何か大事な用事を翌日に控えていたさくらみこは、その内容が何だったのか思い出す暇もなく目の前の出来事に神経を集中させていた。それは最近行き始めたガールズバーで大金をはべらかす事や、五目並べで最強を決める決定戦を行うより、今は価値のあることだった。
調査局と財団が共同で要注意団体の拠点を制圧しに行くのだ。いったいいつその話が出てきたのか、それは局内の誰一人わからない。実働部隊に参加を命じられた志村と伊東も直前で参加を聞かされたらしく、キョトンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。しかしそこはやはり若手というか、躊躇いもなく参加を決意する。2人並んで歩く後ろ姿はとても大きく見えた。
局員の大半がモニターに注視していると、画面が複数に分かれた。
それは参加する人員が胸や頭につけたカメラをオンにしたことを意味し、作戦が行動に移されることを表している。くぐもった声がマイク越しに聞こえてくるのはフェイスマスクを纏ったことだと分かった。
みこは身内の2人がどのカメラ視点なのかわからなかったが、2つの画面がほぼ同時にライフルを叩いているのが確認できた。
スッとアリスが小さい声で彼女に伝える。
「今のがHKスラップよ。」
「スラップ?」
「志村先輩と伊東のカメラはそれよ。」
強襲や今回のような制圧では、命を落とすよりも苦しい未来が待っているかもしれないのに、12名のカメラの持ち主たちは淡々と行動を起こしている。
小声での声掛けや、派手さに欠けた動作は映画とはかけ離れているが、緊張感はひしひしと感じる。
時折英語が聞こえてくるのを知るとみこはピンとアホ毛を反応させた。
「あの2人英語わかんのか。」
「みんなできるよ。あの2人は別格だけど。」
「選ばれるには英語が不可欠ってわけね…。」
人は見かけによらないな、と実感しつつ、借金までして女と遊んでいる暇はないなとみこはフブキと目を合わせる。
「悪い遊び覚えちゃったね。この前みんなで行ったとこでしょ。仕事とプライベートは別物だから、気にしないの。」
アリスは優しい。
制圧は一発の銃声もなく完了した。
拠点はもぬけの殻であり、香ばしいオブジェクトもほとんどがすでに姿を消していた。
しかし書類などの収穫はあったようで心なしか隊員達の声は明るかった。
暑苦しいマスクからなんとか熱を逃がした伊東はここで隊長らしき人物に疑問を投げつける。
「ここはなんですか。」
「卸元か倉庫だろうな。」
「なんのです?」
「オブジェクトのさ。ここからどこかに流通させていたんだろうな。」
入手した商品リストにはマジック用ギロチン、ウサギ、少女、魚類、そしてウォーターサーバーがあった。
「物騒なものもありますね。」
「要注意団体だからな。」
「名簿に目を通してもいいですか?」
隊長は嫌な様子を見せることなく若手に名簿を手渡す。
上から下までずらっと並んだ人間の名前の中に、興味本位で知っている人物はいないか確認すると、森本遥香という人物を見つける。伊東が思わず「あ」と声を上げるとすかさず「どうした」と周りから声がかかった。
声の主は志村だった。
「この人みことフブキの指導役ですよ。」
「局の者か」という隊長の問いに伊東は間を置くことなく即答した。
「いえ、支部ですよ。去年の昇格試験でうちの後輩2人を見ていたんですよ。個性的な人でしたね。」