班長である志村が、みこと伊東の二人を調査に向かわせたのには理由がある。一つは彼女自身のケジメの為、元々事件に近い存在であったという事、そして重要な証言をしていたこともあり、彼女に賭けたのだ。もう一つは名誉挽回の為である。ただ一人帰還した彼女の立場を考慮し、せめて前線にて事の行く末を見てほしいという願いであった。
正直、志村本人も何故このような判断をしたのかわからずにいた。本来ならば調査には行かせないのが鉄則なのだが、そこはみこに感じる物があった。
「みこちゃんならやってくれるさ。」
自分でどうにかしようと、彼ら「調査局」へやって来たのだから。ぽわぽわしているが、諦めない粘り強さがあると思っている。
それは付き合いのある伊東も同じ考えであった。時折みこの勘と言うか、洞察力には脱帽する時がある。
「よくあんな公園に目をつけたな。」
みこは「まあね」と誇らしげに胸を張る。「三咲ちゃんが一緒にいこって言ってたからさ」と彼女は悲しげに続けた。
「昔似たような失踪事件があってな。公園か神社で遊んでた子供が形跡一つ残すことなく消えたって奴があってな。」
「うん」
「そしたら地元に詳しい人が獣道を見つけてね。そこを通って行ったら崖にたどり着いたと。その付近を捜索したら発見されたって話さ。」
みこは黙って公園の内部を思い返す。
「確かにあの公園には自然があって獣道とかありそうだけどさ」
みこは息継ぎをして、乾いた唇を開いた。
「もう何週間も経ってるからね。早く見つけないと」
二人は市電を乗り継いで、徒歩10分ほどの距離にある喫茶店へとやって来た。そこにはアロハシャツに身を包んだ粕谷さんが彼らを出迎えてくれる。その衣服は彼の自慢らしく、ハワイから取り寄せておりらしい。
彼は「お!来たね!」と若者が来てくれたことに喜んで声を上げる。そして二人にアイスコーヒーを注文して、カウンターに腰掛けるように促した。
出てきた飲料はブラックホールの様に漆黒の液体だった。
「しょ、醤油みたいな色」
「こらみこち。もっとましなもので例えなさい。」
「醤油だってまともだろうがよ」と返してオズオズと口をおちょこ口にしてすする。
深入り豆を3倍の濃さにしたような苦さが口の中に広がった。
「ァ、にが」思わず声が漏れる。
店員はその赤子のような様子にクスクスと笑うのであった。特に意地を張ることなくこっそりとミルクをすべてグラスへと注いだ。茶色の濃い、カフェラテが出来上がる。
伊東は粕谷さんに向き直り、今日来た理由を告げる。「三咲ちゃんと最後に会った人物の一人」と言うことで新たな情報が無いか尋ねたのである。
粕谷さんは「残念ながら。」と前置きしてみこと同じような話を始めた。
ただ一点違ったことは、最後にみんなで写真を撮ったことを話してくれたことである。みこは思い出したようにスマホを操作し、その時撮った写真を二人に見せた。
「これでしょ」と見せてくれた画面にはみことフブキの間に花のように顔を出す三咲がいた。3人の後ろにはひょっこり粕谷さんがいる。4人ともいい笑顔だ。それから彼女はカバンから自撮り棒を取り出した。それはピンクと白を基調とした、さくらのマークのある大人しめなデザインだった。
「これで撮ったの」
「しれっと粕谷さん交じってるの面白いな。」
これでは孫と曾孫に囲まれた理想的な老後である。
「三咲ちゃん、小学校に上がったらケータイ買ってもらえるって話でね。その時渡そうと思ってたんだ。辛い時に思い出せてもらえるようにさ」
みこなりの優しさである。写真の中の三咲は伊東が見てもわかるくらい暖かく、輝くような笑みだった。恐らくこの言葉に大いに助けられたのだろう。
しんみりとそれを感じ取った伊東は粕谷さんに話を戻す。
「三咲ちゃんの事で、例えばご両親について何かご存じないですか。」
すると粕谷さんは「待ってました」と言わんばかりに大きく体をのけぞらせ口を開く。
「あの子の親はねえ…曲者だよぉ。」
「曲者って言いますと?」
「確か父親の方が施工会社の社長やってるんじゃないかな。だから奥さんは社長夫人だよ。それだからかねえ…嗚呼似合わない似合わない…。背伸びしたことをどんどんやるんだ。」
「似合わないって言いますと?」
「子供に箔をつけさせようと必死だったのさ。奥さんは旦那さんと学歴も社会的な立場も違うだろ?釣り合うようになろうと、とにかく見合う子供を育てようとしてたんだろうな。」
