終業後の焼き肉は仕事の疲れとみこのサイレント失恋を癒すための会となった。
「今日はみこが焼きますよ。」と胸を張った彼女はフブキところねのために初手の牛タンを七輪いっぱいに敷き詰めた。
肉が焼けるのを待つ二人はワクワクしながらもその視線はみこに向けられている。
「今日ね、みこね、九死に一生を得たんですよ。」トングをカンカンと鳴らしながらその場にいなかったころねに向けて話をする。
眼も口もないのっぺらぼうな女に丸呑みされそうになった場面を事細かく話すのだ。朱く、肉々しいその口は、何とも言えない官能的だったという。
「何言ってんすか。」と細切れに震えながら笑うフブキが口を挟む。「やっぱりそういう願望があったんすか。」と続けてきたのでみこは全力で否定する。
「じゃあ、やっぱりあそこは捕食場だったってことですかね。」とフブキは落ち着きを取り戻して、お通しの漬物をポリポリと齧る。直接現場を見たみこはそれも否定した。
「どっちかっていうと飼われてたような感じなんだよな。」とあの和室と梅を思い出す。他の階には健全なテナントがあったので、飼われていたという説もあり得るだろう。
今、財団が調査中だ。
「んで?」ところねは、焦げつつあるタンを死んだような目で見ながらみこに話しかけた。
「みこみこは、どうやって出てこれたん?」
内部からはエレベーターのボタンが無く、さらに電波も通じないのだ。
フッと息を鳴らし、もったいぶりながら「やっぱりみこの読みは当たってにぇ。」と言わんばかりのドヤ顔をした。
「伊東がね。エレベーターに乗ってきててね。それに転がり込んだの。」
ゴロゴロゴロ、とその時の様子を両手で再現して見せる。
「それがどうしてそんなドヤ顔できるの。相棒と以心伝心ってやつ?」
チッチッチとみこは舌を打ち、指を振った。
「ころさん、さっき言った忘却クラブへ行く条件を覚えていますか。」
「ん、なんだっけ。指が無い人?」
「ちげーよ。こえーよ。みこちゃんと5本づつあんだろ。」
みこはささやくように、小さくも鋭い口調で答える。
「アイツも未練タラタラなんだよお!」
親の仇でも取ったような調子だ。
すかさずオーディエンスの二人が反応した。
「いや、おめーもだろうが…!どの口が…!!」
「みこみこ、こーねね。凛ちゃんのインスタ見つけたよ。今日更新されてたんじゃないかな。見る…?あ!ごめん!みこみこ。謝るから!レモン目に向けて絞っちゃダメ!なんか悲しいよ。」
牛タンはカリカリのベーコンになった。
その後、幾度となく焦げた肉を綺麗に二等分した一行は、梅酒をジョッキで飲むなどやらかしつつ会計を済ませた。店の外ではずっとズタンバっていたポルカが合流し、4人でさくら神社へお泊りに向かう。
道中の商店街を歩いていると、時折吹く涼しい風に彼女たちは意識が飛ばされそうになる。日中は観光客など人通りが多いが、今や人っ子一人いない。みんなが憧れている人気者の裏の顔を自分たちが知っているような、そんな優越感を感じる。
自宅のあるさくら神社へ着いたみこは遊具で涼を取っている35P達に出迎えられながら、気分はまるで一国の主になったような振る舞いを3人に見せた。
その様子にころねは若干驚きつつも口には出さない。他の二人は見慣れているようだ。
「梅はしばらく見たくねーな。」とみこは上を向いてぼやいた。梅の香りが風に乗ってやってくる。
バニーガーデンに行かなくなって浮いた金で伐採業者でも呼ぼうか、と一人ケラケラと笑う。その姿に誰かがクスクスと笑った。4人で肩を組み、バランスを崩しながら石段を上る。ポルカのカバンの中にはまだ日本酒が何本か入っていた。
彼女の「今日はオシャレに月見酒といこうぜ。」と言う提案を受けて、二次会は始まった。
封を開け、みこ宅から人数分のコップを借りて適当な場所に腰を落とす。清水のような日本酒が注がれ、月あかりを反射するその情景はまるで水面を見つめているようである。
みこは酔った勢いに任せてスマホをいじる。インスタを開き、凛ちゃんの投稿を確認した。
高まる鼓動を必死に抑え、操作する手がフルフルと震える。酸素が体中にいきわたり過ぎて供給が追い付かないのだ。
静かに息を鼻から吸い込んで落ち着きを取り戻す。急に静かになった彼女を心配した3人は会話を辞め、黙って見守るなか、みこは爪を立てながらディスプレイを動かした。
幸か不幸か匂わせを感じさせるような投稿はなく、意識せずとも「はあ」と息を漏らした。
「ミコ=ドンペリーニョはクールに去るぜ。」
周りには丸聞えだったが、みこは構わずつぶやいた。3人から小さな拍手が起こる。
「前向いていこう!みこち!」
「次ですよ!次!」
「みこみこの魅力に気づかない向こうが悪いのよ。」
友達からの励ましにふにゃけた笑顔で赤ちゃんのように「えへへ」と笑った。
場の空地が温まってきたところで、一番端に座っていたポルカが手を上げて突然立ち上がった。
「突然ですが、モノマネします!」
「にぇ」
「わかっているようで、何もわかっていないさくらみこ」
「おい!みこちゃんにとどめを刺すつもりか!」
みこをアンカーに一同くだらない笑いを続けていく。誰かがやった「飲み過ぎて漏れそうになるさくらみこ」は彼女の数時間後の姿を予言しているようで、本人は不快だったが、否定できずに笑ってしまった。
「じゃあ次みこさん!どうぞ!」とフブキに振りに思わずみこは噛みついた。
「みこがみこのマネするってどういうことだよ!オリジナルだよ!」
とはいうものの、しぶしぶみんなの前に出る。
「ギャンブルで大負けするさくらみこ。」
「まんまじゃねーか」
「はいーそこー茶々入れないー。みこちゃん怒っちゃうぞ。」
みこがそう言い、披露しようとしたとき、彼女の足元が膨れ上がった。
最初は酔いが回ったのかと思ったが、フブキの眼も点になっていたので少し安心する。やがてそれは芽を出し、タケノコの様にスクスクと大きくなった。
木だ。
夜空に向かって伸びていく。
みこが仰け反ると、それが梅木だということが分かった。パタっと何かが落ちる。
拾い上げてみるとデコレーションがきらびやかに付けたれているスマホだった。スマホケースには「NAOMI.T」と彫られている。
「増える梅の木」を間近で見たポルカは驚愕からかみこに対して言い放った。
「イッツアみこちマジック」
両腕を広げてショーが完成したかのように振舞うみこは「やー」と声を出した。
あくたん卒業かー。
シオンたん復帰してくれたし、最後はみんなで楽しみたいね。
「また明日!」ってあと何回聞けるのかな。