくできたと思う。顔を上げてバゼットを見ると、彼女はすでに杏仁豆腐の器をキレイに空にしており、すでに何か他のことに気を取られているようだった。

 

「考え事ですか、マスター」

 

「ええ。今後の方針を練っています。まだこの街に来て日が浅いですが、あの少年を始め、みな良い人たちだ。そんな街の人々を聖杯戦争にまきこんではいけない」

 

 バゼットは聖杯戦争の戦略について思いを巡らせていた。聖杯戦争のマスターとしてそれは当然のことだ。けれどもメドゥーサは少し驚いた。

 

「意外ですね」

 

「そうですか?」

 

 意外、と言ったのは本心ではなかったかもしれない。

 バゼットは任務に忠実で厳格な人間のように見えるが、メドゥーサの感覚ではその外見は表面上のものだ。だが、そうであったとしても。

 

 魔術師はとても冷酷だ。その常識は一般人とかけ離れている。魔術師たちはその血族に代々伝わる魔術を極めることを目的とし、そのために他の全てを利用する。それはどの時代でも変わらない。

 聖杯戦争に参加する魔術師たちにとって最優先事項は他のマスターを全て倒し、聖杯を手に入れることだ。聖杯戦争によって犠牲が出るのは仕方のないこと、必要悪と割り切っている。

 犠牲の後始末をする手はずもついている。聖杯戦争の監視役を引き受ける聖堂教会がこの戦いに伴う騒動の隠蔽工作をしてくれる。……あくまで度を越さない限りでの話だが。

 バゼットは魔術協会から派遣されたマスター。それこそ正統的な魔術師であるはずではないのだろうか。

 

「あなたは魔術師でしょう? 街の人間に犠牲が出ることなどに躊躇をしないのでは?」

 

「倒すべき相手に躊躇はしません。なにしろ15歳からこの仕事をしていますから」

 

 うまいことバゼットから身の上話を聞き出せる機会かもしれない。メドゥーサは手元の杏仁豆腐をつつきながら、さり気なくバゼットに話の先を促した。

 

「それは今の時代の人にしてはずいぶん若いですね。普通はさっきの少年のように学校に行くものでしょう」

 

「一人前になりしだい故郷をでて魔術協会に所属しました」

 

 その後に続くバゼットの魔術協会での話はこうだ。

 アイルランドの魔術師一族出身のバゼットは故郷を出るとロンドンの魔術協会に所属した。バゼットの一族は神代から続くルーン魔術の名門であったが、一族と魔術協会の間にはそれまでほとんど関わりがなかった。魔術協会には派閥主義がはびこっており、後ろ盾がない者には極めて不利だ。そんな逆境の中でバゼットはどの派閥におもねることもなく己の能力だけを頼りに存在を誇示し続けた。やがて魔術協会の貴族たちは彼女を認め役割を与えた。

 封印指定執行者。

 それは魔術協会選りすぐりの武闘派魔術師の集団。主な任務である封印指定の魔術師への強制執行の他、死と隣合わせの危険極まりない任務を腕尽くで解決する。魔術をつかって戦闘行為を行う執行者たちは魔術協会の魔術師たちから畏怖され、同時に侮蔑の目も向けられていた。

 バゼットは貴族たちから与えられる任務を、それがどんなに過酷なものであろうともこなしてきた。居場所を勝ち得るためにはそうして力を誇示しつづける必要があるのだと。

 

「マスター」

 

「なんですか?」

 

「魔術協会なんてやめてしまいなさい」

 

「これが自分に与えられた役割ですから」

 

「利用されているのがわからないのですか」

 

 メドゥーサがバゼットから聞いた話を解釈すると、バゼットが執行者の任務についたのは16、17歳の頃のはずだ。高校生程度の年齢の若者をそんな危ない仕事につかせる組織がまともなところであるはずがない。

 

「そもそもマスター、なぜ聖杯戦争に参加したのです。叶えたい願いがあるのですか? あくまでも任務だったからにすぎないのですか?」

 

 聖杯戦争の勝者は一人。そしてかなりの割合で生存者も一人だ。

 バゼットを聖杯戦争に派遣する魔術協会の思惑は、失敗して死んでくれないだろうか、成功すればそれでよし、また同じく危険な任務を課すまで、といったところだろう。派閥に属さず従属を拒む、神代からの古い血筋を引く実力者。本音では邪魔者に違いない。

 バゼット自身も気づいているだろうに、ムキになっているのか。それとも自分の能力に絶対の自信を持っているのか。

 曖昧にしておいては今後に差し障るのではないか、そう感じてメドゥーサはあえて踏み入った。バゼットの目を見つめる。

 

「任務ではありますが……」

 

 バゼットは少し口ごもりつつ答えた。

 

「聖杯戦争の監督役の言峰綺礼が私を推薦してくれたのです」

 

「は?」

 

