財団調査隊   作:茶漬四郎

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収容対象オブジェクト

 H公園への入り口は重いフェンスで塞がれており、周囲も草木で囲まれているため入ることはできない。その光景はみこが最後に見た時のままであった。まだトラウマにはなっていないものの、足取りは重い。

伊東はフェンスに手をかけ、何とか一人分のスペースを確保した。その重量はズシリと腰に来るほどで、タンスを持ち上げるかのような錯覚を起こす。そしてふと思い出す。

彼だったら一人で持ち上げることはできるが、非力なみこに果たしてできるだろうか。

ここから出た時、彼女は一人だったはずである。

みこにこのことを尋ねると彼女は「へ?」と言ったきり固まってしまった。

「変な滑り台は撮ったのに…なんでこういうのは覚えていないんだよ。」

「だってぇ…ウン…ホームレス中学生がいると思ったんだもん。形は関係ないからね」

「形気に入っちゃったんだ。」

「ちげーって言ってんだろうがよぉ」

デュフフ、と声が漏れたところを見ると図星らしい。それか自分の幼稚さに呆れたのだろうか。

 園内は森林公園と形容してもいいほどに緑が生い茂り、そのせいで所々陽が遮られている。案内図によると広場の方に行けば一般的な公園に備え付けられている遊具もあり、行政の力の入れ具合がよくわかる。

大は小を兼ねる、と言うのを物理で表現したような造りとなっていた。

どこからともなくカン高い笑い声が風に乗って耳元までやってくる。それだけでも嫌な予感がしたが、みこにはそれが自分の探し求めているもののように感じてならなかった。

第一の異常性はすぐに見つかった。

二人が見上げた空の先、見間違えでなければそこには水飲み場が宙に浮き、その空間に固定されていた。目をこすってみたりしたが、それは地上とはつながっていない。

「キリンでも放し飼いにしてたんか。ここ」

「キリンに蛇口はひねれないだろ。」

宙に浮く水飲み場は異常性こそあれど、危険性は高くないように思えた。

彼らはさらに足を進めていくとさらなる異常性に遭遇する。

それは単に歩くことに飽きたみこが、遊びで道端に落ちている大き目の石ころを蹴っていた時だ。コマのような形をしたそれを見つけた彼女は、誰にも聞こえないような小声でつぶやきながら、コンコンと蹴っていた。幾度かの脳内シミュレーションの後、のってきたみこは無意識に思いっきり石を蹴り上げていた。

見事なスクリュー状の回転をさせながら、石ころは伊東の背中にクリティカルヒットをくらわす。

「いってぇ‼」と般若のような顔をして叫ぶ旧友にみこはひたすら「すんません!すんません!」と頭を下げた。

「さっきから小声でゴーシュ!ゴーシュ!言ってたと思ったら!」

「嗚呼!聞えてたの!!」

「こんの…!」とさらなる怒りを込める。

「忌々しいヒヤリハットめ!」

「なにそれ」

「労災の元凶じゃ。」

「それみこの事じゃないよね?そこにいた、お前がわる…あ、ごめんなさい」

伊東は「ケッ」と吐き捨てて足蹴に石ころを道端に転がすと、それが地面に消えていくのを目の当たりにした。キョトンとした二人は顔を見合わせる。ゲームで言うすり抜けの様に、石はその姿を消したのだ。

「みこのドラグーン…」

その発言に何かを言おうとしたとき、二人の間に何かが落ちてきた。それは地球の重力を無視したほどの速度で、高層階から全力投球したように地面に落ちて砕けた。

二人の髪の毛が数本、ハラリとその衝撃で空間を舞う。

みこのドラグーンは見事に砕け、無残にも破片へと化していた。

落ちたものがどこかから、重力加速度を無視して落下するなんて聞いた事が無かった。

「もしかしてフブキはこんな感じでどこかに落ちたんじゃないのか。」と伊東が言う。

確かにフブキが消えた時の状況に似ているが、この石の様に悲惨な結果になっていないことをみこは心の底から願った。

 それからさらに少し歩いて広場まで来ると志村の施工図と符合する異変がそこにはあった。それは公衆トイレだった。

入り口を背に右手にトイレがあったが、今度は振り向くとその場所にはガラス張りの事務所が建っていたのである。

「あで?」と首をかしげるみこ。たまたま手を洗おうと振り向いた矢先の出来事だった。彼女は無言で伊東を見つめ、視線だけで意見を求める。彼も驚いた様子だったが、何回かその前を行き来し、その都度建物が変わっていることを確認した。

