社長宅のほぼすべてを調査し終えた志村とアリスの二人は、伊東から伝えられた公園での異常性について審議しながら、調査の続行を決定した。未だ正体がつかめない謎の仲介業者や、まだ開かずにいるストレージルームへの好奇心が収まらないのだ。それと同時に見つからないフブキと35Pに対して手持無沙汰な自身に焦りといら立ちがこみ上げてくる。
冷静を装ったアリスはストレージルームについて確認する。
「引き戸の立て付けが悪いのか開かないんですよね。何かがひっかかっているようですよ。」
「明日管理会社呼んで開けてもらおうか。」
「と言うより、レールが悪いのと、何かが引っかかっているようなんです。扉外さないといけないかも。」
結局今のところ判明したのは一家を取り巻く家庭環境とH公園の異常性のみであり、肝心な二人は行方不明のままなのだ。半ば躍起なった志村は童話の中の主人公たちのように大声を出しながら探すのはどうかと提案した。
先輩とは思えないその思考にアリスは呆れながら「無理でしょう。」と返す。
「フブキー!だいしゅきホールドをピュアな行為だと思ってた白上フブキー‼35Pもおるか!」
「有名な話なんですね、ソレ。」とアリスは独り言のようにつぶやくとどこからかぽさっと何かが落ちる音がした。二人は猟犬のようにゆらりと顔を上げる。
「今のって俺の発声のせいか。」
「かもしれませんし、他に誰かがいるのかも。」
二人は手短に会話を済ませ、拳銃をホルスターからひいた。そして重心の下に装着してあるライトを点灯させる。
まるでシェパードの様にしなやかに体を動かせ、どこかわからない音の発生源を探し出す。開けられる扉は全て開け、その内部をライトを照らしながら空間という空間をさらしだした。
結局最後は未だ調べられていないストレージルームまでへとやって来た。
始末書や謝罪など、面倒なことは後の自分たちに任せることにした二人は、扉を蹴破ることにする。
志村が思いっきりスライド式の扉を蹴ると、木材の繊維が内部からきしむ感触がした。それと同時に室内から何かが飛び跳ねる音がし、二人は第三者の存在を確信する。
二度目の蹴りで金具が外れ、少し室内がのぞかせる。
しめたとばかりに志村は恵まれたガタイを駆使してゴリ押しで回路を開いた。そのまま二人は交互にクロスするように室内へと侵入し、寮壁際まで来ると視線と共にゆっくりと歩きだした。
愛銃のシグにある撃鉄を下ろしたままなのは、後方支援所のプロトコルに沿った行動である。右側の壁に沿った志村は部屋の奥に落ちている薄いピンク色の棒を発見した。手に取る前にライトでじっくりと観察する。その上を見上げると黒よりも黒い漆黒がどこまでも広がっている。
傍らにいるアリスも何かを発見したようである。
彼女は収容棚が密集している左側を警戒していた中、下部にモフモフの尻尾のようなものが隠れ切れていないのを見つけた。
その色合い、毛並み、形状には見覚えがあった。
「フブちゃん?」と思わずつぶやくと志村も、尻尾の主もピクリと反応した。
そして尻尾の主はどういった関節をしているのか、ひょっこりと淡色の瞳を外へ出し、アリスを見上げるように瞳孔を動かす。ウルウルと涙でにじんだ瞳は、次第に形を崩し、なんかちいさくてかわいい存在の様に、言葉にならない声を発し始めた。
その頃、H公園ではみこが散らかした自分の私物を拾い上げながらも、彼女は異様な動きをする三咲を目で追っていた。その様子はさながら校舎から遊んでいる学生を眺めている教員のようであった。
電話で誰かと話していた伊東はケータイをしまってみこの背後に声をかける。
「今、フブさん見つかったってよ。」
フワリと髪が浮くほどの勢いでみこが振り返る。
「あとは35Pだけか…。」と伊東は考えながら呟き、一時撤収することを伝える。
「え」
