財団調査隊   作:茶漬四郎

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コスプレは三十路になってから!

 伊東とみこの二人が粕谷さんと別れて次に向かったのは、H公園で作業に従事していたという人物が良く行くラーメン屋だった。ここはラーメンよりもなぜかチャーハンの方が有名らしく、店内に入ると客たちは一心不乱にレンゲを動かしていた。

縁起がいいという赤色のテーブルが並べられた一番奥に、その人物はいた。他の人間の例にもれず、彼もまたチャーハンを無表情で頬張っている。

東南アジア系のその人物は名前をロベルト・翼と言い、初めは近づく二人に気づかないような素振りを見せた。しかしとうとう自身の事だと断定すると「ナニ?」と一言返し、警戒するようにみこ達を見つめた。

「ロベルトって…絶対偽名だよにぇ。今の反応も自分だってわかってなかったよねにぇ」とみこは伊東に耳打ちすると、彼は周りに聞こえないように返答する。

「それ言っちゃダメ。港湾とか現場では結構グレーゾーンの話だから。」

「港湾?」

「港だよ。船関係のお仕事。」

改めてロベルトと名乗る人物の腕を見ると、ヒョロリとした風貌だがガッチリとした筋肉が目立つ。

「H公園で作業に従事していたと聞いたので、その時のお話を聞かせてもらいたいんです。」

レンゲがどんぶりにコツンとあたり、モグモグと動く口へ米を放り投げる。その動きはまるで蒸気機関車に燃料を投入しているかのようだ。

「自分達は行政の者ではありません。だから突き詰めるつもりはないです。」

「じゃあ何?取材?」

「取材する人間がこんなかわいい子と一緒に来るわけないでしょう。」

ロベルトはチラリとみこを見る。ピンク色のふわふわとした髪は、彼に育ちのいいお嬢様を連想させる。

「それもそうネ。あ!探偵?」

「似たようなもんですよ。」

伊東はそういうと彼の前に腰掛け、みこも隣に座るように手招きした。

「あの公園でまた行方不明者が出ました。元請けの人間とは連絡が取れない状況です。今は少しでも情報が欲しい。助けてもらえませんか。」

それから人差し指を口元にあてて「多少のグレーな話は聞き流します。」と悪戯にほほ笑む。

ロベルトは少し考えると一言「ここのチャーハン美味しいよ。」とつぶやいた。

「調味料の強烈な味がするの。」

それはエネルギーが必要な労働者たちのいわゆる「働く飯」であった。伊東は調理場で鍋を振るう店主に向かって同じものを二人前注文すると威勢のいい声が返ってきた。

「特盛までは無料ですが、どうしましょ。」

「じゃあ特盛二つで。」

「え」と野太い声を上げたのはみこだった。単純なリアクションだが、動揺しているのが分かる。エメラルド色の瞳が一回り小さくなるのが面白い。

パチパチと油に浸された鍋にオタマいっぱいの解き卵が何杯もくべられる。

コレステロールが限界突破しちゃいそうなんですケド…。

「正直あまり話したくないネ。」

「死亡事故があったからですか?」

「何件もあったよ。いなくなった人も何人かいたね。まだ見つかってないヨ。」

粕谷さんの聞いた噂話は本当だったということが分かり、伊東は何かをつかんだような気がした。

行方不明になった作業員はそのまま姿を消し、見つかった者たちには思い出すのも恐ろしいほどの障害が残ったという。ここで単純な疑問が出てきた。

「公園で消えるなんてことがあるんですか?」

みこもその疑問にはうんうんと首を頷かせるが、すぐに鍋振りに視線を戻した。荒波のように舞う白米がみるみる褐色へと変貌を遂げる。その直後に、雨のように大量の白い調味料が鍋へと降り注がれた。

「やっぱりあそこはおかしい。」とロベルト。

「途中から変な会社が間に入ったらしくて、最初は良かったんだけど段々おかしくなっていったヨ。」

「おかしな会社?」

「詳しくは元請けの社長にしかわからないヨ。」

話の途切れにチャーハンが二人分机に到着した。吐き気を催す油の匂いとあまりの量に目眩を感じつつも、綺麗なドーム型を崩して内部の粗熱を外へと逃がす。

「みこち、聞いてた?」

「おおう、うん。これって味の素の塊ですか」

「チャーハンの感想じゃねえか。怖いこと言わずに、はよ食べようぜ。」

 