みこはキョトンとしている。
それを見た粕谷さんが優しく話を続ける。
「奥さん高卒なんだよ。そんな人が小さいとはいえ社長と結婚したんだよ。誰からも後ろ指をさされないように、自分の価値を教育ママと言う形で転換したのさ。さすが社長の娘さんだ。こんな子供に育てたのはさすがだって将来言われるようにね。」
「どうしたんですか。粕谷さん。体験談すかそれ?」
余りの言葉に伊東は思わず声をかける。しかし彼自身もその言葉の意味は理解していた。
「色々あるんだよ…人間にはね。」
「粕谷さんから見て、三咲ちゃんは多忙でしたか?」
うん、と頷き梅ソーダを飲み干す。
「二人と遊んでいる時が伸び伸びしてたよ。」それから少し言い過ぎたと思ったのかフォローするように奥さんの話を少し続ける。
「あの人も大変なんだよ。だいぶ悩んでいたと思うよ。身一つで働きに出て、ようやく手に入れた幸せだったんだからね。」
みこが「あー」と口を三角に開ける。
「あれかな。女同士のギスギスと言うか」
「狭いコミュニティにいると競争相手が限られてくるから、同じ土俵で戦わざるを得なくなるんだよ…。」
それから空になったガラスコップを店員に手渡した。
「次何にします?」と女性店員が聞いてくる。粕谷さんはしばらくメニューを見渡してから顔を上げた。
「今日は他に何を頼んだんだっけ。」
「まだ一杯目です。」呆れたようなやり取りだが、その女性店員は慣れているようだ。
彼は柚子ソーダを頼んだ。
手製のシロップが炭酸水で適量に薄まっていく様子を耳で感じながら、粕谷さんは改めて話し出した。
「お金を持っちゃうとね。何でもそれで解決しようとするんだよ。学力に経験。投資した分はそれ以上になって戻ってくることを期待している。期待より下回ったとしても、経験したことに価値があるってみんな言い出すんだ。いつからか経験はお金で買える時代になったんだよ。」
確かに、と伊東は返す。
「命を数値で表したのが金銭だとしたら、命と経験を交換するようなものですね。」
みこは「うー」と頭を抱える。濃いカフェインがすぐ頭を襲ったのだ。
「そんな馬鹿な。」と伊東が言うと彼女は上目遣いに答えた。
「その事はみこにもなんとなく分かるよ」
「カフェイン?」
「ちげーよ。お金と経験の話だよ!お前みこちゃんの事舐めてるだろ」
「あ、粕谷さん。」
「おい、無視すんなよ」
「施工会社と言うのは?」
伊東の新たな問いに、みこはドキッとした。
「H公園の元請けだよ。」
「おお、そりゃすごい縁だ。みこち昨日そこに忍び込んだんですよ。」
粕谷さんと女性店員は驚いて声を上げる。「よく生きて帰って来れたねえ。」と実情を知る由もない粕谷さんは冗談交じりに言うが、みこは気まずそうに口を開けて頷いた。それからまるで怪談話でもするかのように声を潜めると、注文した柚子ソーダを一口飲んだ。
「あそこはね。あんまり広まっていないけど、事故が何件も起きているんだよ。」
伊東たちの集めた資料には一件の死亡事故の報告があったのみだった。
「へえ。物騒ですね。何件もあったら行政が間に入りそうですけど。」
「そこが肝なんだよ。何件も人が亡くなったりしたみたいなんだけど、解明する前に公園が閉鎖したでしょ。社長も姿を消したっていうしね。」
伊東とみこの二人は黙って話を聞いている。いかに捜査が進んでいないのかを痛感する。確かに情報の更新は止まっているようだったので、新しい情報が追加されるのは驚くことではなかったが、事の重大さに彼らはアノマリーの可能性を否定できなくなっていた。
フブキと35Pの失踪、複数発生する重大事故、消えた社長とその娘、そうなれば奥さんも巻き込まれている可能性があった。
沈黙を破ったのは店員の「よく知っていますね。」という明るい声だった。
粕谷さんは大したことないと言わんばかりに手を大きく振る。
「気になるようだったら、近くにラーメン屋の寄ってみなさい。そこに作業に参加していた人がいるって話だよ。」
「ホントよく知っていますね」とみこ。
「そりゃ退職して毎日フラフラ散歩しているからね。」
粕谷さんは二ッコリ笑みを二人に送り、時期は少し早いが、手作りアイスは食べないかと彼らに尋ねた。
みこは秒で即答した。
「アイス!いただきます!」