丸呑みクラブ
ある日、インターン生から手渡された調査局の懇願書に目を通した竹ノ内主任はその内容に首を傾げた。
それはさくらみこによって書かれたもので、「お願いしますから、もうあのマンションに人を入れないでください。」と書かれていた。何でも「もう梅を切るしかないから。」だという。
「他には何か書かれてますか。」とアイマスクを外して彼女が問う。
「(土下座)で締めているな。」
「あーじゃあ結構マジっすねー。」
白上フブキは昨晩から取り掛かっていた「異世界行きのエレベーター」にまつわる資料作りを終わらせて、軽い朝食に卵味噌を取った。
「異世界行きのエレベーター」とは、一昔前に流行った都市伝説の一つであり、「ひとりかくれんぼ」や「くねくね」と共に多くの人間をオカルト世界へと招いた功労者である。その内容は語り手により違いはあれど、大方は同じである。
まず、エレベーターの乗り、手順に沿って行先階ボタンを押してエレベーターを操作する。そうすると乗っている人間は異世界へとたどり着いてしまうというものだ。
この手の話は厄介なもので、行き方は書いてあっても戻り方は何一つヒントが無い。
つまり帰還後のストーリーが無いからこそ未完成な物語として完成している。だからこそ人を食らうオブジェクトがその身を隠すものとしては最適なのである。もしかしたら未知の存在が派生して、この手の話になった可能性だって捨てきれない。
伊東の指導の元、資料を作成し、万が一の時の為に備えて準備をする。
彼女が寝る間を惜しんで勤しんでいたのには理由がある。
それは単純にこの手の話が好きだから、というのと、自分が人のためにできることは何かを考えた結果であった。慢性的に行方不明者が減らず、残された家族たちの事を想うと何もせずにただ時間が過ぎるのを待つ事ができなかった。
この世にハッピーエンドは存在しない。そして残された人間は、いかに目の前の現実をハッピーエンドとして受け取るしかないのだ。
微力ながら、フブキはこの手にまとめた資料が必ず何かの役に立つことを確信している。
ふと時計を見て首をひねる。
「みこさんおかしいな。寝坊かな。」
今日一日一緒に仕事をするので、朝早く打ち合わせをしようと話をしていたのにもう9時を回る。
寝坊か、交通手段を間違えたか、はたまた服を泥で汚したか。次第に他の局員たちも活発的になってくると、フブキのケータイにさくらみこから着信が入った。
電話に出るとまだ布団の中なのか、しぼんだ花をつまみ上げたような声がする。
「フブしゃん…みこ、今日、仕事行けないかもしれない…。」
「風邪なら治しながら来い。あと10分で始まりますよ?」
「フブしゃん…フブさん!?」
一方朝の定食屋では遅めの朝食をとる二つの影があった。
志村と彼の協力者兼友人である。
二人は所属が違いながらも馬が合い、利害が一致しているのか不思議な協力関係にある。
今回彼らが突き止めたのは「忘却クラブ」と言うネット上のコミュニティーだ。
V市の治安は悪いものではなかったが、この町が犯罪の中継地ではないかと言う噂が、地元有力者の間で広まっている。というのも行方不明として捜査対象になっている人物が目撃されたのはこのV市だからである。ここを最後にぱったりと足取りがわからなくなってしまった事例が幾つもあるのだ。そしてその一部の人間を調査するとこのコミュニティーに属していた事実が判明した。
志村は彼女と考えを交じ合わせるとラーメンの替え玉を注文した。
相手の方も慣れているのか、話の途中でも気に留めない。ぴょこぴょこと耳をうならせながら、話は自動的に続いていくだけだ。
彼女の強い東北訛りは聞き慣れた。時折イントネーションが独特になるがそれも愛嬌である。
「忘却クラブ」と言う集まりに関してはめぼしい情報はなく、その活動内容について今はまだ、各自が想像するしかなかった。数少ない収穫物と言えば、X上で頻繁にスペースを活用していたということで、その時何故か撮られたスクリーンショットをもとに二人の人物の特定ができた。
年ノ瀬直美と大宮菊次郎である。両名ともV市在住であり、同じ大学に通っている。彼らなら何か知っているはずである。
「ンだば」
スルッと細めの麺をすする。
「ウチは直美ちゃんのトコに行こうかな。」
彼女はそう言って餃子を箸でつまみ、ラーメンの汁に潜らせ、垂れないようにジュルリとすすりながら噛みこんだ。
「…その食い方どうにかならんか。」
「あんでよ。中国行ったときこんな感じで食べとったでな。」
「嘘つけ。行ったことねーだろ。」
高い声で彼女は笑う。その声はまるで直接耳の奥に響いているようだ。
「志村君は男の方ね。分担ね。同担拒否。」
「みこちみたいにわけわからん事言うなよ。」
「みこみこそんなこと言うんの。」
「後輩二人がうまくさばいてるよ。」
赤たんの御守りも大変だね、と他人事だがどこか予想していたような言い方だ。
交わす言葉もほどほどに、二人はさらに協力関係を構築する事になった。そしてその対価として彼女は一つ要望を出した。
「野菜炒め頼んでいい?」
「サンマーメンだゾ。野菜のあんかけのっとろうが。」
そう言いつつも志村は単品で野菜炒めを頼んだ。苦い顔をしつつも、友人が「美味しいね。」と言う姿に内心嬉しくなる。ガバッと炒め物を半分、麺の上に載せたのには目をつむろう。
贔屓にしている定食屋なので、気に入ってもらうと自分まで褒められたような気がして誇らしいのだ。料理を運んできた小太りのおばちゃんも、にっこりと笑っていた。