桜道から近い距離にV市の観光名所の遊園地がある。その為かここには多くの人賑わいができていた。しかし今や見る影はなく、代わりに道のところどころに陥没したような大きな穴がある。それらはまるで黒いシミのようで底が見えない。
事態を聞きつけてやってきたエージェントキース、清水と研究員の若松は距離を取りつつマジマジと付近を観察する。
「キース、グラサンかけてたらポータル見えませんよ。」
キースと呼ばれた金髪の男がサングラスを外した。
近くにいるみこが伊東に声を潜めて耳打ちする。
「アレ、誰?」
「フィールドエージェントだよ。俺たちと同じさ。」
「あの女の人も?」
「アクティブスーツじゃないから研究員じゃないかな。おかしいな、普通は現場に来ないんだけど。」
このSNSが発達した時代、どんな些細な事故でも誰かしら発信すると言うのに、今回の件に関しては何一つ情報が出回っていない。複数の陥没事故が発生したのだから、ましては人的被害が出ているのなら、何も上がっていないのは不自然であった。
二人の会話を聞いていた若松はハナから否定する。
「人的被害って被害を受けた人間なんていないじゃない。」その口調は少し意地悪そうだ。
「穴に落ちたんじゃないですか。」とみこが反発するように言う。
「そんなわけないでしょ。あなたクリアランスレベルいくつ?」
「くりあらんすれべる?」とみこは口を栗のようにして首を傾げた。見かねた伊東が間に入る。
「その子、入ったばっかでペーペーなんですよ。」
「じゃあ0ね。教えられない。」
「あんでよ。」
見かねたキースが許容される範囲内で特別に情報を共有することを決めた。「黒い人影には気をつけろ」彼の忠告はこの一言から始まった。
影ではなく、腐敗臭のする人型実体で触れるものすべてを溶かす。その仕組みは不明だが、現在進行形でその体は常に溶けていると予想された。つまりどんな物理攻撃も通じないのだ。
「触れられたら、体に着いた粘液を落とす事。身に着けたものにかかったらそれをすぐに外す事。じゃないと肉が腐って骨まで溶けるぞ。」
それから黒いシミはポケット・ディメンションの入り口なのだと説明を受けた。これを通じてどんな場所へも移動ができ、獲物を取り込むのだ。
「取り込むというのは?」伊東が手を上げる。
「ここでは奴と呼ぼう。奴の目的は捕食ではなく狩りだ。奴は狩りを楽しむために人間を取り込む。そして取り込まれたら最後、生還はできない。」
「みこち、わかったか?」
「わ”がった!」
二人のやり取りを無視して若松が付け加える。
「正確には出て来れるのよ。少ないけど生還例があるから。みんな長生きできなかったけどね。」
それから彼女が研究員だということが説明された。迅速な対象の収容の為、竹ノ内と言う上司が派遣してきたのだ。本人は実戦訓練を受けているので大丈夫だと、胸を張って話す。
晴れた週末の観光地は奴にとって格好の狩場であった。人混みのあるところならどこでも現れる可能性がある。だからこそ、こちらは人の海を泳ぐように見つけ出さなければならない。
次の行動がなかなか決まらない中、清水が手を挙げた。
「より取り見取りで選べるなら、相手は厳選するんじゃないか。」
「確か奴は10から25歳の男を好むんだったな。一番体力のある年代だから狩り応えあるんだろう。」とキース。
若者が集まる所と言えば、「遊園地ですかね。」とみこがオズオズと言う。
ほう、とキースは眉を上げた。
「いい着眼点だな。他には。」
「安い居酒屋とか映画館、後は移動手段の中かも。」今度は伊東が答えた。
彼らの近場で一番人が集まっていると予想されたのは遊園地だった。ここは特に観覧車が有名で、夜になるとシーズン毎にライトアップが変わるサプライズ付きだ。
彼らは着くなり二手に分かれた。
若松と清水の二人は潜むにはもってこいのお化け屋敷に向かい、残った3人は他の所を回ることにした。
みこは改めてエージェント・キースを見る。
穏やかさを利用し、上手く高圧的な態度を隠している。時折会話を遮って意思決定を行うなどがその証だ。彼は研究員が現場に来ることを好ましく思っていないようで、今回の派遣に文句の一つも付け加える。
「ここのリーダーは私だ。研究員などに横取りされてたまるか。」言い過ぎたと思ったのかニカッと歯を見せ笑みを作ると、若い二人には罠を張るならどこになるか意見を求めた。
伊東は「自分はあまりこういう所に行きませんから、」と前置きして答える。
「アーケードとかですかね。」
「一緒に行く相手いないもんにぇ。」
「うるせえよ。俺はスポッチャ派なの。」
「みこも人の集まる屋内だと思うなあ。」
狩りを楽しむならどういう環境を好むか。仮にオブジェクトが獲物の生死を操ることに快感を感じているサディストなら、絶好のタイミングがあるはずである。
「遊園地ならどこでも楽しいと思うけど。」とみこ。
「幸せの絶頂から叩き落すってことだろ?奴に感情が読めるのならの話だけど。」
伊東は顔を上げた。
「観覧車とかか?」
「ベッタベタやな。お前ホンマ。本当に来たことないんだ。」
「うるせえよお前。ほんとうるせえよ。35Pだったら喧嘩だぞ。」
くっくっく、とみこは笑った。
「みこの顔殴れんの?」