財団調査隊   作:茶漬四郎

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伊東 一八

 みこの名前を呼ぶ声がして振り返ると、そこには自転車に乗った円香が大きく手を振っていた。どこから聞きつけてここまで来たのだろうという疑問と、彼女の行動力に若干引きつつも会釈を返す。それがまずかったのか円香は、ヘルメットが揺れるほど大きく飛び上がりながら声を上げた。

「どうですか!一晩で住民が消える都市伝説は!!」

 

 伊東一八の名前の由来は父親の教訓から来ているものがある。

人間生を受けたからには誰かの18番にならなければならない、という自身の人生観から来ており、決して一か八かの勝負を賭ける、と言う意味ではない。

「一か八かだったら負け続きだもんな。」とみこは興味なさげに話を逸らす。

話の腰を折られた伊東は、少しムッとして煙草をくわえて火をつけた。

「んで、どんな話聞きに来たん。」

アリスとは違って甘い香りが室内に漂う。みこがそのことを指摘すると伊東は少し嬉しそうな顔をした。そして自分がいかに平和主義者であるかと語り、ハトのロゴが入った箱を見せる。

みこは少し演技かかったようにテーブルに肘を置き、手のひらを組んで睨むように伊東を見た。

「殺しの件でぇ…!」限界まで喉に圧をかけ、カラカラ声を放つ。今にも蛇が口から這い出てきそうなほどだ。

「みこち、とうとうヤッたか。どこの35P手にかけた?」

「ちげーよ!お前だよ!!容疑かかってんの知ってんだろ?」

みこは現在集まった情報からミセス・カーモディを撃ったのは伊東ではないのかと、さらに圧をかける。しかし伊東はお構いなしに逆に落ち着いてタバコをぷかぷか吸い続ける。

「手に着いた硝煙反応調べるより、遺体から摘出した銃弾の線条痕調べた方が早いだろ。」

「ああ?」

みこがけんか腰に反応する。そしてすぐにその意見を受け入れた。

「あ、そっか。」

「銃の指紋と言われているくらいだしな。」

「みこちゃんに意見するなよ。言っとくけどお前のと一致しなかったからって、容疑者から外されるわけじゃねえんだぞ。」

取り調べの主導権が伊東に渡りつつある。彼はミセス・カーモディの非人道的な言動をいくつかみこに伝える。フブキが「生贄がー!」と真似をしていたのはこのためか、とみこは納得した。何をしようとしていたのかは思い出せないが、何かを得ようとして何かを犠牲にする魂胆だったのではないか。これは伊東の考えだ。

「ちなみにどこ行ってたの。」

「俺か?郷土資料館。」

「へえ、確か資料は全部食いちぎられてたんだよね。」

「らしいね。俺の記憶じゃあ結構核心まで迫ってたと思うんだよ。」

みこは伊東の話を途中で割って入る。

「郷土資料館って確か、鍵持ってる職員と一緒に行かなきゃ入れないんじゃなかったっけ。」

財団の作成した資料には確かそのようなことが書いてあったのだ。彼女は誰と行ったのか問いてみた。しかし伊東は無力に首を横に振った。彼が覚えているのは自身が鍵を持っていなかったことだけである。そして確かなのは、その鍵は市役所に保管されており、財団がそれを用いて資料館へ入ったことだった。

「目が覚めたらみこちの生足見上げてたよ。」

みこは関心したように「ムッツリだよなあ。」とつぶやいた。

「赤たんには欲情しないから安心しな。」

「ふーん、そっか。鼻ほじっとこ、じゃあ。」

その様子に伊東は笑いを抑えてすぐ、顔を暗くさせた。

「なんかなー。後味が悪いんだよ。」いわく、誰かの悲痛な思いが届いてきそうなのだという。そしてそれはミセス・カーモディの件とは無関係だと断言した。

「俺が見た時は生きてたぜ。ニヤニヤしながら気味悪くてさあ。列車の時刻表を聖書みたいに持ち歩いててパラパラめくってたんだ。」

それから顎に指をやり、ジョリジョリと髭を撫でるような仕草をした。

「多分最後に会ったのは志村さんじゃないのかな。」

「え?班長の?」

「うん、二人して公民館に向かっていったぜ。」

「え?なんで?」とみこ。

伊東は首を傾げた。答えられないようだ。

やはり、不思議なことに財団及び、調査局の人員達には昨日から数日間の記憶が曖昧なのだ。ミセス・カーモディに関してはぼんやりと覚えているが、それ以外の人物や出来事には一切覚えていないのだ。

フブキがそのイカレた占い師に花火を向けて笑ったことは大笑いものだったと伊東は言う。

以上の事から考察するに、直接集落に関係を持つ者のみが忘却の対象になったのではないか。ミセスとの記憶がまばらなのは、彼女が核心に迫っていた第一人者であり、そこに関する記録がまるっきり抜かれているのではないか。

これはあくまで仮説である。証拠がないので与太話にしかならない。

「みこちは本当に何も覚えていないのか。」

伊東のこの言葉に、みこの体はまるで時が止まったように、体が硬直した。

「…何を?」

「花火の事、とか。」

なぜだか覚えていないとは口が裂けても言えなかった。そして伊東は胸ポケットから手帳を取り出し、パラパラと何枚かのポラロイド写真を机に置いた。

「これはまだ財団には報告していない事なんだけどね。」と前置きをする。

写真には、風景や志村班の面々が映っている。しかし、彼らと生前のミセス以外の人物は映っていなかった。

「問題はこれだよ。」と伊東はそのうちの一枚を指さした。

それはどこかの庭で撮られた集合写真であり、みこを含めた班員全員が中心となって笑顔でいる。

「これ、お前じゃん。」

みこは真ん中でフブキと共に雑種、チャーリーを抱いてニカッと笑っている。二人と彼らの周りには不自然な空間ができており、それはまるで人がそこにいたみたいだ。

教科書に載っている、粛清された人物を消した写真のように。そこには何もなかった。

みこ、あのワンちゃんと会ってたのか。

そう納得したのもつか間、この写真がどういう意味を指すのか、彼女は理解する。

「みこち、お前いたんだよ、ここに。何を見たんだ?」

この際、何が起きても不思議ではない。そのことを知っているので伊東はあまり深く突っ込まない。

「俺たちは皆でここにいたんだ。お前だけはぶってたわけじゃないんだよ。」

「あー。最後の一言でシリアルな雰囲気が台無しだわ。」

ハアー大きなため息をつき、「でもありがとう。」とつぶやいた。

 

 ミセス・カーモディの額から摘出された銃弾の線条痕は、伊東一八の所持するスミス&ウェッソンと一致しなかった。この銃弾は志村班長のコンシールドキャリア、つまり彼のバックアップガンの物である。彼の拳銃を調べると、スライドに衣服の繊維が付着していた。しかしそれは制服の物とは一致しなかった。つまり、射手は他にいるということになる。

 

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