バッドエンドのその先に
「マンダリン」にて一人朝を迎えたさくらみこは、頬を滴るしずくに気付いて起き上がった。彼女を除いた志村班のメンバーはここにはいないことを確認し、不思議と彼らは誰一人としてこの事務所へやって来ないだろうと確信を持っていた。
なぜそう思ったのか、みこ自身にもわからない。
ホワイトボードに貼られたポストイットにはV市郊外の住所が書かれており、直感で皆はここにいると感じ取った。それはまるで正夢を見ていたかのようで、その内容の通りに現実が進んでいる。しっかりと予習をした後に受けた授業のようにサクサクと思考が働くのだ。
急いで仕度を整え、タクシーを呼ぶ。
高い声で矢継ぎ早に話し始める運転手に適当に返答しながらも、上がりつつある料金メーターをドキドキしながら見ていた。
えげつないスピードで上昇し続ける金額に固唾を飲んで見守しかできない。意地でも局に支払ってもらうつもりだ。
遅刻したわけでもないのに、なんだこの様は。運転できないのが問題なのだが、文句は心の内に秘めておく。
目的地の場所はV市から離れており近くを走る路線もない。世間から隔離された閉鎖的な集落であり、アスファルトで舗装された一本道以外は田んぼの緑が一面に広がっている。まるで陸の孤島のようだ。
その道を分けるように住民がいるであろう住居が隣接し合っているのが遠目から見えた。
運転手が時折道端に倒れているものを見つけては怪訝そうなに声をうならせる。何事かと思いみこも同じ方向へ眼をやると、それが人であることが分かった。
「お客さん、見えました?」と運転手は何かを察した。
「映画の撮影か何かですかね?」それは自分を安心させるための言葉のように受け取れた。
みこは何も答えない。空気を換えようとした運転手はさらに会話を続ける。
「お客さんは、どういった用事でここへ?」
「へ?」
「いえね。確かあの場所誰もいないんですよ。ゴーストタウンっていうんですかね?あ、でも集落はタウンって言わないか。」
みこは思わず淀んだ声を出してしまったが、モーター音でかき消された。
それからほどなくしてタクシーは目的地へとたどり着いた。
その集落に一歩足を踏み入れると、運転手が気を遣って車内から彼女へ声をかける。
「何かあった時の為にここに残ってますね。メーターは切っと来ますから!」
その気遣いに、みこはチップをはずんでやろうと心底思った。
人の気配が一切しない集落には、みこの背後から聞こえる車のモーター音と、水路を流れるせせらぎしか聞こえてこない。まるで一帯が映画のセットのようにきれいで静寂だ。
眼を細めると遠くに倒れている人がいる。
恐る恐る近づいてみると、それは伊東だった。
「よお。」と寝起きのように気怠そうな声をみこにかけ、虚ろな目で空を見上げていた。みこはとっさにスカートの裾に手をやり、ファンサ満点の声を上げた。
「えってぃ!」
しかし伊東はピクリともしない。
「ハア~」と溜息をついたのでさすがに失礼ではないかと文句を言い始める。
大きくあくびをした伊東は腹の上にスライドが引き切った新しく購入したばかりの拳銃をポンっと乗せた。辺りを見回すと空の薬莢が散乱している。
「光に向かって乱射してる夢見た。」
「夢じゃねえよ。」
改めて足元を見て9ミリの金色の金属を二、三目で追う。
「始末書もんだよこれ。」その声に煽りは無く、異常事態に困惑している様子だった。
どんなに酔っても奴はこんなことはしない。それはみこにもわかる。
先輩であり、上司である志村はその道をずっと先に進んだところで丸太の下敷きになるように倒れていた。これは3次会の後でよく見る光景なので、逆に安心する。
とにかく男二人の無事は確認できたことで、みこは安心して道の進むその先まで足を進めることにした。
集落唯一の食堂があった。ここの生姜焼きは絶品だった。
鍵のかかった公民館は、その構造が巻貝のように入り組んでいる。
建物の前を通り過ぎる時、鼓動が一段と早くなり息が詰まる。
住宅の堀に描かれた赤いペンキのストリートアートは、奇怪なデザインでもなぜかその内容が分かってしまうような気がした。平行に描かれた二本の線を交わるようにして短めの線が重なる。それはまるで線路のようだ。そしてその隣には得体の知らない物体が、今にも走り出しそうに描かれている。
傍から見ればただの落書きだが、なぜ高尚なストリートアートだと思ったのだろうか。
アートから目を離すと、どこからか雑種犬がみこの元へとゆっくり歩いてきた。警戒心が強いのか、鼻をならしながら様子を確かめるように近づいてくる。みこが思わずしゃがむとその犬は、彼女の股に収まるように座り込んだ。
「人懐っこいなあ。」とつぶやいてよしよしと頭をなでる。
35Pがくるりとふりかえり、プラカードを出す。
『犬がこういう態度をするときは何かにおびえている時で、誰これ構わずよってくるわけじゃないよ。』
「うん、そうだよね。何があったの?ワンちゃん。」
首輪にはチャーリーと名前が書かれており、住所まで記されていた。
道を歩き続けて行くと、とうとう集落を横断してしまい、再び緑の中へと風の吹くまま歩みを進める。遠くに林とはいかないまでの木々の集合体を発見した。そのてっぺんにはひょっこり何かの建造物が現れ、みこの好奇心を狩り立たせる。
『暑いにぇ」とはっぴを着た35Pが一歩前を先導するように歩き出す。
照りつける太陽に、帽子を持ってこなかったことを後悔した。
その建物は外壁が所々コケに侵された教会だった。扉は開かれており、暑く、乾いた空気が充満している。中に明かりは一切ないが、外からさす陽の光でステンドガラスは神秘的な七色に照らされていた。礼拝堂のような場所には木製のベンチが設けられているが、誰かが暴れたかのように乱雑に並んでいる。
そのうちの一つに肩を寄せ合って寝息を立てている後ろ姿があった。
一人はウェーブのかかった金髪、もう一人は薄く青い線が入った白髪。狐の耳がへたり込んでいる。
それはアリスとフブキであることはすぐに分かった。
みこが彼女たちに近づくと、気配を感じたのかアリスは重い瞼を何とか開けた。
恐ろしい人だ、とみこは思った。対してフブキはまだ寝ており、まるで本物の狐である。というか野生を忘れたペットだ。
アリスはみこを認識するもすぐさま「あ」と声を上げた。
「みこち、何で泣いているの?」