財団調査隊   作:茶漬四郎

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ずっと梅の木数えてスタンばってました

 午後、円香と言う大学生が「マンダリン」へ訪れる少し前、さくらみこはアリスと伊東によってその身柄を取り押さえられていた。フブキからの連絡により、出社を拒み、あまつさえ自ら命を絶つと伝えられた彼らは、彼女の住むさくら神社へと向かったのだ。

日頃5月みたいなやつが5月病にかかるのか、と伊東はつぶやいた。

しかし、赤子をそのまま大きくしたような彼女がなぜそのようになったのか。アリスの疑問は子の成長を見守る母親のそのものだった。

 さくら神社は商店街から一つ隣の道に位置しており、石段を登って本堂を拝む事ができる。賽銭箱の横には大きな桜の木がなり、すぐ近くには小さな小屋がある。みこはそこに住んでいる。

引かれた引き戸の奥からは駄々をこねる高い声と笑いをこらえるフブキの声が聞こえてくる。

二人が中へ入ろうとしたとき、本堂の裏からひょっこりフェネックが顔を出した。きらきらとしたマスカラが目立ち、意外にも礼義正しくあいさつをしてきた。

「みこちに仕事の相談をしに来たんですけど…まだかかりますかねえ…。」

ため息をつくアリスを見て伊東は思った。

これは怒ってるな。

「あの娘は仕事ほったらかして…。」

まずいと思ったのか彼女は「あ、いやいや」と気にしないでほしいと言わんばかりに前置きをした。

「大丈夫です。終わってからでいいんで…。一時間くらい待ってますけど。」

「引っ張り出して対応させますね。お名前は?」

「尾丸です。尾丸ポルカです。」彼女の筋の通った声を聴いていて気分が良かった。

小屋に入るとすぐにフブキと目が合った。その口は「ああ、みこさん終わったな。」と動いているようだった。

寝室にいるみこは布団を頭からかぶり、1.5リットルのコーラを抱いて座敷童のように座ってぐずっていた。そしてアリスを見ると恐怖からか子供のように泣き出したのである。

スッとしゃがんでみこと視線を合わせたアリスは「チャッピー」と呼びかける。

「ソロライブおめでとう。」

「あ、ありがとござます…」

「仕事行くよ。」

「今日は休みたいです。」

シュワシュワと消えてしまいそうな声だった。しかも躊躇もなしに、即答である。

当日休みを申請することは可能だが、この先輩は余程の限りそれを許さない。後ろにいた伊東はその場を離れ、女性同士、後はアリスに任せようとしたらフブキに袖をつかまれた。

彼女は笑っている。「大丈夫ですよ、大した理由じゃないんで。」

事は昨晩、つまり日曜日の夜に遡る。週末の楽しみでルンルンとスキップしながらバニーガーデンへと向かったみこは推しから「かわいい」と言われた猫のニット帽を落とすほどの衝撃を受ける。

音をも外部に出さない分厚い木製扉にはプラカードが下げられており、そこには本日誕生会と書かれていた。主役はみこの推しの子である。

みこは知らなかった。聞いていなかった。今日が誕生日だということに。

突っ込んだ趣味、好きなお酒やパンツの色まで知っている。ただそんなものよりもっと大切なことを彼女は知らなかったのだ。そしてとどめの一文には「招待状をお持ちの方以外は本日のご入店をご遠慮させて頂きます。」と書かれていた。

住所は知っているはずなのに。連絡先も知っているはずなのに。みこには送ってくれなかった。

「どぉしてだよぉぉぉ!!」みこの嘆きが響くが本人以外には響いていない。話し終えた彼女は思い出すのが苦痛なようで「忘れたい忘れたい。」と繰り返しつぶやく。

「一緒に旅行に行ったのにぃ…食事もしてさあ…同じテントで寝たりしたのにさ…なんで?なんで、みこの事認知してくれないの?」

「認知って。」と伊東が半ばあきれる。

「アフター行ったのに認知されていないわけないだろう。」

「あぁ、頭痛い…。誰とお祝いしたの?」

「お前、そりゃあ。カレシとだろ。」

嗚咽と涙をこらえていたみこがその一言を機に、ゆっくりとコーラのキャップを外した。プッシュと言う炭酸の音が鳴り、口の方に何かをボトボトと落とす。すると中の液体が泡となり、キャップ口の方へ勢いよく噴出した。

すかさずみこは口で押える。

小さな頬はドングリを詰め込んだリスのように膨れ上がり、コーラの流れは止められない。気管まで流れ込み、逆流して鼻から外へ出た。吐き出されたコーラがベトベトなのは砂糖水だけが理由と言うわけでもなさそうだ。

顔をハンカチで拭きながら、アリスは殺意を殺して口を開く。

「何してんの?」

般若顔は直視できない。

「メントスコーラで死のうと思いました…。」

「…手伝ってあげようか?そのメントス丸呑みにしてコーラ飲めば胃が破裂するわ。」

「いいえ、結構です。」

「そもそもアンタが余計なことを言うからよ。」アリスが振り返る。

思わぬ飛び火に伊東は思わず「ウェ!?」と変な声を上げた。

そしてみこがその流れに乗る。

「そーだよ!オメェーのせいだよ!このフラレポンチが!未練タラタラのくせに!黙ってろよ!」

「うるせぇ!PONチッチ!俺は過去を振り返らないの!前向きなの!!アルバム販売おめでとう!あと尾丸さんが待ってるぞ!」

「あ、ありがと」

「あ、話そらした。」とフブキ。

ひょい、と玄関から顔を出したポルカは「おるぞ~」と言って目を細めた。

「一時間スタンばってました。」

「ァ、ゴメッ。今から行きまーす。」

「掃除してから行きなさい。」まるでアリスは母親のようだ。

 表に出た一同を前に、ポルカはまず、みこに向かって最近何か変わったことは無いか尋ねる。

「落し物が増えたことかな。」彼女はズッと鼻をすする。

「この前なんか自撮り棒が木に刺さってたよ。どんな忘れ物だよ。」

あれ、と指さす先には木の幹に食い込んでまるで避雷針のように放置されている棒があった。

ポルカが言うにはさくら神社の本堂裏にある梅の木が日に日に増えていっているというのだ。

「いい観光名所じゃん。」と投げやりに鼻をかみこむ。

すかさずポルカは「そーじゃねーだろ」と突っ込み返す。

「みこち植林した?」

「そんな金ねーよ。全部バニガに使っちまったよぉ!」

「ちなみにみこさんクレジットカードも切れてます。」とフブキが捕捉し、アリスは頭を抱える。

話が脱線したので伊東が修正に入った。

「それで梅の木が増えてるって?」

いきなり初対面の人間に話を振られポルカは思わず目を泳がせた。

「えっと、その、ポルカは良くさくら神社をフラフラしているので。」

「ポゥポゥ、落ち着いて。」とみこ。

その声に我に返り、大きく深呼吸をした。

「ほぼ毎日見ているんですが、明らかに木の本数が増えているんです。それこそ数年かかるところが一日とかで。おかしいよねってことでみこちに伝えようと来たんです。」

ポルカの手には調査局の面々も驚くような詳細にまとめられた資料が用意されていた。

季節がずれても咲く梅の香りが、風と共に彼らの周囲に流れた。

 

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