仮設で建てられた休憩所には、みこを連れてきたタクシーの運転手と、汗を流した円香の二人がカレーを食べていた。半ばストーカーと化している円香がニコニコしているのは、みこに会うのを楽しみにしていたからであろうか。
「みこさーん!」と雲のように浮いてしまいそうな声を出すこの女学生とは対照的に、みこは顔をしかめている。
前回、危険な目に遭ったのはコイツのせいである、と内心思っているからだ。だから35Pには小さな声で「みこ信用してねーからな。」と本音を漏らした。
「今度こそ!一緒に捜査してくれるんですよね!」
挨拶もほどほどに、円香は眼を輝かせた。
「えー。なんの。」
「一晩で住民が失踪するっている都市伝説ですよ!昔から世界中で言われてるでしょう!?」
みこちゃんはあまり興味がないようだ。
「…それでこんなところまで?」
みこは珍しく頭をかいた。アホ毛すら萎えている。
円香はその様子を見てか、首をかしげ思い出したように声を上げた。
「あ!ミセス・カーナビィですよ!!」
「カーモディな。みこちゃんに突っ込みさすな。」みこの目に映る彼女の動作一つ一つは演技かかっているように見えて仕方がない。
「申し訳ないけど、今回も一緒には行けません。すんません。」
ジトッとした目線をみこに返す。まるで子供が駄々をこねる直前のようだ。
「どうしてですか。わざわざ自転車こいで海辺の近くまでやってきたっていうのに!」
何を言っても聞かないのは火を見るより明らかだったので、半ば投げやりに事実を伝える。
「そのミセス・カーモディ、亡くなったんだよ。」
円香の顔から一気に血の気が引くのが分かった。
「さすがにフィールドワークに同伴はできないよね。ごめんね。」
本来下級幹部にあたる志村への聞き取りは、みこのような下っ端には許可されない物である。しかし、それが認可されたということは財団がすでに大まかな情報を聞き取っており、害が見られなかったということだ。
日原は教育の一環として、みこをトラの檻の中へ放り込んだのだ。
この表現は比喩や大げさなものではなく、実際に取調室に入ったみこを待ち構えていたのは、獲物を見つけたように不気味にほほ笑む志村だった。
手の内をすべて、一から百まで見透かされているような気がして正直嫌であり、ネットリとした汗が背筋を下った。
「みこちぃ…」とヤンチャな親戚のおっさんのようなしっとりとした声で呼ぶそれは、サイコパスに追われた時を思い起こさせ、関西のヤクザに首をつかまれた時の記憶が蘇った。
フブさん以外に天使はいなかった。後にみこは所感へそう記述している。
「聞かせてくれよぉ。君の考えを。」
厳格な父親に人生で初めて反抗するような、そんな疑似体験が行われる。
意を決したみこは「ミセス・カーモディを撃ったのは。」と推理を披露しようとした。
途端に志村から待ったをかけられる。
「え?そっち?」
「え、え、え、えぇ?」
「いやこっちがにぇだよ。」
「いや、言ってにぇよ。」
上司である彼は座りなおしてみこに向き直る。
「今回の異常事態について、君の考えを聞きたい。」
「みんなリアルARKごっこして、最後は遊び疲れちゃったとか?」
「…本気か?それ。」
「すんません。ウソです。」
最初の謝罪だけ、早口だがはっきりと聞き取れた。
眉を上げた彼は仕切りなおすように口を開いた。
「俺たち調査局と財団が共同して対処している時って、どういう時だかわかるか?」
「んー重大事案?」
「ウム、そうだな。あと数手で王手ってところまで行ったことになる。」
志村の予見によると、今回集落の周囲には複数の実働部隊が配置されており、アノマリーの収容が本格的に実行していたと考えられる。しかし結果を見ると、お世辞にも成功したとは考えにくい。
ましてや二つの組織に内面的な人的損失があったことを考えると、志村は「俺たちは知らないうちに負けたのかもしれない。」と言った。
「ミセス・カーモディの件は?伊東は志村さんが最後に会ったって言ってました。」
みこは疑問をぶつける。志村の答えは「撃ったのは俺じゃない。」だった。
彼女は持っているすべてをもって、上司に反撃を開始した。まるで人狼を追い詰めるように。
「摘出された銃弾の線条痕は志村さんのセカンダリーのものと一致しました。おまけに硝煙反応も出ています。」
攻撃を食らった志村は苦い顔一つせず、むしろ喜んでいるようだ。その姿は子供の反抗期を積極的に受け入れる親のようである。
「それだけじゃ不十分さ。銃は奪われたかもしれないし、みんな花火をした。手を洗う時間だってあった。」
「伊東からあの占い師と最後に会ったのは志村さんだって聞きました。」
何が起きてもおかしくない状況だからこそ、どんな理由をもってしても身内は守ることを彼に約束する。それは日原の意思でもあった。
その言葉を聞いて志村は静かに「ありがとう。」とつぶやいた。
「みこちは優しいな。俺が35Pだからか?」
「人類皆、少なくとも200万人は35Pです。」
その言葉に気が楽になったのか、志村は短く息を吐いて煙草を口にくわえた。
「みこち、死人に口なし。」
それは結論のように聞こえる。
「ハイ。」
「今から話すことは、俺が目にしたことが正しいものだったと仮定して聞いてくれ。いいね?」
「わ”がっ”だ。」
すかさず35Pが間に入る。
『ホントか?みこち。』
「黙んな。」
志村の煙草に火がつけられる。
集落に関係のある人物の記憶がない、とするのが正なのであれば、志村がミセス・カーモディを撃ったことを覚えていないのはおかしな事である。
「俺たちの生まれや育ちはバラバラだ。だから身内がここで何かすれば忘れるはずはないし、緊急事態下なんだから、何が起こっても正当性を主張できるんだ。」
しかし、今回特に庇い合うわけでもなく、誰一人として知らないと貫き通す。
つまり、「実行犯は消えた集落の人間ではないか。」と言うことである。
「個人的にはセカンダリーを他人に使われたことの方が始末書もんだが、そんなことはこの際後回しだ。」
セカンダリーを保持している場所を知っているのは親しい人物か、班員位なものなのだ。
対象に関係のある人物に近づきすぎのだろうか。
「ミセス・カーモディが狂信的になっていたのなら、それを良しと思わない何者かが撃ったのかもしれないな。」
白い煙が志村の口元から放たれる。
「あとは、お前だみこち。」
「にぇ?」
「アリスから聞いたぞ。教会で泣いたらしいな。」
ドクン、と心臓が高鳴る。
「何を見たんだ?みこち。お前は何を忘れている?」