財団調査隊   作:茶漬四郎

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SCP-031-JP-A

 さくらみこはエレベーターに乗り込むとすぐに異常性に気付いた。行先階ボタンが地下1階から3階、一つ飛んで5階までしかないのである。大宮に教えてもらった通りにボタンを押すと、エレベーターは表記されていない4階へとたどり着いた。やはり、フブキのまとめた資料と内容が符合する。

ドアが開き、みこを待っていたのはホテルの洗面室のような空間だった。右手には曇りガラスのドアがあり、浴室になっている。反対に左手のドアはこの階のもっと奥に続いているようだ。

お客を招くホテル良く佑のアロマの香りが鼻腔を突き、思わずエレベーターを降りた。白を基調とした室内に飾られている鏡を見ると、自分が思ったよりも驚いている姿が映っていた。

エレベーターの扉が閉まる。「しまった!」と思ったときにはすでに遅く、呼び出しボタンが設置されていないことに絶望した。ケータイで助けを呼ぼうにも、電波が通じていない。

前へ行くしかない。みこはもう一つのドアに手をかけ、洗面室を後にした。

 その先の空間は打って変わって畳が敷き詰められた和室だった。先ほどの室内とは違い和洋混ざり合ったデザインに目眩がする。この空間が明るいのは明かりがついているからではない。これは陽の光だ。外につながっているのだ。みこは足を進めるのをためらった。

何故なら人の気配がしたからである。

みこはここで「アデ?」と首を傾げた。

マンションなのだから外と繋がっているのは当たり前だし、人だっているのは不思議ではない。いつからかここが常識から離れた空間だと無意識に受け止めていたのだ。

座敷の中央には着物を着た和服美人がこちらに背を向けて鎮座していた。髪を結っており、まるで芸者のようだ。

人形かと錯覚するほどの態度に、不気味さを感じる。

リュックから出た35Pがみこの肩に覆いかぶさり、「行ってこい」と指で指示を出す。

その行動に不服だったが、行くしかなかった。

「あのぉ、すみません。ちょっといいですか。」

ゆっくりと着物の女が動くのが見える。

「あら、お客さんかね。」

「ァ、ハイ。忘却クラブの者ですが。」

表情は見えないが、大きくため息をついたのが分かった。

「最近多いんよね…その何とか倶楽部。ウチは関係ないのに。」

みこは思わず「え」と声を上げる。

「お嬢ちゃんも忘れられに来たんか?」

そういうと女はゆっくりと体をみこに向けその顔立ちをあらわにした。そしてその姿にみこは思わず息をのんだ。

雪見大福のような真っ白い肌に、その顔面には目と鼻が無い。真っ赤な唇だけが動き、あるはずのない目玉がこちらをじっと見据えているような気がする。

「いらっしゃい。」と声をかける女の口だけは生きているもののようだった。

その動作はまるでおぞましい虫を見ているかのように錯覚を起こす。

今のみこには引き下がるという選択肢はない。意を決して対面するように正座をすると、どこからか甘い花の香りが漂ってきた。

「ええ香でしょ?」

今までなぜ気づかなかったのか不思議なくらい、梅の香りがすぐそばにあった。女はまるで家具を自慢するかのようにほほ笑むと障子を開けて、みこにその先の光景を見るように促す。そこにはさくら神社にある桜の樹と同じくらい大きく立派な梅の木が、どこからか吹く風にそそられて枝を動かしていた。

「今のウチには見てのとおり、何も残っとらんのよ。」

「ほら」と自身の顔を指さす。

「でもね。目も鼻もなくなってもちゃんとわかるんよ。こう…ピンとね。梅木の事や、お嬢ちゃんの事もネ。」

視覚、臭覚をなくしても何かがこの女に伝えているのだろうか。

「あら、お嬢ちゃん。お風呂入らなかったんね。注意書きよう見とらんの?」

「あ、見てなかったです。」

「ちゃんと読まなあ…PONやんね。」

初対面でもエリート扱いされなかったことにショックを受けた。挽回しようと声色を変えてみる。

「どうしてここにいるんですか?」

「?なんででしょうね。確かのは、その忘れられ屋さんの為にいるわけじゃないんよ。」

何故かみこの首筋に嫌な汗が流れる。

「お嬢ちゃんも忘れられたいんやんな?だからここまできはったんでしょ?」

これほどまでに眼が会話上で必要な部位であることを実感した事が無い。コンクリートをそのまま流し込んだようなのっぺらな顔面は無言のプレッシャーをかけて来る。

女の口だけの動きで、みこのすべてが吸収されていくような気がした。

「匂いでピンと来はった。惜しいなあ。未練があるようやし、忘れられたくない人達もいるようなのに。」

蛇のように、ズルズルと一歩一歩近づいてくる。

「でも、かまわんちゃね?ここまで来ちゃったんだし…ウチももう我慢できないんよ。」

「な、なにするとですか。」

体が動かない。ようやく言えた言葉は女を遠ざけるには非力だった。

 みこの脳裏には、マンダリンを出る直前に円香から伝えられた忘却クラブについての

話を走馬灯のように駆け巡った。

「場所まではわからないんですけどね。直美が近々行くって言ってたんです。」

長い人生で忘れたいことがあり、苦しんでいる人間がここに集まってくる。参加条件は忘却に身を委ねたいことである。

「みこさんには、忘れたいことは何かないんですか?」

今思えばあの目は何か含みを感じる。

 女の口が大きく開き、顎が外れてみこを丸呑みにするほどの空間が出来上がる。その奥は真っ赤で肉肉しい。獲物のようになった彼女は「ヤッヤッ」としか反応ができない。これでは食される前の蛙だ。

35Pがグイグイと主を助け出そうと引っ張るが金縛りにあったように動かなかった。

確かに忘れたいことはある。知りたくなかったこと、会わなければ良かったと思う人。

凛ちゃん、君の事は忘れたい。正直思い出すだけで頭が痛くなる。

ただ記憶を消すだけではなかったのか。自身を消すことは聞いていない。

荒治療過ぎる!

 

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