 メドゥーサの目がおもわず点になる。

 冬木教会の神父、言峰綺礼。聖杯戦争の監督役だが、けっして味方ではないし、公平な立場とも言えない。

 いや、むしろ。

 

「彼は敵なのでしょう?」

 

 聖堂教会は魔術協会と対立する組織である。魔術協会が魔術の神秘を秘匿し、我が物にしようとする一方で、聖堂教会はそのような人の手に余る神秘を協会によって正しく管理しようとしている。両団体は神秘をめぐり激しく争ったり、場合によっては ーーーこの聖杯戦争のようにーーー 一時的に協力しあったりと、常に互いを牽制している。

 

「確かに言峰綺礼は敵です。彼は聖堂教会の代行者でした。執行者である私と彼は逃亡した封印指定の魔術師の身柄をめぐって何度も戦いましたが、時には背中を預けあって共に戦うこともあったのです」

 

「貴女はあの監督役の男を信頼しているのですね」

 

 メドゥーサの問いかけにバゼットは一瞬沈黙してから、ぽつりと漏らした。

 

「ーーー今にして思えば、彼はそれまで知りあってきた人間の中で、唯一尊敬できる強さを持った人間だったのです」

 

 メドゥーサはバゼットに気づかれないよう、内心で思う。

 

(その男、アヤシイ気がします)

 

「彼とはもう会ったのですか」

 

「まだです。彼には優勝してから勝者として会いに行くことに決めているのです」

 

 ここはきっぱりと答えるバゼットに、メドゥーサは再び密かに嘆息していた。

 

(はあ……これは思いのほか重症のようですね)

 

 だが、すぐに緩んでいた気持ちが張り詰める。この屋敷の玄関に人の気配を感じたのだ。メドゥーサが顔をあげると、バゼットもすでに気配を感じ取り玄関の方を鋭く見つめていた。

 

「マスター、何者かがやって来たようです」

 

「ライダー、霊体化を」

 

 素早く、短く指示を残してバゼットはつかつかと玄関に向かっていく。

 これは妙だ、訪問予定など無かったはずと思いつつもメドゥーサは身を隠した。

 

 バゼットが館の入り口の扉をあけると、そこに立っていたのは聖杯戦争の監督役、言峰綺礼であった。

 

「急に訪問してすまないな。バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

「綺礼、なぜここを知っているのです?」

 

 この洋館をバゼットが隠れ家にしていることは秘密にしてある。もちろん言峰綺礼に伝えていないし、伝わることもないはずだ。

 

「ここはかつての聖杯戦争で魔術協会の魔術師が使っていた洋館だ。検討はつく。今日は君にどうしても協力してほしいことがあってな」

 

 突然訪れた監督役。バゼットはあえて言峰に会いに行かなかったというのに、言峰はすでにバゼット側の情報を掴んでいる。彼を招き入れるのは危険だ、と意識が警告を上げている。

 

「どうぞ中へ」

 

 それでもバゼットは扉を開いた。

 

 頼み事……綺礼が私に?

 

 バゼットと言峰綺礼は出会うたびに、敵として、協力者として戦場を駆けた。それはお互いに利用価値があったから。利害が一致していたから。目的を達成するためにそれが一番効率の良い方法だったからにすぎない。信頼されていたからではない。

 

「貴方が私を頼るのは初めてだ」

 

 バゼットは言峰の前を歩いて部屋に案内しながら、背後にそう声をかけた。

 

「マクレミッツ、ーーー」

 

 ふいに言峰が名前を呼ぶ。その暗い声がバゼットの背筋を突き刺した。

 しまった、とバゼットが後悔したときには手遅れだった。振り返る間がもうない。

 

「お前は昔から変わらないな」

 

 バゼットは真後ろで閃く鋭い魔力の刃を感じた。言峰は手に聖堂教会の代行者が魔力で編む武器、黒鍵を振りかざしている。

 そこまで認識できるのに、もう逃れられない間合いなのだ。ほんの1mm体を翻すまえにはもう、本物の刃が背筋を貫きとおすだろう。

 

「はっ!」

 

 ぎぃん!!

 鋭い金属音が響き、黒鍵の刃が弾かれていた。

 

「うぬっ」

 

 うめき声を上げる言峰。バゼットが振り向くと言峰の手の黒鍵に太い鎖がまきついていた。鎖の先にいるのはメデューサ。構えた釘剣の鎖が言峰の動きを封じていた。

 

「どうせこんなことだろうと思っていました」

 

「ライダー!? 霊体化していなかったのですか?」

 

「ええ、マスター、貴女は初めからこの男に利用されていたのですよ」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

「さて……これで聖杯を手に入れる必要などなくなりました」

 

「はぁ……」

 

 冬木市深山町の森の中の洋館。その部屋の中には二人の女の姿があった。

 椅子に腰掛け、背を丸めてため息をつくバゼット。メドゥーサはその隣の椅子に一仕事終えたという顔をして座っている。

 