「これもじゃないか。行方不明者が絶えなかったのって。」

「ゲームのバグみたいなものかな」

「だとしたら入ったら最後。戻って来れないかもしれないな。」

「なんという罠。初見殺しじゃん。まあ、みこちゃんはトイレなんか行きませんケド」

「その設定まだ生きてたんだな。」

「うっせいや」

会話を中断して伊東は志村に連絡を取り、目の前の異常な環境を手短に報告した。通話越しの上司は内容を聞くと少し考え込むように間をあける。

調査の続行について許可するか、判断に悩んでいるようだ。

彼が何を悩んでいるのか、伊東には予想がついた。

「みこちを帰して俺一人で続けます。」と彼が言うと、近くで聞いていたみこが痰を切ったように反対の意見を叫んだ。

「ふざけんじゃねーぞ!みこも行くって!!」

「やめとけよ。ポンするぞ。」

少し意地悪に返答した伊東だったが、内心みこが次にいう言葉が予想できていた。

「それってどういう意味だ。ポンって消えちゃうかもってことか?みこちゃん舐めんな。みんなおいて帰れるかってーの!」

「頑固な奴め…。」

伊東は嬉しそうだ。

「志村さん、俺も頑固な方なんで、このまま二人で調査を続けます。施工図、送ってもらえますか?」

「お、使うのか。」

「ええ、気休めですが、推測歩行に使います。」

志村から転送された施工図を元に伊東はこれまでのルートとこれから進む道を記し、歩幅と歩数を用いて安全そうなルートを先導し始めた。ピッタリと背中にくっついたみこは、級友を肉壁にするような勢いだった。

この状況はさながら、地雷原を突破する工兵のようである。

「そんな経験ないくせによく言うぜ、ホント」というみこに対して彼は「あるよ。」と一言返した。

「卒業してから何してたんだよ…」

施工図に記されている設備が重なっていた部分の周辺にも未記載な危険が幾つか確認され、そこに規則性は皆無だった。その事も伊東の疲労を増幅させる。

何とかフブキが消えたであろう階段の近くまでたどり着いた。なんとそこはみこが写真を撮った場所の近くだったのだ。初めて間近で見る巻貝のような滑り台は、その色具合もあって低年齢層が喜びそうなデザインである。

横目でこっそりみこを見ると予想通り、笑いをこらえながら目を輝かせていた。

「みこ先生。」

突如二人の背後から声がした。

振り返るとそこには探していた三咲が瞬きせずにこちらを向いている。

伊東の眼にはその表情がどこか人間ではないように感じられた。一方みこも違和感を感じていたようで、最後に会った時の服装のままでいる少女を見て志村の言葉を思い出す。

この事例はいい結果で終わらないような気がする、みこも直感で理解しつつあった。

しかし、認めたくはなかった。最後まであきらめたくなかったのだ。

「三咲ちゃん!」とみこが名前を呼ぶと、三咲らしき人物は少し近づいてきた。

しかしその途中、必要以上にみこの名前を呼び続ける。

「みこ先生みこ先生みこ先生」

それから興奮したように「あそぼ」と連呼しだした。

「あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ」

伊東は腰の3時方向に装備した拳銃に手をかけ、左手でみこを止めた。彼女も反対することなくその意思に身を委ね、距離を置いて様子を見ることにする。

「待ってたよ。みこ先生。みこ先生が来るの。」

対話をするように、と小さく伊東はみこに耳打ちする。

「三咲ちゃん、みこの事待っててくれたの」

「ここならずっとずっと遊べるよ。ずっとずっと子供のままで。」

「小学校に行きたくないの?」

「ずっとずっと遊べるの。子供のままで、ずっとずっと。」

「パパとママは?」

「一緒だよ!みんな仲良しなの!喧嘩もない!怒られることもない!!公園と一緒なの!ずっとだよ!」

そう言い終えると三咲はパッと踵を返して階段をおりだした。その動き方はまるでみこを誘っているようである。

「あ!待って!」と思わずみこが追いかけるが、なぜか躓き盛大にリュックの中身をばらまいてしまった。みこの脳裏には砕けたドラグーンの呪いが駆け巡る。

カーンと言う長いものが落ちていく音が聞こえたが、それもスッと消えるように音を出さなくなった。

「うええ」と鼻に入り込んできた砂で咳き込みながら視線を上げると階段を下りたところに三咲はいた。しかしその様子は異常と表現しても差しさわりない状況で、笑いながら、支離滅裂な単語を並べてはクルクルと回転しているのだった。

その様子はまるでバレリーナのようだった。

 

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