「滑り台の中から死体らしいものが見つかった。シルエットからして行方不明になった作業従事者だろうな。体の半分が埋め込まれてたよ。」
彼はザッザッと砂利を蹴りながらみこの隣に立つ。それから感情を切り離した声で「あの子はあきらめろ。」と言った。
みこは今まで自分とは何か、と問われるとエリートであると答えていた。しかしそれには続きがあり、自分の長所はあきらめない心を持っていることだと答えてきた。
そんな彼女にとって、今の伊東の指示は受け入れられないものだった。
反抗的な態度を取り、言い返そうとするみこに伊東はさらに続ける。
「三咲ちゃんの言動、アレはもう人間には見えないだろ。」
三咲はバレリーナのようにクルクルと踊り続けながら、支離滅裂な単語を大声で話し続けている。彼女が唯一、続けたいと言っていた習い事なのだ。止まることなく回り続けるその姿は、いつまでも楽しいまま、遊び続けていたいという願いを叶えたように伊東には見える。
ようやくしゃがれた声でみこは彼を見据えて言った。
「自撮り棒だけ見つからないや。ないなっちゃった」
てっきりもう一言何かを言われるのではないかと予想していた伊東は少し驚き、「けえるぞ。35Pをまだ探さないといけないからな。」と優しく答える。
その35Pだが、実は二人の近くに隠れていた。ガサガサと草陰からサングラスをかけた一匹が泥まみれになりながらその姿を現したのだ。歩くことを覚えた雪見大福のようなもちっとした式神はポチポチと前へ歩き出す。
途端にみこの表情が晴れ空のようにパアっと明るくなった。
「35P!」とリュックを放り投げ、スライディングするように抱き着く。ギリギリと背骨が九の字に曲げられるが、その表情は嬉しそうだ。
伊東は間一髪、宙に舞うリュックを受け止め、相棒と再会した旧友を温かい目で見つめた。
スリスリと頬擦りするその光景はペットへの愛撫のようであり、宝物のぬいぐるみを探し出した幼女のようであった。
グラサン35P先導の元、出口に向かって歩いていくとみこ達が入ってきたのとは別のフェンスへとたどり着いた。そこにも重厚なフェンスがあり、その付近で残りの35P達が円を組んで座りながら談笑していた。気が付いた彼らは能天気に「ヨッ」と手を上げ、主に挨拶をする。
「オメェら…みこが心配していたのに…」
彼女は笑った。目にはうっすらと涙があふれる。ツンツンとみこの肩をつついた伊東は彼女に視線を上げるように指をフェンスに向けて促すそこにはフェンスに挟まっている35Pが複数いた。
ある者は口から泡を吹き、ある者は虚無に虚空を見つめ、そしてある者はあきらめたように四肢をぶらつかせている。やわらかい脂の乗った腹部に鉄の棒が食い込むように挟まれているのだ。
「すげーな。みこだったら胃の中ぶちまけてたよ」
それは腹筋のないみこならではの感想だった。
そういうとみこは35P達に顔を向ける。
「35P、お前たち…体を張ってみこを守ってくれたのか」
小さな力も合わされば、重量級の物も動かせるということだ。ピクミンのようである。主人を逃す為、体を張ったのだ。
「その功績、当の本人は忘れていたみたいだけどな。」
伊東の発言に式神たちはわざと大きく呆れたような表現を体いっぱいに行う。一同、「あーあ」「やっぱりね」と声が聞こえてくるようだ。その視線に負けたみこは小さく「すんません」と力なく答えるしかできなかった。
伊東が一匹一匹フェンスから解放している間、彼は35Pのヒエラルキーを目撃する。先ほどみこが抱き着いたサングラスをかけた35Pがカラフルな色をした首縄を身につけた他の35Pに詰め寄られていたのだ。ヒートアップしてからは腹をド突かれ、主の残り香をかぐような仕草をしており、気の毒だが面白そうだった。
「みんな羨ましいんだな。」伊東はそうぽつりとつぶやくとみこが答えた。
「まあ、みこちゃんアイドルなんで」