 メドゥーサは言峰を洋館から追い払った後、夜通しバゼットを説得して聖杯戦争を辞退させた。

 バゼットの真意を鑑みるに、彼女は言峰綺礼に会いたいがために危険を顧みず聖杯戦争に参加しようとしていたのだ。だが言峰はバゼットをだまし討ちにするつもりであった。おそらくその後ライダーを奪うつもりですらいただろう。

 そのような男のためにバゼットが命を賭ける必要などまったくない。

 

「職も失ったわけですし、やることもないですね」

 

 若干猫背気味になったまま、バゼットがぽつりとつぶやいた。

 魔術協会も辞めることになった。聖杯戦争参加を辞退するのだから当然そうなる。

 

「お茶にでもいきましょうマスター。いいお店を知っています」

 

 メドゥーサは落ち込んでいるマスターのために気分転換を提案した。

 バゼット本人はちゃんと自覚できていないがあれは失恋、心を癒やす必要がある。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 冬木市新都。

 メドゥーサとバゼットは新都にある紅茶専門の喫茶店を訪れていた。アンティーク調の店内は優雅で、客は皆ゆったりと紅茶を楽しんでいる。

 

 店内の広めの二人席でメドゥーサとバゼットはメニューを凝視していた。ずらりと並んだ世界各国の紅茶。見たこともない銘柄ばかりだ。どれも紅茶に違いないのだがこうも種類が多いと悩んでしまう。

 

「うーむ……。一体何を選んでいいのか」

 

 メドゥーサは眉を寄せて考え込んでいる。サーヴァントには聖杯によって現代の知識が与えられているとはいえ、さすがにここまで細かい紅茶の種類はわからない。

 

「ライダー、一番上に書いてあるものにしませんか」

 

 バゼットが痺れを切らしている。着席から約5分。普通の人間ならせっかちすぎるがバゼットにしてはだいぶもったほうだ。しかしそろそろ限界か。

 

「マスター、せっかく来たのですからもうしばらく」

 

「時間ばかりかかって効率的ではありません。どれも同じようなものでしょう」

 

 これ以上は無理そうだ。仕方ない、適当に目星をつけた紅茶を注文しようと、メドゥーサは片手を上げてウェイターを呼んだ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 店の奥からウェイターがやってきた。

 長髪の青年。正面からでも結んだ髪が背中で揺れるのが見える。細身だがまくり上げたシャツから覗く腕の筋肉がたくましくて精悍だ。

 メドゥーサとバゼットの注文がまだ決まっていないと悟ってオススメをしてくれた。

 

「今日のオススメはアイルランド風の紅茶ですが」

 

 青年の赤い目が人懐こく輝いている。故郷の昔話の物語に出てくる少年のようだ、とバゼットは思った。彼の雰囲気につられて、つい話しかけてしまう。

 

「奇遇ですね。私はアイルランド出身です」

 

「おや、お嬢さん。実は俺もだよ!」

 

 それからしばらくの間、ウェイターの青年とバゼットは注文そっちのけで故郷アイルランドの思い出話に花を咲かせていたのだった。

 メドゥーサはニコニコしつつその様子を眺める。自分が召喚されてからいままでマスターがこのように男性と楽しそうに会話していることがあっただろうか。

 

「ランサーさん! 長話しないでオーダーとってね」

 

「おっといけねえ!」

 

 流石に同僚に怒られて、我に返るウェイター。彼はランサーという名前らしい。

 

「オススメを2つね」

 

 メドゥーサのオーダーを聞くと、ウェイターの彼は軽く手を降って一旦厨房に戻っていった。

 

「ふふっ」

 

「なんです、ライダー? 急におかしそうに笑って」

 ウェイターの彼との会話に夢中になっていたバゼットはようやくメドゥーサの様子に気づいた。メドゥーサはいたずらっぽく微笑んでいる。

 

「素敵な彼が出来て良かったですね」

 

 急にどぎまぎするバゼット。頬や耳を少し赤らめている。まるで13歳くらいの少女のようではないか。このマスターのそんな顔を見ることができるとは。

 彼女に召喚されて悪くはありませんでしたね、とメドゥーサは思う。

 

 バゼットは慌てて首を振っている。

 

「いえそんなつもりでは」「はいよ。アイルランド紅茶、お待たせ!」

 

 そこへウェイターのランサー青年が紅茶を運んできた。いいタイミングだ。紅茶のカップと彼を見比べてあたふたしているバゼットを眺めながら、メドゥーサは一足先に紅茶を口に運んで楽しむ。

 

「お似合いですよ、マスター」

 

END




慎二のところに誰が代わりに召還されているのかとか一切考えていません。

この後、やっぱり聖杯戦争に突入するverも考えられるかも。


バゼット 「ライダー、彼には秘密がありました」

メドゥーサ「何があったのですか?」

バゼット 「彼、実はサーヴァントだったのです!」

メドゥーサ「なんと」

バゼット 「このままでは彼は消えてしまう。それを阻止する為に聖杯を手に入れなければ」
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