 V市の一等地にある丘に建てられた新築の豪邸は、三咲の家族がこの地にて新しい人生のスタートを切ろうとした気構えが感じられた。若い管理人から鍵をもらい、門を開けて階段を上がって、敷地内へ足を踏み入れる。一家がどういった覚悟でこの地に足場を持とうとしたのか、外観を見るだけで想像に容易い。管理人によると一家とは一週間ほど連絡が取れないのだという。

「奥さんは特に悩まれているようでした。」と今年二年目だろうか、若い管理人は世間話をするように口を開く。

「自分の母を思い出させるような方でしてね。教育ママってやつですよ。うちの場合、恨みはありませんでしたけどね。ええ、そのおかげで今があるからです。もっとも親の方は私にもっと上へ行ってほしいと思っていたと思いますがね。」

少し皮肉気味に話す彼の姿が印象的だった。

管理人を外に待たせ、志村とアリスのペアは明かりのついていない屋内へと足を踏み入れた。懐中電灯を照らすと埃が多少待っており、新築特有の香りも少し古臭いものに感じた。

パッと全体を見渡すと、意外にも綺麗に整頓されており急いで姿を消したというわけでもなさそうだった。

生活感が残っており、人が家がいなくなったこの空間は二人に新たな可能性を彷彿させる。

それは計画的な夜逃げである。

しかしその考えはアリスが家計簿や通帳を発見して否定された。

「この状況で夜逃げは考えにくいですね。ちょっと家計簿見てみます。」とアリスは言って失礼を承知でパラパラとノートをめくっていった。そこには几帳面に数字が記載されており、社長夫人ながら堅実な生活を心がけていたようである。

「あ、スマホ買う予定だったんだ。」それは三咲用だろうか。

しかしその値段を見て驚愕する。

「30万だって!一括で払うつもりだったの!?」

「どうせ2年で更新するのに律儀になこったな。」型落ちスマホの愛用者である志村にはうらやましい限りの生活だった。

「みこちの言っていた通り、4月からすごい習い事が増えてますね。」

「大学全入時代だからなあ。アンナ小さい子に10年後15年後の事を見据える何て、母親ってすごいね。」

「私も今になったら理解できますけど、色々な人を見ていると自分の子供には真っ当な人生を歩んでほしいって思っちゃいますよ。」

「急に母性に目覚めたな。みこちゃんの影響か?」

「先輩、みこちでイイと思いますよ。呼び方。」

「ちょっと馴れ馴れしくない?」

「みこちゃんだとなんか親戚のおじさんみたいです。」

それは遠回しにおっさんみたいだと言われているのと同じだった。

次に彼らは子供部屋へと顔をのぞかせる。そこには真新しい赤いランドセルが、勉強机の上に物言わず置かれていた。

「一度背負って写真を撮って、そのままって感じかな。」と志村。

それから唐突に「ここの母親は高卒らしい。」とつぶやいた。

「だからかな。ここまで熱心に教育するのは。」

「どういうことです?」

「学校卒業してから体一つで社長と家族を形成したんだ。その過程には苦労も努力もあったろうさ。もしかしたらその分を取り戻そうとしたのかもしれないな、と俺は思ってさ。」

教育や経験が何より大事だということを理解していたのは、何よりも世界に触れた結果ではないかと思うのだ、と言うのが彼の考えだ。

アリスはうーん、と考えてからその考えに意見を返した。

「奥さんからしたら、我が子は何をしても可愛く映ったんじゃないでしょうか。」

「そうなの。」

「アクセサリーとは違いますけど、何かに挑戦して一緒に生活する姿が、この上なく愛おしいとか。」

意外な答えに志村はパチパチとアリスを見つめる。

「母性が爆発でもしたか?」

「フフ」と彼女は小さく笑った。

「知り合いのコスプレ女がですね。子供ができたら通信教育とかさせたいなあ、なんて唐突にいうんです。その姿がしおらしくて可愛くてですね。」

その友達は時折かまってほしそうにオッドアイをパチパチとさせるイイ女なのだという。

 

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